第57話 水を出すだけのお仕事
翌朝。
シオンたち三人は、砂漠の街の冒険者ギルドを訪れていた。
建物はリーベルのギルドより少し小さいが、中にはそれなりの数の冒険者がいる。
ただ、どことなく活気がない。
「さて、どんな依頼があるかな」
シオンは依頼掲示板へ向かった。
リュナとロッテも、その後ろについていく。
掲示板には魔物討伐や商隊護衛など、見慣れた依頼が並んでいた。
しかし、それ以上に目立つものがある。
「……水?」
シオンが一枚の依頼書を読み上げた。
「『宿屋の貯水槽への給水。水魔法を使用できる冒険者を募集』」
「こっちも水だよ」
リュナが隣の依頼書を指差す。
「『家畜用の飲み水確保』……その下も『共同貯水槽への給水』だって」
「水ばっかりですね」
ロッテが掲示板を見渡した。
水に関係する依頼が、全体の半分近くを占めている。
「昨日見たオアシスの状態なら、そうなるよな」
「でも、これだけ依頼があるってことは、水魔法を使える人が足りないんでしょうね」
リュナの言葉にシオンが頷いた。
そこで、掲示板の中央に貼られた大きな依頼書が目に入る。
ほかの依頼とは違い、赤い文字で『緊急』と書かれていた。
「ん? これ……」
【緊急依頼:オアシスへの給水】
【依頼主:砂漠の街】
【依頼内容:水属性魔法を用いてオアシスの水位を回復させること】
【報酬:水位十センチ上昇につき金貨一枚】
【備考:ギルド職員立ち会いのもと、水位を計測する】
「金貨一枚!?」
ロッテが声を上げた。
「十センチ上げるだけで?」
「だけって言っても、あの大きさだよ?」
リュナが苦笑する。
昨日見たオアシスは、街の中心に広がる巨大なものだった。
水位を十センチ上げるだけでも、相当な量の水が必要になるはずだ。
「でも、やってみる価値はありそうだな」
シオンは依頼書を眺めながら考えた。
水魔法。
今のシオンが覚えている魔法には、まだない。
だが、習得できないわけではなかった。
「ちょっと待っててくれ」
「何するの?」
「魔法を覚える」
「……今?」
「今」
シオンは習得可能な魔法を確認した。
水属性の魔法も、いくつか表示されている。
その中で目に留まったのが、上位水魔法だった。
指定した場所へ大量の水を落とす魔法。
攻撃に使えば、凄まじい水量と勢いで敵を押し流すこともできる。
「これだな」
シオンは迷わずスキルポイントを使った。
【《アクアフォール》を習得しました】
「よし、覚えた」
「何を?」
「《アクアフォール》」
「……それ、上位魔法じゃない?」
「そうだけど?」
リュナが額に手を当てた。
「水を出したいからって、いきなり上位魔法を覚える人がいるとは思わなかった」
「たくさん出た方がいいだろ?」
「まあ、そうだけど……」
ロッテは楽しそうに笑っている。
「シオンさんらしいですね!」
「だろ?」
「褒めてるのかな、それ……」
三人は依頼書を持って受付へ向かった。
受付にいたのは、明るい茶色の髪を後ろでまとめた女性だった。
「いらっしゃいませ。ご依頼のお申し込みですか?」
「ああ。このオアシスの給水依頼を受けたいんだけど」
シオンが依頼書を差し出す。
女性はそれを見て、少し驚いた顔をした。
「水属性魔法をお使いになれるんですか?」
「使えるよ」
「それは助かります! 申し遅れました。受付を担当しております、ミリアです」
「シオンだ。こっちはリュナとロッテ」
「よろしくお願いします!」
ミリアは三人のギルドカードを確認した。
「皆さん、Bランクなんですね。……リーベルからいらしたんですか?」
「ああ。昨日着いたばかりなんだ」
「そうでしたか。それでは、こちらの依頼についてご説明しますね」
ミリアによると、街には水魔法を使える冒険者が何人かいるらしい。
しかし、オアシスの水位が下がり始めてから、給水依頼が急増した。
今は貯水槽や家畜用の水を確保するだけでも手いっぱいだという。
「オアシスへの給水依頼は、街が緊急予算を組んで出しているものです。ですが、まだ十センチという達成基準に届いた方はいらっしゃいません」
「一人も?」
「はい。皆さん頑張ってくださっているんですが、何しろ広いので……」
ミリアが困ったように笑う。
「それでも構わないなら、ご案内します」
「もちろん。やってみるよ」
シオンが答えると、ミリアはほっとした表情になった。
「ありがとうございます! では、計測担当の職員を呼んできますね」
しばらくして、三人はギルド職員とともにオアシスへ向かった。
昨日と変わらず、水際には大勢の人が集まっている。
水を汲む人。
水位を心配そうに眺める人。
遠くでは、家畜に水を飲ませている姿も見えた。
「こちらです」
案内された場所には、水位を測るための目盛りが設置されていた。
職員が現在の水位を確認する。
「それでは、お願いします」
「よし」
シオンは水辺に立ち、ロッドを構えた。
「《アクアフォール》!」
直後。
ズドオオオオオッ!!
空中に生まれた大量の水が、オアシスへ叩き込まれた。
激しい水音が響き、周囲の人々が一斉に振り向く。
「うわっ!?」
「何だ、今の!?」
水面が大きく波打つ。
リュナも目を丸くしていた。
「ちょっと、シオン! 思ったよりすごいんだけど!」
「上位魔法だからな!」
「それ、攻撃に使うやつでしょ!?」
「水が出るなら給水にも使えるだろ!」
「そういう問題!?」
ロッテは目を輝かせている。
「すごい水量ですね! もう一回見たいです!」
「よし!」
「ロッテも煽らない!」
シオンは再びロッドを構えた。
「《アクアフォール》!」
再び大量の水が落ちる。
さらに三発目。
周囲に集まっていた人々から歓声が上がった。
「おおおっ!」
「水が増えてるぞ!」
「こんな水魔法、初めて見た!」
水面の揺れが落ち着くのを待って、職員が目盛りを確認した。
「……十センチ」
「上がった?」
「はい! 十センチ上昇しています!」
「よし!」
シオンが拳を握る。
ミリアも、いつの間にか駆けつけていた。
「本当に三回で十センチも……!」
「じゃあ、金貨一枚だな」
「はい! 依頼達成です!」
職員が記録をつけ始める。
だが、シオンはロッドを下ろさなかった。
「よし、続けよう」
「……え?」
ミリアが顔を上げた。
「まだやるんですか?」
「だって、十センチじゃ全然足りないだろ?」
「それは、そうですが……」
シオンはオアシスを見渡した。
かつての水際を示す跡は、まだずっと高い位置にある。
「とりあえず、五十センチくらいは戻したいな」
「ご、五十!?」
ミリアの声が裏返った。
リュナはシオンを見て、小さく笑った。
「シオンならそう言うと思った」
「街の人たちも困ってるしな」
「うん。でも、無理はしないでよ?」
「分かってる」
シオンは《アクアフォール》を撃ち続けた。
もちろん、上位魔法だけあってMPの消費は大きい。
途中で休憩を挟み、水を飲み、またロッドを構える。
その間、リュナとロッテは周囲の人々が危険な場所へ近づかないよう声をかけたり、職員の計測を手伝ったりしていた。
四発目。
五発目。
六発目。
水位が二十センチ上がった。
「また上がったぞ!」
「本当だ!」
人々の表情が明るくなる。
九発目で三十センチ。
十二発目で四十センチ。
最初は驚いていたミリアも、途中からは真剣な顔で水位を確認するようになっていた。
「シオンさん、あと少しです!」
「おう!」
シオンは一度深呼吸して、ロッドを握り直した。
「《アクアフォール》!」
十五発目。
大量の水が落ち、水面が大きく盛り上がった。
やがて波が落ち着く。
職員が目盛りを確認した。
「……五十センチ」
周囲が静まり返る。
「五十センチ、上昇しました!」
次の瞬間、大きな歓声が上がった。
「やったぞ!」
「水が戻ってきた!」
「ありがとう、冒険者さん!」
シオンは少し照れくさくなって、頭をかいた。
「いや、まだ元通りってわけじゃないけどな」
それでも、昨日まで不安そうだった人々が笑っている。
それだけで、頑張った甲斐はあった。
「お疲れさま、シオン」
リュナが水筒を差し出した。
「ありがと」
「本当に五十センチ上げちゃったね」
「目標だったからな」
「そういうところ、好きだよ」
「……え?」
シオンが振り向くと、リュナは慌てて目を逸らした。
「な、何でもない!」
「いや、今――」
「水飲んで!」
「はい」
シオンは素直に水筒へ口をつけた。
その横で、ロッテがにこにこしている。
「仲良しですねえ」
「ロッテ!」
「何も言ってませんよ?」
「言ったでしょ!」
三人がそんなやり取りをしていると、ミリアが近づいてきた。
「シオンさん。本当にありがとうございました」
「役に立てたならよかったよ」
「大助かりです。街の皆さんも、少し安心できると思います」
ミリアは深々と頭を下げた。
「それでは、報酬をお渡ししますので、ギルドへお戻りください」
ギルドへ戻った三人は、受付で金貨五枚を受け取った。
「五十センチ上昇、金貨五枚です。お確かめください」
「確かに」
シオンは金貨を《ストレージ》へ収納した。
それを見ていたリュナが、ふと口を開く。
「……ねえ、シオン」
「ん?」
「これ、明日もやったら金貨五枚?」
「水位が下がってたら、そうなるのかな」
「十日続けたら?」
「金貨五十枚ですね」
ロッテが即答した。
「一か月なら金貨百五十枚です!」
「…………」
三人が顔を見合わせる。
「俺、給水だけで大金持ちになれるんじゃない?」
「冒険者やめないでよ!?」
「でも、迷宮を完全攻略したときの報酬より稼げそうだぞ?」
「比較しないで!」
そこでミリアが慌てて会話に割り込んだ。
「ま、待ってください! 毎日五十センチ分もお支払いできる予算はありません!」
「え?」
「今回の報酬は街の緊急予算から出ているんです! そもそも、一人で五十センチも水位を上げる方が現れるなんて想定していませんでした!」
「ああ、そういうことか」
「そういうことです!」
シオンは少し残念そうに頷いた。
「大金持ち計画が……」
「今思いついたばっかりでしょ!」
リュナの突っ込みに、ロッテが笑う。
「でも、街の人たちが喜んでくれてよかったですね」
「そうだな」
シオンも頷いた。
金貨五枚はもちろん嬉しい。
だが、それ以上に、オアシスで聞いた歓声が耳に残っていた。
「……ところで、シオンさん」
ミリアが少し真面目な表情になる。
「はい?」
「明日も、オアシスの様子を見に来ていただけませんか?」
「もちろんいいけど」
「ありがとうございます。水位がどの程度維持されるか、確認したいんです」
「そっか。まだ減ってる原因は分かってないもんな」
「はい。今日の給水で猶予はできましたが、このままでは……」
ミリアは言葉を濁した。
シオンは少し考えてから頷いた。
「分かった。明日も来るよ」
「助かります!」
ミリアの顔がぱっと明るくなる。
その横で、リュナが小声で囁いた。
「ねえ、シオン」
「何?」
「明日も給水することになったら、また金貨の計算するの?」
「……ちょっとは」
「するんだ!?」
ロッテが楽しそうに手を挙げた。
「計算なら任せてください!」
「ロッテまで!?」
受付の向こうで、ミリアが思わず吹き出した。




