第51話 迷宮完全攻略
エルダードラゴンを《ストレージ》へ収納したあと、シオンたちは改めて広い空間を見回した。
「……で、次はどこだ?」
シオンの言葉に、リュナとロッテも周囲を見る。
これまでなら階層の守護者を倒せば、その奥に次の階層へ続く道があった。
だが、今回はそれらしいものが見当たらない。
「宝箱の後ろとか?」
「見てみる」
リュナが壁際へ向かった。
シオンとロッテも手分けして調べる。
宝箱が置かれていた場所や、その後ろの壁。エルダードラゴンがいた広間の奥や左右の壁、大きな岩の陰まで一通り確認していく。
だが、階段どころか扉すら見つからない。
「リュナ、何かある?」
「ない。罠も仕掛けもないと思う」
リュナが壁を軽く叩く。
鈍い音が返ってくるだけだった。
「隠し通路とかも?」
「それっぽいところはないね」
「じゃあ、転移陣とか?」
「それもないです」
反対側を調べていたロッテが戻ってきた。
三人は顔を見合わせる。
「……もしかして、ここで終わりなんじゃないですか?」
ロッテが広間を見回した。
「やっぱりそう思う?」
「だって、これ以上進む場所がないですから」
確かにそうだった。
シオンはもう一度、エルダードラゴンがいた場所を見る。
第十階層ではオーガ。
第二十階層ではアイアンミノタウロス。
そして第二十五階層ではエルダードラゴン。
これまでとは明らかに格の違う魔物だった。
「エルダードラゴンが最後の守護者だったってことか」
「多分ね」
「ということは……」
ロッテが少しずつ笑顔になる。
「私たち、この迷宮を最後まで攻略したってことですよね?」
三人が黙った。
改めて言葉にすると、急に実感が湧いてくる。
これまでリーベルの冒険者たちが到達していたのは第二十階層まで。その守護者すら倒されていなかった。
そこから先へ進み、第二十一、第二十二、第二十三、第二十四階層を抜け、第二十五階層のエルダードラゴンまで倒した。
「……完全攻略?」
「そうなるんじゃない?」
「おお……」
シオンは思わず拳を握った。
「やった!」
「今さら!?」
「いや、ドラゴンを倒したときはドラゴンを倒したことに興奮してたから」
「シオンらしいですね」
ロッテが笑う。
「でも、本当に終わりなんだな」
シオンは少しだけ名残惜しく広間を見回した。
強くなるために何度も通った迷宮だ。新しい魔物と戦い、鉱石を見つけ、転職して、新しい装備を作った。
リュナやロッテと三人で、ここまで来た。
「何、その顔」
「いや。もうこの先がないと思ったら、ちょっと寂しいなって」
「十分潜ったでしょ」
「まだ二十五階層だぞ?」
「普通はそういう感想にならないと思う」
「シオンさんですからね」
「それで納得するなよ」
三人で笑う。
「じゃあ、戻るか」
「うん」
「ギルドにも報告しないといけませんね」
「ああ」
第二十五階層が最下層だった。
それだけでも大きな情報だ。
しかも、その最後の守護者まで倒している。
三人は第二十五階層をあとにした。
迷宮を出たところで、入口の職員が三人に気づいた。
「あ、戻って――」
そこで言葉が止まる。
職員の視線が三人の姿を順番に確認した。
「……何階層まで?」
「二十五階層」
シオンが答える。
「二十五……」
「エルダードラゴンがいた」
「エルダー……」
「倒したよ」
「…………」
職員が固まった。
リュナが小さく息を吐く。
「シオン、一気に言いすぎ」
「聞かれたから答えただけだぞ?」
「相手の顔を見ながら話して」
「難しいな」
「難しくない」
職員はまだ動かない。
「それで、二十五階層より先がなかった」
「……え?」
「階段も扉もなかった。隠し通路も調べたけど見つからなかったから、多分あそこが最下層だと思う」
ようやく職員の表情が変わった。
「ちょ、ちょっと待ってください! それって……!」
「うん?」
「迷宮を完全攻略したってことじゃないですか!」
「多分」
「多分じゃないですよ!」
職員の声が迷宮入口に響いた。
周囲にいた冒険者たちまでこちらを見る。
「と、とにかくギルドへ! すぐ報告してください!」
「そのつもり」
「絶対ですよ!」
「分かったって」
三人は急かされるように迷宮を離れた。
冒険者ギルドへ到着すると、いつもの受付にセリナがいた。
「あら、シオンさんたち。お帰りなさい」
「ただいま」
「今日はどちらまで?」
「二十五階層」
「…………」
セリナの笑顔が止まった。
シオンは首を傾げる。
「今日、みんなよく止まるな」
「だからシオンの報告の仕方が悪いんじゃない?」
「普通に答えただけだぞ」
「第二十五階層って……」
セリナが身を乗り出した。
「本当ですか?」
「本当です」
ロッテが答える。
「第二十四階層を突破して、そのまま第二十五階層へ行きました」
「第二十五階層には何が?」
「エルダードラゴン」
「……エルダードラゴン?」
「倒しました」
セリナが再び固まった。
「それで、奥を調べたけど先がなかった」
「先が……ない?」
「うん。階段も扉も転移陣もなし。リュナが隠し通路も調べた」
「少なくとも、私が調べた範囲には何もなかったよ」
セリナの表情が受付嬢のものへ戻った。
「少々お待ちください」
「うん」
「ギルドマスターを呼んできます」
そう言って、セリナは受付の奥へ消えた。
「やっぱりグラントさん来ますよね」
「そりゃ来るだろ」
「完全攻略だもんね」
シオンが頷いたところで、隣にいたリュナが何気なく髪を耳へかけた。
その左手を見て、ロッテが「あ」と声を出す。
「何?」
「リュナさん、それ」
ロッテが左手を指差す。
薬指には《絆の指輪》がある。
「外さなかったんですね」
「……別にいいでしょ」
「いいですけど」
ロッテがニヤッとする。
「何よ」
「何でもありません」
「その顔で言われても信用できないんだけど」
そこへセリナが戻ってきた。
「お待たせしまし――」
その視線がリュナの左手で止まった。
「……リュナさん?」
「はい?」
「その指輪」
リュナの耳がピクリと動いた。
「あ」
ロッテの顔が一気に明るくなる。
「これ、すごいんですよ!」
「ロッテ!」
「第二十五階層の宝箱から出たんです!」
「宝箱から?」
「《絆の指輪》っていう魔道具で、シオンさんがリュナさんに贈ったんですよ」
「へえ」
セリナの視線がシオンへ向く。
「俺?」
「しかもですね」
「ロッテ、もういいから!」
「リュナさんが自分でつけようとしても入らなかったんです」
「ほう」
「それでシオンさんがつけたら入ったんですけど――」
「ロッテ!」
「左手の薬指にしか入らなかったんですよ!」
セリナが黙った。
リュナの左手を見て、次にシオンを見る。そして、もう一度リュナを見る。
口元がゆっくり緩んだ。
「……へえぇ」
「何、その反応」
シオンには分からない。
だが、リュナの顔は見る見る赤くなっていく。
「しかも、一回外したらリュナさんだけじゃつけられないんですよ。もう一回シオンさんにつけてもらわないと――」
「ロッテ!!」
「何ですか?」
「楽しんでるでしょ!」
「ちょっとだけ」
「絶対ちょっとじゃない!」
セリナも口元を押さえている。
「なるほど。それで左手の薬指なんですね」
「だから違うの! 指輪が勝手に!」
「私は何も言ってませんよ?」
「顔が言ってる!」
「そうですか?」
「そう!」
シオンは二人のやり取りを眺めながら首を傾げた。
「そんなに左手の薬指って変なのか?」
「シオンは黙ってて!」
「なんで!?」
「いいから!」
「理不尽だ!」
「お前たちは何の話をしているんだ」
低い声が聞こえた。
グラントだった。
「あ、ギルドマスター」
「迷宮を完全攻略したと聞いて急いで来てみれば、ずいぶん楽しそうだな」
「グラントさん、聞いてくださいよ」
ロッテが指輪を説明しようとする。
「それはあとでいい」
「えー」
「迷宮の話が先だ」
グラントは三人を奥の部屋へ案内した。
報告にはかなりの時間がかかった。
第二十四階層のデーモンナイトとデーモンナイト・コマンダー。
第二十五階層の巨大な広間と、そこにいたエルダードラゴン。
その戦いと討伐後に現れた宝箱。そして広間の奥を調べても、次の階層へ続く道が存在しなかったこと。
グラントは途中で何度か質問を挟みながら、最後まで話を聞いた。
「……間違いないんだな?」
「うん」
「リュナ」
「かなり調べたよ。少なくとも、普通に見つけられる通路や仕掛けはなかった」
「そうか」
グラントが腕を組む。
「ならば現時点では、第二十五階層が最下層と考えていいだろう」
セリナも頷いた。
「これまで確認されていたのは第二十階層までです。それより先の情報だけでも大発見なのに……」
「最後まで行っちゃいましたね」
ロッテが笑う。
「簡単に言うな」
グラントが苦笑する。
「リーベルの迷宮がどこまで続いているのか。それすら長い間分からなかったんだぞ」
「でも、終わったんだろ?」
「ああ」
グラントが三人を見る。
「お前たち《デスティニー・コンパス》が、リーベル地下迷宮を最下層まで攻略した。ギルドとして正式に記録する」
「おお」
「やりましたね!」
ロッテが嬉しそうに拳を握る。
リュナも笑っていた。
「それと」
グラントがシオンを見る。
「討伐した魔物はどうした?」
「持ってきた」
「やはりか」
「売っていいんだよな?」
「もちろんだ。二十一階層以降の魔物なら素材としても貴重だ。何を持ってきた?」
「いろいろ」
「……いろいろ?」
「結構あるぞ」
グラントが少し嫌そうな顔をした。
「まさか、また全部丸ごとか?」
「うん」
「…………」
「そのほうが楽だから」
「お前はな」
セリナが小さく笑う。
「解体場へ行きましょうか」
「お願いします」
三人はグラントとセリナと一緒に、ギルド裏手の解体場へ向かった。
「じゃあ出すぞ」
「ああ」
シオンが《ストレージ》を開く。
最初に現れたのはキラーマンティスだった。
巨大な昆虫型の魔物が地面へ横たわる。
「次」
さらにキラーマンティス。
続いてアーマーベア。
「まだあるのか」
「ある」
グレータートロール。
またグレータートロール。
デーモンナイト。
さらにデーモンナイト。
シオンが次々と魔物を取り出していくと、解体場にいた職員たちが集まり始めた。
「また始まったぞ……」
「シオンたちか」
「今度は何階層の魔物だ?」
「二十五まで行ったらしいぞ」
「二十五!?」
シオンは気にせず、収納していた魔物を順番に出していく。
そしてデーモンナイト・コマンダーを置いたところで、ひとまず手を止めた。
「ふう」
「終わりか?」
「いや」
シオンが首を振る。
「あと一体」
「まだあるのか」
「これで最後」
シオンが少し広い場所へ移動した。
「そこ、もうちょっと離れて」
「なぜだ?」
「でかいから」
グラントの眉が動く。
リュナとロッテは事情を知っているため、黙って後ろへ下がった。
「このくらいでいいかな」
シオンが《ストレージ》を開く。
次の瞬間、巨大な竜の身体が解体場へ現れた。
翼、角、牙。
強靭な鱗に覆われた巨体。
首には戦闘で受けた大きな傷が残っている。
エルダードラゴン。
解体場が静まり返った。
誰も声を出さない。
職員たちは目の前に現れた巨大な竜を見上げたまま動かない。
セリナも口を開けたまま固まっている。
グラントだけが、しばらくしてゆっくりとシオンを見た。
「……先にそれを言え」
「でも、順番に出したほうが分かりやすいかなって」
「そういう問題じゃない」
グラントが額を押さえた。
その声で我に返ったのか、周囲の職員たちが一斉にざわめき始める。
「これ、本当にエルダードラゴンなのか……?」
「俺、ドラゴン自体初めて見たぞ……」
「こんなの、どうやって解体するんだ?」
グラントも改めてエルダードラゴンを見上げた。
「俺も実物を見るのは初めてだ」
「グラントさんも?」
シオンが意外に思って聞き返す。
「ああ。存在や素材についての記録なら知っている。だが、エルダードラゴンなんぞ、そうそう見られる魔物じゃない」
「そんなに珍しいの?」
「この街には、おそらく実物を見たことがある奴なんて一人もいない。王都にだって数人いるかどうかだぞ」
「へえ……」
「へえ、で済ませるな。お前たちが持ち帰ったのはそれだけの魔物だ」
グラントが巨大な翼へ目を向ける。
「しかも素材の一部じゃない。丸ごと一体、それもかなり状態がいい」
「ちゃんと持って帰ってきてよかったな」
「こういうときのお前の《ストレージ》は本当に反則だな……」
シオンはもう一度、並べられた魔物を見る。
キラーマンティス、アーマーベア、グレータートロール、デーモンナイト、デーモンナイト・コマンダー。
そしてエルダードラゴン。
「で、査定額はいくらになるの?」
「すぐ出るわけないだろ!」
グラントの声が解体場に響いた。
「え?」
「え、じゃない! これだけの数を持ち込んでおいて、今すぐ査定できると思うな!」
グラントがエルダードラゴンを指差す。
「普通の魔物だけでも一体ずつ状態を確認しなきゃならん。その上、こいつまでいるんだぞ!」
セリナも苦笑する。
「エルダードラゴンについては、過去の記録も確認しないと適正な金額を出せませんね」
「じゃあ、明日来ればいい?」
「無理だ」
今度はグラントが即答した。
「明日も?」
「明日もだ」
「そんなに?」
「そんなにだ!」
グラントは少し考えてから、解体場の職員たちへ視線を向けた。
すでに何人かがエルダードラゴンの周囲を歩きながら、どこから確認するべきか相談を始めている。
「……明後日だ」
「明後日?」
「ああ。明後日の午後に来い。それまでに通常の魔物もエルダードラゴンも査定を終わらせる」
「分かった」
「本当に分かってるのか、お前は……」
「明後日の午後だろ?」
「そこは分かってるようだな」
グラントがため息をつく。
「それと、明日は休め」
「え?」
「迷宮を完全攻略した翌日くらい休めと言っている」
「でも、もう迷宮の先はないぞ?」
「そういう意味じゃない!」
再びグラントの声が響いた。
リュナが笑いながらシオンの腕を軽く叩く。
「休もうよ。私も明日はゆっくりしたい」
「私もです。久しぶりに三人で街を回るのもいいじゃないですか」
「街か」
迷宮へ潜るでもなく、装備を作るでもなく、三人でただ街を歩く。
最近はそんな一日を過ごしていなかった。
「それもいいな」
「決まりですね!」
ロッテが笑う。
「じゃあ、明後日の午後にまた来ます」
「ああ。それまではこっちに任せておけ」
「お願いします」
三人はグラントとセリナに頭を下げた。
帰ろうとしたところで、セリナがリュナを呼び止める。
「あ、リュナさん」
「何?」
セリナが自分の左手の薬指を指差した。
「その指輪、大事にしてくださいね」
「――っ!」
リュナの顔が一瞬で赤くなる。
「だから、そういうんじゃないって!」
「私は大事にしてくださいと言っただけですよ?」
「絶対分かってて言ってるでしょ!」
「さあ?」
セリナが楽しそうに笑う。
ロッテも隣でニヤニヤしていた。
「ロッテも笑わない!」
「だって」
「だってじゃない!」
シオンはそんな二人を見ながら、やはりよく分からず首を傾げる。
「指輪、大事にするのは普通じゃないのか?」
「シオンは黙ってて!」
「また!?」
リュナの声を聞きながら、三人はギルドをあとにした。




