第62話 逃げた水龍
「ここ、水龍が住んでたのか」
シオンは手にした青い鱗を見つめた。
【水龍の鱗】
《鑑定》の結果は間違いなくそう表示されている。
リュナが巨大な洞穴を見回した。
「だったら、この爪痕も水龍のものかな」
「大きさを考えたら、その可能性は高そうだな」
「ここに水龍がいて、水もたくさんあったんですよね?」
ロッテが、岩の割れ目から僅かに染み出している水を見る。
「それが、水龍がいなくなってから減った……」
「たぶんな」
シオンは頷いた。
サンダースパイクフォックスが現れた。
水龍がいなくなった。
そして、オアシスの水位が急激に下がり始めた。
時期が重なっているなら、無関係とは考えにくい。
「でも、水龍はどこへ行ったんだろう」
「それなんだよな」
シオンは頭を掻く。
ダンジョンの中には、もういないように見える。
だからといって、砂漠を手当たり次第に探すわけにもいかない。
「探すって言っても、この砂漠全部を探すのは無理だよ」
「どっちへ行ったのかも分かりませんしね」
リュナとロッテの言葉に、シオンは手の中の鱗を見る。
「だったら――」
「使うの?」
「ああ」
リュナにはすぐ分かったらしい。
シオンは《正解選択》へ意識を向けた。
「水龍を探すなら、次にどこへ行けばいい?」
目の前に文字が浮かび上がる。
【水龍を探すため、次に向かうべき場所を選択してください】
【① 砂漠の街】
【② 岩山の北側】
【③ 岩山の地下深部】
そして、一つの選択肢が光った。
【② 岩山の北側】
【正解】
「岩山の北側だって」
「近くにいるってこと?」
「そこまでは分からない。でも、探すなら北側が正解らしい」
「なら決まりですね!」
ロッテが立ち上がる。
「行きましょう!」
「その前に、ここから出ないとな」
「来た道を戻る?」
リュナが尋ねる。
「ああ。それが確実だろ」
ダンジョンの奥から岩山の北側へ直接出られる道があるかは分からない。
わざわざ迷う必要もない。
三人は来た道を引き返した。
途中、シオンは壁に生えていた青白い結晶の前で足を止める。
「ロッテ」
「はい?」
「調べなくていいの?」
「!」
ロッテの目が輝いた。
「いいんですか!?」
「帰りに調べるって言ってただろ」
「覚えててくれたんですね!」
「まあな」
ロッテは嬉しそうに結晶へ近づく。
「触るなよ?」
「分かってますって!」
ロッテは直接手を触れず、結晶をじっくり観察する。
「雷属性の魔力を含んでますね。たぶん素材として使えます」
「持って帰る?」
「少し欲しいです!」
「じゃあ採ってみるか」
シオンは周囲の岩ごと切り出せそうな部分を選び、魔法を使って結晶をいくつか採取した。
そのまま《ストレージ》へ収納する。
「ありがとうございます!」
「何に使えるんだ?」
「まだ分かりません!」
「分からないのかよ」
「だから調べるんですよ!」
ロッテは満足そうだった。
リュナが苦笑する。
「ロッテって、本当にこういうの好きだよね」
「もちろんです!」
三人は再び出口を目指した。
途中で何匹か魔物に遭遇したが、行きに倒したサンダーリザード程度で、三人を止められる相手ではない。
倒したサンダーリザードも、シオンはいつも通り《ストレージ》へ収納していった。
しばらくして、洞窟の入口へ戻ってくる。
「眩しい……」
リュナが目を細めた。
洞窟の外には、相変わらず強烈な砂漠の日差しが降り注いでいる。
「地下は涼しかったからな」
「戻りたい」
「水龍を探すんだろ?」
「分かってるよ」
リュナの耳が少し垂れる。
シオンはロッドを取り出した。
「《アイスランス》」
氷の槍が砂へ突き刺さる。
「休憩してから行くか」
「賛成!」
さっきまで戻りたいと言っていたリュナが、真っ先に氷へ近づいた。
ロッテも反対側から抱きつく。
「冷たいです!」
「リュナ、もう普通に来るようになったな」
「暑いんだから仕方ないでしょ」
「最初は嫌がってたのに」
「うるさい」
「痛っ」
リュナに足を踏まれた。
「シオンさん、氷から離れちゃいますよ?」
「そっちの心配?」
「大事です!」
三人はしばらく《アイスランス》で身体を冷やしてから、岩山の北側へ向かった。
岩山沿いを歩く。
「リュナ、何か分かる?」
「ちょっと待って」
リュナの耳が動く。
だが、すぐには何も見つからない。
「今のところ、魔物の気配はないよ」
「水龍も?」
「近くにはいないと思う」
「北側って結構広いぞ」
「《正解選択》がこっちって言ったんだから、何かあるんじゃない?」
「そうだよな」
三人は岩山沿いをさらに進んだ。
しばらくすると、ロッテが足を止める。
「あれ?」
「どうした?」
「これ、何でしょう」
ロッテが指差した先。
岩肌の一部が大きく削れている。
自然に崩れたようには見えない。
シオンが近づく。
「でかいな」
「何かが擦った跡?」
リュナもしゃがんで確認する。
さらに周囲を見ると、似たような跡がいくつも残っていた。
「こっちにもある」
岩だけではない。
地面にも大きな窪みがある。
砂に埋もれかけているが、何か巨大なものが通ったように見えた。
「水龍かな?」
「可能性はあるね」
リュナが立ち上がる。
「この跡、向こうへ続いてる」
「追える?」
「やってみる」
そこからはリュナが先頭になった。
地面に残る僅かな跡。
岩に付いた傷。
普通なら見逃してしまいそうな痕跡を見つけながら進んでいく。
「リュナ、すごいな」
「これくらいならね」
「俺だったら最初のところで見失ってる」
「シオンは魔法があるでしょ」
「彼女が優秀で助かる」
「……そういうの急に言わないで」
リュナの耳が僅かに赤くなる。
「褒めただけなのに」
「だからよ」
後ろを歩いていたロッテが笑う。
「仲良しですね」
「ロッテ!」
「何も言ってませんよ?」
「言ったでしょ!」
そんなやり取りをしながら進むことしばらく。
リュナが突然立ち止まった。
「待って」
シオンとロッテも止まる。
「何かいる?」
「いる」
リュナの表情が真剣になる。
「大きい」
「サンダースパイクフォックスくらい?」
リュナは少し考えてから首を振った。
「もっと大きいと思う」
三人は武器に手をかける。
「どこ?」
「この先」
リュナが指差した。
岩山の一部が大きく窪み、その奥が陰になっている。
近づくと、岩壁に大きな裂け目があるのが分かった。
「洞窟?」
「こっちはダンジョンじゃなさそうだね」
入口の周囲に、先ほどまで見ていた青白い結晶はない。
魔力の雰囲気も違う。
そして――。
シオンは気づいた。
「涼しい」
「本当ですね」
洞窟の中から冷たい空気が流れてくる。
さらに微かな水音も聞こえた。
「入ってみよう」
三人は慎重に洞窟へ入った。
シオンが《ライト》を使う。
奥へ進むにつれて、足元が少しずつ湿ってきた。
「水があります」
ロッテが指差す。
岩の隙間から僅かに水が染み出し、地面を濡らしていた。
さらに奥へ進んだところで――。
「止まって」
リュナが二人を制した。
「すぐそこにいる」
低い音が響いた。
グルルルル……。
シオンはロッドを構える。
三人が広い空間へ出る。
《ライト》の光が奥まで届いた。
「……でか」
思わず声が漏れた。
巨大な身体。
青みがかった鱗。
長い首と尾。
身体を丸めているが、それでもサンダースパイクフォックスより遥かに大きい。
背中には大きな翼が畳まれている。
その頭がゆっくりと持ち上がった。
青い瞳が三人を見る。
「人間……それに獣人とドワーフか」
「喋った!」
シオンが驚く。
「そこ!?」
リュナが小声で突っ込む。
「いや、ドラゴンが普通に喋ったから」
「今はそこじゃないでしょ」
巨大な竜が目を細めた。
「我の棲み処へ何用だ」
「棲み処?」
シオンは周囲を見る。
水はあるが、あの巨大な洞穴とは比べものにならないほど狭い。
「もしかして、水龍?」
竜の目が僅かに見開かれる。
「……なぜ、その名を知っている」
「これを見つけた」
シオンは《ストレージ》から青い鱗を取り出した。
水龍の視線が鱗へ向く。
「我の鱗……」
「西側の洞窟で見つけたんだ」
水龍の表情が険しくなる。
「あの場所へ入ったのか」
「ああ」
「ならば、雷を纏う魔獣を見たであろう」
「サンダースパイクフォックス?」
水龍の喉から低い唸り声が漏れた。
「そう呼ばれているのかは知らぬ。だが、雷を操る巨大な獣だ」
「いたよ」
「ならば、早々に立ち去るがいい。あれは危険だ」
「もういないぞ」
「……何?」
「倒した」
水龍が動きを止めた。
「…………」
「三人で倒しました!」
ロッテが胸を張る。
水龍は三人を順番に見る。
「倒した……だと?」
「ああ」
「本当に?」
「本当に」
「……あの雷を操る獣を?」
「そうだけど」
水龍はしばらく黙っていた。
「じゃあ、元の洞窟へ戻れるよな?」
シオンが尋ねる。
水龍の瞳が細くなる。
「戻らぬ」
「え?」
「戻らぬと言った」
「なんで!?」
シオンは思わず聞き返した。
「原因だった魔獣はもう倒したんだぞ?」
「今はな」
水龍が低い声で答える。
「また同じような雷を操る魔獣が現れぬとは限らぬ」
「でも――」
「我は雷が嫌いだ」
「嫌い?」
「大嫌いだ」
妙に力強かった。
リュナがシオンの袖を引く。
「もしかして……逃げた理由って」
「雷?」
水龍が顔を背ける。
「相性が悪いのだ」
「水だから?」
「言うな」
「やっぱりそうなんだ」
「言うなと言っている!」
洞窟に水龍の声が響く。
ロッテが少しだけ笑いを堪えていた。
「笑うな、ドワーフ」
「わ、笑ってません!」
「笑っておる」
「すみません!」
水龍は不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「とにかく、我は戻らぬ」
「困ったな……」
シオンは頭を掻く。
水龍が戻らなければ、オアシスの水も戻らない可能性が高い。
「雷が怖くなくなれば戻る?」
「簡単に言うな。あの雷は我にとって厄介なのだ」
「じゃあ、雷に強くなればいいんじゃない?」
リュナが言った。
「それができれば苦労はせぬ」
「雷への耐性を上げる方法ってないの?」
シオンの問いに、水龍は少し黙った。
「……ないわけではない」
「あるのか!」
「雷属性の魔力を持つ魔物を喰らうことだ」
「食べる?」
「そうだ。雷の魔力を持つ肉や魔核を喰らい、少しずつ身体へ馴染ませる。続けていけば、雷への耐性を得ることができる」
「じゃあ、雷属性の魔物を食べればいいんじゃない?」
リュナが言う。
「簡単に言うな。我は雷を操る魔物が嫌いなのだ」
「だったら、俺たちが倒した奴なら?」
「……何?」
「生きてる奴と戦う必要はないだろ?」
水龍が黙った。
「…………」
「どうした?」
「その発想はなかった」
「なかったの!?」
「我が喰らうものは、我が狩るものだと思っていた」
「別に誰が倒してもいいだろ」
「……確かに」
水龍が真剣な顔で考え込む。
そこでロッテがシオンを見る。
「シオンさん、持ってますよね?」
「ああ」
「何を持ってるの?」
リュナが尋ねる。
「サンダーリザード」
「あっ」
ダンジョンの中で何匹も倒している。
その死体は、いつものようにシオンが《ストレージ》へ収納していた。
「水龍」
「何だ」
「これ、食べるか?」
シオンが《ストレージ》からサンダーリザードを一匹取り出す。
ドサッ。
青黒い鱗に覆われた死体が地面へ現れた。
水龍の目が大きくなる。
「雷属性の魔物か」
「ああ。サンダーリザードっていうらしい」
水龍が顔を近づけ、匂いを嗅ぐ。
「……死んでいるな?」
「死んでるよ」
「雷を放つこともない?」
「ないって」
「ならば……喰える」
さっきまで嫌そうだった水龍の目が、少しだけ輝いた。
「でも、その前に一つ約束してほしい」
「約束?」
「ああ」
シオンは水龍を見る。
「これをあげる。それから、俺たちがこれからも雷属性の魔物を持ってきたら、雷に対する不安がなくなったところで元の洞窟へ戻ってくれないか?」
水龍が黙った。
「お前がいなくなってから、砂漠の街にあるオアシスの水が急激に減ってるんだ」
「人間の街か」
「ああ。あのままだと、いずれ水がなくなる」
水龍はしばらくシオンを見つめていた。
「我は、人間のために水を生み出していたわけではないぞ」
「分かってる」
「我はあの洞窟が気に入っていただけだ」
「それでいいよ」
「……何?」
「街を助けるために戻ってくれって言ってるんじゃない。あの洞窟が好きなら、また安心して住めるようにする。その代わり戻ってほしいってこと」
水龍が僅かに目を細めた。
「俺たちは雷属性の魔物を倒して持ってくる。水龍はそれを食べて雷に強くなる。それなら、また雷の魔物が現れても前より安心だろ?」
「なるほど……」
「どう?」
水龍は目の前のサンダーリザードを見る。
それからシオンたちを見た。
「……よかろう」
「本当か?」
「十分な雷への耐性を得られるのであれば、あの洞窟へ戻ろう。もともと、あそこは長く我が棲み処としていた場所だ」
「よし!」
シオンが拳を握る。
「ただし、一匹程度では足りぬぞ」
「やっぱり?」
「当然だ。雷への耐性は少しずつ身につくもの。一匹喰らっただけで雷が平気になるのであれば、とうに我自身でどうにかしておる」
「なるほどな」
シオンが頷く。
「じゃあ、一匹じゃなければいいんだな?」
「何?」
シオンが《ストレージ》から二匹目を取り出した。
ドサッ。
「…………」
三匹目。
ドサッ。
「……まだあるのか?」
「あるぞ」
さらにサンダーリザードを取り出していく。
水龍の目が徐々に輝いていった。
「お前たち……どれだけ狩ったのだ?」
「途中で結構出てきたからな」
「全部くれるのか?」
「そのために出したんだから」
「おお……」
水龍が嬉しそうにサンダーリザードを見る。
リュナが小声でシオンに話しかける。
「なんか急に機嫌よくなったね」
「雷の魔物、嫌いなんじゃなかったのか?」
二人の会話を聞いた水龍が顔を上げる。
「生きている雷獣は嫌いだ」
「じゃあ死んでるのは?」
「好物だ」
「そこは別なんだ……」
リュナが呆れたように言った。
ロッテが並んだサンダーリザードを見る。
「これだけあれば、結構強くなれるんじゃないですか?」
「多少はな」
「多少?」
「言ったであろう。少しずつ耐性を得るのだ。この程度で雷が怖くなくなるほど簡単ではない」
「そっか」
シオンは少し考える。
「じゃあ、もっと強い雷属性の魔物なら?」
「強い?」
「魔力が多い奴の方が効果あるのか?」
「無論だ。より強い雷の魔力を持つ魔物であれば、その分だけ我が取り込める雷の魔力も多い」
「だったら――」
シオンは笑った。
「ちょうどいいのがある」
「まだ持っているのか?」
「ああ」
シオンが《ストレージ》へ手を伸ばす。
「さっき話しただろ?」
「何をだ?」
「お前を元の洞窟から追い出した奴」
水龍の動きが止まった。
「まさか……」
「そのまさか」
シオンが《ストレージ》からサンダースパイクフォックスを取り出した。
ドンッ!
巨大な魔獣の死体が洞窟の床へ現れる。
「…………」
水龍が固まった。
サンダーリザードとは比べものにならないほど濃い雷の魔力が、死体から漂っている。
「これも食べる?」
水龍は答えない。
「水龍?」
巨大な顔が、ゆっくりとサンダースパイクフォックスへ近づく。
鼻先で匂いを嗅ぐ。
「……死んでいるな?」
「だから倒したって言っただろ」
「本当に動かぬな?」
「動かないよ」
水龍は念入りに確認する。
やがて顔を上げた。
「これを喰らえば、かなりの雷の魔力を取り込める」
「じゃあ約束通り――」
「ああ」
今度は水龍が迷わず答えた。
「これほどの雷獣まで用意してくれるのであれば、我も約束を守ろう」
「よし!」
シオンが拳を握る。
水龍はサンダースパイクフォックスをじっと見つめる。
その目は、先ほどまで雷を嫌がっていた竜とは思えないほど輝いていた。
「……そんなに食べたいの?」
リュナが尋ねる。
「何度も言わせるな」
水龍は大きく口を開いた。
「生きている雷獣は嫌いだが、死んだ雷獣は好物なのだ」




