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第63話 水龍との約束

「生きている雷獣は嫌いだが、死んだ雷獣は好物なのだ」


 そう言い切った水龍は、目の前に並べられたサンダーリザードへ顔を近づけた。


「では、もらうぞ」


「ああ。そのために出したんだから」


 水龍が大きな口を開き、一匹目のサンダーリザードへ食らいつく。


 続いて二匹目、三匹目。


 シオンたちがダンジョンで倒したサンダーリザードを、水龍は次々と食べていった。


 最後の一匹まで食べ終えると、水龍は目を閉じる。


 しばらくすると、その青い鱗の表面で小さな雷が弾けた。


 バチッ。


「どう?」


 リュナが尋ねる。


 水龍は目を開き、自分の前脚を見る。


「確かに以前とは違う。雷の魔力に対する抵抗が僅かに増しておる」


「ちゃんと効果あるんですね」


 ロッテが感心したように水龍を見る。


「だが、まだ足りぬ。この程度では強力な雷を受ければ大きな傷を負うだろう」


「だったら、次だな」


 シオンの視線がサンダースパイクフォックスへ向く。


 水龍もその巨体を見た。


「これなら、もっと効果あるんだろ?」


「これほど強い雷の魔力を持つ魔獣であればな」


「じゃあ食べてくれ」


「よいのか?」


「ああ。約束したからな」


 水龍がサンダースパイクフォックスへ食らいつく。


 さすがに巨大な魔獣だけあって、一度では食べきれない。


 それでも水龍は時間をかけながら食べ続け、やがてサンダースパイクフォックスの巨体は完全に姿を消した。


 水龍が目を閉じる。


 先ほどとは比べものにならないほど大きな魔力が、その身体を包み始めた。


 青い鱗の表面を小さな雷が走る。


 バチッ!


 水龍はその雷を受けても動じなかった。


「どうだ?」


「かなり違う」


 水龍がゆっくりと目を開く。


「完全に克服したわけではないが、これなら以前より遥かに雷へ耐えられる」


「じゃあ――」


「ああ。約束は守ろう」


 水龍が立ち上がる。


「元の棲み処へ戻る」


「よし!」


 シオンが笑う。


 だが、水龍はすぐに続けた。


「ただし、これで終わりではないぞ」


「分かってる。これからも雷属性の魔物を食べれば、もっと耐性が上がるんだろ?」


「うむ」


「それについては、街に戻ってからギルドに相談してみるよ」


「ぎるど?」


「冒険者が集まるところだ。雷属性の魔物を集めてもらえるように頼んでみる」


 水龍は少し考えてから頷いた。


「それならば助かる」


「その代わり、ちゃんと元の洞窟にいてくれよ」


「約束したであろう」


「なら決まりだな」


 水龍が大きな翼を広げる。


 洞窟の中に強い風が巻き起こった。


「我は先に戻る」


「俺たちもあとから行くよ」


 水龍は洞窟を出ると、大きく翼を羽ばたかせて空へ舞い上がった。


 そのまま岩山を越え、元の棲み処がある方角へ飛んでいく。


 三人はその姿を見送った。


「本当に戻ってくれたね」


「まだ確認してないけどな」


「シオンさん、疑ってるんですか?」


「そうじゃないけど、ちゃんと水が戻るかも見ておきたいだろ?」


「それはそうですね」


 三人も水龍を追って、元の洞窟へ向かった。



 再びダンジョンへ入った三人は、一度通った道を奥へ進んでいく。


 途中で何匹か魔物と遭遇したが、三人にとって苦戦するような相手ではない。


 やがてサンダースパイクフォックスと戦った広間を抜け、その先へ進む。


 しばらくすると、リュナが足を止めた。


「聞こえる」


「何が?」


「水の音」


 シオンも耳を澄ませる。


 確かに聞こえた。


 前に通った時より、はっきりとした水音だ。


「行ってみよう」


 三人は先へ進んだ。


 巨大な洞穴へ入る。


「おお……」


 シオンは思わず声を漏らした。


 水龍は、以前と同じ巨大な窪みに身体を横たえていた。


 だが、変わったのはそれだけではない。


 岩の割れ目から水が流れ出している。


 先ほどまで僅かに染み出しているだけだった場所からも水が湧き、いくつもの小さな流れとなって洞穴の低い場所へ集まっていた。


「増えてる」


 リュナが流れる水の前にしゃがむ。


「さっきとは全然違いますね」


 ロッテも周囲を見回した。


「やっぱり、水龍がここにいることが関係してたんだな」


 シオンの声に、水龍が顔を上げる。


「我がここにおれば、水の魔力が集まり、水が生まれる。それだけのことだ」


「その水が地下を通ってオアシスまで流れてるってことか」


「おそらくな。我は人間の街ができるより遥か昔からここに住んでいた。地上のことなど知らぬ」


「街のために水を出してたわけじゃないんだね」


 リュナが言う。


「当然だ。我はここが気に入って住んでいただけだ」


 それでも結果として、水龍が生み出す水が砂漠のオアシスを支えていた。


 そして、そのオアシスを中心に人が集まり、街ができた。


「これなら大丈夫そうだな」


「あとはオアシスまでちゃんと届くかですね」


「街に戻って確認しよう」


 シオンは水龍を見る。


「俺たちはハサムへ戻るよ」


「ハサム?」


「オアシスの周りにある街の名前だ」


「そうか」


「雷属性の魔物のことも話してみる」


「頼んだぞ」


「ああ」


 三人は水龍を残し、洞窟をあとにした。



 すでに日が傾いていたため、その日は岩山の近くで野営することにした。


 翌朝。


 三人は砂漠を進み、昼頃にはハサムへ戻ってきた。


「やっと帰ってきた」


 リュナが街の門を見上げる。


「まずはギルドですね」


「ああ。ダリオに報告しないとな」


 三人は門を通り、そのまま冒険者ギルドへ向かった。


 ギルドへ入ると、受付にいたミリアがすぐに気づいた。


「シオンさん!」


 ミリアが受付から身を乗り出す。


「リュナさん、ロッテさんも! 無事だったんですね」


「ただいま」


「ギルド長から、三人はそのまま調査を続けたと聞いていたので心配してたんです」


「ダリオはいる?」


「います。呼んできます!」


 ミリアが奥へ向かう。


 しばらくすると、ダリオが姿を現した。


「戻ったか」


「ああ」


「その顔を見る限り、何か分かったようだな」


「かなり」


「奥で聞こう」


 三人はダリオとミリアと一緒に、ギルドの奥にある部屋へ移動した。


 席につくと、ダリオがすぐに尋ねる。


「何があった?」


「まず、オアシスの水が減った原因は分かったと思う」


 ダリオの表情が変わった。


「聞かせてくれ」


「あのダンジョンの奥に、水龍が住んでたんだ」


「水龍?」


 ダリオが眉を上げる。


 ミリアも目を丸くした。


「ドラゴンがいたんですか?」


「正確には、一度いなくなってた」


 シオンは順番に説明していく。


 ダンジョンの最奥近くで大量の水が流れていた痕跡を見つけたこと。


 巨大な生物がいた跡と、《水龍の鱗》を発見したこと。


 《正解選択》を使って水龍を探し、岩山の北側で見つけたこと。


 そして、ダンジョン化によって現れたサンダースパイクフォックスを嫌って、水龍が元の棲み処から逃げていたこと。


「つまり、水龍がいなくなったことで水が減ったと?」


「ああ。水龍が戻ったあと、洞窟の水量が明らかに増えた」


「俺たちが見つけた時は、ほとんど水が残ってなかったんだよ」


 リュナが補足する。


「でも、水龍が戻ったあとは岩の隙間からどんどん水が湧いてました」


 ロッテも続けた。


 ダリオは腕を組む。


「なら、その水が地下を通ってオアシスへ流れ込んでいる可能性が高いか」


「俺たちもそう考えてる」


「水龍は戻ることを承知したのか?」


「ああ。ただ、条件がある」


「条件?」


「雷属性の魔物を食べたいらしい」


「……どういうことだ?」


 シオンは、水龍が雷属性を苦手としていること、その一方で雷属性の魔物を食べれば少しずつ耐性を得られることを説明した。


「それで、ダンジョンで倒したサンダーリザードとサンダースパイクフォックスを食べさせた」


「サンダースパイクフォックスも倒したのか」


「ああ」


「なるほどな……」


 ダリオはしばらく考え込んだ。


「それで水龍は戻った。だが、今後も雷属性の魔物を与え続けた方がいいということか」


「そういうこと」


「分かった」


 ダリオはすぐに頷いた。


「なら、ギルドで仕組みを作ろう」


「できる?」


「やるしかない。オアシスの維持に関わる話だからな」


 ダリオが机の上に紙を置く。


「雷属性の魔物を対象にした常設依頼を出す。まずは、あのダンジョンに生息しているサンダーリザードが対象になるだろう」


「討伐した魔物を水龍に届けるの?」


「そうする。ギルドへ納品させ、一定量が集まったらこちらで運搬する形がいいだろう」


「それなら冒険者も普通の討伐依頼として受けられますね」


 ミリアが言う。


「ああ。報酬については街とも相談する。オアシスを維持するための費用なら、給水の緊急予算から回すこともできるはずだ」


 そこでシオンは、もう一つ気になっていたことを伝える。


「ダリオ。ダンジョンを冒険者に開放するなら、水龍のことも頼みたい」


「討伐されないように、か」


「ああ」


 ダリオはすぐに意図を理解した。


「もちろんだ。水龍への攻撃は禁止する」


「できれば、棲み処の近くにも勝手に入らないようにしてほしい」


「そうだな。ダンジョン自体は調査する必要があるが、水龍の棲み処まで探索区域にする理由はない」


 ダリオが紙へ書き込んでいく。


「まず入口をギルドの管理下に置く。内部調査が終わるまでは無断での立ち入りを禁止する。その後、安全を確認できた区域から開放する」


「水龍のいる場所は?」


「立入制限区域に指定する。水龍への攻撃は厳禁。雷属性の魔物を届ける場合も、ギルドが管理する」


「それなら安心だな」


「むしろ守らなければ困るのはこちらだ。水龍が再びいなくなれば、またオアシスが枯れる可能性がある」


 ダリオはそこまで言うと立ち上がった。


「話を聞く限り、すでに水量が戻り始めているんだな?」


「ああ」


「なら、オアシスを確認しよう」


 ミリアも立ち上がる。


「私、今朝の水位の記録を持ってきます!」


「頼む」


 五人はギルドを出て、オアシスへ向かった。



 オアシスに到着すると、すでに水辺には何人もの住民が集まっていた。


「増えてないか?」


「ああ。朝より上がってるぞ」


「本当か?」


 そんな声が聞こえてくる。


 ミリアは水位を示す目印へ駆け寄り、手にした記録と見比べた。


「ギルド長!」


「どうだ?」


「上がってます!」


 ミリアが振り返る。


「間違いありません。今朝の計測より水位が上昇しています!」


 ダリオが水辺へ近づき、自分の目でも確認する。


「昨日まで減り続けていたのが、増加に転じたか」


「水龍が戻ったからだと思う」


「ああ。これなら辻褄が合う」


 ダリオは大きく息を吐いた。


 張り詰めていた表情が、僅かに緩む。


「給水制限はすぐには解除できないが、このまま水位が回復するなら段階的に緩和できる」


「よかったですね!」


 ロッテが嬉しそうに笑う。


 リュナもオアシスを眺めながら頷いた。


「街の人たちも安心できそう」


 周囲では、水位が上がったことに気づいた住民たちの声が少しずつ広がっている。


 まだ以前の水位には遠い。


 それでも、減り続けていた水が初めて増加へ転じた。


 ダリオはしばらくオアシスを見つめてから、シオンたちへ向き直った。


「三人とも、ありがとう」


「まだ完全に元通りになったわけじゃないよ」


「それでもだ。街にとっては大きな一歩だ」


 シオンはもう一度、水面を見る。


 昨日までとは違い、そこには確かに戻り始めた水があった。

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