第55話 旅立ち
翌朝。
シオンたちは旅の準備をするため、市場へ来ていた。
「まず食料だな」
「日持ちするものを多めに買っておこう」
「肉も欲しいです」
「肉はいるな」
「野菜もね」
「いる」
「パンも」
「いる」
リュナが指を折りながら必要なものを挙げていく。
シオンはその隣で頷いていた。
「……シオン、ちゃんと考えてる?」
「考えてるよ」
「全部いるって言ってるだけじゃない?」
「でも全部いるだろ?」
「そうだけど」
リュナが呆れた顔をする。
「《ストレージ》があるんだから、いっぱい買えばいいじゃないですか」
ロッテが言った。
「腐らないんですよね?」
「うん。入れておけば、そのまま保存できる」
「なら悩む必要ないですよ」
「ロッテは話が分かるな」
「買いすぎるとお金がもったいないでしょ」
「金貨十九枚あるぞ?」
「そういう問題じゃないの!」
結局、三人で相談しながら大量の食料を買うことになった。
パン、干し肉、野菜、果物。
途中で見つけた焼き菓子も追加する。
「これも?」
「旅の途中で食べるの」
「必要?」
「必要」
「さっきリュナが買いすぎるなって――」
「これは必要なの」
「なるほど」
「納得するんですね」
ロッテが笑う。
購入したものは、その場でシオンが《ストレージ》へ収納していく。
大量に買っているのに、三人の荷物はまったく増えない。
「やっぱり便利だな」
「今さら?」
「旅だと特に便利だと思って」
「普通なら荷物を運ぶために馬車を使ったりしますからね」
「俺たちはいらないな」
「シオンさんが全部持ってますから」
「任せろ」
「シオンが《ストレージ》使えなくなったら、私たち何も持ってないことになるけどね」
「……少しくらい自分たちでも持つ?」
「最低限はね」
リュナの提案で、水筒や少量の食料など、すぐに必要になるものは各自で持つことにした。
次に買うのは水だった。
大きな容器をいくつも購入し、水を満たしてもらう。
「こんなにいる?」
「いるよ」
「《ストレージ》にまだ入るぞ?」
「入るかどうかじゃなくて、必要かどうかの話」
「砂漠なんだろ?」
「だから多めに買ってるの」
「もっといる?」
「……もう十分だと思う」
シオンは水の入った容器を次々と収納する。
「水魔法を覚えたら、こんなに持っていかなくてもいいのにな」
「また言ってる」
「便利だと思うけど」
「便利なのは否定してないよ。でも今は水があるんだから、ちゃんと持っていけばいいでしょ」
「分かった」
「砂漠に着いて必要だったら、そのとき考えればいいんじゃないですか?」
「それもそうだな」
シオンはあっさり納得した。
リュナが少し意外そうに見る。
「今日は素直だね」
「いつも素直だぞ?」
「そうかな……」
水を確保したあとは、野営道具を確認する。
すでに持っているものも多かったため、消耗品を追加する程度で済んだ。
「これで大体終わりかな」
「そうですね」
「あ」
ロッテが足を止めた。
「何?」
「あのお店に寄っていいですか?」
ロッテが指差した先に酒屋があった。
「……旅の準備だよ?」
「だからですよ」
「何に使うの?」
「飲みます」
「そのままだった!」
「旅の夜にお酒がないと寂しいじゃないですか」
「水はいっぱい買ったぞ?」
「水とお酒は別ですよ」
「そうなの?」
「ドワーフは普通ですよ?」
「またそれ!」
リュナが突っ込む。
だがロッテはすでに酒屋へ向かっていた。
「何にしようかな」
「本当に買うんだ」
「せっかくなので、何種類か持っていきましょう」
「何種類か!?」
「《ストレージ》なら重くないですよね?」
「俺は別にいいけど」
「シオン!」
「だって入るぞ?」
「そういう問題じゃないって昨日から何回言えばいいの!」
結局、ロッテは酒を数本購入した。
当然、それもシオンの《ストレージ》へ入る。
「お願いします」
「はい」
「シオン、完全にロッテの酒蔵になってるよ」
「飲みたくなったら出せばいい?」
「お願いします!」
「二人とも……」
リュナが額を押さえた。
買い物を終えると、三人は家へ戻った。
それぞれ自分の部屋で荷物を確認する。
とはいえ、ほとんどのものはシオンの《ストレージ》へ入れてしまうため、片付けにそれほど時間はかからなかった。
シオンは自分の部屋を見回す。
ベッド。
机。
椅子。
ここで暮らし始めてから、それなりの時間が経った。
最初はただ寝るための部屋だった。
それがいつの間にか、帰ってくる場所になっていた。
「こんなもんかな」
忘れ物がないことを確認して、一階へ下りる。
すでにリュナがいた。
「終わった?」
「うん。リュナは?」
「私も」
少し遅れて、ロッテも下りてくる。
「終わりました!」
「早いな」
「ほとんど《ストレージ》に入れてもらいましたからね」
「だよな」
三人は居間に立った。
いつも食事をしていたテーブルがある。
何度もくだらない話をした。
迷宮から戻ってきて、その日の出来事を話すこともあった。
「……なんか、変な感じ」
リュナが呟いた。
「何が?」
「今日でここを出るんだなって」
「そうですね」
ロッテも部屋を見回す。
「結構好きでした、この家」
「俺も」
「三人で暮らし始めた場所ですからね」
シオンは二人を見る。
この家を借りたときは、三人でここまで冒険することになるとは考えていなかった。
それぞれ自分の部屋があって、三人で食事をして、一緒に迷宮へ向かう。
それがいつの間にか当たり前になった。
「またリーベルに来たら、ここ借りればいいだろ」
「空いてたらね」
「誰か住んでたら?」
「別の家を探すしかないでしょ」
「そっか」
「でも」
リュナが笑った。
「また三人で暮らせばいいよ」
「ああ」
「もちろんです!」
ロッテも笑う。
「じゃあ、行くか」
三人は家を出た。
最後に扉を閉める。
シオンは一度だけ振り返り、それからリュナとロッテと一緒に歩き出した。
街を出る前に、冒険者ギルドへ立ち寄った。
受付にはセリナがいる。
「あら」
三人の姿を見て、すぐに気づいたようだった。
「今日、出発ですか?」
「うん」
「準備終わったから」
「そうですか……」
セリナが少し寂しそうに笑う。
「本当に行ってしまうんですね」
「また来るよ」
「そう言ってもらえると嬉しいです」
セリナには冒険者になってから何度も世話になった。
依頼を受けるときも、迷宮から帰って報告するときも、受付にいることが多かった。
「今までありがとう」
「こちらこそ」
セリナが微笑む。
「シオンさんたちの報告は、毎回驚かされてばかりでしたけど」
「そう?」
「そうですよ。最初の頃から普通じゃありませんでした」
「そんなことないと思うけど」
「シオン、それ本気で言ってる?」
「うん」
「やっぱり普通じゃないですね」
セリナが笑った。
「ロッテさんも、お元気で」
「はい! また戻ってきたら顔を出します!」
「リュナさんも」
「うん。セリナさんも元気でね」
セリナの視線が下がる。
リュナの左手。
薬指には《絆の指輪》がある。
「次に会うときには、もっと進展しているかもしれませんね」
「なっ……!」
リュナの顔が赤くなる。
「セリナさん!」
「何のことでしょう?」
「絶対分かって言ってる!」
「リュナさん、もう付き合ってるんですからいいじゃないですか」
「ロッテ!」
「え?」
セリナの目が大きくなる。
ロッテが口を押さえた。
「あ」
「……ロッテ?」
「すみません」
「ちょっと待ってください」
セリナが身を乗り出す。
「付き合ってる?」
「…………」
リュナが真っ赤になる。
シオンは普通に頷いた。
「うん。付き合うことになった」
「シオンまで!」
「隠すことなの?」
「そうじゃないけど!」
セリナの顔が一気に明るくなる。
「やっぱり!」
「声大きい!」
「おめでとうございます!」
「あ、ありがとう……」
「いつからですか?」
「エルダードラゴンを倒した日の夜です」
「ロッテ!」
「もうバレたんだからいいじゃないですか」
「そういう問題じゃない!」
「なるほど。あの指輪の日に……」
「指輪は関係ないから!」
セリナは完全に楽しんでいる。
リュナは耳まで真っ赤だった。
「朝から元気だな」
奥からグラントが出てきた。
「ギルドマスター」
「出発するって聞いたぞ」
「ああ」
「準備は?」
「終わった」
「水は?」
「いっぱい買った」
「食料は?」
「いっぱい買った」
「酒は?」
「いっぱい買いました!」
「なんでロッテが答えるんだ」
「大事なので!」
「ほどほどにしろよ」
「はい!」
「返事だけはいいな」
グラントが苦笑する。
「道は昨日教えた通りだ。しばらく南へ進めば大きな街道に合流する。そこから先は隊商も多い」
「分かった」
「砂漠に入ったら街道から外れるな。砂嵐が来たときは無理に進むなよ」
「うん」
「魔物にも気をつけろ。迷宮とは勝手が違う」
「大丈夫」
シオンが即答する。
グラントが眉をひそめた。
「お前が即答すると、逆に不安になるな」
「なんで?」
「自分で考えろ」
「難しいな」
「難しくない」
リュナが横から突っ込んだ。
グラントが小さく笑う。
「まあ、お前たちなら大抵のことは何とかするだろう」
「任せて」
「ただし、無茶はするな」
「分かってる」
「本当か?」
「多分」
「そこは言い切れ!」
三人が笑う。
グラントは呆れながらも、最後には笑っていた。
「元気でな」
「ああ」
「お世話になりました」
ロッテが頭を下げる。
「ありがとう、グラントさん」
リュナも続いた。
シオンもグラントを見る。
「また来るよ」
「そのときは、今度こそ普通の報告を持ってこい」
「普通?」
「魔物を五十体近く丸ごと出したり、エルダードラゴンを最後に出したりするなってことだ」
「でも次も《ストレージ》に入れるぞ?」
「もういい。行け」
「なんで!?」
セリナが笑いながら手を振る。
「行ってらっしゃい!」
「行ってきます!」
三人はギルドをあとにした。
街の門へ向かう。
見慣れた道だった。
何度も歩いた市場を通り、店の前を抜けていく。
途中で顔を知っている人から声をかけられ、そのたびに簡単な挨拶をする。
やがて街の門へ着いた。
その先には街道が伸びている。
シオンは門を出たところで、一度足を止めた。
「シオン?」
「ん?」
振り返る。
リーベルの街がある。
冒険者として活動を始めた街。
リュナと出会い、ロッテが仲間になり、三人で暮らした街。
そして地下迷宮を最下層まで攻略した。
「どうしたの?」
「いや」
シオンは前を向く。
「行こうか」
「うん」
「はい!」
三人は並んで街道を歩き始めた。
「砂漠って、どれくらい暑いんだろうな」
「かなり暑いんじゃない?」
「ミスリルの鎧、大丈夫かな」
シオンがロッテを見る。
「平気ですよ」
「暑くない?」
「暑かったら脱ぎます」
「ロッテが鎧脱いで戦うの珍しそうだな」
「戦うときは着ますよ!」
「結局着るんだ」
「当然です!」
しばらく歩く。
ロッテが何か思い出したようにシオンを見る。
「シオンさん」
「何?」
「今日の夜、昨日買ったお酒出してくださいね」
「もう飲むの?」
リュナが呆れる。
「旅立ちのお祝いですよ」
「昨日は迷宮完全攻略のお祝いで飲んでたよね?」
「昨日は昨日です」
「毎日理由つけて飲む気じゃないでしょうね」
「ドワーフは普通ですよ?」
「絶対それで全部押し通すつもりでしょ!」
「俺、水より酒を多く買った気がしてきた」
「そんなわけないでしょ!」
三人の笑い声が街道に響く。
シオンは《ストレージ》に入れた大量の水と食料、そしてロッテの酒を思い浮かべながら歩いていく。
「とりあえず今日は、どこまで行けるかだな」
「無理しないで、暗くなる前に野営できる場所を探そうね」
「分かった」
「夜ご飯、何にします?」
「もう夜の話?」
「大事ですよ!」
「酒の話じゃないよね?」
「もちろん食事の話です」
「本当に?」
「お酒も飲みますけど」
「やっぱり!」
リュナの声に、シオンが笑う。
ロッテも楽しそうに笑った。
三人はそのまま、南へ続く街道を歩いていった。
第一章 リーベル編 完
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
これにて第一章「リーベル編」完結です。
シオンがリュナ、ロッテと出会い、三人で《デスティニー・コンパス》を結成。
迷宮攻略を進め、最後はエルダードラゴンを倒して完全攻略するところまで来ました。
そしてシオンとリュナの関係にも、ようやく変化が……!
次回から第二章が始まります。
リーベルを旅立った三人が、次はどんな場所で何に出会うのか。
引き続き楽しんでいただけたら嬉しいです!
ここまで応援してくださった皆様、本当にありがとうございます。
面白かった、続きが気になると思っていただけましたら、
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第二章もよろしくお願いします!




