第48話 第二十四階層
翌朝。
シオンたちは朝食を済ませると、そのまま地下迷宮へ向かった。
「今日も来たか」
管理小屋の職員が、三人の姿を見て苦笑する。
「おはよう」
「おはようじゃない。昨日Bランクになったばかりなんだから、少しくらい休んだらどうだ?」
「昨日ちゃんと帰ったぞ」
「夕方にな」
「十分だろ」
「基準がおかしいんだよ」
職員がため息をつく。
「今日は二十四階層か?」
「ああ」
「分かってると思うが、二十四階層の情報はない。何かあったら無理せず戻れよ」
「分かってる」
「本当だろうな?」
「昨日も同じこと言ってたぞ」
「お前らには毎回言うことにした」
「信用ないなぁ」
「逆だ。強すぎるから言ってるんだよ」
シオンが首を傾げる。
「どういう意味?」
「もういい。行ってこい」
「はい!」
ロッテが元気よく返事をする。
三人は迷宮入口へ向かい、シオンが《迷宮転移盤》を取り出した。
「二十三階層でいいな?」
「うん」
「はい!」
転移対象を三人に設定する。
光が身体を包み、一瞬で景色が変わった。
二十三階層。
昨日、三人が合流した円形の部屋だった。
「本当に便利だな、これ」
「毎回言ってるわよ」
「だって便利なんだから仕方ないだろ」
「もう歩いて二十階層まで行けって言われても嫌でしょ?」
「絶対嫌だ」
「ほら」
「私も嫌です!」
「ロッテまで」
「だって遠いです!」
「だよな」
三人はすぐに二十四階層へ続く階段へ向かった。
「昨日はここで帰ったのよね」
「ああ。今日は朝からだから時間もたっぷりある」
「だからって無茶はしないでよ」
「しないって」
「シオンの無茶と普通の境目が怪しいのよ」
「失礼な」
「否定できます?」
ロッテにまで聞かれ、シオンは少し考える。
「……行こうか」
「誤魔化した」
「誤魔化しましたね!」
「さあ、二十四階層だ!」
「分かりやすいわね……」
三人は階段を下りた。
二十四階層。
「暗いな」
シオンが《ライト》を使う。
光が周囲へ広がった。
二十三階層までとは雰囲気が違う。
石造りなのは同じだが、壁も床も黒っぽく、通路もかなり広い。
「ロッテが二人並んでも余裕だな」
「なんで私で測るんですか!」
「分かりやすいから」
「シオンさんとリュナさんでも並べます!」
「それじゃ普通じゃん」
「私も普通です!」
「身長は?」
「関係ないです!」
「怒られた」
「当たり前よ」
リュナが笑いながら周囲を確認する。
すぐに表情が変わった。
「いる」
「前?」
「うん。一体」
「近い?」
「向こうもこっちに来てる」
三人が武器を構える。
やがて、暗い通路の先から金属音が聞こえてきた。
ガシャン。
ガシャン。
「鎧?」
「みたいね」
姿を現したのは、人型の魔物だった。
身長は二メートルほど。
全身を黒い鎧で覆い、右手には長剣、左手には小型の盾を持っている。
兜の隙間から赤い光が見えた。
「アンデッド?」
「どうだろ」
シオンが《鑑定》を使う。
【デーモンナイト】
【高い戦闘能力を持つ魔族系の魔物】
【剣と盾を用いた近接戦闘を得意とする】
「デーモンナイト。アンデッドじゃないみたいだ」
「魔族系?」
「ああ」
「強そうですね!」
「やってみれば分かる」
デーモンナイトが長剣を構えた。
次の瞬間。
「速い!」
一気に間合いを詰めてくる。
狙いはロッテ。
「来ました!」
長剣。
盾。
ガァン!
受け止めた直後、デーモンナイトが剣を引く。
横薙ぎ。
ロッテが盾の角度を変えて受け流す。
「上手いです!」
「ロッテがそう言うなら結構なもんだな」
「見てないで手伝いなさいよ」
「分かってるって」
シオンがロッドを向ける。
《サンダーボルト》。
雷撃が走る。
だが。
デーモンナイトが盾を向けた。
バヂィッ!
「お?」
雷撃を受けながらも倒れない。
「防いだ?」
「全部じゃない」
鎧から煙が上がっている。
効いてはいる。
それでも動きを止めなかった。
「面白いな」
「シオン、そっち!」
「え?」
リュナの声。
別の通路から。
ガシャン。
ガシャン。
「増えた」
「三体!」
新たに三体のデーモンナイトが現れる。
「合計四体ですね!」
「ちょうどいい」
「何がちょうどいいのよ」
「一人一体で」
「一体余るわよ!」
「あ、本当だ」
「数えてから言いなさい!」
二体のデーモンナイトがロッテへ。
一体がリュナ。
残り一体がシオンへ向かってくる。
「本当に一体ずつ来た」
「だから一体余ってるって!」
「そっちはロッテが担当してる!」
「勝手に増やさないでください!」
言いながらも、ロッテは二体を正面から受け止めていた。
左右から長剣が迫る。
一撃目を盾で受け、二撃目を身体をずらしてかわす。
「二体だとちょっと忙しいです!」
《挑発》。
二体の意識を自分へ向けたまま、ロッテが盾を前へ出す。
一体が突きを放つ。
その瞬間。
《シールドバッシュ》。
ガァン!
剣ごと押し返した。
デーモンナイトの体勢が崩れる。
「そこです!」
《震撃》。
バトルハンマーが黒い胸当てへ叩き込まれた。
ドゴン!
鎧そのものは砕けない。
だが、衝撃は内側へ抜ける。
デーモンナイトが大きくよろめいた。
「効いてます!」
もう一体の長剣が迫る。
「おっと!」
盾。
ガン!
「まだです!」
一方。
リュナの前では、長剣と《蒼銀華》が激しくぶつかっていた。
キィン!
「へえ」
リュナが少し笑う。
デーモンナイトが剣を返す。
斜め。
横。
突き。
続けて三撃。
リュナは最小限の動きでかわし、最後の突きを《蒼銀華》で弾いた。
「今までの魔物より剣が上手いわね」
デーモンナイトが盾を前へ。
守りを固める。
「でも」
《獣身強化》。
リュナが加速する。
「私より速くない」
一瞬で横へ回る。
デーモンナイトも反応し、盾を向けようとする。
その前に。
《影歩》。
さらに位置を変える。
「こっち」
斬。
鎧の隙間。
脇腹。
深く刃が入った。
デーモンナイトが振り向きざまに長剣を振るう。
リュナは後ろへ跳んだ。
「まだ動くのね」
もう一度構える。
シオンの前。
デーモンナイトが走る。
「剣士相手に真正面から魔法使いって、普通は嫌なんだろうな」
長剣が振り下ろされる。
だが。
《影跳び》。
視界に入っていた右後方の影へ瞬時に移動する。
デーモンナイトが振り返る。
「残念」
《アイスランス》。
氷の槍が肩へ直撃。
黒い鎧がへこむ。
それでも突進してくる。
「硬いな」
剣が迫る。
シオンは身体を沈めた。
《影潜り》。
影の中へ。
長剣が空を切る。
そのままデーモンナイトの横へ移動し、影から顔を出す。
《ライトニング》。
バヂィッ!
至近距離。
デーモンナイトの身体が大きく揺れた。
「まだか」
剣が動く。
「じゃあ」
シオンがロッドを向ける。
《連続魔法》。
《サンダーボルト》。
一撃。
続けて。
《サンダーボルト》。
二撃目。
デーモンナイトが膝をついた。
「終わり」
《エナジーボール》。
直撃。
黒い鎧が床へ倒れた。
「シオン!」
リュナの声。
「何?」
「一体そっちに行った!」
「お?」
ロッテが相手をしていた一体が、シオンへ向かって走ってくる。
「すみません!」
「大丈夫!」
シオンがロッドを向ける。
だが。
「シオン、待って!」
リュナ。
「え?」
「私がやる!」
デーモンナイトの影。
そこへ《蒼銀華》が突き刺さる。
《影縫い》。
足が止まった。
「今!」
リュナが駆ける。
《瞬影乱舞》。
銀色の軌跡が黒い鎧の周囲を走る。
一撃。
二撃。
三撃。
鎧の隙間を狙った斬撃。
最後。
首。
デーモンナイトが崩れ落ちた。
「よし」
「ありがと」
「別に。ちょうどこっちも終わったから」
リュナが指差す。
さっきまで戦っていた一体も、すでに倒れていた。
「残りは」
「こっちです!」
ロッテ。
最後の一体。
デーモンナイトの長剣が盾へ叩きつけられる。
ガァン!
「さっきから!」
もう一撃。
ガン!
「何回も!」
さらに。
キィン!
「叩かないでください!」
「盾だから叩かれるだろ!」
「それはそうですけど!」
ロッテが前へ出る。
《シールドバッシュ》。
ドゴッ!
盾がデーモンナイトの胸へ。
大きく体勢を崩す。
「これで!」
バトルハンマー。
《震撃》。
ドゴン!
胸部。
黒い鎧の内側へ衝撃が抜ける。
デーモンナイトが倒れた。
「終わりました!」
「お疲れ」
シオンが四体のデーモンナイトを《ストレージ》へ収納する。
「装備もそのままでいいの?」
「全部まとめてギルドで見てもらえばいいだろ」
「それが一番楽ね」
「昨日の分も回収できればよかったんだけどな」
「仕方ないわよ。別々の場所だったんだから」
「ですね」
三人は先へ進んだ。
二十四階層には、その後もデーモンナイトが現れた。
二体。
三体。
多いときは五体。
剣だけではない。
「槍持ってるぞ」
「同じ魔物?」
《鑑定》。
【デーモンナイト】
「同じだ」
「武器が違う個体もいるのね」
槍を持つ二体。
剣と盾が三体。
「来るわよ!」
戦闘が始まる。
槍の一体がロッテを避け、後方のシオンを狙おうとする。
「行かせません!」
ロッテが盾をぶつけて進路を塞ぐ。
リュナは二体の間を抜け、背後へ。
シオンは《影跳び》で位置を変えながら魔法を撃ち込む。
五体。
それでも。
長くはかからなかった。
「最後!」
《ホーリージャベリン》。
光の槍が一体の胸を貫く。
デーモンナイトが倒れた。
「魔族系にも普通に効くな」
「光だからアンデッドにしか効かないわけじゃないでしょ?」
「そうなんだけど、最近アンデッド相手に使うことが多かったから」
「便利ならいいじゃない」
「それもそうだな」
シオンが死体を収納する。
「これで何体目?」
「十……」
リュナが数える。
「十二体?」
「たぶん」
「たぶんって」
「途中から数えてない」
「俺も」
「私もです!」
「全員じゃない」
「帰ってから《ストレージ》の中を確認すれば分かる」
「便利ね」
「だろ?」
再び歩き出す。
しばらくして。
リュナが足を止めた。
「待って」
「敵?」
「違う」
床を見る。
「罠」
「どんな?」
「まだ分からない」
リュナがしゃがみ込み、慎重に調べる。
「……この石」
一枚だけ。
わずかに沈む床。
「踏まないで」
「了解」
「解除できそう?」
「ちょっと待って」
壁際。
小さな穴。
その奥を覗く。
「矢かな」
「毒?」
「そこまでは分からない」
「じゃあ当たらない方がいいな」
「当たり前でしょ」
リュナが仕掛けを外す。
カチッ。
「これで大丈夫」
「さすが」
「二十四階層でも罠はあるんですね」
「むしろ増えてもおかしくないわ」
「じゃあリュナから離れられないな」
「自分でも床見なさいよ」
「見てるって」
「今、壁見てたでしょ」
「壁にも罠あるかもしれないだろ」
「言い訳だけは早いわね」
「褒められた」
「褒めてない」
三人はさらに奥へ進む。
「……またいる」
リュナが小声で言った。
「何体?」
「一体。でも、さっきまでより少し大きい」
「見てみるか」
通路を曲がる。
そこにいたのは。
今までより一回り大きなデーモンナイトだった。
黒い鎧。
大きな盾。
そして。
片手で扱うには大きすぎるほどの剣。
「強そうですね!」
「ロッテ、嬉しそうだな」
「新しい魔物ですから!」
「いや、たぶん同じ」
シオンが《鑑定》する。
【デーモンナイト・コマンダー】
【デーモンナイトを率いる上位個体】
【高い筋力と防御力を持つ】
【大剣を用いた近接戦闘を得意とする】
「違った。上位個体だ」
「コマンダー?」
「ああ」
「じゃあ、私が受けます!」
ロッテが前へ出る。
「任せた」
「はい!」
デーモンナイト・コマンダーが大剣を持ち上げる。
速い。
「来ます!」
振り下ろす。
《不動》。
盾と大剣が激突した。
ドゴォン!
「おお」
「重いです!」
ロッテの足は止まっている。
だが、盾が大きく揺れた。
「もう一回来ます!」
二撃目。
今度は横薙ぎ。
ロッテが盾を向ける。
ガァン!
「強いです!」
「代わる?」
「大丈夫です!」
ロッテが笑う。
「これくらいなら!」
大剣。
三撃目。
ロッテは受けるのではなく、一歩踏み込んだ。
《シールドバッシュ》。
大剣を振る途中。
盾が胸へ直撃する。
ドゴッ!
コマンダーが一歩下がった。
「今です!」
「行くわ!」
リュナが駆ける。
《獣身強化》。
背後へ回る。
だが。
コマンダーが振り返る。
「反応も速い!」
大剣。
リュナがかわす。
「なら」
《影歩》。
一気に反対側へ。
《蒼銀華》。
鎧の隙間。
脚。
斬る。
コマンダーが膝を落とす。
「シオン!」
「はいよ!」
ロッドを向ける。
《サンダーボルト》。
雷撃。
直撃。
コマンダーの身体が震える。
それでも大剣を振り上げる。
「まだ動くか」
「だったら!」
ロッテ。
正面。
《震撃》。
バトルハンマーが胸当てへ直撃した。
ドゴン!
コマンダーが大きくよろめく。
「リュナ!」
「任せて!」
《瞬影乱舞》。
銀色の軌跡。
鎧の隙間を何度も斬り裂く。
最後の一撃。
首元。
コマンダーの大剣が床へ落ちた。
巨体も続いて倒れる。
「終わったな」
「普通のよりは強かったわね」
「はい!」
「でも」
シオンが倒れたコマンダーを見る。
「三人でやると早いな」
「それがパーティでしょ」
「そうだな」
コマンダーも丸ごと《ストレージ》へ。
「先に進もう」
「うん」
「はい!」
それから少し歩いたところで。
「あ」
ロッテが前を指差した。
「階段です!」
「おお」
通路の先。
下へ続く階段がある。
「二十五階層か」
「今日はどうする?」
リュナがシオンを見る。
「もちろん――」
「帰る?」
「なんで先に言うんだよ!」
「昨日と同じ顔してたから」
「まだ何も言ってないだろ!」
「行くって言おうとしたでしょ?」
「……」
「ほら」
「でも今日は朝から来たぞ」
「そうね」
「まだ余裕もある」
「あります!」
ロッテも頷く。
三人とも大きな消耗はない。
「じゃあ」
シオンが階段の前へ立つ。
「行くか?」
「私はいいわよ」
「私も行けます!」
「決まり」
三人が階段を下り始める。
「今度は転移陣だけの部屋じゃないといいな」
「また三人別々は嫌ですね」
「ロッテは音ですぐ見つかるけどな」
「まだ言うんですか!」
「だって本当に分かりやすかったし」
「シオン!」
「痛っ! リュナ、叩くなって!」
「早く行くわよ」
「はいはい」
三人の声が階段へ響いた。




