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第4話 初めての街と冒険者登録

 森を抜けた瞬間、シオンは思わず足を止めた。


「おお……街だ!」


 少し先に、石造りの壁が見える。


 壁は左右へ長く伸び、その中央には大きな門があった。門へ続く道には荷車を引く人や、荷物を背負った旅人が行き交っている。


 人がいる。


 建物がある。


 そして何より、今夜は森の中で寝なくて済むかもしれない。


「よかった……!」


 神様にもらった保存食と水はあるが、寝床までは用意されていなかった。


 魔法を三つ覚えたとはいえ、夜の森で一人きりになるのは遠慮したい。


 シオンは足取りも軽く門へ向かった。


 近づくにつれ、門の両側に武装した男たちが立っているのが見えた。鎧を着て、腰には剣。いかにも門番という姿だ。


「すみませーん!」


 シオンが声をかけると、片方の門番がこちらを向いた。


「おう。街に入るのか?」


「はい! ……あの、ちょっと相談してもいいですか?」


「相談?」


 門番はシオンの顔を見て、それから服装を確認するように視線を下げた。


「道に迷ったのか?」


「それも少しあるんですけど……俺、この辺りに来たばかりで、街のことが全然わからなくて」


「初めてか。ここはリーベルだ」


「リーベル……」


 シオンは心の中で名前を繰り返した。


 よし。最初の街の名前、覚えたぞ。


「まず、街に入るにはどうすればいいですか?」


「身分証はあるか?」


「身分証……ないです」


「商人の通行証なんかも?」


「ないです」


「そうか。じゃあ、初めての入街だな」


 門番はシオンの背後へ目を向けた。


「荷物は?」


「えっと……少しだけです」


 正確には、ストレージの中に入っている。


 ただ、門番が何を確認したいのかわからないうちに、いきなりスキルを見せる必要もないだろう。


 シオンは続けて尋ねた。


「冒険者になりたいんですけど、登録すれば身分証になるんですか?」


「ああ。冒険者ギルドで発行されるギルドカードがあれば、身分を証明できる。街を出入りするときにも使えるぞ」


「おおっ! じゃあ、登録したいです!」


「まずは街に入らないとな」


「……あっ、そうか」


 門番が笑った。


「初めて街に入る者は、ここで入街の手続きをする。危険な物を持ち込んでいないか確認して、入街料を払ってもらうんだ」


「入街料……!」


 シオンは内心で身構えた。


 神様が用意してくれたお金は、銅貨十枚。


 これが十分な金額なのか、さっぱりわからない。


「いくらですか?」


「銅貨二枚だ」


「……二枚!」


 よかった。払える。


 シオンはストレージから銅貨を二枚取り出した。


 手の中に突然現れた硬貨を見て、門番が目を丸くする。


「お前、今どこから出した?」


「あっ……収納スキルです」


「収納スキル?」


「はい。ちょっと珍しいみたいなんですけど」


「珍しいどころか、俺は初めて見たぞ」


 門番は感心したように銅貨を受け取った。


「便利なものを持ってるんだな。……ただし、街の中では気をつけろよ」


「え?」


「珍しい物を持ってるとわかれば、面倒な連中に目をつけられることもある。誰にでも見せびらかすな」


「……なるほど」


 確かに、そうだ。


 便利なスキルだからといって、誰もが喜んでくれるとは限らない。


「ありがとうございます。気をつけます!」


「おう。持ち物の確認をするぞ。武器はあるか?」


「ナイフが一本あります」


「出して見せてくれ」


 シオンはナイフを取り出し、柄を門番へ向けて差し出した。


 門番は刃を確かめ、すぐに返してくれた。


「普通の作業用だな。問題ない。ほかには?」


「保存食と水袋です。あとは……」


 ボアのことを思い出した。


「あの、森で倒した魔物も持ってるんですけど、街に持ち込んでも大丈夫ですか?」


「魔物? 何を倒した?」


「ボアです」


「ボアか。討伐した魔物なら、冒険者ギルドで買い取ってもらえるぞ。ここで出さなくていい」


「よかった!」


 門番は通行の手続きを終えると、門の向こうを指さした。


「ギルドなら、門を入って大通りをまっすぐ進め。噴水のある広場を右に曲がれば、剣と盾の看板が見える」


「大通りをまっすぐ、噴水を右、剣と盾の看板ですね!」


「そうだ。迷ったら近くの店の人に聞け」


「ありがとうございます!」


 シオンは頭を下げ、門をくぐった。


     ◇


「うわあ……!」


 門の向こうには、想像していた異世界の街並みが広がっていた。


 石畳の道。


 木と石で造られた家々。


 店先に並ぶ野菜や果物。


 荷車の車輪が音を立て、あちこちから人の話し声が聞こえてくる。


 剣を腰に下げた人もいれば、大きな杖を持った人もいる。


 そして、通りの向こうには、犬のような耳を持つ人まで歩いていた。


「本当に獣人がいるんだな……」


 さっき森で会ったリュナの猫耳を思い出す。


 あの子、無事に街へ戻れただろうか。


 ボアを一体残してきたけど、一人で運ぶのは大変そうだったな。


「……まあ、俺より森には慣れてそうだったし、大丈夫か」


 シオンは気を取り直し、門番に教えてもらった道を進んだ。


 しばらく歩くと、噴水のある広場に出た。


「ここを右だな」


 曲がった先には、剣と盾を組み合わせた看板が掲げられた大きな建物があった。


 扉の上には、見慣れない文字が刻まれている。


 なのに、不思議と意味がわかった。


「……冒険者ギルド」


 声に出してから、シオンは首をかしげた。


「そういえば、普通に会話できてるな」


 門番とも問題なく話せたし、看板の文字も読める。


 神様が何かしてくれたんだろうか。


 ……まあ、今は助かるからいいか。


 シオンは扉を押し開けた。


 中は思った以上に広かった。


 正面には長い受付台。壁には紙が何枚も貼られた掲示板があり、奥にはテーブルと椅子が並んでいる。


 鎧を着た大男が笑いながら話し、ローブ姿の女性が掲示板を眺めていた。


「おお……これが冒険者ギルド!」


 思わず声が大きくなる。


 近くにいた冒険者がちらりとこちらを見たので、シオンは慌てて口を閉じた。


 まずは登録だ。


 受付台へ向かうと、そこにいた女性が顔を上げた。


「いらっしゃいませ。冒険者ギルドへようこそ」


 明るく落ち着いた声だった。


「本日は、どのようなご用件でしょうか?」


「冒険者登録をしたいんです!」


「新規登録ですね。かしこまりました」


 女性は一枚の用紙を取り出した。


「私は受付担当のセリスです。まずは、こちらにお名前をご記入ください」


「シオンです。よろしくお願いします!」


 シオンは用紙を受け取った。


 名前を書く欄がある。


 ……あれ?


 読めるのはいいけど、書けるのか?


 シオンは恐る恐るペンを握った。


 頭の中で「シオン」と考えながら書いてみると、手が自然に動いた。


 見慣れない形の文字が、すらすらと並んでいく。


「おお……」


「どうかなさいましたか?」


「いえ、なんでもないです!」


 神様、言葉だけじゃなく文字までありがとう。


 シオンは心の中で感謝しながら、用紙を差し出した。


 セリスは記入内容を確認し、うなずいた。


「シオンさんですね。冒険者登録は初めてでよろしいですか?」


「はい!」


「では、ギルドについて簡単にご説明します」


 セリスは受付台の下から、小さな金属板を取り出した。


「こちらがギルドカードです。登録が完了すると、シオンさんのお名前と冒険者ランクが記録されます」


「ランク!」


 思わず身を乗り出してしまった。


「やっぱり、上がっていくんですか?」


「はい。依頼の達成実績などに応じて昇格できます。ただし、登録したばかりの方は、まず一番下のランクからの開始となります」


「なるほど……!」


 最初は一番下。


 そこから実績を積んで、少しずつ上がっていく。


 いいじゃないか。


 こういうの、燃えるんだよな。


「それから、ギルドでは依頼の紹介だけでなく、魔物の素材や討伐した魔物の買い取りも行っています」


「それ! お願いしたいです!」


「買い取りですか?」


「はい。森でボアを一体倒してきたんです」


「ボアですね。では、登録が終わりましたら、買い取り窓口へご案内します」


 セリスはギルドカードを専用の台に置き、何やら操作した。


 金属板の表面に、淡い光が走る。


「登録が完了しました。こちらをお受け取りください」


 差し出されたカードには、シオンの名前が刻まれていた。


【シオン】


【冒険者ランク:F】


「……おおおっ!」


 シオンはカードを両手で受け取った。


 冒険者。


 ついに、冒険者になったんだ。


「ありがとうございます!」


「どういたしまして。カードは身分証にもなりますので、なくさないようにしてくださいね」


「はい!」


 シオンはカードを大事にストレージへしまった。


 セリスが一瞬、目を見開いた。


「……今のは?」


「あっ」


 しまった。


 門番に、むやみに見せるなと言われたばかりだった。


「収納スキルです。珍しいみたいなので、あまり人には言わないでもらえると……」


 シオンが小声で言うと、セリスも声を落とした。


「承知しました。便利なスキルをお持ちなんですね」


「ありがとうございます」


「ただ、ギルドカードは街へ出入りする際に提示することがあります。すぐ取り出せるようにしておいてください」


「はい!」


 シオンはうなずいた。


 ……いや、ストレージなら、いつでもすぐ出せるんだけど。


 それは言わないでおこう。


     ◇


 セリスに案内され、シオンは建物の奥にある買い取り窓口へ向かった。


 そこには、がっしりした体格の男性が立っていた。


「セリス、買い取りか?」


「はい。こちらのシオンさんが、ボアを一体お持ちです」


「ボアか。じゃあ、そこの台に出してくれ」


 男性が指さしたのは、大きな木製の台だった。


 ……出していいんだよな?


 シオンはセリスへ視線を向けた。


「ここで出しても大丈夫ですか?」


「はい。こちらは買い取り専用の場所ですから」


「わかりました」


 シオンは台に手を向けた。


「《ストレージ》」


 次の瞬間、台の上にボアの巨体が現れた。


「うおっ!?」


 男性がのけぞった。


「な、なんだ今の!?」


「収納スキルです」


「収納……? こんな大物まで入るのか!」


 男性は目を丸くしたあと、ボアの状態を確かめ始めた。


「ほう。丸ごとか。しかも、かなり状態がいいな」


「売れそうですか?」


「もちろんだ。少し待ってろ。査定する」


 男性はボアをひっくり返し、牙や毛皮、傷の具合を確認した。


 シオンはその様子を、少し離れた場所から見守る。


 初めて倒した魔物。


 初めての戦利品。


 これがお金になると思うと、なんだか嬉しい。


「よし。査定が終わったぞ」


 男性が顔を上げた。


「このボアなら、銀貨一枚と銅貨五枚だな」


「……銀貨!」


 シオンは思わず声を上げた。


 銅貨より上のお金だ。


 つまり、結構な金額なんじゃないか?


「それでお願いします!」


「おう。ちょっと待ってな」


 男性は奥から硬貨を持って戻ってきた。


 銀色の硬貨が一枚。


 銅色の硬貨が五枚。


 シオンはそれを受け取った。


「ありがとうございます!」


「また獲物を持ってきたら、よろしくな」


「はい!」


 シオンは硬貨を握りしめ、買い取り窓口をあとにした。


 セリスが受付まで戻りながら尋ねてくる。


「シオンさん、ほかに何かお困りのことはありますか?」


「そうだ! 宿を探してるんですけど、おすすめはありますか?」


「宿ですね。それでしたら、ギルドを出て左へ進んだところにある『小鳥の止まり木』はいかがでしょう。冒険者の方もよく利用されていますよ」


「小鳥の止まり木……!」


 名前からして、なんだかよさそうだ。


「ありがとうございます! 行ってみます!」


「はい。お気をつけて」


 シオンはセリスに頭を下げ、ギルドを出た。


 外は、まだ明るい。


 だが、森を歩いて魔物と戦い、街に入って登録までしたせいか、さすがに疲れが出てきた。


「……今日は、もう休もうかな」


 無理をして、また倒れるわけにはいかない。


 シオンはギルドカードと硬貨がストレージに入っていることを確かめ、教えてもらった宿へ向かった。


     ◇


『小鳥の止まり木』は、こぢんまりとした二階建ての宿だった。


 扉を開けると、食欲をそそる匂いが漂ってくる。


「いらっしゃい!」


 奥から、恰幅のいい女性が顔を出した。


「泊まりかい?」


「はい! 一人です」


「一泊、夕食と朝食つきで銅貨八枚だよ」


「八枚……!」


 シオンは頭の中で計算した。


 門で銅貨を二枚払った。


 ボアを売って、銀貨一枚と銅貨五枚を受け取った。


 最初に持っていた銅貨十枚のうち、残りは八枚。


 そこへ銅貨五枚が加わったから、銅貨は十三枚。


 銀貨一枚もある。


 うん。泊まれる!


「お願いします!」


「はいよ。先にお代をもらうね」


 シオンは銅貨を八枚渡した。


 女性は鍵を取り出し、二階を指さす。


「二階の奥の部屋だよ。夕食は日が暮れたら下へ降りておいで」


「ありがとうございます!」


 鍵を受け取って階段を上がる。


 部屋には小さなベッドと机、椅子が一つずつ置かれていた。


 豪華ではない。


 でも、屋根があって、壁があって、ちゃんと眠れる場所がある。


「……最高だ」


 シオンはベッドに腰を下ろした。


 柔らかな寝具に体が沈む。


 前世では、もっと立派なベッドで寝ていたはずなのに、今はこの小さな部屋がたまらなくありがたかった。


 シオンはステータスを開く。


 森でボアを倒したとき、レベルアップの表示が出ていた。


 ちゃんと確認するのは、これが初めてだ。


【名前】シオン

【ジョブ】賢者

【ジョブレベル】8


「……八!?」


 シオンはベッドから飛び起きた。


 レベル一だったはずだ。


 ボアを一体倒しただけで、八?


「経験値十五倍、すごすぎるだろ……!」


 シオンは思わず笑った。


 さらに、スキルポイントの欄にも目を向ける。


 戦闘で魔法を使った分と、ストレージを使った分が増えていた。


 そして、習得可能スキル一覧には、森では灰色だった魔法がいくつも表示されている。


【《ファイアボール》】

【《アイスランス》】

【《ウインドカッター》】

【《キュア》】

【《プロテクトウォール》】

【《ライトニング》】

【《エナジーボール》】


「……全部、覚えられるのか?」


 シオンは残りのスキルポイントを確認した。


 足りない分は、ストレージの出し入れで貯めればいい。


 シオンはナイフを取り出し、しまった。


 保存食を取り出し、しまった。


 水袋も、銅貨も。


 何度か繰り返すうちに、必要なポイントが貯まっていく。


「よし……!」


 シオンは一つずつ、魔法を習得した。


【《ファイアボール》を習得しました】


【《アイスランス》を習得しました】


【《ウインドカッター》を習得しました】


【《キュア》を習得しました】


【《プロテクトウォール》を習得しました】


【《ライトニング》を習得しました】


【《エナジーボール》を習得しました】


「……十種類」


 最初に覚えた三つと合わせて、使える魔法は十種類になった。


 火、風、氷、雷。


 回復に、防御。


 そして、エナジーボール。


「賢者、最高じゃん……!」


 シオンはベッドに倒れ込んだ。


 今日は、いろんなことがあった。


 異世界に来て。


 魔法を覚えて。


 猫耳の女の子を助けて。


 初めて魔物を倒して。


 冒険者になった。


 たった一日で、これだけのことが起きるなんて。


「明日は、もっと強くなれるかな……」


 シオンは天井を見つめながら、にやりと笑った。


 けれど、すぐに思い直す。


 明日はまず、ちゃんと朝ご飯を食べよう。


 それから、街のことを調べて、無理のない範囲で冒険を始めるんだ。


 努力する方向を間違えない。


 今度こそ、それを忘れないようにしよう。


 そう決めたところで、階下から夕食を知らせる声が聞こえてきた。


「……おっ、飯だ!」


 シオンは勢いよく起き上がり、部屋を飛び出した。

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