第38話 第二十階層へ
十三階層へ足を踏み入れてから。
シオンたちは、すぐに一つのことを実感することになった。
「……弱くない?」
シオンが呟く。
目の前では、大型の魔物がゆっくりと地面へ倒れていくところだった。
【アーマーリザード】
【硬い鱗に覆われた大型の魔物】
【正面からの物理攻撃に強い】
体長は二メートルを超えている。
全身を覆う灰色の鱗は、名前の通り鎧のように硬い。
十三階層へ下りて間もなく遭遇したときには、シオンも少し警戒した。
これまで戦ってきた魔物より、明らかに強そうだったからだ。
だから。
まずはロッテが前へ出た。
アーマーリザードが突進する。
「《不動》!」
ミスリルの盾を構える。
激突。
ドンッ!
重い音が通路に響いた。
だが。
「……あれ?」
ロッテは一歩も動いていない。
それどころか、アーマーリザードの方が弾かれていた。
「思ったより軽いです」
「ロッテ、それ普通の冒険者が聞いたら怒ると思うぞ」
「そうですか?」
アーマーリザードが再び身体を起こす。
「じゃあ、今度はこっちです!」
ロッテが一歩踏み込む。
「《シールドバッシュ》!」
盾を叩きつけた。
ドンッ!
アーマーリザードの巨体が横へ飛ぶ。
「おお」
「すごいわね」
「まだです!」
ロッテが追いかける。
右手のバトルハンマーを振り上げ。
「《震撃》!」
硬い鱗へ叩き込んだ。
表面はほとんど壊れていない。
だが。
アーマーリザードの身体が大きく震えた。
そのまま動かなくなる。
「……終わり?」
リュナが確認する。
「ああ」
シオンも《鑑定》で確認する。
「倒してる」
「やりました!」
ロッテが嬉しそうに振り返った。
「《震撃》、すごいです!」
「硬い敵にはかなり強そうだな」
表面を破壊するのではなく。
衝撃を内部へ通す。
硬い鱗を持つアーマーリザードとは、特に相性がよかったらしい。
「でも」
リュナが倒れたアーマーリザードを見る。
「十三階層の魔物なのよね?」
「そうだな」
「もっと苦戦すると思ってた」
「俺も」
三人で顔を見合わせる。
十階層の守護者。
オーガ。
ミスリル装備。
アンデッドの大軍。
デスナイト。
そしてネクロロード。
ここ最近だけでも。
三人は大きく成長している。
「まあ、楽なのはいいことだろ」
「そうね」
「どんどん行きましょう!」
三人は再び歩き始めた。
十四階層。
そこで現れたのは。
【ハイオーク】
【オークの上位種】
【通常のオークより高い筋力と耐久力を持つ】
三体。
以前、依頼で戦ったオークより一回り大きい。
「三体か」
「どうする?」
リュナが尋ねる。
「ちょうどいいから、新しいロッドをもう少し試したい」
シオンがミスリルロッドを構える。
ネクロロードの魔核を通して、魔力を流す。
以前より滑らかだ。
「《サンダーボルト》!」
一体目。
「《サンダーボルト》!」
二体目。
「《サンダーボルト》!」
三体目。
《連続魔法》。
三発の雷撃がほとんど間を置かずに放たれ。
三体のハイオークが倒れた。
「……」
「……」
リュナとロッテがシオンを見る。
「何?」
「私たち、何もしてないんだけど」
「そうですね」
「じゃあ次は任せる」
「そうして」
そして。
次に遭遇した四体のハイオークは。
「行くわ」
リュナが地面を蹴った。
速い。
《獣身強化》によって底上げされた身体能力。
そこへ《影歩》まで加わる。
《蒼銀華》が閃く。
一体。
二体。
三体。
最後の一体が棍棒を振り上げる。
「《影縫い》」
《蒼銀華》が影を貫いた。
ハイオークの足が止まる。
そのまま。
一閃。
四体目も倒れた。
「……」
「……」
今度はシオンとロッテがリュナを見る。
「何?」
「俺たち、何もしてないんだけど」
「そうですね」
「偶然よ」
「絶対さっきのお返しだろ」
リュナが小さく笑った。
十五階層。
そこで新しく現れたのは。
【ブレードウルフ】
【前脚に刃状の硬質部を持つ狼型の魔物】
【高い敏捷性を持ち、集団で獲物を追い詰める】
「狼か」
「普通のウルフよりずっと速いわね」
六体。
通路を駆けてくる。
「リュナ、速さ勝負する?」
「いいわよ」
「いや、俺じゃなくてあっちと」
「分かってるわよ!」
一頭目が飛びかかる。
リュナが半歩ずれた。
それだけ。
刃のような前脚が空を切る。
すれ違いざま。
《蒼銀華》が走る。
一頭。
「……遅い」
「いや、リュナが速すぎるんだろ」
残り五頭。
二頭が左右へ分かれる。
「集団戦もできるのね」
リュナを挟む。
だが。
「《影歩》」
一瞬で位置を変える。
二頭の攻撃が互いに交差した。
そこへ。
「《ウインドカッター》!」
シオンの風刃。
「《シールドバッシュ》!」
ロッテの盾。
六頭のブレードウルフは。
ほとんど何もできないまま倒された。
十六階層。
「うわ……」
シオンが顔をしかめた。
天井。
壁。
白い糸が張り巡らされている。
【ポイズンスパイダー】
【大型の蜘蛛型魔物】
【毒牙と粘着性の高い糸を使用する】
「蜘蛛か」
「嫌い?」
「見た目がな」
「私は平気よ」
「私もです!」
「俺だけ?」
天井から。
三体。
奥から二体。
「五体ね」
「糸に気をつけろよ」
「シオンさん!」
「ん?」
ロッテが前方を指す。
糸が飛んでくる。
「うおっ!」
《影跳び》。
シオンの姿が消え。
別の影へ現れる。
「危なっ!」
「ちゃんと見ててよ!」
「蜘蛛ばっかり見てた!」
「糸も見なさい!」
その間に。
リュナが壁を蹴る。
「《瞬影乱舞》!」
高速の斬撃。
天井にいた二体が落ちる。
「《ファイアボール》!」
シオンの炎が。
糸ごと一体を焼く。
残りは。
ロッテが盾で糸を受け止め。
そのまま接近。
バトルハンマーで叩き潰した。
「……蜘蛛はもういいな」
「まだ下にいるかもしれないわよ」
「言うな」
十七階層。
今度は。
【オーガファイター】
【武器の扱いに長けたオーガの戦士】
【通常のオーガより小柄だが、敏捷性と戦闘技術に優れる】
「オーガか」
シオンは少し懐かしく感じた。
十階層の守護者。
あのとき戦ったオーガとは違う。
こちらは少し小柄。
それでも二メートルを優に超えている。
手には。
大きな斧。
「四体います」
「ロッテ」
「はい!」
前へ。
「《挑発》!」
二体がロッテへ。
残り二体は。
シオンとリュナへ向かう。
「ちゃんと全員は来ないのね」
「《挑発》も絶対じゃないからな」
シオンへ斧。
だが。
「《影潜り》」
姿が影へ沈む。
斧が空を切る。
オーガファイターが周囲を見る。
「こっち」
背後。
影から上半身を出したシオン。
「《ライトニング》!」
雷撃。
一体が崩れる。
一方。
リュナは。
正面からオーガファイターと打ち合っていた。
斧。
《蒼銀華》。
一撃。
二撃。
三撃。
「……」
リュナの表情に余裕がある。
「遅い」
斧を避け。
懐へ。
斬る。
残る二体も。
ロッテが受け止めている間に。
三人で仕留めた。
「十階層のオーガより戦い方は上手いな」
「でも」
リュナが《蒼銀華》を鞘へ戻す。
「今の私たちなら、こっちの方が楽ね」
「強くなったなあ」
「今さらですね!」
「ほんとにな」
十八階層。
「止まって」
リュナが手を上げる。
三人が止まる。
「罠?」
「ある」
リュナが床を調べる。
「ここを踏むと……たぶん天井が落ちる」
「ロッテなら耐えられる?」
「試しませんよ!?」
「冗談だ」
「シオンさんならやりそうで怖いです!」
「俺を何だと思ってるんだ」
「変なことを試したがる人です」
「……否定できない」
リュナが罠を解除する。
「これで大丈夫」
先へ。
そして。
しばらく進んだところで。
ゴゴゴゴ……。
「何の音?」
通路の奥。
大きな影。
【ストーンゴーレム】
【岩石で構成された人造系魔物】
【高い防御力を持つ】
【物理攻撃に強い】
二体。
「これは」
シオンがロッテを見る。
「私ですね!」
嬉しそうだ。
「《震撃》を試すには最高だな」
「行きます!」
ストーンゴーレムの拳。
ロッテが盾で受ける。
ドンッ!
「重いです!」
「大丈夫?」
「はい!」
今度は。
ロッテの番。
「《震撃》!」
バトルハンマーが岩の胸へ叩き込まれる。
表面。
小さな亀裂。
だが。
次の瞬間。
内部から。
バキバキバキッ!
亀裂が広がる。
「おお!」
ストーンゴーレムが崩れた。
「相性よすぎない?」
「硬い敵、大歓迎です!」
「ロッテが怖いこと言い始めたぞ」
二体目も。
ほとんど同じだった。
十九階層。
そこで現れた魔物は。
今までとは少し違った。
【リザードウォリアー】
【武器を扱う蜥蜴人型の魔物】
【盾と剣を使い、複数で連携して戦う】
九体。
「……多いな」
「それに」
リュナが観察する。
「ちゃんと隊列組んでる」
前に盾。
後ろに剣。
単純に突っ込んでくる魔物ではない。
「どうする?」
「別の道は?」
「あると思う」
「避ける?」
三人が。
九体を見る。
「……」
「……」
「……」
「行くか」
「そうね」
「はい!」
避ける理由がなかった。
リザードウォリアーが盾を構える。
「ロッテ!」
「はい!」
こちらも盾。
正面衝突。
「《シールドバッシュ》!」
ドンッ!
盾ごと。
一体が後方へ吹き飛んだ。
「隊列崩れた!」
「行くわ!」
リュナが。
その隙間へ飛び込む。
速い。
リザードウォリアーが剣を振る。
だが。
当たらない。
《獣身強化》。
《見切り》。
《影歩》。
全てが噛み合っている。
一体。
二体。
斬る。
「左!」
シオンの声。
リュナが身体を沈める。
「《ライトニング》!」
頭上を雷撃が通過。
三体目。
「シオンさん、右です!」
「見えてる!」
《影跳び》。
敵の背後へ。
「《エナジーボール》!」
至近距離。
魔力弾。
吹き飛ばす。
「まだ五体!」
「まとめる!」
ロッテが前へ。
「《挑発》!」
三体がロッテへ向く。
「《不動》!」
盾で受け止める。
残り二体。
「リュナ!」
「分かってる!」
《蒼銀華》を構える。
「《瞬影乱舞》!」
高速の斬撃。
二体を連続で斬り伏せる。
そして。
ロッテが止めていた三体へ。
「《ウインドカッター》!」
「《震撃》!」
魔法とハンマー。
最後の三体も倒れた。
「……終わり」
「怪我は?」
「ないわ」
「私もです!」
「俺も」
九体。
連携する魔物。
それでも。
大きな問題にはならなかった。
「敵はちゃんと強くなってるんだけどな」
シオンが呟く。
「私たちも強くなってるもの」
「それも、かなりですね!」
「ああ」
普通なら。
十九階層。
九体ものリザードウォリアー。
危険な戦闘だったはずだ。
だが。
三人には。
まだ余裕がある。
そのまま。
階段へ。
一段。
また一段。
下へ。
「二十階層」
シオンが呟く。
空気が変わった。
十三階層から十九階層までとは。
少し違う。
通路が広い。
天井も高い。
壁には古びた紋様が刻まれている。
「ここが」
ロッテが周囲を見回す。
「現在確認されている最深部ですね」
「ああ」
この地下迷宮は。
二十階層までは冒険者によって探索されている。
だが。
ここまで来られる者は多くない。
まして。
ここまで余力を残して到達する者となれば。
さらに少ない。
「体力は?」
「問題ないわ」
「私もです!」
「MPもかなり残ってる」
新しいロッドのおかげもある。
「……俺たち、元気だな」
「いいことでしょ」
「そうなんだけど」
十三階層から。
七つの階層を進んできた。
途中で休憩もしたが。
まだ十分に戦える。
「先へ行きましょう」
「ああ」
三人は二十階層を進む。
しばらくして。
リュナが足を止めた。
「……いる」
「何体?」
「一体」
「一体?」
「でも強い」
通路の先。
大きな扉が見える。
十階層で見たものと。
よく似ている。
「二十階層の守護者か」
「たぶん」
ロッテが盾を握り直す。
「どうします?」
「もちろん――」
シオンが答えようとした。
そのとき。
「待って」
リュナが。
別の方向を見た。
「どうした?」
「……変」
「何が?」
リュナの耳が動く。
目を閉じる。
《気配察知》。
「守護者じゃない」
「他にも魔物?」
「いる」
「何体?」
「……」
リュナが黙る。
「リュナ?」
「多い」
「多いって?」
「かなり」
リュナが。
通路脇の壁へ近づく。
「この向こう」
「壁?」
「うん」
シオンも近づく。
見たところ。
普通の石壁だ。
「《鑑定》」
【迷宮の壁】
「普通だな」
「でも、いる」
リュナが壁へ耳を近づける。
「何体くらい?」
「正確には分からない。でも……数十体」
「数十!?」
ロッテが驚く。
「二十階層の魔物が?」
「たぶん」
シオンは。
壁を見る。
そして。
少し考えた。
普通なら。
無視する。
当然だ。
ここは二十階層。
すぐ先には。
守護者が待っている。
ここまで来るだけでも。
普通の冒険者なら。
かなりの体力と魔力を消耗しているはずだ。
そんな状態で。
わざわざ。
壁の向こうにいる数十体の魔物を調べようなどとは。
思わない。
「……なるほどな」
「何が?」
「いや」
シオンが笑う。
「今まで誰も気づかなかったとしても不思議じゃないなって」
「気づいても無視するでしょうね」
「守護者の前ですもんね」
ロッテも納得する。
「俺たちは?」
シオンが尋ねる。
「まだ元気ね」
「元気です!」
「MPもある」
なら。
その瞬間。
シオンの視界に。
文字が現れた。
【守護者の部屋へ向かう】
【壁の向こうを調べる――正解】
「……出た」
「《正解選択》?」
「ああ」
シオンは。
壁を見つめる。
「こっちが正解だ」
「数十体いるのに?」
「らしい」
「……」
リュナが。
じっとシオンを見る。
「何だよ」
「嬉しそうね」
「隠し部屋かもしれないだろ?」
「数十体いるけど」
「宝箱あるかもしれない」
「数十体いるけど」
「経験値も――」
「やっぱりそれじゃない!」
「最後まで言わせろよ!」
「顔に書いてあるわよ!」
「何が?」
「経験値」
「書いてない!」
ロッテが壁を調べ始める。
「二人とも、ありました!」
「何が?」
「ここです!」
壁の一部。
紋様に紛れるように。
小さな窪みがある。
「押してみる?」
「待って」
リュナが止める。
「もう一度確認する」
《罠感知》。
しばらくして。
「……扉を開く仕掛けみたい。少なくとも、押した瞬間に何か飛んでくるような罠じゃない」
「じゃあ」
シオンが窪みへ手を置く。
「開けるぞ」
「はい!」
「いつでも」
押す。
ゴゴゴゴゴ……。
重い音。
今まで。
ただの壁にしか見えなかった場所に。
縦の亀裂が入った。
「おお!」
シオンの目が輝く。
石壁が。
ゆっくりと左右へ開いていく。
「本当に隠し扉……」
「すごいです!」
そして。
隙間が広がるにつれ。
中の様子が見えてくる。
広い。
かなり大きな部屋。
暗闇の中。
何かが動いた。
一つ。
二つ。
三つ。
いや。
もっと。
赤い目。
黄色い目。
大小さまざまな影。
「……」
「……」
「……」
シオンは。
無言で《鑑定》を使った。
【リザードウォリアー】
【ストーンゴーレム】
【オーガファイター】
【ポイズンスパイダー】
さらに。
【ブラッドウルフ】
【高い敏捷性と凶暴性を持つ上位狼型魔物】
奥には。
【アイアンゴーレム】
【金属質の身体を持つゴーレム】
【極めて高い物理防御力を持つ】
「……新しいのまでいるぞ」
「何体?」
リュナが。
部屋の中を見つめる。
《気配察知》。
「……四十」
「四十!?」
「待って」
さらに探る。
「四十三……四十五……」
「増えてるんだけど」
「奥にもいる」
少しして。
「……四十七」
リュナが言った。
「たぶん四十七体」
「……」
シオンは。
部屋を見る。
二十階層相当の魔物。
四十七体。
しかも。
複数種。
「シオンさん」
ロッテが尋ねる。
「はい」
「……閉めます?」
「普通ならそうするわね」
リュナも言う。
「守護者戦の前に戦う数じゃないわ」
「だよな」
「じゃあ?」
二人が。
シオンを見る。
シオンは。
部屋を見る。
《正解選択》は。
ここを調べろと言った。
そして。
四十七体。
「……」
シオンの口元が。
少しずつ上がる。
「その顔やめなさい」
「まだ何も言ってないぞ」
「経験値って顔してる」
「だから、どんな顔だよ!」
「戦うんですね!」
ロッテが盾を構える。
「ロッテまで!」
「だって、シオンさん絶対やりますよね?」
「……」
「やるんでしょ?」
リュナも。
《蒼銀華》を抜く。
シオンは。
ミスリルロッドを握った。
「まあ」
目の前には。
四十七体の魔物。
そして。
その向こう。
部屋の最奥に。
小さく。
何かが見える。
「……宝箱」
「え?」
「あそこ」
シオンが指差す。
魔物の群れ。
その遥か奥。
石造りの台座。
その上に。
確かに。
一つの宝箱が置かれていた。
「……」
「……」
「……」
三人の視線が。
宝箱へ集まる。
「やるか」
「結局そうなるのね」
「宝箱です!」
ロッテの目まで輝いた。
「守護者の前よ?」
「終わったら一度帰ればいいだろ」
「ここから?」
「……まあ、それは後で考える」
「適当ね」
シオンは笑う。
「まずは」
四十七体の魔物を見る。
「こっちを片づけよう」
守護者を目前にして。
普通の冒険者なら。
絶対に選ばない戦い。
だが。
《デスティニー・コンパス》の三人には。
まだ。
十分すぎるほどの余力が残っていた。




