第58話 正しい場所
翌朝。
シオンたちは、ミリアとともにオアシスを訪れていた。
「……やっぱり減ってるな」
昨日、シオンが《アクアフォール》を十五回使い、水位を五十センチ上昇させた。
しかし、一晩経ったオアシスを見ると、その成果がすでに失われ始めている。
ミリアと一緒に来たギルド職員が、水位を測る目盛りを確認した。
「昨日の計測時より、十八センチ下がっています」
「一晩で十八センチ……」
リュナが眉をひそめる。
「昨日あれだけ頑張ったのに、もうそんなに減ったの?」
「これは予想以上ですね……」
ミリアの表情も暗い。
ロッテは水面を眺めながら首を傾げた。
「街で使った分だけじゃないですよね?」
「はい。昨日から給水制限は継続しています。街での使用量も記録していますが、それだけでは説明できません」
「だったら、やっぱり何かがおかしいんだな」
シオンはオアシスを見渡した。
昨日は五十センチも水位を上げたことで、街の人々が喜んでいた。
だが、この速度で減り続けるなら安心はできない。
「今日も水を入れますか?」
ミリアに尋ねられ、シオンは少し考える。
「入れるよ。でも、その前に原因を調べたい」
「原因を?」
「ああ。このまま毎日を撃ち続けるわけにもいかないだろ?」
「街の予算もなくなっちゃうしね」
リュナが笑う。
「それもある」
「そこ否定しないんだ」
「大事だろ?」
ロッテが大きく頷いた。
「大事です!」
「ロッテまで……」
リュナが呆れたように二人を見る。
ミリアも小さく笑ったあと、表情を戻した。
「原因については、こちらでも調べています。ただ……まだ何も分かっていません」
「このオアシスの水って、どこから来てるんだ?」
「地下水脈だと考えられています」
「考えられている?」
「はい」
ミリアが頷く。
「この街ができるよりずっと前から、この場所には大きなオアシスがあったそうです。地下から水が湧き続けていることは分かっていますが、その水源がどこにあるのかまでは……」
「誰も調べたことないの?」
リュナが尋ねる。
「過去に調査されたことはあるそうですが、地下水脈の全容までは分からなかったようです。何百年も水が枯れたことがなかったので、本格的な調査も長い間行われていません」
「今まで困らなかったから、調べる必要もなかったってことか」
「そういうことです」
シオンは腕を組んだ。
地下水脈。
それを調べれば何か分かるかもしれない。
問題は――どこから調べればいいのか。
オアシスの底へ潜るわけにもいかない。
砂漠を適当に掘ったところで、水脈に当たる可能性は低いだろう。
「……こういう時こそ、あれだな」
シオンが呟く。
リュナがすぐに気づいた。
「《正解選択》?」
「ああ」
「そういえば最近、あんまり使ってなかったね」
「忘れてたわけじゃないぞ?」
「まだ何も言ってないけど?」
「……念のためだ」
ロッテがくすくす笑う。
シオンは気を取り直して、《正解選択》へ意識を向けた。
「オアシスの水が減ってる原因を調べるなら、どこへ行けばいい?」
すると、目の前に文字が浮かび上がる。
【オアシスの水位低下を調査する場合、最初に向かうべき場所を選択してください】
【① オアシスの底】
【② 街の北にある枯れ井戸】
【③ 街の西にある岩山】
そして――
【③ 正解】
「……岩山?」
シオンが呟いた。
「どうしたの?」
「街の西にある岩山へ行くのが正解らしい」
「岩山ですか?」
ロッテが街の西側へ顔を向ける。
遠くには砂漠が広がっているだけで、ここから岩山らしいものは見えない。
ミリアは驚いたようにシオンを見る。
「西の岩山……もしかして、半日ほど進んだ場所にある岩山でしょうか?」
「たぶん。それ以外にある?」
「いえ、この周辺で岩山と呼べる場所なら、そこだと思います。ただ……」
「何かあるの?」
「特には」
「ないんだ」
「はい。鉱山でもありませんし、水場もありません。商隊の道からも外れているので、わざわざ向かう人はほとんどいません」
リュナがシオンを見る。
「水を調べるのに、水のない岩山かあ」
「俺もそう思う」
「でも、正解なんでしょ?」
「ああ」
「じゃあ行ってみよう」
リュナはあっさり言った。
ロッテも頷く。
「何もなかったら帰ってくればいいだけですしね」
「よし、決まりだな」
「お待ちください」
ミリアが慌てて三人を止める。
「西の岩山まで行かれるのでしたら、十分注意してください。この辺りの砂漠には魔物も生息しています」
「分かった」
「それと……」
ミリアがオアシスを見る。
シオンもその視線を追った。
「ああ。出発する前に水を入れとくよ」
「お願いできますか?」
「任せてくれ」
昨日と同じ場所へ移動すると、シオンはロッドを構えた。
「《アクアフォール》!」
大量の水がオアシスへ流れ込む。
二発。
三発。
水位が約十センチ戻ったところで、シオンはロッドを下ろした。
「今日はこれくらいにしとこう」
「ありがとうございます」
「原因が分かったら、もっと減らなくなるかもしれないしな」
「はい。よろしくお願いします」
ミリアに見送られ、三人は街を出た。
目指すのは西。
街道から外れ、砂漠を進んでいく。
朝のうちはまだ耐えられたが、時間が経つにつれて気温が上がってきた。
「あっつい……」
リュナの耳が少しずつ垂れてくる。
「今日もやります?」
ロッテが期待するようにシオンを見る。
「やるか」
「何を?」
リュナが嫌そうな顔をした直後。
「《アイスランス》」
氷の槍が砂の上へ突き刺さった。
「ああ……やっぱり」
そう言いながら、リュナは真っ先に氷へ近づいた。
「リュナ、今日は早いな」
「何?」
「いや、昨日は最後まで嫌がってたから」
「暑いものは暑いの!」
「そうだな」
「笑わないでよ!」
ロッテも反対側から氷に抱きつく。
「生き返りますねえ」
「攻撃魔法なんだけどな、これ」
「便利ならいいじゃないですか」
「昨日、私が言ったことと逆になってない?」
三人はしばらく身体を冷やしてから、再び歩き始めた。
さらに数時間。
ようやく目的の岩山が見えてきた。
「あれじゃない?」
リュナが前方を指差す。
砂漠の中に、茶色い岩肌を剥き出しにした岩山がそびえている。
「思ったより大きいな」
「どこを調べればいいんでしょう?」
「そこまでは《正解選択》も教えてくれなかったからな」
シオンたちは岩山へ向かって歩き続ける。
その途中だった。
突然、リュナが足を止めた。
「待って」
耳がぴくりと動く。
「どうした?」
「何かいる」
リュナが刀《蒼銀華》へ手をかけた。
シオンとロッテもすぐに戦闘態勢へ入る。
「どこだ?」
「砂の中。三……いや、四匹」
「砂の中?」
「来る!」
次の瞬間。
ザバッ!
シオンたちの前方で砂が弾けた。
現れたのは、大きなサソリだった。
黒褐色の甲殻。
巨大な鋏。
そして、頭上へ持ち上げられた太い尾。
「サソリか!」
続けて左右の砂が弾け、さらに三匹が姿を現す。
シオンはすぐに《鑑定》を使った。
【デザートスコーピオン】
【砂漠地帯に生息する魔物】
【硬い甲殻と毒針を持つ】
「毒持ちだ! 尻尾に気をつけろ!」
「分かった!」
「私が前に出ます!」
ロッテが盾を構えて前へ出る。
一匹のデザートスコーピオンが、巨大な鋏を振り下ろした。
ガンッ!
ロッテの盾が正面から受け止める。
「このくらいなら問題ありません!」
そのまま盾を押し返し、右手のバトルハンマーを振るう。
「《震撃》!」
ドゴンッ!
甲殻の上から衝撃が叩き込まれ、デザートスコーピオンの身体が大きく揺れた。
「硬い相手にはロッテの攻撃、相性いいな」
「任せてください!」
別の一匹が横から迫る。
だが、その前へリュナが滑り込んだ。
「《影縫い》!」
サソリの動きが止まる。
「そこ!」
《蒼銀華》が甲殻の隙間を正確に斬り裂いた。
シオンもロッドを向ける。
「《ライトニング》!」
雷撃が三匹目を直撃する。
デザートスコーピオンが痙攣し、その場へ崩れ落ちた。
「あと一匹!」
「シオン、下!」
「え?」
足元の砂が動いた。
ザバッ!
「うおっ!?」
砂の中から飛び出した最後の一匹が、シオンへ尾を突き出す。
シオンは咄嗟に身体を捻った。
だが、毒針が腕をかすめる。
「シオン!」
「大丈夫!」
すぐに距離を取る。
傷は浅い。
しかし、直後。
「……っ」
腕が熱を持ち始めた。
傷口の周囲が痺れる。
「毒か」
「だから気をつけろって自分で言ったのに!」
「面目ない!」
シオンは自分の腕へ手をかざす。
「《キュア》」
淡い光が傷口を包む。
熱と痺れが急速に消えていった。
「よし、治った」
「便利ですねえ」
ロッテが感心する。
「本当にね。でもシオン」
「ん?」
「治せるからって刺されていいわけじゃないからね?」
「はい」
残ったデザートスコーピオンも、三人にとって苦戦する相手ではなかった。
リュナが動きを封じ、ロッテが甲殻ごと衝撃を叩き込み、ほどなく戦闘は終わった。
シオンは四匹の死体を丸ごと《ストレージ》へ収納する。
「これも街で売れるかな」
「砂漠の魔物ですし、素材になるんじゃないですか?」
「帰ったら聞いてみよう」
三人は再び岩山へ向かった。
やがて岩山の麓へ到着する。
「さて……」
シオンは周囲を見渡した。
「ここからどうする?」
「ちょっと待って」
リュナが目を閉じる。
耳を動かしながら、ゆっくりと歩き始めた。
シオンとロッテも黙って後を追う。
しばらく岩壁沿いを進んだところで、リュナが止まった。
「……こっち」
「何かある?」
「風」
「風?」
「ほんの少しだけど、岩の隙間から流れてる」
三人で周囲を調べる。
岩壁の一部が崩れ、大きな岩が重なっていた。
その隙間から、確かに冷たい空気が流れ出している。
「奥に空間があるのか?」
「たぶん」
「どかしてみます?」
ロッテが腕まくりをしようとして、自分が全身鎧だったことに気づいて手を止めた。
「……腕まくりできませんね」
「しなくていいだろ」
「気分の問題です」
シオンとリュナが笑う。
三人で岩を動かしていくと、人が通れるほどの隙間が現れた。
その奥には暗い空間が続いている。
「洞窟だ」
シオンが《ライト》を使う。
光が周囲を照らした。
入口付近は、どう見ても自然にできた洞窟だった。
「こんなところに洞窟があったんですね」
「ギルドも知らなかったみたいだな」
「入ってみる?」
リュナが尋ねる。
「《正解選択》がここを示したんだ。行ってみよう」
三人は洞窟へ入った。
中は外よりかなり涼しい。
「快適ですねえ」
「もうここで休んで帰りたいくらいだな」
「何しに来たのよ」
洞窟は奥へ向かって緩やかに下っていた。
しばらく進む。
水は見当たらない。
だが――
「……ねえ」
リュナが足を止めた。
「何か変じゃない?」
「何が?」
「さっきまでと空気が違う」
シオンも周囲を見る。
言われてみれば、確かに違和感がある。
魔力が濃い。
それも、進むほど強くなっている。
さらに奥へ進むと、自然にできたはずの洞窟の形まで変わり始めた。
凸凹だった岩壁が、少しずつ整っていく。
通路の幅も一定になっていた。
「……これ」
ロッテが壁へ触れる。
「自然の洞窟じゃないですよね?」
「俺もそう思う」
その時。
前方から音が聞こえた。
カツン。
カツン。
何かが歩いてくる。
三人は武器を構えた。
《ライト》の光の先に、一匹の魔物が姿を現す。
洞窟に入るまで、周囲には一匹もいなかった魔物だ。
「シオン」
「ああ」
シオンは魔物ではなく、周囲の壁を見た。
濃くなった魔力。
不自然に整った通路。
そして、内部に現れた魔物。
リュナも同じことに気づいたらしい。
「これって……」
ロッテが目を丸くする。
「もしかして、ダンジョンじゃないですか?」
三人は顔を見合わせた。
「……未発見の?」
「たぶん」
「水を調べに来ただけなのに?」
「俺に聞くなよ」
シオンは改めて、奥へ続く通路を見た。
「一度、ギルドに戻ろう」
「そうだね。勝手に奥まで行くより、報告した方がいいと思う」
「新しいダンジョン発見ですもんね!」
「ああ」
三人は頷き合うと、来た道を引き返し始めた。




