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第5話 仲間探しは難しい

 翌朝。


 シオンは、宿の食堂で朝食を食べていた。


 焼きたてのパンに、野菜の入ったスープ。それから、厚めに切られた肉が一枚。


「……うまい!」


 思わず声が出た。


 パンをちぎってスープにつけ、口へ運ぶ。素朴な味だが、体に染み渡るような気がした。


 前世では大会に向けた減量ばかり考えて、食事を楽しむ余裕がなくなっていた。


 今思えば、ずいぶん無茶をしたものだ。


「ちゃんと食べて、ちゃんと動く。これが大事だよな」


 シオンは肉を頬張った。


 うん。今日も元気に頑張れそうだ。


 朝食を終えると、部屋に戻って身支度を整えた。ナイフと保存食、水袋がストレージに入っていることを確認する。


 それから、ギルドカードを取り出した。


【シオン】

【冒険者ランク:F】


「……ふふっ」


 昨日も何度か眺めたのに、まだ嬉しい。


 シオンはカードをしまい、宿を出た。


 目指すのは冒険者ギルドだ。


 今日から本格的に、冒険者として活動する。


 そして、できれば――。


「パーティ、組みたいよなあ」


 シオンは一人でうなずいた。


 剣士が前で敵を引きつけ、魔法使いが後ろから攻撃する。傷ついた仲間を回復魔法で治し、みんなで強敵を倒す。


 そんな冒険に、ずっと憧れていた。


 シオンは賢者だから、魔法も回復もできる。


 でも、昨日のボアとの戦いでわかった。


 敵がこちらへ突進してくると、魔法を狙って撃つ余裕がなくなる。


 前に立ってくれる仲間がいたら、もっと落ち着いて戦えるはずだ。


「よし。まずは仲間探しだ!」


     ◇


 ギルドの扉を開けると、昨日よりも中がにぎわっていた。


 掲示板の前には冒険者たちが集まり、依頼書を指さしながら話し合っている。


 大きな盾を背負った男。


 弓を持った女性。


 長い杖を抱えたローブ姿の少年。


「おお……!」


 あちこちに、パーティらしい集団がいる。


 シオンも、いつかあんなふうに仲間と依頼を選ぶんだ。


 そう考えるだけで、自然と足が速くなった。


 受付台へ向かうと、昨日の受付嬢が顔を上げた。


「おはようございます、シオンさん」


「おはようございます、セリスさん!」


「昨日はよくお休みになれましたか?」


「はい! ご飯もおいしかったです!」


「それはよかったです。本日は依頼をお探しですか?」


「依頼も探したいんですけど、その前に相談があって」


「はい。なんでしょう?」


 シオンは少し身を乗り出した。


「パーティメンバーを探したいんです!」


 セリスさんの笑顔が、ぴたりと止まった。


「……パーティメンバー、ですか?」


「はい! 俺、まだ一人なので。ギルドで募集できたりしませんか?」


「募集そのものはできますが……」


 セリスさんは言葉を区切り、シオンの顔をじっと見た。


「シオンさん。少し、お時間をいただいてもよろしいですか?」


「え? はい」


「では、こちらへどうぞ」


 案内されたのは、受付台の端にある小さな相談用の席だった。


 シオンが椅子に座ると、セリスさんも向かい側に腰を下ろす。


 ……あれ?


 なんだか、思っていたより大ごとになってないか?


「まず、お聞きしますね。シオンさんには、以前から親しくしている冒険者の方はいらっしゃいますか?」


「いません!」


「一緒に依頼を受けたことのある方は?」


「いません!」


「この街に、お知り合いは?」


「……いません!」


 答えるたびに、セリスさんの表情が少しずつ曇っていく。


「そうですか……」


「すみません。昨日来たばかりなので」


「謝る必要はありませんよ。ただ、その状況でしたら、知らない方を募集してすぐにパーティを組むことは、おすすめできません」


「えっ、どうしてですか?」


 シオンは思わず聞き返した。


 冒険者ギルドといえば、仲間を募集する場所でもあると思っていたのに。


 セリスさんは声を落とした。


「残念ながら、冒険者の中には、仲間を利用しようとする人もいるんです」


「利用……?」


「たとえば、討伐した魔物の素材を勝手に持ち去ったり、報酬を正しく分配しなかったり。危険な魔物が現れたときに、仲間を置いて逃げる人もいます」


「……ええっ」


 想像していた冒険者生活と、ずいぶん違う話が出てきた。


「もちろん、誠実な冒険者の方もたくさんいらっしゃいます。ただ、初対面の相手がどんな人なのか、短い会話だけで見極めるのは難しいんです」


「確かに……」


「特に、登録したばかりの方は狙われやすいです。ギルドの仕組みや報酬の相場を知らないと思われますから」


 シオンは思わず、昨日受け取ったギルドカードを思い浮かべた。


 登録したばかり。


 この世界のことを知らない。


 知り合いもいない。


 ……全部、シオンだ。


「じゃあ、みんなはどうやってパーティを組んでるんですか?」


「昔からの友人や、同じ村の出身者と組む方が多いですね。依頼先で何度も顔を合わせて、少しずつ親しくなった方と組む場合もあります」


「なるほど……。先に知り合いになって、信頼できると思ってから組むんですね」


「はい。急いで人数をそろえるより、ずっと大切なことだと思います」


 セリスさんはそこで、少しだけ笑った。


「それに、パーティを組めば必ず安全になる、というわけでもありません。お互いの戦い方を知らなければ、かえって危険なこともありますから」


「うっ……」


 昨日のボアとの戦いが頭をよぎる。


 シオンは魔法を覚えたばかりで、距離の取り方もよくわかっていなかった。


 あの猫耳の女の子――リュナが動いてくれなければ、二体目を倒すのはもっと大変だっただろう。


「……わかりました。いきなり募集するのはやめておきます」


「そうしていただけると、私も安心です」


 セリスさんはほっとしたように息をついた。


 シオンは椅子の背にもたれ、天井を見上げた。


「でも、仲間が欲しいんですよね……」


「焦らなくても大丈夫ですよ。冒険者を続けていれば、自然と知り合いも増えていきます」


「そうだといいなあ」


 ……いや、待てよ。


 仲間を探すこと自体は、間違いじゃないはずだ。


 問題は、知らない相手と急いで組もうとしたこと。


 なら、まずは冒険者として経験を積んで、知り合いを増やせばいい。


「よし。じゃあ、今日は一人でできる依頼を探します!」


「はい。シオンさんのランクでしたら、初心者向けの採集依頼などをご案内できますよ」


 セリスさんが立ち上がったので、シオンも席を立った。


     ◇


 掲示板の前で、シオンは依頼書を眺めていた。


 薬草採集。


 落とし物の捜索。


 街の外にある畑の手伝い。


 いろいろあるんだな。


「魔物を倒す依頼は、まだ受けられないんですか?」


 隣に立つセリスさんへ尋ねる。


「Fランクの方が受けられる討伐依頼もあります。ただ、登録したばかりですから、最初は比較的安全な場所で活動されることをおすすめします」


「比較的安全な場所……」


「街の北に、初心者の森と呼ばれる場所があります。浅い場所には弱い魔物が多く、駆け出しの冒険者がよく利用しています」


「初心者の森!」


 なんてわかりやすい名前なんだ。


 シオンはすぐに食いついた。


「そこなら、俺でも行けそうですか?」


「森の奥へ入らず、無理をしなければ、初心者の方も活動されています。ただし、魔物が相手ですから、絶対に安全というわけではありませんよ」


「もちろんです!」


 昨日、ボアの突進を見ている。


 弱い魔物だからといって、油断するつもりはない。


 ……たぶん。


「では、初心者の森で採れる薬草の依頼はいかがでしょうか?」


 セリスさんが一枚の依頼書を示した。


「この薬草を五株集めていただければ、依頼達成となります。見分け方はこちらの絵に描かれています」


「おお、わかりやすい!」


 葉の形と、茎の色。


 よし。覚えた。


 ……いや、シオンは昔から、覚えたつもりで間違えるんだった。


「すみません。この絵、もう少し見ててもいいですか?」


「もちろんです」


 シオンは葉の形をじっくり確認した。


 前世なら、勢いで森へ向かっていただろう。


 でも、今度は違う。


 ちゃんと確認してから行動するんだ。


「よし。これでお願いします!」


 セリスさんが依頼の受付を済ませてくれた。


「薬草は根を傷つけすぎないよう、必要な分だけ採ってくださいね。採集したものは、ギルドで確認します」


「わかりました!」


「それから、森では周囲の様子をよく見てください。危険だと思ったら、すぐに引き返すことも大切です」


「はい!」


 シオンは元気よく返事をした。


 セリスさんは、そんなシオンを見て苦笑する。


「……シオンさん、元気なのはいいことですが、無理はなさらないでくださいね」


「大丈夫です! 昨日はちゃんと寝て、今朝もご飯を食べてきました!」


「それは、とても大切なことですね」


 なぜか、少し感心された。


 いや、本当に大切なんだぞ。


 シオンは身をもって学んだからな。


     ◇


 ギルドを出たシオンは、北門へ向かった。


 街の中を歩きながら、改めて周囲を見渡す。


 昨日は宿を探すので精いっぱいだったが、明るい時間に歩くと、いろいろな店が目に入った。


 武器屋。


 防具屋。


 道具屋。


 どれも、いつかゆっくり見て回りたい。


「……装備も欲しいなあ」


 今のシオンが持っている武器は、神様にもらったナイフ一本だけ。


 魔法があるとはいえ、もう少し身を守れるものが欲しいところだ。


 でも、まずはお金を稼がないと。


「よし。今日も頑張るぞ!」


 北門でギルドカードを見せると、門番はすぐに通してくれた。


 街の外へ出ると、森へ続く道が伸びていた。


 昨日歩いた南側の森とは、少し雰囲気が違う。


 道の両脇には背の低い草が広がり、木々の間隔も比較的広い。


 ところどころに、人が通った跡も残っていた。


「なるほど。こっちが初心者の森か」


 シオンは足を止め、ステータスを開いた。


【名前】シオン

【ジョブ】賢者

【ジョブレベル】8


【習得済み魔法】

《ファイヤー》

《ウインド》

《ヒール》

《ファイアボール》

《アイスランス》

《ウインドカッター》

《キュア》

《プロテクトウォール》

《ライトニング》

《エナジーボール》


「……うん。ちゃんと覚えてる」


 昨日、宿の部屋で習得した七つの魔法。


 まだ一度も使っていないものばかりだ。


 試してみたい気持ちはある。


 だが、まずは薬草採集だ。


 依頼を忘れて魔法の練習ばかりしていたら、それこそ努力する方向を間違えてしまう。


「薬草、薬草……」


 シオンはギルドで見せてもらった絵を思い出しながら、森へ足を踏み入れた。


 木漏れ日が地面にまだらな模様を作っている。


 鳥の声が聞こえる。


 昨日の森より穏やかに感じるが、油断は禁物だ。


 シオンは足元の草を確かめながら、ゆっくり進んだ。


「……あっ」


 少し先に、見覚えのある形の葉があった。


 しゃがんで、よく観察する。


 葉の形は、依頼書の絵と同じ。


 茎の色も合っている。


「これだ!」


 シオンは慎重に薬草を採り、ストレージへ収納した。


【スキルポイントを獲得しました】


「おっ。こっちも増えるのか」


 思わず笑みがこぼれる。


 薬草を集めれば依頼が進む。


 ストレージを使えばスキルポイントも増える。


 一つの行動で、二つの成果。


「いいねえ。こういうの、好きだな」


 シオンは次の薬草を探して歩き出した。


     ◇


 少し離れた木の上で、一人の少女が耳をぴくりと動かした。


「……あれ?」


 猫のような耳。


 細長い尻尾。


 昨日、森でシオンに助けられた少女――リュナだった。


 リュナは枝の上から、地面を歩く人影を見つめた。


「……シオン?」


 見間違えるはずがない。


 昨日、自分を助けて、怪我まで治してくれた人間だ。


 しかも、ボアを一体置いて、何も要求せずに去っていった。


「……こんなところで、何してるの?」


 リュナは枝から身を乗り出した。


 シオンは草むらをのぞき込み、何かを採っている。


 薬草採集だろうか。


 その姿だけ見れば、普通の駆け出し冒険者にしか見えない。


 けれど、昨日の戦いを思い出す。


 シオンは魔法を使えた。


 傷を治すこともできた。


 それでも、ボアの突進を避けるときは、ずいぶん慌てていた。


「……危なっかしい人」


 リュナは小さくつぶやいた。


 昨日の借りを、まだ返せていない。


 もし、シオンが魔物に襲われたら。


 もし、危険な目に遭ったら。


 そのときは、自分が助ければいい。


「……それで、貸し借りなしだから」


 誰に聞かせるでもなく言い訳をして、リュナは木の枝から静かに飛び降りた。


 足音を立てず、シオンの後を追う。


 シオンは、まだ気づいていなかった。

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