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第61話 雷を纏う魔獣

 三人は雷光が瞬く通路を進んでいた。


 奥へ進むたび、空気が変わっていく。


 バチッ。


 壁に混じる青白い結晶から、ときおき小さな雷が弾ける。


「さっきより増えてない?」


 リュナが周囲を見ながら言う。


「増えてるな」


「触ったら痛そうですね」


「ロッテ、絶対触るなよ?」


「触りませんよ!」


「さっき素材として気になるって言ってただろ」


「気にはなりますけど、今は調査中です!」


 ロッテが少しだけ不満そうな顔をする。


「帰りならいいのか?」


「帰りに調べます!」


「やっぱり触る気じゃない」


 リュナが呆れたように笑った。


 そんな会話をしながらも、三人は周囲への警戒を怠らない。


 先ほどからリュナの耳は、ずっと通路の奥へ向いていた。


「まだいる?」


「いるよ」


「動いてる?」


「たぶん同じ場所にいる。さっきからほとんど位置が変わってない」


「じゃあ、待ち構えてるのかな」


「どうだろう。でも大きいのは間違いないと思う」


 しばらく進むと、通路の先に広い空間が見えてきた。


 三人は足を止める。


「この先」


 リュナが小声で言った。


 シオンは《ライト》を少し前へ移動させる。


 光が広間へ入った。


 かなり広い。


 先ほど通った地下空間よりもさらに大きく、天井も高かった。


 そして――。


 バヂィッ!


 青白い光が広間を照らす。


「いた」


 リュナが《蒼銀華》へ手をかける。


 広間の中央。


 巨大な獣がこちらを見ていた。


「……狐?」


 シオンが呟く。


 見た目は確かに狐に似ている。


 だが、大きさがおかしい。


 四本の脚で立った状態でも、ロッテより遥かに大きい。


 胴体だけでも数メートルはあり、長い尾まで含めればさらに巨大だった。


 青黒い体毛。


 背中から尾にかけて、針のように尖った毛が何本も伸びている。


 その一本一本に青白い雷が走っていた。


 シオンは《鑑定》を使う。


【サンダースパイクフォックス】


【強力な雷属性の魔力を持つ大型魔獣】


【背中と尾の雷針を射出する】


【雷属性の攻撃を得意とする】


「サンダースパイクフォックス」


「強そうですね」


「うん。さっきのサンダーリザードとは全然違う」


 リュナの表情から笑みが消える。


 サンダースパイクフォックスも、三人を敵と判断したらしい。


 身体を低くした。


「来るぞ!」


 直後。


 消えた。


「速っ!」


 次の瞬間には、サンダースパイクフォックスがロッテの正面まで迫っていた。


「《不動》!」


 ロッテが盾を構える。


 雷を纏った前脚が振り下ろされた。


 ガァンッ!


「くっ!」


 ロッテの身体が僅かに後ろへ押される。


 しかし、踏みとどまった。


 バチバチと雷が盾の表面を走る。


 だが――。


「あれ?」


 ロッテが目を丸くする。


「痺れません!」


「効いてる!」


 シオンが声を上げた。


 《エレメントガード――サンダー》。


 盾で受け止めた雷属性の力だけが消えている。


 ただし、巨大な前脚そのものの衝撃まで消えたわけではない。


「重いですけど……これなら!」


 ロッテが盾を押し返す。


「《シールドバッシュ》!」


 ドンッ!


 サンダースパイクフォックスの前脚が弾かれた。


「リュナ!」


「分かってる!」


 リュナが横から飛び込む。


 《蒼銀華》がサンダースパイクフォックスの脇腹を斬り裂いた。


「ギャウッ!」


 巨体が跳び退く。


「硬くはない!」


 リュナが叫ぶ。


「だったらいける!」


 シオンがロッドを向ける。


「《サンダーボルト》!」


「シオン!?」


「あ」


 雷がサンダースパイクフォックスへ直撃する。


 だが、巨体は少し揺れただけだった。


「雷の魔物に雷撃ってどうするのよ!」


「つい!」


「ついじゃない!」


「必殺技っぽくて撃ちたくなった!」


「知らないわよ!」


「じゃあ次!」


 シオンはすぐに魔法を切り替える。


「《アイスランス》!」


 氷の槍が飛ぶ。


 サンダースパイクフォックスは横へ跳んだ。


 速い。


 《アイスランス》が地面へ突き刺さる。


「避けた!」


「シオン、来る!」


 リュナの声と同時に、サンダースパイクフォックスの尾が大きく広がった。


 針のような毛が逆立つ。


 バヂバヂバヂッ!


「まずい!」


 シオンが叫ぶ。


 無数の雷針が放たれた。


「二人とも後ろへ!」


 ロッテが前へ出る。


 巨大な盾を構えた。


「《不動》!」


 シオンとリュナがロッテの後ろへ入る。


 直後。


 ガガガガガッ!


 無数の雷針が盾へ突き刺さる。


 青白い雷が一気に弾けた。


 だが、盾の表面に触れた雷は、そのまま消えていく。


「すごい!」


 ロッテが叫ぶ。


「雷が全然来ません!」


「そのまま頼む!」


「はい!」


 雷針そのものの衝撃はある。


 それでも《不動》を使ったロッテは踏みとどまっていた。


 攻撃が止まる。


「今!」


 シオンとリュナが同時に飛び出した。


「《ヘイスト》!」


 シオンがリュナへ魔法をかける。


「ありがと!」


 ただでさえ速いリュナが、さらに加速した。


 サンダースパイクフォックスがリュナを追う。


 しかし捉えられない。


「こっち!」


 リュナが右へ。


 サンダースパイクフォックスも向きを変える。


 その瞬間。


「《ファイアボール》!」


 横から炎の球が直撃した。


 爆発。


「ギャウッ!」


「当たった!」


「もう一発!」


 シオンが続けてロッドを向ける。


 だが、サンダースパイクフォックスは一気に距離を詰めてきた。


「シオン!」


 巨大な牙に雷が走る。


 シオンは地面に落ちた自分の影を見る。


「《影跳び》!」


 姿が消える。


 次の瞬間、少し離れた岩陰にできた影からシオンが現れた。


 牙が空を噛む。


「危なっ!」


「油断しない!」


「してない!」


「してた!」


 リュナが走りながら叫ぶ。


「シオンさん!」


 ロッテの声が飛ぶ。


 サンダースパイクフォックスの背中の雷針が、再び逆立っていた。


 今度はロッテではなく、シオンへ向いている。


「またそれか!」


 シオンが動こうとする。


 しかし、その前にロッテが走った。


「こっちです!」


 シオンの前へ滑り込む。


 盾を構える。


「《不動》!」


 雷針が降り注いだ。


 ガガガガガッ!


「おお!」


 シオンの目の前で、雷が次々と消えていく。


「ロッテの盾、すげえ!」


「もっと褒めてもいいですよ!」


「あとでな!」


「約束ですよ!」


 攻撃を防ぎきったロッテが笑う。


 リュナはすでに動いていた。


「《影縫い》!」


 サンダースパイクフォックスの影を捉える。


「ギャッ!?」


 巨体の動きが一瞬止まった。


「シオン!」


「任せろ!」


 シオンはロッドを向ける。


 ここで広範囲の《エクスプロージョン》を使えば、リュナまで巻き込む可能性がある。


 ならば――。


「《ホーリージャベリン》!」


 光の槍が一直線に飛んだ。


 サンダースパイクフォックスの肩を貫く。


「ギャアッ!」


 《影縫い》が解けた。


 怒ったサンダースパイクフォックスが大きく口を開く。


 口の中へ青白い雷が集まっていく。


「今度は何!?」


 リュナが距離を取る。


「たぶんでかいのが来る!」


「二人とも私の後ろへ!」


 ロッテが盾を構えた。


 シオンとリュナがすぐ後ろへ入る。


 サンダースパイクフォックスの口から、太い雷撃が放たれた。


 ドォンッ!


 雷撃が盾へ直撃する。


「ぐっ!」


 ロッテの足元が地面を削る。


 属性攻撃は無効化されている。


 それでも、雷撃そのものに伴う勢いまでは消えない。


「ロッテ!」


「大丈夫です!」


 ロッテは歯を食いしばって踏ん張る。


「《不動》を……舐めないでください!」


 青白い雷が盾の左右へ弾ける。


 それでも、ロッテの後ろには一筋も届かなかった。


 やがて雷撃が途切れる。


「今です!」


「リュナ!」


「うん!」


 リュナが飛び出した。


 サンダースパイクフォックスは大技を放った直後。


 次の動きへ移るまで、ほんの僅かな隙がある。


「《瞬影乱舞》!」


 リュナの姿が掻き消えた。


 一閃。


 二閃。


 三閃。


 サンダースパイクフォックスの周囲を駆け抜けながら、《蒼銀華》が次々と巨体を斬り裂いていく。


「ギャアアアッ!」


 魔獣が吠える。


 リュナが最後の一撃を叩き込み、そのまま一気に離れた。


「シオン!」


「分かってる!」


 シオンはすでにロッドを構えていた。


 サンダースパイクフォックスの周囲にリュナはいない。


 ロッテも離れている。


 なら――。


「これなら使える!」


 ロッドの先へ魔力を集中させる。


「《エクスプロージョン》!」


 サンダースパイクフォックスの足元を中心に、巨大な爆発が起こった。


 ドォォォンッ!


 衝撃が広間を揺らす。


 熱と爆風が吹き抜け、砂埃が舞い上がった。


「シオン、やりすぎ!」


「二人が離れてるの確認したから大丈夫!」


「そういう問題じゃない!」


 砂埃がゆっくり晴れていく。


 広間の中央。


 サンダースパイクフォックスが倒れていた。


 背中の雷針から、小さな雷が何度か弾ける。


 バチッ。


 バチ……。


 やがて、それも消えた。


「終わった?」


 ロッテが盾を構えたまま尋ねる。


 リュナが慎重に近づき、《蒼銀華》を構えたまま確認する。


「……うん。倒したよ」


「よし!」


 シオンが拳を握る。


「勝ちですね!」


 ロッテも嬉しそうに盾を下ろした。


「それにしても、この魔法すごいですね」


「《エレメントガード》?」


「はい!」


 ロッテは自分の盾を見る。


「雷を受けても全然痺れませんでした!」


「盾でちゃんと受けた時だけだけどな」


「それで十分ですよ。正面からなら私が守れます!」


「頼りになるな」


「もっと褒めてもいいですよ?」


「さっきも言ってたな」


「約束しましたから!」


「ロッテがいなかったら、あの雷針を全部避けないといけなかったからな。助かったよ」


「えへへ」


 満足そうにロッテが笑う。


 リュナが二人のところへ戻ってきた。


「シオン」


「ん?」


「あれ、どうするの?」


 倒れたサンダースパイクフォックスを指差す。


「もちろん持って帰る」


 シオンが巨体へ近づき、《ストレージ》へ収納する。


 一瞬で巨大な魔獣が消えた。


「雷属性の魔物なら素材も高そうですね」


「ロッテ、今度はそっちか」


「大事ですよ?」


「確かに」


 シオンは広間を見回した。


 サンダースパイクフォックスがいなくなったことで、先ほどまで満ちていた強い雷属性の魔力も少しずつ薄れているように感じる。


「これで水が戻るのかな?」


 リュナが足元を見る。


 三人も水の流れへ視線を向けた。


「……」


「……」


「……変わりませんね」


 ロッテが言った。


 細い。


 相変わらず、水は僅かに流れているだけだ。


「ボスを倒せば元に戻ると思ったんだけどな」


「そんなに簡単じゃなかったみたいだね」


「じゃあ、まだ原因があるってことか」


 シオンは広間の奥を見る。


 サンダースパイクフォックスがいた場所のさらに先にも、通路が続いていた。


「行ってみよう」


 三人は広間を進む。


 その奥の通路は、それまでよりかなり大きかった。


「広いですね」


「この狐が通るためかな?」


「それにしても広すぎない?」


 リュナの言う通りだった。


 サンダースパイクフォックスでも十分に通れる。


 それどころか、さらに大きな何かでも通れそうなほどの幅と高さがある。


 壁には、また大きな爪痕が残っていた。


「あ」


 ロッテが指差す。


「さっきの広間にあったものと同じじゃないですか?」


「たぶんな」


 シオンは爪痕を見る。


 サンダースパイクフォックスの前脚を思い出した。


「でも……」


「どうしたの?」


「あいつの爪より大きくないか?」


 リュナも爪痕へ近づく。


「……うん。全然違うと思う」


 さらに進むと、通路の先に巨大な空間が現れた。


 三人は思わず足を止める。


「でか……」


 天井が高い。


 広間というより、巨大な洞穴だった。


 床には大量の水が流れていたような跡が残り、岩壁も長い年月をかけて水に削られている。


 だが、今はほとんど乾いている。


 そして奥には、巨大な窪みのような場所があった。


 何かが長い間そこにいたように、岩が滑らかに削れている。


 ロッテが小さく呟いた。


「ここ……何か住んでたんでしょうか?」


 リュナは周囲を見回し、壁に残る巨大な爪痕へ目を向ける。


「たぶん。それも、かなり大きい何かが」


 シオンも巨大な窪みを見る。


 その脇。


 岩の割れ目から、ほんの僅かに水が染み出していた。


 シオンはそこへ近づく。


「この水……」


「上で見つけた流れにつながってるのかも」


 リュナが隣へ来る。


「だったら、ここが水源に近いってことか?」


「そうかもしれないね」


 シオンは乾いた巨大な洞穴を見回した。


 大量の水が流れていた痕跡。


 巨大な爪痕。


 何かが長い間いたような場所。


 そして、最近現れた雷属性の魔獣。


「……ここにいた奴がいなくなったから、水が減ったのか?」


 ロッテがシオンを見る。


「だったら、その何かを探せばいいんでしょうか?」


「たぶんな」


 リュナが巨大な爪痕の前でしゃがんだ。


「シオン、こっち来て」


「何かあった?」


「これ」


 爪痕の近く。


 僅かに青く光るものが落ちていた。


 シオンが拾い上げる。


 硬い。


 薄く湾曲している。


 手のひらよりも大きな、青い鱗だった。


「鱗?」


「こんな大きな鱗を持つ魔物って……」


 ロッテが目を丸くする。


 シオンは鱗へ《鑑定》を使った。


 文字が浮かび上がる。


【水龍の鱗】


「……水龍?」


 リュナとロッテが同時にシオンを見る。


 シオンはもう一度、巨大な洞穴を見回した。


「ここ、水龍が住んでたのか」

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