第34話 ネクロロード
黒紫色の魔力。
白い光。
二つの力が、同時に膨れ上がる。
『死ね……!』
「《ホーリージャベリン》!」
ネクロロードの杖から、黒紫色の魔力が放たれた。
同時に。
シオンのロッドから、光の槍が飛ぶ。
二つの魔法が真正面から激突した。
ドンッ!
「くっ!」
衝撃がシオンの身体を襲う。
光と闇。
二つの魔力が押し合う。
「負けるか!」
シオンはロッドを握り締める。
足元には、いまだ無数の骨の手が絡みついている。
逃げられない。
なら。
押し切る。
『グ……オオ……!』
ネクロロードの眼窩に宿る紫色の光が強くなる。
黒紫色の魔力も勢いを増した。
「シオン!」
リュナの声。
だが、シオンは振り向かない。
目の前の魔法から意識を逸らせば押し負ける。
「まだ……!」
魔力を込める。
白い光が強くなる。
少しずつ。
ほんの少しずつ。
黒紫色の魔力を押し返していく。
『なぜ……』
「こっちは光属性なんだよ!」
相手はアンデッド。
《ホーリージャベリン》は、光を苦手とする相手に高い効果を発揮する。
単純な魔力量だけではない。
相性がある。
『グオオオオオッ!』
白い光がさらに前へ。
そして。
黒紫色の魔力を。
貫いた。
「いけぇぇぇ!」
光の槍がネクロロードへ迫る。
だが。
『……愚かな』
「なに?」
ネクロロードが杖を横へ振った。
その瞬間。
シオンの横から。
黒い影が飛び込んできた。
「――!」
デスナイト。
光の槍とネクロロードの間へ、その巨体が割り込んだ。
直撃。
光が黒い鎧を貫く。
「グォォォォ!」
デスナイトが吹き飛ぶ。
地面へ転がり。
動かなくなった。
「身代わり……!」
『我が兵は……我が盾……』
「そういう使い方もするのかよ!」
シオンが足元を見る。
骨の手。
まだ離れない。
その間にも。
ネクロロードが再び杖を上げようとする。
「させない!」
リュナの声。
銀色の斬撃が走った。
シオンの足を掴んでいた骨の腕がまとめて切断される。
「リュナ!」
「何やってるの!」
リュナがシオンの横へ滑り込んできた。
「一人でボスと魔法の撃ち合いなんかして!」
「捕まってたんだよ!」
「だから助けを待ちなさい!」
「勝てそうだったから!」
「そういうところ!」
言いながらも。
リュナはすでにネクロロードへ向き直っている。
「ロッテ!」
「まだ大丈夫です!」
少し離れた場所。
ロッテがデスナイトを押さえていた。
二体。
先ほどシオンの攻撃を受けた一体は倒れている。
もう一体はリュナが突破する際に斬りつけ、動きが鈍っていた。
残る二体がロッテへ剣を振るっている。
「《不動》!」
ガンッ!
一撃。
さらに。
ガンッ!
二撃。
ミスリルの盾が受け止める。
「まだまだです!」
ロッテが盾を押し返す。
デスナイトがよろめく。
そこへ戦鎚。
ガンッ!
黒い鎧がへこむ。
「……ロッテもすごいな」
「見てないで本体!」
「はい!」
リュナに怒られた。
ネクロロードを見る。
先ほどの《ホーリージャベリン》によって胸部には大きな穴が開いている。
普通の生物なら致命傷だ。
だが。
アンデッド。
しかも高位種。
『死……』
杖を上げる。
『死は……終わりではない……』
ゴォォォン――。
あの音が響いた。
「また来る!」
シオンが警戒する。
倒れたデスナイト。
その鎧の隙間から紫色の光が漏れ始めた。
「復活させる気だ!」
「なら、その前に!」
リュナが飛び出す。
「待て!」
シオンも追う。
ネクロロードが杖をリュナへ向ける。
黒い魔力弾。
「リュナ!」
「見えてる!」
リュナの身体が沈む。
《影歩》。
地面を滑るように軌道を変える。
黒い魔力が横を通過した。
そのまま接近。
「《影縫い》!」
《蒼銀華》がネクロロードの影へ突き刺さる。
『――!』
「効いた!」
アンデッドにも影はある。
そして。
《影縫い》も通る。
「シオン!」
「ああ!」
シオンがロッドを向ける。
だが。
「……待て」
一瞬。
考える。
《ホーリージャベリン》。
効く。
間違いなく効く。
だが、またデスナイトを盾にされる可能性がある。
なら。
「リュナ、離れろ!」
「何する気?」
「まとめてやる!」
リュナがシオンを見る。
そして。
「……まさか」
「そのまさか!」
「MPは!?」
「まだいける!」
リュナは即座に《蒼銀華》を影から抜いた。
「ロッテ!」
「はい!?」
「シオンが大きいの使う!」
「わかりました!」
二人が離れる。
ネクロロードの周囲。
倒れたデスナイト。
まだ動いているデスナイト。
そしてネクロロード。
すべてが入る範囲。
「ここなら……」
シオンはロッドを掲げた。
光が集まる。
空中へ。
一つ。
十。
五十。
百。
無数の光が。
剣へ変わる。
『光……』
ネクロロードが初めて。
空を見上げた。
『おのれ……!』
「今度は盾一枚じゃ防げないぞ」
シオンが笑う。
「全部まとめて――」
「シオン!」
リュナが叫ぶ。
「何だ!」
「叫ぶんでしょ!」
「もちろん!」
「やっぱり!」
シオンはロッドを振り下ろした。
「《ソードジャッジメント》!」
光の剣が降る。
一本。
十本。
百本。
雨のように。
ネクロロードとデスナイトたちへ。
『グオオオオオオオッ!』
デスナイトが盾を掲げる。
だが。
一方向からではない。
頭上から無数に降る光。
一つを防いでも。
次。
さらに次。
盾を貫く。
鎧を貫く。
地面へ突き刺さる。
ネクロロードも杖を掲げた。
黒紫色の障壁が広がる。
光剣が激突。
一つ。
二つ。
十。
障壁が耐える。
「硬いな!」
さらに。
光の剣。
次々と。
降り続ける。
ピシッ。
黒紫色の障壁に亀裂が入った。
『……!』
「いけ!」
亀裂が広がる。
そして。
砕けた。
無数の光剣がネクロロードへ降り注ぐ。
『グオオオオオオオオオッ!』
光。
爆発。
シオンたちは腕で顔を覆う。
しばらくして。
光が消えた。
「……どうだ?」
シオンが前を見る。
デスナイト。
二体は完全に動かなくなっている。
残る二体も地面へ倒れていた。
そして。
中央。
黒いローブ。
ボロボロになっている。
杖は半ばから折れていた。
「まだいる」
リュナが呟く。
ネクロロード。
立っている。
いや。
辛うじて。
『人……』
紫色の光は弱い。
『なぜ……』
「強いな……」
シオンは素直に感心した。
《ホーリージャベリン》。
さらに。
《ソードジャッジメント》。
どちらも弱点の光属性。
それを受けて。
まだ動いている。
「でも」
リュナが《蒼銀華》を構える。
「もう終わりね」
「ああ」
シオンもロッドを向ける。
ロッテが二人の横へやってくる。
「デスナイトは?」
「もう動きません!」
「よし」
三人。
並ぶ。
『我が……軍……』
ネクロロードが折れた杖を上げようとする。
『我が……兵……』
「もう復活しないぞ」
シオンが言う。
「その杖も壊れてる」
『……』
「終わりだ」
シオンが魔力を集める。
光。
《ホーリージャベリン》。
だが。
「シオン」
「ん?」
「最後もそれ?」
リュナが聞く。
「そのつもりだけど」
「さっきからシオンばっかりじゃない?」
「え?」
「私もいます」
ロッテも戦鎚を持ち上げる。
「……なるほど」
シオンは笑った。
「じゃあ三人でいくか」
「ええ」
「はい!」
ロッテが最初に動く。
「行きます!」
ネクロロードが魔力を放とうとする。
だが。
ロッテの盾。
「えいっ!」
ドンッ!
杖ごと弾き飛ばした。
『――!』
「リュナ!」
「任せて!」
影を走る。
《蒼銀華》。
踏み込む。
「《瞬影乱舞》!」
銀色の斬撃。
一撃。
二撃。
三撃。
黒いローブ。
骨の身体。
次々と斬撃が刻まれる。
リュナが駆け抜ける。
「シオン!」
「ああ!」
最後。
ロッドを向ける。
光を凝縮。
「これは――」
リュナが横から見る。
「言うの?」
「言う!」
「でしょうね」
シオンは笑った。
「《ホーリージャベリン》!」
一本の光。
一直線に飛ぶ。
リュナが斬り裂いた胸部。
そこを。
正確に貫いた。
『グ……オ……』
ネクロロードの身体が止まる。
眼窩の紫色。
明滅する。
一度。
二度。
そして。
消えた。
黒いローブが地面へ落ちる。
その中の骨が。
崩れた。
「……倒した?」
ロッテが盾を構えたまま尋ねる。
シオンは警戒する。
動かない。
紫色の光もない。
そして。
視界に表示が現れた。
【ネクロロードを討伐しました】
「倒した!」
「やった!」
ロッテが喜ぶ。
リュナも《蒼銀華》を下ろした。
「これで終わり?」
「たぶん――」
シオンが言いかけた。
その瞬間。
遠くから。
音が聞こえた。
ガラガラガラガラ――。
「何?」
三人が振り返る。
アンデッドの軍勢。
防衛線へ向かっていたスケルトンが。
一体。
崩れる。
さらに。
もう一体。
ゾンビが倒れる。
グールが地面へ伏す。
次々と。
まるで糸を切られた人形のように。
死者たちが倒れていく。
「……すごい」
ロッテが呟く。
数百。
いや。
見える範囲すべて。
立っていたアンデッドが。
次々と動きを止めていく。
「やっぱり、こいつだったんだ」
シオンはネクロロードの残骸を見る。
軍勢を支配していた存在。
それを倒した。
「終わった……のよね?」
リュナが尋ねる。
「たぶん」
「たぶん?」
「念のため確認する」
シオンはネクロロードへ《鑑定》を使う。
だが。
すでに討伐済み。
表示される情報は残骸としてのものだけだった。
「……ん?」
シオンが目を細める。
その中に。
一つ。
気になる表示がある。
【ネクロロードの魔核】
「魔核?」
ローブの中。
崩れた骨の奥。
黒紫色の石が落ちていた。
「これか」
シオンが拾おうとする。
「待って」
リュナが止める。
「危なくない?」
「……確かに」
シオンは《鑑定》を使う。
【ネクロロードの魔核】
【高濃度の死属性魔力を含む魔核】
【外部から強い魔力干渉を受けた痕跡がある】
「……外部?」
「どうしたの?」
「これ」
シオンが説明する。
「外部から強い魔力干渉を受けた痕跡があるって」
「外部って……」
ロッテが首を傾げる。
「誰かが、このネクロロードに何かしたってことですか?」
「わからない」
シオンは答える。
鑑定でわかるのはそこまで。
誰が。
何のために。
どうやって。
何も表示されていない。
「持って帰ろう」
シオンは魔核を《ストレージ》へ入れる。
「ギルド長に報告したほうがいい」
「そうね」
「戻りましょう!」
三人は防衛線の方向を見る。
アンデッドは。
ほとんど動いていない。
「帰れるな」
「歩いて?」
「……」
シオンは黙った。
「《影跳び》で先に帰るとか言わないでしょうね」
「言ってないだろ」
「顔に書いてある」
「三人で帰ります!」
ロッテが笑う。
「わかってるよ」
三人は歩き出す。
倒れたアンデッドの間を。
リーベルへ向かって。
しばらく進むと。
遠くから歓声が聞こえてきた。
「おおおおおおおおっ!」
「止まったぞ!」
「全部倒れた!」
「やったぞ!」
防衛線。
冒険者たちが。
喜んでいる。
「聞こえる」
ロッテが笑う。
「ああ」
シオンも笑った。
街を守れた。
三人とも無事。
それで十分だ。
やがて。
防衛線へ近づく。
「来たぞ!」
誰かが三人に気づいた。
「シオンたちだ!」
「戻ってきた!」
冒険者たちがこちらを見る。
その中から。
グラントが歩いてくる。
「三人とも無事か」
「はい」
「怪我は?」
「ありません」
グラントは三人を順番に確認する。
そして。
「何がいた?」
「《ネクロロード》です」
シオンが答える。
周囲が静かになる。
「高位アンデッドで、こいつが軍勢を統率していました。倒れたアンデッドを復活させていたのも、たぶんこいつです」
「倒したのか?」
「三人で」
グラントが黙る。
後方を見る。
動かなくなった無数のアンデッド。
それだけで。
証明は十分だった。
「……よくやった」
グラントが言う。
「ありがとうございます」
「だが」
「はい?」
「勝手に突っ込むなと言った直後に、敵陣のど真ん中まで行ったな」
「いや、あれは許可を――」
「許可したのは俺だ」
「ですよね!」
「だから今回は怒れん」
「よかった……」
「ただし」
グラントの目が鋭くなる。
「死んで帰ってきたら怒っていた」
「死んでたら怒られても聞けませんよ」
「シオン」
リュナが呆れる。
グラントは一瞬黙り。
「……それもそうだな」
笑った。
周囲の冒険者たちからも笑いが漏れる。
緊張が。
ようやく。
解けていく。
「シオンさん!」
セリスも走ってくる。
「リュナさん! ロッテさん!」
「ただいま」
「本当に……!」
セリスは三人を見回す。
「無事でよかったです」
「はい!」
ロッテが元気に答える。
「それで」
シオンは表情を戻した。
「ギルド長。ちょっと気になるものがあります」
「何だ?」
「ネクロロードの魔核です」
シオンは声を落とす。
「《鑑定》したら、外部から強い魔力干渉を受けた痕跡があると出ました」
グラントの表情が変わった。
「……何?」
「誰がやったのかまではわかりません」
「魔核は?」
「持って帰ってます」
「あとで見せろ」
「はい」
グラントは倒れたアンデッドの軍勢を見る。
「つまり」
低い声。
「これで全部終わったとは限らん、か」
シオンも同じ方向を見る。
「わかりません」
ただ。
ネクロロードは倒した。
リーベルも守った。
それは間違いない。
だが。
なぜ。
突然、千を超えるアンデッドが現れたのか。
なぜ。
ネクロロードの魔核に外部からの干渉があったのか。
答えは。
まだない。
「とりあえず」
グラントが大剣を収める。
「今日は勝った」
そして声を張った。
「リーベル防衛戦――終了!」
一瞬。
静寂。
次の瞬間。
「うおおおおおおおおおっ!」
大歓声が上がった。
シオン。
リュナ。
ロッテ。
三人は顔を見合わせる。
「帰ったらご飯にしよう」
「それが最初?」
「お腹空いたもの」
「私もです!」
「俺も」
三人が笑う。
初めての大規模戦。
千を超える死者の軍勢。
その戦いは。
リーベルを守り切るという形で、幕を閉じた。
ただ一つ。
ネクロロードに残されていた不可解な痕跡だけを。
新たな謎として残して。




