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第33話 死者の軍勢を越えて

「《影跳び》」


 シオンの姿が消えた。


 一瞬後。


 十数メートル先、アンデッドの群れの中にできた影から姿を現す。


「シオン!」


「道を作る!」


 シオンは振り返りながらロッドを構えた。


 自分だけなら《影跳び》を繰り返して奥へ進める。


 だが、リュナとロッテを置いていくつもりはない。


 グラントから受けた命令も三人での偵察と、可能なら原因の討伐だ。


「《ウインドストーム》!」


 無詠唱でも使える。


 それでも今回は周囲へ自分の攻撃を知らせるため、あえて声を出した。


 前方に風が渦巻く。


 無数の風の刃がスケルトンやゾンビへ襲いかかった。


 骨が砕ける。


 腐肉が裂ける。


 十体以上のアンデッドが一気に崩れた。


「今だ!」


「行くわよ!」


「はい!」


 リュナとロッテが走る。


 シオンも二人と合流する。


 三人は防衛線から離れ、アンデッドの軍勢へと踏み込んだ。


「右から来る!」


「任せてください!」


 ロッテが前へ出る。


 ミスリルの盾へ三体のスケルトンが殺到した。


「《不動》!」


 ガンッ!


 剣。


 槍。


 斧。


 三つの武器が盾へぶつかる。


 ロッテはびくともしない。


「えいっ!」


 盾を振る。


 三体まとめて吹き飛んだ。


「相変わらずすごいな」


「ミスリルの盾、最高です!」


「たぶん盾だけの問題じゃないわよ」


 リュナがロッテの横を駆け抜ける。


 《蒼銀華》が一閃。


 起き上がろうとしたスケルトンの頭蓋が胴体から離れる。


 さらに前へ。


「シオン、左!」


「見えてる!」


 グールが二体。


 シオンはロッドを向ける。


 《ファイアボール》。


 続けて《ウインドカッター》。


 《連続魔法》によって、ほとんど間を置かず二つの魔法が放たれる。


 一体を炎が吹き飛ばし、もう一体を風の刃が切り裂いた。


「進むぞ!」


 三人は止まらない。


 目的はアンデッドを一体ずつ倒すことではない。


 後方へ進むこと。


 死者の軍勢を操っている存在を探し出すことだ。


 だが。


「多い!」


 ロッテが叫ぶ。


 前から。


 右から。


 左から。


 アンデッドが集まってくる。


 防衛線へ向かっていたはずの個体まで、三人へ向きを変えていた。


「俺たちが奥へ進んでることに気づかれた?」


「かもしれない!」


 リュナが答える。


 その直後。


 ゴォォォン――。


 あの音。


 三人の周囲にいたアンデッドが一斉に顔を向けた。


「……完全に狙われたな」


「どうする?」


「突破する!」


 シオンは前方を見る。


 数十体。


 密集している。


 このまま突っ込めば、ロッテでも足を止められる。


 なら。


「二人とも、俺より前に出るな!」


「わかった!」


「はい!」


 ロッドを掲げる。


 光の魔力を集める。


 空中に。


 一つ。


 二つ。


 十。


 五十。


 光の剣が形成されていく。


 リュナがちらりとシオンを見る。


「今度も言うの?」


「もちろん」


「《無詠唱》は?」


「使えることと、叫ばないことは別問題だ!」


「意味がわからないわ」


「シオンさん、来ます!」


「わかってる!」


 ロッドを振り下ろす。


「《ソードジャッジメント》!」


 無数の光剣が降り注いだ。


 狙ったのは三人の進行方向。


 光の剣がスケルトンを貫く。


 ゾンビを貫く。


 グールを地面へ縫い止める。


 次々とアンデッドが崩れていく。


 光が消えたあと。


 死者の群れの中に。


 一本の道ができていた。


「今!」


 三人が走る。


「すごいです!」


「まだ来る!」


 左右からアンデッドが殺到する。


 ロッテが右。


 リュナが左。


 シオンが中央。


 三人は走りながら迎撃する。


 ロッテの戦鎚がスケルトンを粉砕する。


 リュナの《蒼銀華》がゾンビを斬り伏せる。


 シオンの魔法が前方を開く。


「《アイスランス》!」


 氷の槍。


「《サンダーボルト》!」


 雷。


 声を出したり。


 出さなかったり。


 もう統一されていない。


「シオン!」


「なんだ!」


「今の二つは叫ぶ必要あった?」


「気分だ!」


「余裕あるじゃない!」


「喋れるくらいにはな!」


 実際。


 一体一体は弱い。


 数は多い。


 だが今の三人なら、足を止めなければ突破できる。


 問題は。


「シオンさん、MPは?」


 ロッテが聞く。


「まだ大丈夫!」


 だが、減っている。


 《ソードジャッジメント》を二度。


 さらに通常魔法。


 《影跳び》。


 《影潜り》。


 この先に何がいるかわからない以上、使い切るわけにはいかない。


「ここから範囲魔法は抑える!」


「わかった!」


「私たちが前を開きます!」


 ロッテが盾を構える。


「行きます!」


 走る。


 スケルトンが立ち塞がる。


 ロッテは止まらない。


「ええいっ!」


 ドンッ!


 盾ごと体当たりした。


 三体のスケルトンがまとめて弾き飛ばされる。


「……ロッテ」


「はい?」


「それ、もう盾というより武器じゃない?」


「盾です!」


 リュナの問いに即答する。


 さらにゾンビが迫る。


 リュナが前へ。


「《瞬影乱舞》!」


 銀色の斬撃。


 リュナの身体がアンデッドの間を駆け抜ける。


 一体。


 二体。


 三体。


 五体。


 次々と斬撃が刻まれる。


 リュナが反対側へ抜けた直後。


 まとめて崩れ落ちた。


「道できた!」


「進むぞ!」


 三人はさらに奥へ。


 防衛線が遠ざかる。


 後ろを振り返れば、冒険者たちが戦っているのが見える。


 だが。


「……変だな」


 シオンが呟く。


「何が?」


「アンデッドの密度が下がってる」


 リュナも周囲を見る。


「確かに」


 先ほどまでは隙間もないほどいた。


 それが。


 奥へ進むほど。


 少なくなっている。


「普通、逆じゃないですか?」


「だよな」


 軍勢の後方。


 そこに指揮する存在がいるなら。


 護衛がいてもおかしくない。


 なのに。


 開けている。


「誘われてる?」


 リュナが呟く。


「……かもしれない」


 シオンは警戒を強める。


「でも正解はこっちなんですよね?」


「ああ」


 ロッテの問いに答える。


「だったら行きましょう」


「怖くないのか?」


「怖いですよ」


 ロッテは当然のように答えた。


「でも、三人ですから」


「……そうだな」


 シオンが笑う。


「行こう」


 さらに進む。


 すると。


 ゴォォォン――。


 鐘の音。


 先ほどより。


「近い」


 リュナが呟いた。


「ああ」


 間違いなく近づいている。


 さらに。


 ゴォォォン――。


「こっち」


 リュナの耳が動く。


「わかるのか?」


「音ならね」


 リュナが進行方向を少し変える。


 三人は彼女についていく。


 アンデッドを倒しながら進む。


 やがて。


「……あれ」


 ロッテが立ち止まった。


「なんですか?」


 前方。


 死者の群れが途切れている。


 不自然な空間。


 円形に近い。


 そこだけアンデッドが入ろうとしていない。


「広場?」


「いや」


 シオンが目を凝らす。


 自然にできた空間ではない。


 アンデッドたちが意図的に避けている。


 その中央。


「……いる」


 一体のアンデッド。


 黒いローブ。


 痩せ細った身体。


 いや。


 肉などほとんど残っていない。


 ローブの袖から伸びているのは骨の腕だった。


 右手には長い杖。


 杖の先端には、黒紫色の魔石。


 そして。


 その周囲に。


 四体。


「デスナイト」


 黒い鎧の騎士たちが立っている。


 四体とも。


 先ほど倒したものと同じ。


「護衛ね」


「ああ」


 シオンがロッドを構える。


 中央のアンデッドは動かない。


 ただ。


 こちらを見ている。


 眼窩の奥に。


 紫色の光が灯っていた。


「《鑑定》」


 シオンは小さく呟く。


 表示が現れる。


【ネクロロード】


【高位アンデッド】


【死霊魔法を操り、多数のアンデッドを支配・統率する】


【支配下のアンデッドへ魔力を送り、再活動させることが可能】


「……見つけた」


「何?」


「ネクロロード」


 シオンは鑑定結果を伝える。


「こいつが多数のアンデッドを統率してる。それに、倒れたアンデッドを再び動かしてるのもこいつだ」


「じゃあ」


 ロッテが盾を握り直す。


「この人を倒せば」


「少なくとも、何度も起き上がることはなくなるはずだ」


 そのとき。


『人……』


 声が聞こえた。


 三人が身構える。


『人……人……』


 ネクロロード。


 口はほとんど動いていない。


 それでも。


 声が聞こえる。


『生きた……者……』


「喋れるの?」


 リュナが《蒼銀華》を構える。


『三……人……』


 紫色の光が。


 シオン。


 リュナ。


 ロッテ。


 順番に向く。


『我が……軍勢を……越えたか……』


「軍勢」


 シオンの目が細くなる。


「やっぱり、お前が動かしてたんだな」


『我が……兵……』


 ネクロロードが杖を上げる。


 ゴォォォン――。


 鐘のような音。


 だが。


「鐘じゃない」


 シオンが気づく。


 音は。


 杖から出ていた。


 黒紫色の魔石が震えている。


 その音に合わせて。


 周囲のデスナイトが剣を抜いた。


「来る!」


 ロッテが前へ。


 四体。


 デスナイトが一斉に動く。


「《挑発》!」


 ロッテがスキルを使う。


 二体が反応した。


 だが。


「二体だけ!?」


「全部は無理です!」


 《挑発》は絶対ではない。


 残る二体は。


 シオンとリュナへ向かう。


「一体もらう!」


 リュナが走る。


「なら俺も!」


 シオンがロッドを構える。


 デスナイトの大剣が振り下ろされる。


「《影跳び》!」


 消える。


 背後へ。


 即座にロッドを向ける。


 《ホーリージャベリン》。


 光の槍がデスナイトの背中へ直撃する。


「グォォォ!」


「一発じゃ無理か!」


 わかっていた。


 先ほども二発必要だった。


 だが。


 今回は。


「時間をかけられない!」


 ネクロロードがいる。


 デスナイトだけを相手にしている間に何をされるかわからない。


「リュナ!」


「わかってる!」


 リュナも同じ判断だった。


 《蒼銀華》でデスナイトの剣を受け流す。


 踏み込む。


「《影縫い》!」


 足を止める。


「《瞬影乱舞》!」


 銀色の斬撃。


 一気に鎧を切り裂く。


 リュナが駆け抜けた瞬間。


「シオン!」


「任せろ!」


 《ホーリージャベリン》。


 光の槍が飛ぶ。


 リュナが切り裂いた鎧の隙間へ。


 直撃。


 デスナイトが崩れる。


「一体!」


「そっちも!」


「はい!」


 ロッテ。


 二体のデスナイトを相手にしている。


 大剣が左右から振るわれる。


「《不動》!」


 ミスリルの盾。


 一撃。


 受ける。


 二撃目。


 受ける。


「くっ!」


 さすがに普通のアンデッドとは違う。


 だが。


 ロッテの足は動かない。


「二体でも!」


 戦鎚を振る。


「止められます!」


 ガンッ!


 一体の盾を弾く。


「シオンさん!」


「今行く!」


 シオンが影を見る。


 《影跳び》。


 ロッテの横へ。


「一体任せろ!」


「はい!」


 デスナイトが振り向く。


 だが遅い。


 《サンダーボルト》。


 雷が直撃。


 続けて。


 《ホーリージャベリン》。


 光が鎧を貫く。


 崩れる。


「二体目!」


 残り二体。


 リュナが一体。


 ロッテが一体。


 三人なら。


 問題ない。


 そう思った瞬間。


『死よ……』


 声。


「シオン!」


 ネクロロードの杖がこちらを向いていた。


 黒い魔力が集まる。


「まずい!」


 シオンは即座に動く。


「《プロテクトウォール》!」


 三人の前へ魔力障壁を展開。


 直後。


 黒紫色の魔力弾が激突した。


 ドンッ!


「うわっ!」


 障壁が揺れる。


 砕けない。


 だが。


「重い……!」


 普通の魔物の攻撃とは違う。


 シオンが初めて感じる。


 明確な。


 魔法同士のぶつかり合い。


『ほう……』


 ネクロロードの声。


『防ぐ……か……』


「当たり前だ!」


 シオンがロッドを向ける。


 だが。


「シオン、待って!」


 リュナの声。


 デスナイト。


 まだ二体いる。


 そして。


 ネクロロードが杖を地面へ突いた。


 ゴォォォン――。


 音。


 その瞬間。


「……嘘」


 ロッテが呟く。


 先ほど倒した二体のデスナイト。


 その鎧が。


 動いた。


「まさか」


 シオンが見る。


 黒い鎧の隙間から紫色の光。


 崩れた身体が。


 再び。


 立ち上がろうとしている。


「デスナイトまで復活させるのかよ!」


『我が……兵は……』


 ネクロロードが杖を掲げる。


『滅びぬ……』


「……なるほど」


 シオンは状況を理解した。


 デスナイトを倒す。


 ネクロロードが蘇らせる。


 また倒す。


 また蘇る。


 これでは。


「先に本体ね」


 リュナが言う。


「ああ」


 ロッテも頷く。


「私がデスナイトを止めます!」


「四体だぞ?」


「倒さなくていいんですよね?」


 ロッテが笑う。


「止めるだけなら」


 ミスリルの盾を構える。


「やります!」


「……頼んだ!」


 シオンとリュナが同時に動く。


「《挑発》!」


 ロッテの声。


 デスナイトたちの意識が揺れる。


 三体。


 三体がロッテへ向いた。


「三体……!」


「十分です!」


 残る一体。


 リュナが走る。


「私が引き受ける!」


「じゃあ俺が!」


 シオンの視線。


 ネクロロード。


 影。


 そのすぐ横。


 デスナイトが作る濃い影。


「《影跳び》!」


 一瞬。


 シオンが消える。


 ネクロロードの横へ。


『――!』


「近づけば!」


 ロッドを向ける。


「復活させる暇もないだろ!」


 光が集まる。


 単体。


 高威力。


 アンデッドに有効。


 今使うために覚えたような魔法。


 本来。


 声に出す必要はない。


 だが。


 シオンは笑った。


「《ホーリージャベリン》!」


 光の槍が。


 至近距離から。


 ネクロロードの胸を貫いた。


『グ……オオオオオオッ!』


 初めて。


 ネクロロードが大きく叫んだ。


 光が黒いローブの内側から溢れる。


「効いてる!」


 シオンは確信する。


 やはり。


 光属性は。


 こいつの弱点だ。


 だが。


『人……!』


 紫色の光が強くなる。


『生者……ごときが……!』


「ごときで悪かったな!」


 ネクロロードが杖を振る。


 シオンは影を見る。


 逃げようとする。


 だが。


 その瞬間。


 足元から。


 骨の手が伸びた。


「なっ!?」


 地面を突き破り。


 何本もの骨の腕が。


 シオンの足へ絡みついた。


「シオン!」


 リュナの叫び。


『捕らえた……』


 ネクロロードの杖。


 黒紫色の魔力が。


 急速に集まっていく。


 シオンは足を動かそうとする。


 動かない。


 《影跳び》。


 使おうとする。


 だが。


「影が――」


 骨の腕と黒い魔力が足元を覆っている。


 狙える影を確認する一瞬がない。


 目の前。


 ネクロロードの杖に。


 先ほど《プロテクトウォール》で受けたものより。


 明らかに大きな魔力が集まっていく。


『死ね……』


「シオン!」


 リュナが走ろうとする。


 だがデスナイトが立ち塞がる。


「邪魔!」


 《蒼銀華》を振る。


 ロッテも三体を押さえている。


「シオンさん!」


「大丈夫!」


 シオンは叫んだ。


 逃げられない。


 なら。


 受ける?


 違う。


 シオンはロッドを握り直した。


「攻撃される前に――」


 光。


 再び。


 ロッドの先へ集める。


「倒せばいい!」


 ネクロロードの杖に黒紫色の光。


 シオンのロッドに白い光。


 互いの魔力が。


 真正面から。


 ぶつかろうとしていた。

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