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第53話 休日

 翌朝。


 シオンが一階へ下りると、すでにロッテが朝食の準備をしていた。


「おはようございます、シオンさん」


「おはよう」


「よく眠れました?」


「いや、あんまり」


「珍しいですね」


「ちょっと考え事してて」


 シオンが席についたところで、階段から足音が聞こえてきた。


「……おはよう」


 リュナだった。


「おはよう、リュナ」


「う、うん。おはよう」


 目が合う。


 リュナがすぐに視線を逸らした。


「…………」


「…………」


 シオンもなんとなく気まずくなってテーブルを見る。


 昨夜までは普通に話していた。


 いや、普通ではなかった。


 リュナから好きだと言われ、シオンも好きだと伝えた。


 そして二人は恋人になった。


 それだけなのに、朝になった途端、どう接すればいいのか分からなくなっている。


「……?」


 ロッテが二人を見た。


 シオンを見る。


 リュナを見る。


 もう一度シオンを見る。


「何?」


「いえ」


 ロッテが朝食を並べる。


 三人で食べ始めた。


「今日はどうします?」


「昨日言ってた通り、街を回るんだろ?」


「そうですね。せっかく迷宮も完全攻略したんですし、今日は何もしない日にしましょう」


「何もしないのに街には行くんだ」


「遊ぶのは別です」


「なるほど」


「シオン、それで納得するんだ」


 リュナが笑った。


 シオンも笑う。


 目が合った。


「…………」


「…………」


 またリュナが目を逸らした。


 その頬が少し赤い。


 ロッテの手が止まった。


「…………」


「ロッテ?」


「ちょっと待ってください」


「何?」


 ロッテが二人を交互に見る。


「昨日、何かありました?」


「えっ!?」


 リュナの声が裏返った。


「…………」


 ロッテの目が細くなる。


「何もない!」


「まだ何があったか聞いてませんよ?」


「あ」


「リュナ……」


「だって!」


 ロッテの表情が変わった。


「もしかして……」


 ニヤッと笑う。


「付き合うことになったんですか?」


「な、なんで分かるの!?」


「やっぱり!」


「リュナ、自分で言ってるぞ」


「シオンのせいでしょ!」


「俺、何もしてないぞ!?」


 ロッテが嬉しそうに身を乗り出す。


「いつですか? 昨日ですか?」


「……昨日」


「どっちからです?」


「それ聞く!?」


「気になります」


「ロッテ!」


「リュナから」


「シオン!!」


「聞かれたから」


「全部答えなくていいの!」


「難しいな……」


「何が難しいのよ!」


 ロッテが笑っている。


「やっぱりあの指輪が効いたんですか?」


「違う!」


「そうなんですか?」


「指輪がなくても……その……」


 リュナの声が小さくなる。


「ちゃんと言うつもりだったから」


「へえぇ」


「その顔やめて!」


「セリナさんみたいになってるぞ」


「昨日のセリナさんの気持ちが分かりました」


「分からなくていい!」


 ロッテはしばらく楽しそうに笑っていたが、ふと思いついたように手を叩いた。


「じゃあ今日は私、お邪魔ですかね?」


「え?」


「せっかく付き合い始めたんですから、二人で街を回ったほうがいいんじゃないですか?」


「なっ……!」


 リュナの顔が赤くなる。


「二人でって……」


「デートですよ、デート」


「デ、デート……」


「この前も二人で行っただろ?」


「シオンさん、あれは付き合う前でしょう?」


「何か違うの?」


「全然違いますよ」


「そうなの?」


「シオンは黙ってて」


「今日それ多くない?」


 ロッテが楽しそうに笑う。


「私は家で留守番してますから」


「駄目」


 リュナが即答した。


「え?」


「今日は三人で出かけるって昨日決めたでしょ」


「でも――」


「三人で迷宮を攻略したんだから、今日は三人で遊ぶの」


 リュナがロッテを見る。


「ロッテも一緒」


 ロッテは一瞬きょとんとしたあと、笑った。


「分かりました」


「うん」


「でも邪魔だと思ったら言ってくださいね?」


「言わない!」


「俺も別に三人でいいぞ」


「ほら」


「それはそれでちょっと複雑ですけどね」


「なんで?」


「シオンさんにはまだ難しい話です」


「なんだそれ」


 リュナとロッテが顔を見合わせて笑った。



 朝食を終えた三人は街へ出た。


 迷宮へ向かうわけでも、ギルドへ行くわけでもない。


 武器や防具を買う必要もない。


 目的もなく街を歩く。


「なんか変な感じだな」


「何が?」


「今日は何もしなくていいんだなって」


「グラントさんに休めって言われたでしょ」


「でも、せっかく時間あるし、何か――」


「駄目」


「まだ何も言ってないぞ」


「どうせ訓練とかでしょ」


「……なんで分かった?」


「シオンだから」


 リュナが呆れる。


「今日は休むの」


「はい」


「素直ですね」


「二人に言われたら勝てない」


「戦おうとしないでください」


 三人は市場へ向かった。


 朝から多くの店が並び、食べ物の匂いが漂っている。


「おっ」


 シオンが串焼きの屋台を見つける。


「食べる?」


「朝ご飯食べたばっかりでしょ」


「一本くらい」


「私は食べます」


「ロッテ!?」


「美味しそうですから」


「ほら」


「ほら、じゃない」


 結局、三人とも一本ずつ買った。


 焼きたての肉を食べながら歩く。


「うまい」


「美味しいですね」


「朝ご飯の直後なのに……」


 そう言いながら、リュナも普通に食べている。


「リュナも食べてるじゃん」


「買ったんだから食べるよ」


「もう一本?」


「それはいらない」


 市場を抜け、少し広い通りへ出る。


 雑貨店や服屋、飲食店が並んでいた。


「あ」


 ロッテが止まった。


「どうした?」


「あそこ、地酒ありますよ」


 店先にいくつかの樽が並んでいる。


「まだ朝だぞ?」


「一杯だけです」


「朝から?」


「休日ですよ?」


 ロッテは当然のように店へ向かった。


 シオンとリュナもついていく。


「試飲できますか?」


「もちろん」


 店主が小さな木のカップへ酒を注ぐ。


 ロッテが受け取った。


「いただきます」


 一口。


「美味しい!」


「本当に飲んだ……」


 リュナが呆れている。


「飲みます?」


「いらない」


「シオンさんは?」


「朝からはいいかな」


「二人とももったいないですね」


「普通は飲まないと思う」


 リュナが言う。


 ロッテが不思議そうな顔をした。


「ドワーフは普通ですよ?」


「その言葉、便利に使ってない?」


「そんなことないですよ」


 そう言いながら、ロッテは残りも飲み干した。


「もう一杯いきます?」


 店主が笑いながら聞く。


「じゃあ――」


「一杯だけって言ったよね?」


「……今日はこれくらいにしておきます」


「今日は、って言った」


「気のせいです」


 三人は店を出た。



 しばらく歩くと、今度は菓子を売る店が見えてきた。


 リュナの足が止まる。


「……」


「食べる?」


「まだ何も言ってないけど」


「顔が言ってる」


「どんな顔よ」


「食べたい顔」


「そんな顔ないでしょ」


「ありますよ」


「ロッテまで!」


 結局、店に入った。


 シオンは焼き菓子。


 リュナは果物とクリームを使った菓子。


 ロッテは――


「これお願いします」


「酒?」


「果実酒ですね」


「さっき飲んだばっかりでしょ!」


「これは果物です」


「酒だよ!」


「果物から作った酒です」


「酒じゃん!」


「ドワーフは普通ですよ?」


「またそれ!」


 ロッテが楽しそうに果実酒を飲む。


 シオンは笑いながら焼き菓子を食べた。


「でも、全然酔ってないな」


「このくらいじゃ酔いませんよ」


「どれくらい飲んだら酔うの?」


「さあ?」


「分からないの?」


「数えたことないですから」


「怖いな、ドワーフ」


「褒め言葉ですね」


「褒めてないぞ」


 リュナも笑いながら菓子を食べていた。


 迷宮の中では見られない、のんびりした時間だった。



 店を出て、再び三人で歩く。


 少しすると、ロッテが前を歩き始めた。


 シオンとリュナが並んでその後ろを歩く。


「……」


「……」


 妙に意識してしまう。


 昨日までなら何とも思わなかった距離だ。


 肩が触れそうになるたび、リュナが少しだけ離れる。


 しばらくすると、また近づく。


 そしてまた離れる。


「リュナ」


「何?」


「さっきから何してるの?」


「何もしてない!」


「そう?」


「そう!」


 前を歩いていたロッテが振り返る。


「手、繋がないんですか?」


「ロッテ!」


「恋人なんですよね?」


「だからって、いきなり……」


「昨日、指輪つけてもらってたじゃないですか」


「あれは指輪のせい!」


「シオンさん」


「ん?」


「こういうときはシオンさんからですよ」


「なるほど」


「なるほどじゃない!」


 シオンは自分の左手を見る。


 そしてリュナを見る。


「繋ぐ?」


「聞くの!?」


「勝手に繋いだら怒るかもしれないだろ」


「……それはそうだけど」


 リュナがシオンの手を見る。


 顔が少し赤い。


「……いいよ」


「うん」


 シオンが手を差し出す。


 リュナの手が重なる。


 指を絡めるほどではない。


 普通に手を繋いだだけだ。


 それなのに、昨日の告白より恥ずかしい気がした。


「……」


「……」


「二人とも顔赤いですよ」


「前向いて歩いて!」


「はいはい」


 ロッテが笑いながら前を向く。


 シオンとリュナはそのまま手を繋いで歩いた。



 昼を過ぎた頃、三人は別の通りへ入った。


「お昼、どこにする?」


「さっきからずっと食べてないか?」


「お昼は別ですよ」


「ロッテ、酒も飲んでるよね」


「飲んでますね」


「大丈夫なの?」


「全然」


 そこでロッテの目が止まった。


「おっ」


「今度は何?」


「あのお店、昼からエール出してますよ」


「また酒!?」


「食事もありますよ?」


「絶対そっちがついででしょ」


 三人は店へ入った。


 肉料理とパン、野菜のスープを注文する。


「それとエールを」


「やっぱり頼むんだ」


「せっかくなので」


 しばらくして大きめの木製ジョッキが置かれた。


 ロッテが嬉しそうに持ち上げる。


「迷宮完全攻略に」


「今?」


「いいじゃないですか」


 シオンも水の入ったカップを持つ。


 リュナも続いた。


「じゃあ」


「迷宮完全攻略に」


「お疲れ様でした!」


 三人でカップを合わせる。


 ロッテだけがエールを一気に半分近く飲んだ。


「ぷはぁ!」


「飲むなあ……」


「美味しいですよ?」


「それ、今日何杯目?」


「三杯?」


「朝から三杯目だよ?」


「まだ三杯ですよ?」


「まだ?」


「ドワーフは普通ですよ?」


「絶対普通じゃないと思う」


「リュナさんはドワーフじゃないから分からないんですよ」


「便利だな、その理屈」


 シオンが笑う。


「でも、ロッテって酔うとどうなるんだ?」


「さあ?」


「だからなんで本人が知らないのよ」


「酔った記憶がないですから」


「強すぎるだけじゃない?」


「そうかもしれませんね」


 ロッテは気にする様子もなく、残りのエールを飲んだ。



 食事を終えて店を出る。


「次どこ行く?」


「適当に歩きましょうよ」


「それがいいか」


 三人は並んで歩き始めた。


 今度はシオンとリュナが自然に隣へ並ぶ。


 少しだけ迷ってから、リュナのほうからシオンの手を握った。


「お」


「何?」


「いや、リュナから来たから」


「嫌なら離すけど」


「嫌じゃない」


「じゃあいいでしょ」


「うん」


 ロッテが二人を見る。


 ニヤッとした。


「何?」


「いえいえ」


「絶対何か言いたい顔してる」


「昨日までとは違うなあと思いまして」


「ロッテ」


「はい?」


「もう一杯飲んできたら?」


「いいんですか!?」


「本当に行こうとしないで!」


「どっちですか!」


 三人の笑い声が通りに響いた。


 迷宮へ潜る必要もない。


 魔物と戦う必要もない。


 今日はただ食べて、飲んで、買い物をして、三人で好きなように街を歩く。


「こういう日もいいな」


 シオンが言う。


「でしょ?」


 リュナが繋いだ手を軽く握る。


「たまには休まないとね」


「そうですね」


 ロッテも頷いた。


 そして、少し先にある店を見つける。


「あ、あそこ珍しいお酒――」


「まだ飲むの!?」


「ドワーフは普通ですよ?」


「それ今日何回目!?」


 ロッテは笑いながら店へ向かい、シオンとリュナも手を繋いだまま、そのあとを追いかけた。

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