第64話 砂王の墳墓
オアシスの水位が上昇していることを確認したあと、シオンたちはダリオたちと一緒に冒険者ギルドへ戻った。
まだ以前の水位には遠い。
それでも、水が減り続ける状況からは抜け出した。
あとは水龍が元の洞窟に住み続けられるよう、ギルドと街が環境を整えていけばいい。
「さて」
ギルドの奥にある部屋へ戻ると、ダリオが椅子へ腰を下ろした。
「もう一つ、大事な話が残っている」
「水龍のこと?」
「それも大事だが、お前たちへの報酬だ」
「あ」
シオンはそこで初めて思い出した。
「そういえば、何も決めずに調査してたな」
「本当に今気づいたの?」
リュナが呆れたように見る。
「オアシスの原因が気になってたから」
「シオンさんらしいですね」
ロッテが笑う。
そもそも今回の調査は、ギルドから正式に依頼されたものではない。
オアシスの水位が一晩で十八センチも低下していることを確認したあと、シオンたちが自分たちで原因を調べ始めたのがきっかけだった。
その結果、岩山に新たなダンジョンを発見し、水龍まで見つけることになった。
「正式な依頼ではなかったが、何もなしというわけにはいかん」
ダリオが言う。
「お前たちが原因を突き止めなければ、オアシスは今も水を失い続けていただろう。最悪の場合、ハサムそのものを維持できなくなっていた」
「そこまで言われると、結構すごいことした気がしてきた」
「実際にしてるんだよ」
リュナが言った。
「街とも話をする必要があるが、今回の件については特別報酬として金貨十枚を出す」
「十枚!?」
シオンが思わず聞き返す。
「ああ」
「結構多いな」
「街一つが存続できるかどうかの問題だったんだ。むしろ金で解決できたのなら安いくらいだ」
「それもそうか」
以前、オアシスへ《アクアフォール》で給水した時とは話が違う。
今回は減った水を補充したのではなく、水が減り続けていた原因そのものを突き止めた。
「三人で分けますか?」
ロッテが尋ねる。
「今まで通り、一緒にしておけばいいだろ」
「私もそれでいいよ」
「私もです」
金貨十枚は、これまでの資金と一緒にシオンの《ストレージ》で保管することになった。
「それと、もう一つある」
ダリオが続ける。
「まだあるの?」
「あの岩山で発見したダンジョンだ」
「ああ」
「あちらについては、今回の報酬とは別だ」
「別なのか?」
「当然だ。未発見ダンジョンの発見は、それだけで価値がある」
ダリオによれば、今後ギルドが調査隊を送り、内部の構造や魔物の強さ、採取できる素材などを確認するらしい。
正式にダンジョンとして登録された段階で、第一発見者であるシオンたちにも別途報酬が支払われる。
「ただし、すぐには出せん」
「調査が終わってないから?」
「そういうことだ。それに今回は水龍の棲み処が奥にある。普通のダンジョンと同じようには扱えん」
「そこは頼むよ」
「ああ。水龍のいる区域は立入制限をかける」
ダリオは机の上に置かれた書類を見る。
「サンダーリザードなど、雷属性の魔物を対象にした依頼についても街と調整する。こちらは早ければ数日中には出せるだろう」
「水龍に届けるのもギルドがやってくれるんだよな?」
「そのつもりだ。冒険者が勝手に水龍のところまで持っていくようにすれば、余計な問題が起こる」
「確かに」
水龍と話ができるとはいえ、すべての冒険者に友好的とは限らない。
それに、水龍の棲み処へ自由に人が出入りするようになれば、水龍自身が嫌がる可能性もある。
ギルドがまとめて管理する方が安全だろう。
「これで、今回の件は一段落かな」
シオンが言う。
「そうだね」
リュナも頷いた。
「久しぶりにゆっくりできそうです」
ロッテが嬉しそうに言う。
ハサムへ到着してから、オアシスの異変を知り、そのまま原因調査へ動き始めた。
街へ来てからほとんど休んでいない。
「で、お前たちはこれからどうするんだ?」
ダリオが尋ねた。
「これから?」
「ああ。ハサムを出る予定があるのか?」
シオンはリュナとロッテを見る。
「どうする?」
「私は急がなくてもいいと思うよ」
「私もです。せっかくハサムまで来たんですから、もう少しいてもいいんじゃないですか?」
「だよな」
次の目的地が決まっているわけでもない。
南へ向かって旅を始め、その途中でハサムへやって来ただけだ。
「じゃあ、しばらくここにいるか」
「それなら――」
それまで話を聞いていたミリアが口を開いた。
「《砂王の墳墓》には行かれますか?」
「砂王?」
シオンが首を傾げる。
「何それ?」
「知らないんですか?」
「知らない」
「ハサムに来る冒険者には、かなり有名なんですけど……」
ミリアは少し驚いている。
「シオンさんたち、本当に何も調べずにハサムへ来たんですね」
「南に行こうって決めただけだったからな」
「それで到着早々オアシスの問題を解決したんですか……」
ミリアは何とも言えない顔をした。
「それで、その砂王の墳墓って?」
リュナが話を戻す。
「ハサムの南東にある遺跡型ダンジョンです」
「遺跡型?」
「はい。巨大な石造りの建造物で、外から見ると三角形をしています」
「三角形?」
シオンが反応した。
「それって……」
前世の記憶にある建造物が浮かぶ。
「ピラミッドみたいなやつ?」
「ぴらみっど?」
「いや、何でもない」
どうやら、この世界では別の呼び方らしい。
「かなり昔からあるんですか?」
ロッテが尋ねる。
「はい。ハサムができるより前から存在していたと言われています」
「そんなに古いんだ」
「内部には魔物だけでなく、罠も多いです。昔の魔道具や装飾品が見つかることもあるので、探索を目的に訪れる冒険者も多いですよ」
「罠か」
シオンがリュナを見る。
「何?」
「頼りにしてる」
「まだ行くって決めてないでしょ」
「行かないの?」
「……行くけど」
「行くんだ」
「そんな話を聞いたら気になるでしょ」
リュナが少し笑った。
ロッテも興味を持ったようで、ミリアへ尋ねる。
「古い魔道具が見つかるんですよね?」
「そう聞いています。私は中へ入ったことがないので詳しくは分かりませんが」
「金属製のものもあります?」
「あると思いますよ」
ロッテの目が輝いた。
「行きましょう!」
「急に積極的になったな」
「古代の金属加工ですよ! 気になるじゃないですか!」
「見るところ、そこなんだ」
「もちろんです!」
シオンはダリオを見る。
「どれくらい危険なダンジョンなんだ?」
「浅い場所なら、それほどでもない。だが奥へ行くほど魔物も罠も強くなる」
「Bランクでも?」
「Bランクなら十分に挑める。ただし、油断はするな」
「攻略されてるの?」
ダリオは首を横に振った。
「完全攻略されたという記録はない」
「おっ」
シオンの表情が変わる。
「シオン、嬉しそう」
「だって完全攻略されてないんだぞ?」
「だからって無茶しないでよ」
「しないって」
「本当に?」
「たぶん」
「たぶんって言った!」
リュナに睨まれ、シオンは視線を逸らした。
ミリアが棚から一枚の紙を取り出す。
「現在ギルドで把握している範囲の簡単な地図ならありますよ」
「地図があるの?」
「入口に近い部分だけです。奥は通路が複雑ですし、まだ調査できていない区画もあります」
シオンは受け取った地図を広げる。
これまで攻略したリーベルのダンジョンとは構造がまるで違った。
単純に階層を下っていくのではない。
複数の部屋と通路が入り組み、途中には地図が途切れている場所もある。
「面白そうだな」
「シオンさん、もう行く気満々ですね」
「ロッテもだろ?」
「はい!」
「即答なんだ」
リュナが笑う。
「じゃあ決まりだな」
シオンは地図を畳んだ。
「明日行く?」
「明日は休もうよ」
リュナがすぐに言った。
「ここ数日ずっと動いてたんだから」
「確かに」
「私も賛成です」
「じゃあ明日は休み。その次の日に行こう」
二人が頷く。
ミリアが地図とは別の紙を差し出した。
「こちらに、確認されている魔物や注意が必要な罠をまとめてあります。出発前に読んでおいてください」
「ありがとう」
シオンはそれも受け取り、《ストレージ》へ収納した。
「砂王の墳墓か」
ハサムへ来た時には、オアシスの問題を解決することになるとも、新しいダンジョンを発見することになるとも思っていなかった。
そして今度は、遥か昔から砂漠に残る巨大な遺跡へ向かうことになった。
「とりあえず今日は宿に戻ろう」
「賛成。お風呂入りたい」
「私もです!」
三人はダリオとミリアに挨拶をして、ギルドを出た。
外へ出ると、ハサムの通りにはいつもの人の流れが戻り始めていた。
オアシスの水位が上がったという話は、すでに街中へ広がっているらしい。
「明日は何する?」
シオンが尋ねる。
「何もしない」
リュナが即答する。
「一日ずっと?」
「朝はゆっくり寝る」
「そのあとは?」
「起きてから考える」
「いいな、それ」
ロッテも頷く。
「たまには予定を決めない日もいいですね」
「じゃあ、そうするか」
三人は宿へ向かって歩き出した。




