第37話 新たな力と迷宮へ
冒険者ギルドを出た三人は、そのまま鍛冶工房へ向かった。
もちろん。
ロッテが借りている工房だ。
「今日から始めるの?」
歩きながらリュナが尋ねる。
「はい!」
ロッテはネクロロードの魔核が入った箱を大事そうに抱えている。
「できるだけ早く試してみたいです!」
「俺も早く使ってみたい」
「二日酔いなのに元気ね」
「それとこれとは別だ」
頭はまだ少し痛い。
だが、新しい装備が手に入るかもしれないのだ。
楽しみにならないはずがない。
「それにしても……」
リュナがシオンを見る。
「何?」
「朝より顔色よくなったわね」
「ああ。だいぶ楽になった」
「顔も赤くないし」
「……」
「……」
目が合った。
今朝の出来事を思い出す。
同じベッド。
至近距離。
そして。
『……リュナって、やっぱり可愛いよな……』
「……」
「……」
二人同時に顔を逸らした。
「どうしたんですか?」
先を歩いていたロッテが振り返る。
「なんでもない」
「なんでもないわ」
「?」
ロッテは首を傾げた。
「二人とも、朝から変ですね」
「気にするな」
「気にしなくていいわ」
「また一緒に言ってます」
「……」
「……」
これ以上話すと墓穴を掘りそうだ。
シオンは黙って歩くことにした。
工房へ到着すると、ロッテはすぐに作業を始めた。
まず。
シオンのミスリルロッドを分解する。
「……本当に大丈夫だよな?」
「大丈夫です!」
「その返事、さっきも聞いたぞ」
「信用してください!」
「信用してるけど、自分の武器が分解されるのを見ると不安になるんだよ」
「邪魔しないの」
リュナに背中を押される。
「はいはい」
二人は少し離れた場所から見学することになった。
ロッテは真剣だった。
ミスリルロッドの中心部を確認し。
ネクロロードの魔核を手に取る。
そのまま組み込む。
というわけではない。
「そのままじゃ駄目なのか?」
「駄目です」
即答だった。
「魔核が大きすぎますし、魔力の流れも合わせないといけません」
「なるほど」
「それに、この魔核には死属性の魔力がたくさん残っています」
「……それを俺の魔法に乗せるのは嫌だな」
「私もそう思います」
シオンは攻撃魔法だけを使うわけではない。
回復魔法も使う。
光属性の魔法も使う。
そこへ死属性の力を無理に混ぜれば、何が起こるか分からない。
「だから、魔核そのものの属性を利用するんじゃありません」
ロッテは説明する。
「利用したいのは、魔力を効率よく流す性質です」
「昨日言ってたやつね」
「はい」
リュナの言葉に頷く。
「魔核を調整して、ミスリルロッドの魔力経路と繋ぎます」
「できる?」
「やります!」
頼もしい。
だが。
初めての加工なのは間違いない。
ロッテは何度も魔核とロッドを確認しながら、少しずつ作業を進めていった。
その日は。
結局、完成しなかった。
翌日。
シオンとリュナは再び工房へ来ていた。
「まだ?」
「もう少しです!」
ロッテが答える。
額には汗が浮かんでいる。
作業を始めて二日目。
もちろん一睡もしていないわけではない。
昨日も夕方には切り上げて家へ戻った。
それでも。
朝からずっと工房に籠もっている。
「無理するなよ」
「大丈夫です!」
「ロッテが倒れたら意味ないからな」
「分かってます!」
その返事を聞き。
シオンは少し安心する。
努力するのはいい。
だが。
やりすぎて身体を壊した経験なら。
誰よりも知っている。
「シオン」
「ん?」
「今、ちょっと真面目な顔してた」
「俺はいつでも真面目だ」
「嘘ね」
「即答するな」
そんな話をしていると。
「できました!」
工房から声が響いた。
「本当か!?」
シオンが真っ先に駆け寄る。
作業台の上。
そこに。
一本のロッドが置かれていた。
基本的な形は以前と変わらない。
ミスリル製の片手用ロッド。
だが。
柄の上部。
魔力を通す中心部分に、小さく加工された魔核が組み込まれている。
「おお……」
シオンの目が輝く。
「格好いい」
「そこなの?」
「重要だろ!」
「シオンさん、持ってみてください!」
「ああ」
ロッドを握る。
重さは。
ほとんど変わっていない。
「いいな」
「魔核を小さく加工して、重心が変わらないようにしました」
「そこまで考えてたのか」
「もちろんです!」
さすが武装匠。
「《鑑定》」
シオンがロッドを見る。
【ネクロロード・ミスリルロッド】
【ミスリル製の魔法杖にネクロロードの魔核を組み込んだもの】
【高い魔力伝導効率を持つ】
【魔法使用時の消費MPを軽減する】
「成功してる!」
「本当ですか!?」
「ああ!」
ロッテの顔が輝いた。
「やりました!」
「でも、どれくらい軽減されるんだ?」
「それは実際に使ってみないと分かりません」
「じゃあ試そう」
「ここで?」
リュナが聞く。
「外で」
「当たり前よ」
危うく工房内で魔法を撃つ人間だと思われるところだった。
三人は街の外。
周囲に人がいない場所まで移動した。
「まずは……《ファイアボール》」
ロッドへ魔力を流す。
その瞬間。
「……お?」
違う。
以前より。
魔力が滑らかに流れる。
余計な抵抗がない。
ロッドの先端に炎が集まり。
火球となって飛んだ。
地面へ着弾。
炎が弾ける。
「威力は?」
「変わらないと思う」
「消費は?」
シオンは自分のMPを確認する。
「……かなり減ってる」
「どのくらいですか?」
「感覚だと二割くらいかな」
「二割!?」
ロッテが驚く。
「十分すごいわよ」
「ああ」
十回しか使えなかった魔法が。
同じMPなら十二回以上使える計算になる。
特に。
消費の大きい魔法ほど恩恵は大きい。
「《ソードジャッジメント》を使うときに助かるな」
「だからって連発しないでよ?」
「分かってる」
広範囲魔法は味方の位置も考えなければならない。
消費が減ったからといって、適当に撃つものではない。
「《影跳び》も安くなるの?」
「いや」
シオンは首を振った。
「たぶん無理だ。《影跳び》は杖を通して使ってないから」
「《影潜り》も?」
「同じだな」
軽減されるのは。
あくまで。
このロッドを通して発動する魔法。
「十分じゃない」
「そうだな」
シオンはロッドを見る。
気に入った。
かなり。
「ロッテ、ありがとう」
「はい!」
ロッテが嬉しそうに笑った。
「ただ、魔核を完全にロッドと一体化させたわけじゃありません」
「そうなの?」
「はい。将来もっといい素材で杖を作ることになったら、取り外せるようにしてあります」
「おお!」
「壊さず外せる保証はまだありませんけど」
「そこは頑張ってくれ!」
「頑張ります!」
これなら。
ミスリルより上の素材が見つかったとしても。
魔核を再利用できるかもしれない。
「さて」
リュナが二人を見る。
「シオンの新しい装備は終わったわね」
「ああ」
「じゃあ、次は私たち」
「ん?」
リュナが自分の冒険者カードを見せる。
「昨日確認する暇なかったけど、防衛戦で結構レベル上がってるのよ」
「あ」
そうだった。
千体を超えるアンデッド。
もちろん三人だけで倒したわけではない。
だが。
かなりの数を倒している。
さらに。
デスナイト。
ネクロロード。
経験値十倍のリュナとロッテにとって。
あれだけの戦闘で何も起こらないはずがない。
「新しいスキル出た?」
「あるわ」
リュナが頷く。
「私が気になってるのは、これ」
リュナが表示を見せる。
【獣身強化】
【獣人の持つ身体能力を高める】
【筋力・敏捷性・反応速度を強化する】
「……いいな」
「でしょ?」
派手な攻撃技ではない。
だが。
リュナにとっては非常に相性がいい。
《影歩》。
《見切り》。
《影縫い》。
《瞬影乱舞》。
どれも。
リュナ自身の身体能力が高くなれば、そのまま性能が上がる。
「消費は?」
「ないみたい」
「常に?」
「覚えれば、身体能力そのものが底上げされるみたいね」
「それ、強くない?」
「強いと思う」
「取ろう」
「言われなくてもそのつもりよ」
必要なスキルポイントは。
問題にならない。
リュナは《獣身強化》を取得した。
「どう?」
「……」
リュナが軽く身体を動かす。
一歩。
地面を蹴った。
「えっ?」
シオンの視界から。
一瞬。
リュナが消えたように見えた。
数メートル先。
「……思ったより違う」
リュナ自身が驚いている。
「速っ!」
「まだ《影歩》使ってないわよ」
「それで!?」
「慣れるまで少しかかりそうね」
「ダンジョンで試せばいい」
「そうする」
リュナが嬉しそうに《蒼銀華》へ手を添える。
「ロッテは?」
「私もあります!」
ロッテがカードを見る。
「二つ気になってるんです」
「二つ?」
「これです!」
【シールドバッシュ】
【盾を用いた打撃技】
【相手の体勢を崩し、後方へ押し返す】
「ロッテにぴったりだな」
「はい!」
今まで。
ロッテの盾は。
基本的に守るためのものだった。
《挑発》で敵を引きつけ。
《不動》で受け止める。
だが。
これなら。
盾そのものを攻撃へ使える。
「もう一つは?」
【震撃】
【打撃武器から強い衝撃を送り込む】
【硬い外殻や鎧を持つ相手に対しても、内部へ衝撃を伝える】
「おお……」
「これもいいわね」
リュナも頷く。
「硬い敵に効くのか」
「はい!」
ロッテが自分の片手用バトルハンマーを見る。
「今までは硬い敵を叩いても、表面で止まることがありました。でもこれなら、鎧の上からでも衝撃を通せます!」
「取れる?」
「取れます!」
「両方?」
「はい!」
「じゃあ決まりだな」
「取ります!」
迷わない。
ロッテは。
《シールドバッシュ》。
《震撃》。
二つのスキルを取得した。
「試します!」
「待て!」
シオンが止める。
「何ですか?」
「相手どうするんだよ」
「……」
ロッテが周囲を見る。
「木?」
「倒したら怒られるわよ」
「岩?」
「それならいいか」
少し離れた場所に。
大きな岩がある。
「やってみます!」
ロッテがバトルハンマーを握る。
岩の前へ。
構える。
「《震撃》!」
振り抜いた。
ゴンッ!
鈍い音。
「……あれ?」
見た目には。
大きな変化がない。
「失敗?」
シオンが近づく。
その瞬間。
ピシッ。
「ん?」
岩の表面に。
亀裂が入った。
さらに。
ピシピシピシッ!
亀裂が広がる。
「うわっ!」
岩の一部が崩れ落ちた。
内部が。
砕けている。
「……」
「……」
「……」
三人で黙って見る。
「これ、人に使って大丈夫なの?」
リュナが呟く。
「鎧を着た敵には強そうです!」
「そういう問題かな」
「敵ならいいだろ」
「シオンもだんだん雑になってきたわね」
ともかく。
これで。
三人とも新しい力を手に入れた。
シオンは。
ネクロロードの魔核を組み込んだミスリルロッド。
リュナは。
《獣身強化》。
ロッテは。
《シールドバッシュ》と《震撃》。
「行くか」
「どこへ?」
分かっているくせに。
リュナが聞く。
「ダンジョン」
シオンは笑った。
翌朝。
三人は地下迷宮の入口に立っていた。
「久しぶりな気がするな」
「数日しか経ってないわよ」
「アンデッドが濃すぎたんだよ」
「それは分かります」
管理小屋で冒険者カードを見せる。
前回。
三人が到達したのは十二階層。
ミスリル鉱脈を見つけた階層だ。
「さて」
シオンが迷宮を見る。
「今日はどこまで行く?」
「行けるところまで?」
「無理はしないわよ」
「もちろん」
「シオンさんが言うと少し不安です」
「なんでだよ」
三人は笑いながら。
地下迷宮へ入った。
第一階層。
第二階層。
第三階層。
すでに。
この辺りの魔物は敵ではない。
「《ウインドカッター》」
一撃。
「えいっ!」
ロッテのハンマーが魔物を吹き飛ばす。
リュナに至っては。
「……」
「今、何した?」
「斬っただけ」
「見えなかったんだけど」
「《獣身強化》、思った以上にいいわね」
新しい力を確認しながら。
三人は迷宮を進んでいく。
五階層。
八階層。
十階層。
以前なら。
一つ一つ慎重に攻略していた場所。
今は。
通過点だった。
「……やっぱり遠いな」
シオンが呟く。
「何が?」
「十二階層まで歩くの」
「仕方ないでしょ」
「もっと深くなったら毎回これやるのか?」
「そうなるわね」
「三十階層とかまで行ったら、そこまで歩くだけで一日終わらない?」
「先のこと考えすぎよ」
「でも絶対面倒だぞ」
「そのとき考えればいいじゃないですか」
「そうだな」
今は。
まだ十二階層。
その先へ。
進めばいい。
やがて。
三人は見覚えのある場所へ到着した。
十二階層。
ミスリル鉱脈へ続く分岐。
「懐かしいな」
「この前でしょ?」
「俺たちの装備が変わった場所だからな」
「今日は掘りませんよ?」
ロッテが念を押す。
「分かってる」
必要な量はすでに確保した。
鉱脈の場所もギルドへ報告してある。
「じゃあ」
リュナが先を見る。
十二階層の。
さらに奥。
「行きましょうか」
「ああ」
三人は歩き出す。
そして。
階段を見つけた。
下へ。
さらに深く。
「十三階層」
シオンが一歩踏み出す。
ここからは。
まだ三人が歩いたことのない場所。
だが。
不安より。
楽しみの方が大きかった。
「《デスティニー・コンパス》」
シオンが呟く。
「何?」
「いや」
ミスリルロッドを握る。
「ようやくパーティ名をつけてから、初めてのダンジョンだなって」
「そうですね!」
「だからって叫ばないでよ?」
「何を?」
「『デスティニー・コンパス、出撃!』とか」
「……」
「言おうとしてたの?」
「……ちょっとだけ」
「やめなさい」
「格好いいのに」
「恥ずかしいわよ」
「ロッテは?」
「私は格好いいと思います!」
「ほら!」
「ロッテはシオンに甘すぎるのよ!」
三人の声が。
十三階層へ続く通路に響く。
こうして。
《デスティニー・コンパス》としての。
初めての迷宮探索が始まった。




