第67話 正しい落とし穴
隠し通路へ入ってすぐ、シオンたちは一度足を止めた。
目の前には、これまでと変わらない石造りの通路が続いている。
だが、決定的に違うことが一つあった。
「ここから先、地図がないんだよな」
シオンが《ストレージ》からギルドでもらった地図を取り出す。
先ほど動かした石壁の場所までは記されている。
しかし、その先には何もない。
「だったら、私たちで書いておいた方がよくない?」
リュナが言った。
「地図?」
「うん。帰る時にも使えるし」
「それに、ギルドへ持っていけば買い取ってもらえるかもしれませんよ」
ロッテが付け加える。
「地図って売れるの?」
「未探索だった場所の情報ですから。少なくとも価値はあると思います」
「なるほど」
シオンは地図を見る。
今までの冒険者たちが何度も探索し、少しずつ作り上げてきたものだ。
その地図に載っていない場所なら、確かに情報そのものに価値がある。
「じゃあ、ちゃんと記録していくか」
紙と筆記具を《ストレージ》から取り出す。
「誰が書く?」
「シオンでいいんじゃない?」
「俺?」
「《ストレージ》から出したんだから、そのまま持ってて」
「理由になってない気がするけど」
「嫌なら私が書こうか?」
「いや、やる」
シオンは先ほど発見した隠し扉の位置から書き始めた。
細かい寸法まで測るわけではない。
通路の方向や分岐、特徴的な場所が分かれば十分だろう。
「隠し扉の開け方も書いておいた方がいいよ」
「ああ」
壁に見える石扉。
右端付近を押せば開く。
それも地図の横へ書き込んだ。
「これでいいかな」
「帰りに迷わなければ大丈夫でしょ」
「じゃあ行こう」
三人は探索を再開した。
少し進むと、最初の分岐が現れる。
左右二つの通路。
「早速か」
シオンは《正解選択》を使った。
【《砂王の墳墓》を攻略するため、進む道を選択してください】
【① 左の通路】
【② 右の通路】
【① 左の通路】
【正解】
「左」
三人は左へ進む。
シオンは分岐を地図へ書き込み、選ばなかった右側には印だけをつけた。
「右は調べなくていいの?」
リュナが尋ねる。
「完全な地図を作るなら調べないと駄目だろうけど……」
「私たち、攻略しに来たんですからね」
ロッテが言う。
「全部の行き止まりを調べていたら、今までの冒険者と同じことになりますよ」
「だよな」
作るのは迷路全体の地図ではない。
先へ進むための攻略ルートだ。
それなら《正解選択》が示した道を記録していけばいい。
さらに進む。
途中で通路が大きく曲がり、再び分岐。
「今度は真ん中」
地図へ記録する。
また分岐。
「右」
記録。
次は左。
「順調ですね」
「ああ」
未知の場所へ入ったはずなのに、迷う気配すらない。
やがて前方から何かを引きずるような音が聞こえてきた。
「何かいる」
リュナの耳が動く。
三人が進むと、通路の奥から四体のマミーが姿を現した。
その後ろには、二体のサンドスケルトンもいる。
「六体か」
「私が行くよ」
リュナが《蒼銀華》を抜く。
「《ヘイスト》」
シオンが魔法をかける。
「ありがと」
リュナが駆け出した。
マミーが腕を伸ばすより早く懐へ潜り込み、《蒼銀華》を振るう。
一体目を斬り抜け、そのまま二体目へ。
サンドスケルトンが剣を振り上げる。
そこへロッテが踏み込んだ。
「《シールドバッシュ》!」
盾がサンドスケルトンを弾き飛ばす。
もう一体には戦鎚を叩き込んだ。
残ったマミーへ、シオンがロッドを向ける。
「《ファイアボール》」
炎が直撃する。
それほど時間をかけることなく、六体すべてが倒れた。
シオンはまとめて《ストレージ》へ収納する。
「この辺の魔物は一階とあまり変わらないな」
「迷路の方が厄介なんじゃない?」
「俺たちにはそうでもないけどな」
「《正解選択》がなかったら、私も嫌だよ。この迷路」
戦闘を終え、さらに奥へ進む。
分岐が現れるたびに《正解選択》を使い、その道を地図へ記録する。
かなり歩いた頃だった。
「また分岐」
リュナが前を見る。
左右に通路が伸びている。
シオンが《正解選択》を使う。
【① 左の通路】
【② 右の通路】
【② 右の通路】
【正解】
「右だな」
三人は迷わず右へ進んだ。
通路は長かった。
途中に分岐はない。
しばらく歩き――。
「……また?」
リュナが足を止めた。
目の前に石壁がある。
行き止まりだった。
「また隠し通路ですか?」
ロッテが壁へ近づく。
「たぶんそうじゃないか?」
シオンも前回のことを思い出した。
《正解選択》が示した道を進んだ結果、行き止まりへ到着した。
その時は壁そのものが隠し扉だった。
「今度はどこが開くんだろうな」
三人で壁を調べ始める。
シオンは前回と同じように端を押してみる。
動かない。
ロッテが壁の何か所かへ手を当て、力を加える。
「駄目ですね」
「こっちも何もないよ」
リュナが左右の壁まで調べている。
しばらく探したが、隠し扉らしいものは見つからなかった。
「おかしいな」
シオンは壁を見上げる。
「でも、右が正解だったぞ」
「だったら何かあるはずだよね」
リュナがもう一度周囲を確認する。
やがて、床を見たまま動きを止めた。
「……あるにはある」
「隠し通路?」
「違う」
リュナが床を指差した。
「罠」
「罠?」
「落とし穴だと思う」
シオンとロッテが床を見る。
見た目には普通の石床だ。
「この辺りを踏むと作動する」
「解除できる?」
「できると思う。でも……」
リュナが目の前の壁を見る。
「他には何もないよ」
三人は黙った。
壁。
左右にも道はない。
隠し扉もない。
あるのは、床に仕掛けられた落とし穴だけ。
「来た道を戻る?」
ロッテが尋ねる。
「でも《正解選択》はこっちだって言ったんだよな」
「うん」
シオンは少し考える。
そして落とし穴を見る。
「だったら、聞けばいいか」
「何を?」
「ここからどうやって先に進むか」
シオンが《正解選択》を意識する。
【先へ進むための行動を選択してください】
【① 来た道を戻る】
【② 落とし穴を解除する】
【③ 落とし穴を作動させる】
【③ 落とし穴を作動させる】
【正解】
「…………」
シオンは表示を見つめた。
「どうしたの?」
「落とし穴を作動させるのが正解だって」
「え?」
リュナが床を見る。
「解除じゃなくて?」
「作動させる」
「つまり……」
ロッテも床を見る。
「落ちるんですか?」
「そうなるな」
「罠だよ?」
「うん」
「私、罠を見つけたんだけど」
「うん」
「それをわざと踏むの?」
「正解らしい」
リュナは何とも言えない顔で落とし穴を見た。
「この墳墓、性格悪くない?」
「俺もそう思う」
罠を見つければ解除する。
あるいは避けて通る。
冒険者なら、それが普通だ。
ましてや行き止まりに仕掛けられた落とし穴へ、自分から落ちようとは考えない。
「これ、今まで誰も先へ進めなかった理由じゃないですか?」
ロッテが言う。
「可能性高いな」
シオンはギルドの地図を思い出した。
何度も探索されているのに、攻略されていない巨大迷路。
隠し扉だけなら、偶然見つける冒険者がいてもおかしくない。
だが、その先で待っているのがこれだ。
「優秀な斥候ほど解除しそうだね」
リュナが落とし穴を見ながら言う。
「私だったら絶対解除するもん」
「俺も、普通なら落ちない」
「私も嫌ですよ」
三人とも同じ意見だった。
「でも、今回は落ちるしかないな」
「待って」
リュナがシオンを止める。
「正解なのは分かったけど、下が安全とは限らないよね?」
「あ」
「先へ進めるってだけでしょ?」
「確かに」
落とし穴を作動させることが攻略上の正解でも、無傷で落ちられるとは表示されていない。
「備えてから落ちましょう」
ロッテが盾を構える。
「そうするか」
シオンはロッドを手にした。
「《プロテクトウォール》」
三人の下方を守れるよう意識し、防御魔法を展開する。
「リュナ、罠はどうやったら動く?」
「中央を踏めばいい」
「じゃあ三人一緒に行くぞ」
「本当にやるんだ……」
「《正解選択》を信じる」
「分かった」
「私も準備できました」
三人が落とし穴の上へ移動する。
リュナが仕掛けの位置を確認した。
「ここ」
「よし」
シオンが足を乗せる。
カチッ。
小さな音が響いた。
直後。
ガコン!
「うわっ!」
床が消えた。
三人の身体が一斉に落下する。
「きゃあっ!」
「おおおっ!?」
暗い穴の中を落ちていく。
想像していたより深い。
やがて下方に石床が見えた。
シオンの《プロテクトウォール》が先に床へぶつかる。
落下の勢いが弱まり、その直後に三人が着地した。
「っと!」
シオンは膝を曲げて衝撃を逃がす。
隣ではリュナも無事に着地している。
ロッテも盾を構えたまま着地した。
「……大丈夫?」
シオンが尋ねる。
「大丈夫」
「私も平気です」
三人が上を見る。
かなり高い位置に、落ちてきた穴が見えている。
「帰り、どうするんだ?」
「あとで考えようよ」
「そうだな」
シオンが《ライト》で周囲を照らす。
「……おお」
そこは、今までの細い迷路とはまるで違っていた。
広い石造りの通路。
壁には人や魔物を描いた古い壁画が並び、太い石柱が一定間隔で立っている。
床にも複雑な模様が刻まれていた。
「雰囲気が変わったね」
「ああ」
「ここも二階なんでしょうか?」
「どうだろう」
シオンは先ほどまで作っていた地図を取り出す。
当然ながら、今いる場所は載っていない。
「とりあえず……」
落とし穴の位置を書き込む。
その横へ注意書きを加えた。
【解除しないこと。作動させて下へ進む】
リュナがそれを見て苦笑する。
「知らなかったら絶対信じないよ、その地図」
「でも本当だろ?」
「本当だけど」
「ギルドに渡す時、ちゃんと説明しないと駄目ですね」
「ああ」
シオンは地図をしまった。
三人の前には、一本の通路だけが伸びている。
迷路ではない。
その奥には、これまでとは違う大きな石扉が見えていた。
「行ってみよう」
シオンたちは石扉へ向かって歩き始めた。




