第47話 別々の道
「……マジか」
シオンは一人だった。
「リュナ!」
返事はない。
「ロッテ!」
やはり返事はない。
「一緒に乗った意味ないじゃん……」
シオンは周囲を見回した。
細い石造りの通路が前へ伸びている。後ろは壁で塞がれており、進める方向は一つしかない。
「完全に分けられたのか」
二人がどこにいるのか、まったく分からない。
「……まあ、リュナもロッテも大丈夫か」
心配ではある。
だが、リュナもロッテも、ここまで一緒に戦ってきた仲間だ。一人になったくらいで、簡単にやられるとは思えない。
「俺もさっさと進むか」
《ライト》。
周囲が明るくなり、シオンは一人で通路を進み始めた。
「……やられた」
別の場所では、リュナも一人になっていた。
「シオン!」
「ロッテ!」
耳を澄ませる。
人の声も足音も聞こえない。
「一緒に乗れば大丈夫だと思ったのに」
完全にダンジョン側に裏をかかれた。
「……二人とも大丈夫よね」
シオンは言うまでもない。
ロッテも守るだけではない。あの盾とバトルハンマーがあれば、一人でも十分に戦える。
「私も行こう」
リュナが《蒼銀華》を抜き、耳を動かした。
「……いる」
前方に複数の気配。
「四……いや、五体」
何かが近づいてくる。
カサカサと硬いものが石床を擦る音。
「この音……」
通路の奥から現れたのは、見覚えのある魔物だった。
「キラーマンティス」
五体。
「今さらね」
リュナが腰を落とす。
五体のキラーマンティスが一斉に動いた。
天井から二体。
床から二体。
壁から一体。
五方向から鎌が迫る。
「遅い」
《獣身強化》。
リュナの身体が一気に加速した。
一歩踏み込み、振り下ろされる鎌をかわして一体目とすれ違う。
斬。
一体目が倒れる。
そのまま《影歩》で二体目の背後へ。
《蒼銀華》が首を斬り裂く。
「二体」
三体目が天井から落ちてくる。
リュナは横へかわし、床を叩いた鎌の脇を抜けて脚を斬った。
体勢が崩れる。
「そこ」
首へ一閃。
三体目が倒れた。
「あと二体」
残った二体が左右から同時に迫る。
「ちょうどいいわね」
リュナが《蒼銀華》を構える。
《瞬影乱舞》。
銀色の軌跡が走った。
右。
左。
さらにもう一度。
リュナが止まったときには、二体のキラーマンティスが背後で崩れ落ちていた。
「……終わり」
《蒼銀華》についた血を払い、倒した魔物を見る。
「シオンがいないと持って帰れないのが不便ね」
シオンの《ストレージ》が、いつの間にかあるのが当たり前になっていた。
「まあ、仕方ないか」
魔物の死体をその場に残し、リュナは先へ進んだ。
「シオンさーん!」
別の通路では、ロッテの声が響いていた。
「リュナさーん!」
返事はない。
「……いません」
ロッテはミスリルの盾を構え直した。
「でも、シオンさんなら大丈夫です!」
少し考える。
「リュナさんも大丈夫です!」
ならば自分も進むだけだ。
「行きます!」
ガシャン、ガシャンと全身鎧を鳴らしながら歩き出す。
「どこで合流するんでしょう?」
一本道なので、とりあえず進むしかない。
しばらくすると、前方に大きな影が現れた。
「魔物!」
ロッテが足を止める。
現れたのはアーマーベア。
一体。
さらにその後ろから、もう一体が姿を現した。
「二体ですね!」
アーマーベアが走り出す。
「来てください!」
一体目が巨大な前脚を振り上げる。
《不動》。
ガァン!
「大丈夫です!」
二撃目も盾で受け止める。
そこへ二体目が横から迫った。
「そっちは!」
ロッテが《不動》を解き、一歩前へ出る。
《シールドバッシュ》。
ドゴッ!
一体目を押し返し、すぐに二体目へ向き直った。
爪が振るわれる。
ガン!
盾で弾く。
「二体同時は、ちょっと忙しいです!」
再び一体目が迫る。
前から一体。
横から一体。
「なら!」
ロッテは一体目が腕を振り上げる瞬間を待ち、自分から踏み込んだ。
《シールドバッシュ》。
ドゴン!
盾が胴体へ直撃し、巨体がよろめく。
「今です!」
続けてバトルハンマーを振るう。
《震撃》。
ドゴッ!
脇腹を打ち抜き、衝撃を身体の内側へ通す。
アーマーベアの身体が大きく揺れた。
だが、まだ倒れない。
「硬いですね!」
二体目の爪が迫る。
ロッテは盾で受け、そのまま押し返した。
「でも、一体ずつなら!」
《シールドバッシュ》。
二体目の体勢を崩し、すぐにバトルハンマーを振り下ろす。
《震撃》。
ドゴン!
頭部へ直撃。
一体が倒れた。
「あと一体!」
残ったアーマーベアが吠え、突進してくる。
「来てください!」
ロッテは真正面から盾を構えた。
《不動》。
ドォン!
巨体を受け止めても、ロッテの足は動かない。
「止めました!」
盾をずらし、バトルハンマーを振るう。
《震撃》。
胸へ一撃。
ドゴン!
「もう一回!」
ドゴッ!
二撃目を受けたアーマーベアが倒れた。
「ふぅ」
ロッテが盾を下ろす。
「一人でも倒せました!」
少し嬉しそうに二体を見る。
「……でも、これ持って帰れないですね」
シオンがいない。
「もったいないです……」
どうしようもないので、そのまま先へ進むことにした。
一方、シオンはかなりの距離を歩いていた。
「……何も出ないな」
今のところ魔物はいない。
「二人の方には出てたりして」
十分ありそうだ。
「俺だけ外れ?」
そのとき、前方の暗闇で何かが動いた。
「いや、来たか」
大きい。
シオンが《鑑定》を使う。
【グレータートロール】
「昨日見たやつか」
一体。
その後ろからもう一体。
さらに奥にも一体いる。
「三体か」
一人になった途端、数を増やしてきた。
「いいじゃん」
シオンがロッドを構える。
「やろうか」
三体のグレータートロールが走り出した。
狭い通路なので、自然と前後に並ぶ。
「それなら」
《アイスランス》。
氷の槍が先頭の胸を貫いた。
《連続魔法》。
二発目。
同じ個体をさらに貫く。
続けて。
《サンダーボルト》。
雷撃が直撃し、一体目が倒れた。
「まず一体」
二体目が倒れた仲間を飛び越えてくる。
「おおっ」
石の棍棒が振り下ろされた。
《影跳び》。
シオンの姿が消え、視界の端にある壁際の影へ瞬時に移動する。
ドゴン!
さっきまでいた場所を棍棒が叩いた。
「危な」
二体目が振り返る。
「でも」
シオンがロッドを向けた。
《ライトニング》。
雷撃が直撃する。
「グオォォッ!」
傷が少しずつ塞がっていく。
「やっぱり治るか」
三体目が迫る。
「なら」
シオンの身体が足元の影へ沈む。
《影潜り》。
振り下ろされた棍棒が空を切った。
影の中を移動し、三体目の横から魔法を放つ。
《ファイアボール》。
「グオォォォ!」
《連続魔法》。
さらに《ファイアボール》。
「再生する暇を」
ロッドを向ける。
《サンダーボルト》。
「与えなきゃいい!」
雷撃を受けた三体目が倒れた。
「あと一体」
二体目の傷はかなり塞がっている。
「便利だな、その身体。俺も欲しい」
グレータートロールが突進してくる。
棍棒が振り下ろされる直前。
《影跳び》。
シオンは見えていた背後の影へ移動した。
「でも、こっちも便利なんだよ」
《サンダーボルト》。
背中へ雷撃が直撃する。
トロールが前へ倒れた。
それでも起き上がろうとする。
「タフだな」
《エナジーボール》。
追撃が頭部へ直撃し、ようやく動きが止まった。
「……終わり」
三体まとめて《ストレージ》へ収納する。
「よし」
そこでシオンは少し考えた。
「リュナたちが倒した分は持って帰れないな」
道があとで繋がるなら、回収できるかもしれない。
「まず合流だな」
シオンは先へ進んだ。
リュナは通路を歩いていた。
その耳がぴくりと動く。
「……ん?」
何か聞こえる。
魔物の足音ではない。
ガシャン。
遠くから微かな金属音。
少し間を置いて。
また。
ガシャン。
「……ロッテ?」
リュナが笑う。
「絶対ロッテだ」
速度を上げた。
通路を曲がる。
さらにもう一つ。
そして。
「ロッテ!」
「えっ!?」
前方に小さな全身鎧姿が見えた。
「リュナさん!」
「よかった!」
「リュナさーん!」
「ちょっ!」
ロッテが走ってくる。
そのまま抱きついた。
ガシャン!
「痛っ!」
「あっ! ごめんなさい!」
「鎧! 鎧!」
「すみません!」
「もう……」
言いながら、リュナも笑う。
「無事だった?」
「はい! アーマーベアが二体出ました!」
「倒したの?」
「もちろんです!」
「さすがね」
「リュナさんは?」
「キラーマンティスが五体」
「五体!」
「問題なかったわ」
「すごいです!」
リュナが周囲を見る。
「でも、シオンがいない」
「そうですね……」
二人は顔を見合わせた。
「まあ、シオンだものね」
「シオンさんですから!」
「大丈夫ね」
「はい!」
即答だった。
「……なんか今、雑に信用された気がする」
別の通路を歩いていたシオンが、なぜか足を止めた。
「気のせいか」
もちろん何も聞こえてはいない。
再び歩き出した。
リュナとロッテは二人で先へ進んだ。
それからしばらくして、大きな石の扉を見つける。
「ここしか道がありません」
「開けてみましょう」
「はい!」
二人で扉を押す。
ゴゴゴゴ……。
開いた先には、広い円形の部屋があった。
魔物はいない。
正面にはもう一つ、閉じた扉がある。
「行き止まり?」
「待ちましょう」
「シオンさんを?」
「うん」
「来ますかね?」
「来るでしょ」
「ですよね!」
二人はその場で待つことにした。
しばらくして。
正面とは別の壁にあった扉が動いた。
ゴゴゴゴ……。
「お?」
「シオン!」
「シオンさん!」
「おお!」
シオンが部屋へ入ってくる。
「二人とも一緒だったのか」
「途中で合流したの」
「私は音で見つけてもらいました!」
「音?」
「鎧の」
「ああ」
「なんですか、その納得の仕方!」
「いや、ロッテなら分かりやすいなって」
「リュナさんもすぐ分かりました!」
「実際分かりやすかったわ」
「そんな!」
「でも、無事でよかった」
シオンが笑う。
「シオンもね」
「もちろんです!」
三人が再び揃った。
「何か出た?」
「キラーマンティス五体」
「アーマーベア二体です!」
「俺はグレータートロール三体」
「三体?」
「うん」
「倒したの?」
「もちろん」
「……やっぱり心配いらなかったわね」
「なんだよそれ」
「私たち、シオンさんなら大丈夫って話してたんです!」
「もっと心配してくれてもいいんだぞ?」
「必要だった?」
「……いらない」
「でしょ?」
「くそっ」
シオンが二人の後ろを見る。
「あの扉?」
「多分」
「じゃあ行くか」
「待って」
リュナが扉の周囲を調べる。
「罠はない」
「よし」
三人で扉を開ける。
ゴゴゴゴ……。
その先には。
「階段!」
ロッテが声を上げた。
下へ続く階段。
「これで二十三階層突破か」
「変な階層だったわね」
「三人をバラバラにするための階層だったのかな」
「でも、ちゃんと合流できました!」
「そうだな」
シオンが階段を見る。
その先は二十四階層。
「今日はどうする?」
リュナが聞く。
「……行きたい」
「でしょうね」
「でも、今日は帰るか」
「え?」
リュナが目を丸くした。
「何その反応」
「シオンが帰るって言った」
「俺だって帰る時は帰るぞ!」
「成長しました!」
「ロッテまで!?」
今日は朝からBランク昇格試験を受け、そのあと二十一階層からここまで進んできた。
二十四階層から先は、また何がいるか分からない。
「次は朝から来よう」
「それがいいわね」
「はい!」
「じゃあ決まり」
シオンが《迷宮転移盤》を取り出す。
「あ」
「どうしたの?」
盤面には一から二十三までの数字が浮かんでいた。
「二十三階層まで増えてる」
「ちゃんと記録されたのね」
「これなら次はここから始められるな」
「便利です!」
シオンが三人を転移対象に選ぶ。
「じゃあ帰ろう」
光が三人を包んだ。
迷宮入口。
「お?」
管理小屋の職員が三人を見る。
「戻ったか」
「ただいま」
「どこまで行った?」
「二十三階層」
「……」
「どうした?」
「お前ら今日、十五時過ぎに来たよな?」
「うん」
「今、夕方だぞ」
「そうだな」
「そうだな、じゃない!」
職員が頭を抱える。
「二十三階層まで何があった?」
「二十一階層にキラーマンティス」
「二十二階層にアーマーベアとグレータートロール」
「二十三階層は転移陣だけでした!」
「転移陣?」
「ああ。三人で乗ったら、三人とも別々の場所に飛ばされた」
「……は?」
「それぞれ一人で進んで、途中で合流したわ」
「最後に二十四階層への階段がありました!」
「分かった。記録しておく」
職員が紙を取り出す。
「魔物の数なんかも、あとでギルドに報告してくれ」
「分かった」
「それと」
「何?」
「今日はもう帰れ」
「帰るって」
「お前ら見てると、そのまま二十三階層に転移して二十四階層へ行きそうで怖いんだよ!」
「行かないよ!」
「本当だろうな?」
「本当!」
「ならいい」
三人は笑いながら迷宮をあとにした。




