第59話 未発見ダンジョン
砂漠の街へ戻った頃には、すでに夕方になっていた。
シオンたちは、そのまま冒険者ギルドへ向かった。
「お帰りなさい!」
受付にいたミリアが、三人の姿を見つけて声をかけてくる。
「岩山の調査はどうでしたか?」
「それなんだけど……」
シオンは少し言葉を選んだ。
「洞窟を見つけた」
「洞窟ですか?」
「ああ。それで、中に入ってみたんだけど……たぶんダンジョンになってる」
「…………はい?」
ミリアの笑顔が止まった。
「未発見のダンジョンだと思う」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
思わず大きな声を出したミリアに、周囲の冒険者たちが振り返る。
ミリアは慌てて声を落とした。
「本当にダンジョンなんですか?」
「たぶんだけどな。奥に進むほど魔力が濃くなって、自然の洞窟だった壁や通路も途中から変わってた。それに魔物もいた」
リュナも頷く。
「入口の辺りは普通の洞窟だったよ。でも奥は明らかに違った」
「それで、ダンジョンかもしれないと思って引き返してきたんです」
ロッテが付け加える。
ミリアの表情が一気に真剣なものへ変わった。
「少々お待ちください」
「ん?」
「ギルド長を呼んできます」
ミリアは席を立つと、奥へ駆けていった。
「やっぱり大事みたいだな」
「未発見のダンジョンだもん。当然じゃない?」
「私たち、すごいもの見つけちゃいましたね」
ロッテはどこか嬉しそうだ。
「見つけたっていうか、《正解選択》に教えてもらった場所へ行ったらあったんだけどな」
「それでも最初に見つけたのは私たちでしょ?」
「そうなるのかな」
しばらくすると、ミリアが一人の男を連れて戻ってきた。
四十代ほどだろうか。
日に焼けた肌に短い黒髪。
大柄ではあるが、ロッテのような重装備ではなく、動きやすそうな革鎧を身につけている。
腰には幅広の剣が下がっていた。
「こいつらか?」
「はい。シオンさん、リュナさん、ロッテさんです」
男は三人を見る。
「この街の冒険者ギルドを預かっているダリオだ」
「シオンです」
「リュナです」
「ロッテです!」
ダリオは軽く頷いた。
「話はミリアから聞いた。未発見と思われるダンジョンを見つけたそうだな」
「ああ」
「場所は?」
「街から西へ半日くらいの岩山だ」
その言葉を聞いたダリオが眉を寄せた。
「西の岩山?」
「知ってるのか?」
「場所はな。だが、あそこに洞窟があるなんて話は聞いたことがない」
「入口は岩で塞がれてたよ」
リュナが説明する。
「ほんの少し風が流れてたから気づいたの。岩をどかしたら中に洞窟があった」
「なるほどな」
ダリオは腕を組んだ。
「中にはどのくらい入った?」
「そんなに深くまでは行ってない。最初は普通の洞窟だったんだけど、途中から魔力が濃くなった。それから通路の形が変わって、魔物が出てきたところで戻った」
「魔物の種類は?」
「そこまでは確認してない。ダンジョンかもしれないって気づいたから、先に報告した方がいいと思って」
ダリオが僅かに笑う。
「正しい判断だ」
「勝手に攻略しなくてよかった?」
「できればな。未発見のダンジョンは、内部の構造も危険度も分からん。Bランク三人なら少々のことでは問題ないだろうが、何がいるか分からない場所へ情報なしで突っ込む必要はない」
「それもそうだな」
「それに、新規ダンジョンとなればギルド側も場所や入口を確認しておく必要がある」
ダリオはそこで一度言葉を切った。
「しかし……妙だな」
「何が?」
「俺がこの街に来てからでも、西の岩山へ向かった冒険者は何人かいる。珍しい鉱石がないか調べた奴もいたし、周辺の魔物を討伐した奴もいる」
「じゃあ、なんで今まで見つからなかったんだ?」
「入口が塞がれていたから、と言えばそれまでだが……」
ダリオは少し考え込む。
「ダンジョン化したのが最近なのかもしれませんね」
ミリアが言った。
「最近?」
「はい。もともとはただの天然洞窟で、何らかの理由で最近ダンジョン化したのなら、これまで発見されなかったことにも説明がつきませんか?」
「可能性はあるな」
ダリオが頷く。
その会話を聞いていたシオンは、ふとオアシスのことを思い出した。
「……最近?」
「どうしたの?」
リュナがシオンを見る。
「オアシスの水位が急に下がり始めたのも最近なんだよな?」
ミリアが目を見開いた。
「はい」
「それで《正解選択》に、水位低下を調べるならどこへ行けばいいか聞いたら、あの岩山が正解だった」
「そうだったね」
リュナも気づいたらしい。
ロッテが二人を交互に見る。
「ということは、あのダンジョンとオアシスが関係してるんでしょうか?」
「まだ分からないけど、何も関係ないとは思えないな」
シオンの言葉に、ダリオが反応した。
「待て。《正解選択》とは何だ?」
「あ」
そういえば、ダリオには説明していなかった。
「俺のユニークスキルだよ。選択肢の中から正しいものを教えてくれるんだ」
「そんなユニークスキルがあるのか」
「いつでも何でも教えてくれるわけじゃないけどな」
「それが、オアシスを調べるなら西の岩山へ行けと示した?」
「ああ」
ダリオの顔つきが変わった。
「なら、無視はできんな」
そう言って、ミリアを見る。
「明日の朝、現地確認に行く」
「ギルド長自らですか?」
「新規ダンジョンの可能性があるうえに、オアシスの異変まで絡んでいるんだ。人任せにする話じゃない」
ダリオはシオンたちへ視線を戻した。
「お前たちにも来てもらいたい。入口まで案内してくれ」
「もちろん」
「そのつもりだよ」
「私も行きます!」
三人が答えると、ダリオが頷いた。
「よし。明朝、ギルド前に集合だ」
「分かった」
「今日はもう休んでおけ。往復したばかりなんだろ?」
「そうするよ」
話がまとまり、シオンたちはギルドを出ようとした。
その時だった。
「あっ、シオンさん!」
ミリアに呼び止められる。
「何?」
「今日の給水分です」
「給水?」
「出発前にオアシスの水位を十センチ上げてくださったでしょう?」
「ああ」
すっかり忘れていた。
ミリアは受付の奥から金貨一枚を取り出した。
「こちら、街からの依頼報酬です」
「ちゃんともらえるんだ」
「依頼ですから」
シオンが金貨を受け取る。
その瞬間、ロッテがぽつりと言った。
「今日も金貨一枚増えましたね」
「ロッテ」
「はい?」
「あと百四十九日続けたら――」
「大金持ち計画はもういいから!」
リュナの声がギルド内に響いた。
翌朝。
シオンたちが冒険者ギルドの前へ向かうと、すでにダリオが待っていた。
昨日と同じ革鎧。
腰には幅広の剣。
背中には大きめの荷物を背負っている。
「おはようございます!」
ロッテが元気よく挨拶する。
「おう。揃ったな」
「ダリオ一人?」
シオンは周囲を見る。
てっきり何人かギルド職員や冒険者が同行すると思っていた。
「まずは確認だけだからな。大人数で行っても仕方がない。それに――」
ダリオが三人を見る。
「Bランク三人と俺がいれば、入口を確認するには十分だ」
「ダリオも戦えるの?」
「一応、元Aランクだ」
「元Aランクなんですね」
ロッテが納得したように頷く。
「リーベルのギルド長も元Aランクだったよね」
リュナが言う。
「ああ。グラントもそうだったな」
シオンも頷いた。
「ギルド長って、元Aランクが多いのか?」
「そんな決まりはない」
ダリオが苦笑する。
「たまたまだろ。現役を退いて長い。昔と同じように動けると思うなよ」
「それでも十分強そうだけどな」
「どうだかな」
四人は街を出た。
昨日と同じ砂漠を西へ進む。
途中、何度か魔物の反応があったが、昨日のデザートスコーピオンのように襲ってくるものはいなかった。
昼が近づくにつれて、気温が一気に上がる。
「……暑い」
リュナの耳が垂れ始めた。
「そろそろですか?」
ロッテがシオンを見る。
「そうだな」
シオンがロッドを取り出す。
ダリオが怪訝な顔をした。
「魔物か?」
「いや」
「《アイスランス》」
氷の槍が砂へ突き刺さった。
シオンとロッテが当然のように近づく。
リュナも何も言わず、その横へ座った。
ダリオだけが立っている。
「……何をしてるんだ?」
「休憩」
「見れば分かる。なぜ攻撃魔法を抱えてる?」
「冷たくて気持ちいいぞ?」
「そういう問題か?」
ロッテが氷の横を少し空けた。
「ダリオさんもどうです?」
「いや、俺は――」
熱風が吹いた。
ダリオが黙る。
「…………」
「空いてますよ?」
「……少しだけ借りる」
四人で《アイスランス》を囲む。
リュナがぼそっと呟いた。
「増えた……」
「何が?」
「何でもない」
休憩を終え、再び進む。
やがて昨日の岩山へ到着した。
「こっち」
リュナが先頭に立つ。
岩壁沿いを進み、昨日見つけた洞窟の入口へ向かう。
「ここだよ」
ダリオが入口を確認する。
「確かに、外からじゃ分からんな」
「昨日、岩をどかすまでは人が通れなかった」
「中を見るぞ」
四人は洞窟へ入った。
シオンが《ライト》を使い、周囲を照らす。
最初は普通の天然洞窟。
しかし、奥へ進むにつれて魔力が濃くなっていく。
やがて岩壁の形が変わり始めた。
ダリオが立ち止まる。
「……間違いないな」
「やっぱり?」
「ああ。ダンジョンだ」
ダリオは壁へ手を当て、しばらく確認する。
「しかも、この辺りは変化したばかりに見える」
「そんなことまで分かるの?」
「長く存在するダンジョンなら、内部の魔力がもっと安定している。ここは場所によって濃さにばらつきがある」
「じゃあ、本当に最近できた可能性が高いんだ」
「そう考えるのが自然だな」
その時、リュナの耳が動いた。
「何か来る」
全員が武器へ手をかける。
通路の奥から、一匹の魔物が姿を現した。
四本の脚。
岩のような硬い皮膚。
昨日見かけた魔物と同じ種類だった。
シオンが《鑑定》を使う。
【ロックリザード】
【岩場や洞窟に生息する魔物】
【硬い外皮を持つ】
「昨日見たのもこいつだ」
「なら、ここから先が完全にダンジョン領域だな」
ロックリザードが地面を蹴った。
ロッテが前へ出る。
「任せてください!」
盾で突進を受け止める。
ガンッ!
「《シールドバッシュ》!」
押し返されたロックリザードが体勢を崩す。
そこへリュナが駆け込んだ。
《蒼銀華》が外皮の隙間を斬り裂く。
ロックリザードが倒れた。
「……速いな」
ダリオが呟く。
「リュナは速いぞ」
「なんでシオンが自慢するのよ」
「彼氏だから?」
「関係ないでしょ!」
リュナの顔が少し赤くなる。
ダリオが二人を見た。
「お前たち、そういう関係なのか」
「そうだよ」
「シオン!」
「隠すことじゃないだろ?」
「そうだけど!」
ロッテが笑っている。
「仲良しですよ」
「ロッテまで!」
「……元気なパーティだな」
ダリオが呆れたように笑った。
倒したロックリザードをシオンが《ストレージ》へ収納する。
それを見たダリオが目を見開いた。
「今のは?」
「《ストレージ》」
「そんなスキルまで持ってるのか?」
「ああ」
「……なるほど。リーベルでBランクになっただけはあるな」
ダリオは奥へ目を向けた。
「もう少し確認する。周囲に注意しろ」
「分かった」
四人は慎重に奥へ進む。
通路はさらに地下へ続いていた。
そして、しばらく進んだところで――
「待って」
リュナが再び足を止める。
「今度は何?」
「音がする」
全員が黙る。
耳を澄ませる。
最初は何も聞こえなかった。
だが、少しするとシオンにも聞こえてきた。
微かな音。
一定ではなく、絶えず続いている。
「これって……」
ロッテが首を傾げる。
リュナが奥を見つめた。
「水の音じゃない?」
ダリオの表情が変わった。
「行ってみるぞ」
四人は少し足を速めた。
通路を曲がる。
さらに下る。
水音が徐々に大きくなっていく。
やがて、通路の先が開けた。
「……おお」
シオンが声を漏らす。
そこには広い地下空間があった。
岩壁の一部から水が流れ出し、細い川となって奥へ続いている。
「水だ!」
ロッテが駆け寄ろうとする。
「待って」
リュナが止めた。
「まだ何かいるかもしれない」
「あ、そうでした」
ダリオは周囲を確認しながら川の近くまで進み、水の流れを見た。
「地下水脈か……?」
「これがオアシスにつながってるのかな」
「可能性はある」
シオンは流れる水を見た。
水そのものは存在している。
だが、妙だった。
「なんか少なくないか?」
「私もそう思った」
リュナが答える。
地下空間の大きさに対して、水の流れがあまりにも細い。
さらに岩壁を見ると、今流れている場所よりずっと高い位置まで、水が流れていたような跡が残っている。
ロッテもそれに気づいた。
「前はもっとたくさん流れてたんじゃないですか?」
「そう見えるな」
ダリオが険しい表情で奥を見る。
細い水の流れは、ダンジョンのさらに深い場所から続いていた。
「オアシスの水位低下と、このダンジョン……」
シオンが呟く。
ダリオが頷いた。
「どうやら、本当に無関係ではなさそうだな」
シオンは細い水の流れの先を見る。
「じゃあ、このまま奥を調べてみるよ」
「ああ。頼めるか?」
「もちろん」
リュナとロッテも頷く。
「水がどこから来てるのか、調べるんでしょ?」
「ああ。この流れを辿れば何か分かるかもしれない」
「私も行きます!」
ダリオは三人を見回したあと、来た道へ視線を向けた。
「なら、俺は街へ戻る」
「ダリオだけ?」
「ああ。新しいダンジョンが見つかった以上、ギルドでやることがある。入口の管理もしなきゃならんし、知らずに入る冒険者が出ないよう手配も必要だ」
「なるほど」
「それに、オアシスの件は急いだ方がいい」
ダリオは細くなった水の流れを見る。
「俺が一緒に戻れと言って、明日またここまで往復する意味もないだろう」
「助かるよ」
「ここまで見た限り、お前たち三人なら調査を任せられる。ただし、まだ内部の危険度は分かっていない」
「危なくなったら戻るよ」
「そうしてくれ。何か分かったらギルドへ報告を頼む」
「分かった」
ダリオは頷くと、来た道へ向かって歩き出した。
「じゃあな。気をつけろよ」
「ダリオもな」
シオンたちは、ダリオの姿が通路の向こうへ消えるまで見送った。
「さて」
シオンはロッドを握り直す。
「俺たちは調査続行だな」
「うん」
リュナが《蒼銀華》へ手を添える。
ロッテも盾とバトルハンマーを構え直した。
「行きましょう!」
「よし。この水を辿ってみよう」
三人は細く流れる水に沿って、ダンジョンの奥へ歩き始めた。




