第54話 完全攻略の報酬
休日を一日挟み、翌日の午後。
シオンたちは冒険者ギルドを訪れていた。
「こんにちは」
「あ、シオンさんたち」
受付にいたセリナが三人に気づく。
「お待ちしていました」
「査定、終わった?」
「はい。昨日一日、大変だったみたいですけど」
「大変?」
「解体場の職員さんたちが」
セリナが苦笑する。
「特にエルダードラゴンですね。あれだけ大きな竜を丸ごと査定することなんてありませんから」
「ちゃんと終わったんだ」
「終わらせた、と言ったほうが正しいかもしれません」
「そんなに?」
「そんなにです」
シオンにはいまいち実感がない。
倒した魔物を《ストレージ》へ入れて持って帰ってきただけなのだが、どうやらその後が大変だったらしい。
「ギルドマスターがお待ちです。奥へどうぞ」
「分かった」
三人はセリナに案内され、奥の部屋へ向かった。
扉を開けると、グラントがテーブルの向こうに座っていた。
「来たか」
「査定終わったって聞いた」
「ああ。なんとかな」
グラントの前には何枚もの書類が置かれている。
「座れ」
三人が並んで腰を下ろす。
セリナもグラントの隣に立った。
「まずは二十一階層から二十五階層までで持ち込まれた魔物についてだ」
グラントが一枚の書類を手に取る。
「キラーマンティス、アーマーベア、グレータートロール、デーモンナイト、それからデーモンナイト・コマンダー。状態や数を含めて査定した結果、全部合わせて金貨四枚だ」
「金貨四枚」
シオンが頷く。
「結構しますね」
ロッテが嬉しそうに言う。
「二十一階層より先は、これまでまともに素材が持ち込まれていないからな。珍しい素材も多い」
「全部持って帰ってきてよかったな」
「普通の冒険者は、お前みたいに何でも丸ごと持って帰れないんだがな」
「《ストレージ》便利だから」
「それは嫌というほど分かった」
グラントがため息をつく。
「そして問題はこっちだ」
別の書類を持ち上げる。
「エルダードラゴン」
シオンたちも少し姿勢を正した。
「記録に残っている過去の取引例や、各素材の価値を参考にして査定した。鱗、牙、爪、角、骨、皮、血、魔核。ほぼ一体丸ごと、それもかなり良好な状態で残っている」
「首とか翼は傷ついてるけど」
「討伐したんだから当たり前だ。むしろ戦闘後の竜としては状態がいい」
グラントが書類を置く。
「査定額は金貨十二枚だ」
「十二枚!?」
ロッテが目を丸くした。
リュナも驚いている。
「そんなにするんだ」
「お前はもう少し驚け」
「いや、驚いてるよ」
「顔に出せ」
「難しいな」
「何がだ」
グラントが呆れる。
「普通の魔物が金貨四枚で、ドラゴンだけで十二枚か」
シオンが指を折って数える。
「合わせて金貨十六枚?」
「そうなる」
「三人で分けてもかなりありますね」
ロッテが嬉しそうに笑った。
「何買おうかな」
「シオン、もう使うこと考えてるの?」
「だって金は使うためにあるだろ?」
「貯めるっていう選択肢もあるからね」
「なるほど」
「今知ったみたいに言わないで」
グラントが咳払いする。
「話はまだ終わってないぞ」
「まだ何かあるの?」
「お前たちは何をしに第二十五階層まで行ったと思ってるんだ」
「迷宮攻略」
「そうだ」
グラントが別の書類を取り出した。
「魔物の素材代とは別に、ギルドから迷宮完全攻略の報奨が出る」
「報奨?」
「ああ。リーベル地下迷宮の最下層を確認し、最後の守護者を討伐した。二十一階層以降の情報も、お前たちが初めて持ち帰ったものだ」
セリナが続ける。
「第二十一階層から第二十五階層までの魔物や構造についても、今後ギルドで情報を整理して冒険者へ公開する予定です」
「俺たちの情報が?」
「はい」
セリナが微笑む。
「これから二十一階層より先へ挑む冒険者にとって、とても重要な情報になりますから」
「でも、エルダードラゴンはもういないよ?」
「階層の守護者が今後どうなるかについては、まだ分かりません。時間が経てば再び現れる可能性もありますし、別の魔物が現れる可能性もあります」
「なるほど」
「その辺りも、今後調査していくことになります」
グラントが話を戻す。
「完全攻略の報奨は金貨三枚だ」
「三枚!」
ロッテがさらに嬉しそうになる。
「ということは、全部で金貨十九枚?」
「ああ」
「おお……」
さすがのシオンも今度は金額の大きさを実感した。
金貨十九枚。
三人で冒険を始めた頃なら、想像もできなかった金額だ。
「どうする?」
シオンが二人を見る。
「三等分?」
「十九枚ですよ?」
「余るな」
「別に今ここで全部分けなくてもいいんじゃない?」
リュナが言う。
「必要なときに三人で使えばいいでしょ」
「それでいいか」
「私もいいですよ」
ロッテも頷いた。
「装備を作るときも、素材代とかありますからね」
「じゃあ、とりあえずまとめて持っておく」
「お願いします」
金貨十九枚が入った袋を受け取り、シオンはそのまま《ストレージ》へ収納した。
グラントがその様子を見ながら腕を組む。
「これで迷宮に関する報告と報奨はひとまず終わりだ」
「終わりか」
「ああ」
シオンは椅子の背にもたれた。
これで本当に終わった。
リーベルへ来てから何度も潜った地下迷宮。
最下層まで到達し、最後の守護者を倒し、報告も査定も終わった。
もう、やるべきことは残っていない。
「それで」
グラントがシオンを見る。
「お前たち、これからどうするつもりだ?」
「これから?」
「迷宮は攻略した。三人ともBランクだ。この街に残って依頼を受けるのも構わんが、お前たちなら他の街でも十分やっていける」
シオンはリュナとロッテを見る。
二人もシオンを見返した。
「どうする?」
「私はどっちでもいいよ」
リュナが答える。
「シオンとロッテが一緒なら」
「私もです」
ロッテも笑う。
「まだ行ったことのない街には興味ありますけどね」
「俺も」
シオンは即答した。
この街での生活は楽しい。
リュナとロッテと暮らしている家も気に入っている。
だが、迷宮は完全攻略した。
まだ見たことのない場所へ行けば、まだ知らない魔物や魔法に出会えるかもしれない。
「他の街に行ってみたい」
「だと思った」
リュナが笑った。
「シオンさんならそう言いますよね」
「なんで分かった?」
「分かりますよ」
グラントも予想していたのか、特に驚かなかった。
「なら、次の目的地を考えないとな」
「おすすめある?」
「いくつかあるが……」
グラントが少し考える。
「変わった場所へ行きたいなら、南へ向かうのも面白いかもしれん」
「南?」
「ああ。この辺りとは景色がまるで違う」
「どんなところ?」
「砂漠だ」
「砂漠!」
シオンが身を乗り出した。
リュナが横からシオンを見る。
「すごく嬉しそう」
「行ったことないからな!」
「私もないけど」
「私もですね」
グラントが続ける。
「砂漠には大きなオアシスを中心に発展した街がある。交易の中継地でもあって、各地から商人や冒険者が集まる場所だ」
「面白そう!」
「ただし、ここからはそれなりに距離があるぞ」
「何日くらい?」
「徒歩なら――」
そこでグラントが止まった。
シオンを見る。
「……お前の場合、食料も水も全部に入れられるのか」
「入るよ」
「野営道具も?」
「入る」
「本当に旅向きだな、そのスキル」
「便利だぞ?」
「知ってる」
ロッテが手を挙げる。
「砂漠の街なら、珍しい金属とかありますかね?」
「交易品ならいろいろ集まるだろうな」
「お酒も?」
「そっちですか」
リュナがすぐに突っ込んだ。
「砂漠のお酒、気になりません?」
「昨日あれだけ飲んだのに?」
「昨日は昨日ですよ」
「ドワーフってすごいな……」
「普通ですよ?」
「出た」
シオンが笑う。
「じゃあ、そこ行ってみる?」
「私はいいよ」
「私も賛成です!」
三人の意見はあっさり一致した。
「決まりだな」
グラントが頷く。
「詳しい道は出発前に教えてやる。砂漠に入ってからは街道を外れるなよ。目印が少ないから、慣れていない奴は簡単に方向を見失う」
「分かった」
「あと、水は多めに持っていけ」
「《ストレージ》に入れておく」
「そうしろ。砂漠で水を切らすのは洒落にならん」
「水か……」
シオンは何気なく呟いた。
「何だ?」
「いや、水の魔法ってあったかなと思って」
「旅の準備より先に新しい魔法を覚えようとしないで」
リュナが呆れた顔をする。
「でも便利じゃない?」
「それはそうだけど」
「水がなくなっても作れるぞ」
「まず普通に持っていこうね?」
「はい」
ロッテが笑う。
「砂漠、楽しみですね」
「ああ!」
まだ見たことのない土地。
まだ知らない街。
そして、まだ出会ったことのない魔物。
シオンはそれを想像するだけで、自然と笑みが浮かんだ。
「じゃあ、準備したら出発するか」
「うん」
「はい!」
三人は立ち上がる。
そのとき、セリナがリュナの左手をちらりと見た。
「旅行先で、もっと仲良くなれるといいですね」
「旅行じゃなくて冒険だから!」
「リュナさん、私は何も言ってませんよ?」
「絶対分かってて言ってる!」
リュナの顔が赤くなる。
ロッテが横で笑い、シオンは首を傾げた。
「仲良くなるのはいいことだろ?」
「シオンは黙ってて!」
「なんで!?」
いつものやり取りに、グラントが呆れたようにため息をつく。
「……お前たち、本当に砂漠まで辿り着けるんだろうな」
「道は間違えないよ!」
「そこを心配してるんじゃない」
笑い声を残しながら、三人はギルドをあとにした。




