第6話 助けるつもりだったのに
「……これで三株目か」
シオンは採り終えた薬草をストレージへしまい、立ち上がった。
【スキルポイントを獲得しました】
依頼に必要なのは五株。
あと二株集めれば、初めての依頼を達成できる。
「よし。順調、順調!」
シオンは周囲を見回した。
初心者の森は、街の南で歩いた森よりも見通しがいい。木々の間から陽光が差し込み、足元には背の低い草が広がっている。
とはいえ、魔物が出ないわけではない。
セリスにも、油断しないよう念を押されていた。
「薬草を探しながら、周りも確認しないとな」
そうつぶやいて、シオンはゆっくり歩き出した。
少し進んだところで、木の根元に見覚えのある葉を見つける。
「おっ!」
しゃがみ込み、葉の形と茎の色を確かめた。
どちらも、ギルドで見せてもらった絵と一致している。
「四株目、発見!」
シオンは薬草を傷つけないよう、慎重に採り始めた。
◇
少し離れた茂みの陰で、リュナはシオンの様子をうかがっていた。
「……本当に薬草を採ってるだけなのね」
昨日、ボアを倒した魔法使い。
傷を治す魔法まで使えて、見たこともない収納スキルを持っている。
そんな人間が、今日は地面にしゃがんで薬草を探している。
なんだか、妙な感じがした。
「……まあ、依頼なら仕方ないけど」
リュナは木の幹に背を預け、耳を動かした。
風に揺れる葉の音。
鳥の声。
シオンが草をかき分ける音。
その中に、別の音が混じった。
「……ん?」
リュナの耳が、ぴんと立つ。
重い足音。
一つではない。
複数の何かが、こちらへ近づいている。
リュナは素早く木の陰から顔を出した。
シオンは、まだ薬草に夢中だ。
「……もう。だから危なっかしいって言ったのに」
リュナは腰の短剣に手をかけた。
◇
「よし、採れた!」
シオンは四株目の薬草を手に取り、土を軽く払った。
あとはストレージへしまうだけだ。
そう思ったとき。
ガサガサッ!
「……ん?」
少し先の茂みが、大きく揺れた。
シオンは薬草をストレージへしまい、立ち上がった。
【スキルポイントを獲得しました】
次の瞬間、茂みの中から茶色い巨体が飛び出してきた。
「ブゴオッ!」
「うわっ! ボア!?」
昨日、森で戦った魔物だ。
しかも、一体ではない。
二体目。
三体目。
立て続けに姿を現した。
「……三体!?」
シオンは思わず後ずさった。
昨日は一体を倒すだけでも、かなり慌てた。
それが三体。
しかも、今は一人だ。
「いやいやいや! 初心者の森って、こういうこともあるのか!?」
ボアたちは地面を蹴り、鼻息を荒くしている。
いつ突進してきてもおかしくない。
シオンは右手を構えた。
《ファイヤー》で一体ずつ攻撃するか。
それとも、《ウインド》で動きをそらすか。
だが、三体を相手に、昨日と同じ戦い方で大丈夫だろうか。
「……そうだ!」
シオンは心の中で問いかけた。
――三体のボアを、安全に倒すには?
【《正解選択》】
【《アイスランス》を使用する――正解】
「《アイスランス》か!」
昨日、宿で覚えたばかりの氷魔法。
まだ一度も使っていない。
どれくらいの威力があるのかも、わからない。
けれど、《正解選択》が示した答えだ。
「よし……!」
シオンはボアたちへ向けて、右手を突き出した。
◇
「……まずい!」
リュナは茂みの陰から飛び出した。
ボアが三体。
昨日のシオンは、一体を倒すだけでも必死だった。
魔法が使えるとはいえ、三体同時では危険すぎる。
昨日の借りを返すなら、今しかない。
「シオン!」
リュナは短剣を抜き、地面を蹴った。
「私に任せ――」
「《アイスランス》!」
シオンの声が響いた。
その瞬間。
空中に、鋭く尖った氷の槍が現れた。
「……え?」
リュナの足が止まる。
氷の槍は一本ではなかった。
いくつもの氷槍が、シオンの前に並んでいる。
次の瞬間、それらが一斉に放たれた。
ヒュンッ!
「ブゴッ!?」
「ブゴオッ!」
「ブ――」
三体のボアを、氷の槍が次々と貫いた。
巨体が地面へ倒れ込む。
土煙が舞い上がった。
そして。
……静かになった。
◇
「…………」
シオンは、右手を突き出したまま固まっていた。
目の前には、倒れた三体のボア。
どれも、ぴくりとも動かない。
「……え?」
シオンはゆっくりと手を下ろした。
「……一発?」
【ボアを討伐しました】
【経験値を獲得しました】
【《経験値15倍》が適用されました】
【ジョブレベルが上昇しました】
目の前に、次々と表示が浮かぶ。
どうやら、本当に三体とも倒せたらしい。
「……《アイスランス》、強っ!」
シオンは思わず声を上げた。
昨日の《ファイヤー》では、何度も攻撃してようやく一体を倒した。
それなのに、今回は一度の魔法で三体。
レベルが上がると、使える魔法もこんなに変わるのか。
「すごいな、賢者……!」
そこでシオンは、魔法を放つ直前に聞こえた声を思い出した。
――私に任せ。
「……あれ?」
振り向くと、短剣を構えたリュナが、飛び出しかけた姿勢のまま固まっていた。
「リュナ? 何してるの?」
「…………」
リュナは答えない。
短剣を握ったまま、倒れた三体のボアを見つめている。
「……リュナ?」
「……何してるの、じゃないわよ!」
「うわっ!」
突然大きな声を出され、シオンは肩を跳ねさせた。
「……今の、何?」
リュナは倒れたボアたちを指さした。
「《アイスランス》だけど?」
「それは見ればわかる!」
「うわっ!」
また大きな声を出され、シオンは目を丸くした。
リュナは短剣を握りしめたまま、三体のボアを見つめる。
「……昨日、あんなに苦戦してたじゃない」
「うん。昨日は《ファイヤー》しか攻撃に使ってなかったからな」
「……じゃあ、今の魔法は?」
「昨日の夜、覚えた」
「昨日の夜!?」
リュナの猫耳が、ぴんと立った。
「……一晩で、そんな魔法を覚えたっていうの?」
「うん。レベルが上がったから」
「…………」
リュナは口を開けたまま、しばらく動かなかった。
シオンは首をかしげる。
「……どうした?」
「……別に」
リュナは、ぷいっと顔を背けた。
その尻尾が、落ち着きなく左右に揺れている。
「……助けようと思ったのに」
「え?」
「なんでもない!」
「うわっ!」
また怒られた。
シオンには、理由がさっぱりわからなかった。
◇
シオンは倒れたボアたちへ近づいた。
三体とも、昨日のボアと同じくらいの大きさだ。
「……これ、全部売れるかな?」
「……売れるんじゃない?」
リュナが、少し離れた場所から答えた。
「そっか。じゃあ、持って帰ろう」
シオンはボアに手を触れた。
「《ストレージ》」
一体目が消える。
二体目も消える。
三体目も、あっという間に収納できた。
【スキルポイントを獲得しました】
【スキルポイントを獲得しました】
【スキルポイントを獲得しました】
「よし!」
シオンは満足そうにうなずいた。
これで、今日の宿代もしばらく心配しなくて済みそうだ。
……いや、まだ売ってないんだけど。
「それじゃ、薬草の続きを探すか」
シオンは周囲を見回した。
あと一株。
それを採れば、依頼達成だ。
「……薬草?」
リュナが小さく首をかしげた。
「うん。ギルドで五株集める依頼を受けたんだ。あと一株なんだけど、なかなか見つからなくてさ」
「ふうん……」
リュナは鼻をひくりと動かした。
それから、少し離れた木の根元へ視線を向ける。
「あそこにあるわよ」
「えっ?」
シオンはリュナが指さした先を見た。
木の根元には草が生い茂っている。ここからでは、どれが薬草なのかさっぱりわからない。
「……見えるの?」
「匂いよ」
「匂い!?」
「この薬草、独特の匂いがするの。近くにあればわかるわ」
「すごいな、リュナ!」
「……別に。獣人なら、匂いに敏感な人もいるってだけ」
リュナはそっぽを向いたが、尻尾の先が小さく揺れていた。
シオンは教えられた木の根元へ向かった。
草をかき分けると、依頼書の絵と同じ形の葉が見つかった。
「本当だ!」
葉の形と茎の色を、念入りに確かめる。
間違いない。
「五株目、発見!」
シオンは慎重に薬草を採り、ストレージへしまった。
【スキルポイントを獲得しました】
「よし! これで依頼達成だ!」
振り返ると、リュナは少し離れた場所に立っていた。
「ありがとう、リュナ。助かったよ!」
「……薬草を一株見つけただけでしょ」
「でも、俺一人だったら、もっと時間がかかったと思う」
「…………」
リュナは返事をせず、顔を背けた。
けれど、その耳はぴんと立っていた。
「じゃあ、街に戻ろうかな」
シオンは来た道へ向き直った。
すると、後ろから足音が聞こえてくる。
「……リュナも街に戻るの?」
「……そうよ」
「そっか。じゃあ、一緒に帰ろう!」
「……勝手にすれば」
「うん!」
シオンは笑って歩き出した。
その隣に、リュナが並ぶ。
今度は、少しも距離を空けなかった。




