第32話 死者を率いる者
ゴォォォン――。
低い音が、もう一度戦場を震わせた。
どこから鳴っているのかはわからない。
ただ。
その音が響くたび、アンデッドたちの動きが変わる。
「来るぞ!」
冒険者の叫び。
立ち上がったスケルトンが、再び防衛線へ向かってくる。
先ほどシオンが《ウインドカッター》で切り裂いた個体も。
リュナが《蒼銀華》で斬った個体も。
完全ではない。
腕がなかったり。
脚を引きずっていたり。
それでも。
動いている。
「面倒だな!」
シオンがロッドを振る。
《ファイアボール》。
炎がスケルトンへ直撃する。
骨が砕け、炎に包まれる。
「これなら!」
燃え尽きれば、さすがに復活できない。
そう思った。
だが。
「シオン、前!」
「わかってる!」
新しいアンデッドが迫ってくる。
倒した敵に構っている暇がない。
「《挑発》!」
ロッテの声。
複数のゾンビとスケルトンが一斉に彼女へ向かう。
ロッテはミスリルの盾を構えた。
「来てください!」
ゾンビが飛びかかる。
盾で受ける。
そのまま。
「えいっ!」
押し返した。
ゾンビが後ろのスケルトンを巻き込みながら吹き飛ぶ。
「ロッテ!」
「はい!」
「今のはちょうどいい!」
「よかったです!」
「昨日の人間より気楽そうね」
「それは言わないでください!」
リュナが影を蹴るように走る。
《蒼銀華》が煌めく。
一体。
二体。
三体。
次々と首が飛ぶ。
さらに背後へ回り込む。
「《瞬影乱舞》!」
リュナの姿が霞む。
銀色の斬撃が連続して走った。
スケルトン。
ゾンビ。
グール。
密集していたアンデッドが次々と斬り裂かれる。
一瞬後。
リュナは群れの反対側へ抜けていた。
バラバラとアンデッドが崩れ落ちる。
「戻って!」
「わかってる!」
わずかな隙。
そこへ別のグールが飛びかかろうとする。
だが。
光が走った。
《ホーリージャベリン》。
シオンの放った光の槍がグールを貫く。
「ありがと!」
「どういたしまして!」
リュナがすぐにロッテの横へ戻る。
連携に問題はない。
敵も強くない。
それなのに。
「……減らない」
シオンは歯を食いしばった。
倒している。
間違いなく倒している。
周囲の冒険者たちも戦っている。
最初の接触から、かなりの数を撃破したはずだ。
だが後続が来る。
そのうえ、一度倒した個体まで再び起き上がる。
このままでは。
「消耗戦になる」
「それが狙いかもしれないわね」
リュナが答える。
「狙い?」
「だって変でしょ」
リュナは戦いながら前方を見る。
「ただ街に向かって歩いてくるだけなら、あんな音に合わせて動く必要ないもの」
「……確かに」
ゴォォォン――。
また。
鐘のような音。
その直後だった。
「右側! 押されてるぞ!」
声が飛ぶ。
シオンが見る。
防衛線の右側。
そこだけアンデッドの密度が急激に増している。
「集まってる?」
「意図的に?」
リュナが目を細める。
偶然ではない。
ばらばらに進んでいたアンデッドが、右側へ集まり始めている。
「増援を右へ回せ!」
グラントの声が響く。
「中央は位置を維持! 釣られて動くな!」
すぐに対応している。
だが。
「ギルド長!」
別の冒険者が叫ぶ。
「左にも来ます!」
「何?」
今度は左。
グールの集団が防衛線の端へ向かって走っている。
「……挟むつもり?」
ロッテが呟く。
シオンも同じことを考えた。
正面へ押し寄せるだけではない。
防衛線を広げようとしている。
戦力を分散させようとしている。
「こいつら……」
シオンが呟く。
「考えてる?」
「こいつら自身じゃないと思う」
リュナが答えた。
「誰かが動かしてる」
その可能性が高い。
そして。
「シオンさん!」
ロッテが叫ぶ。
前方。
アンデッドの群れの中。
何かが見えた。
「……でかい」
スケルトンより明らかに大きい。
ゾンビでもない。
全身を黒い鎧で覆っている。
身長は二メートルを超えているだろう。
片手には巨大な剣。
もう片方には黒い盾。
頭部も兜で覆われている。
その隙間から。
青白い光が二つ。
目のように輝いていた。
「なんだ、あれ」
シオンがロッドを向ける。
《鑑定》。
【デスナイト】
「デスナイト」
「強そうな名前ね」
「ああ」
だが。
鑑定結果はそれだけではなかった。
【デスナイト】
【上位アンデッド】
【周囲の下位アンデッドを統率する】
「……統率」
「やっぱり?」
リュナが尋ねる。
「ああ。周りのアンデッドを統率するらしい」
「じゃあ、あれを倒せば」
「少なくとも、この辺りの動きは変わるかもしれない」
デスナイトが剣を上げる。
その瞬間。
周囲のアンデッドが一斉に動いた。
「来る!」
スケルトン。
ゾンビ。
グール。
十体。
二十体。
さらに後ろから続く。
まるでデスナイトを守る壁のように。
「わかりやすいな」
シオンが笑う。
「自分が重要だって教えてくれてる」
「どうする?」
「倒す」
「ですよね!」
ロッテが盾を構える。
「でも、あそこまで行くの大変ですよ!」
「普通に行けばな」
シオンは周囲を見る。
アンデッドの影。
冒険者の影。
そして。
デスナイトの近くにも。
いくつもの影がある。
「シオン?」
リュナが嫌な予感でもしたような顔をする。
「何する気?」
「ちょっと近くまで行ってくる」
「一人で?」
「すぐ戻る」
「待ちなさい」
「《影跳び》」
「シオン!」
一瞬。
シオンの姿が消えた。
次の瞬間。
デスナイトから十数メートルほど離れた場所。
倒れたゾンビが作る影から姿を現す。
「近っ!」
自分で移動しておきながら声が出た。
デスナイトが即座に反応する。
青白い目がシオンへ向く。
「おっと」
周囲のスケルトンも振り向いた。
「やっぱり来るよな!」
五体。
シオンへ殺到する。
だが。
遅い。
《連続魔法》。
《ウインドカッター》。
《ファイアボール》。
《アイスランス》。
無詠唱の魔法が連続して放たれる。
三体が倒れる。
残り二体。
「《影潜り》」
シオンの姿が影へ沈む。
スケルトンの剣が空を切る。
そのまま影の中を移動する。
「……やっぱり便利だな、これ」
影の中からロッドを向ける。
《エナジーボール》。
魔力弾が飛び出し、残った二体を吹き飛ばす。
デスナイトが動いた。
速い。
「おっ」
巨大な剣が振り下ろされる。
シオンは影から飛び出した。
そのまま横へ。
《影跳び》。
デスナイトの背後へ移動する。
「もらった!」
ロッドを向ける。
《ホーリージャベリン》。
光の槍が放たれる。
ドンッ!
デスナイトの背中へ直撃した。
「グォォォォ!」
初めて声を上げる。
黒い鎧が砕けた。
「効いてる!」
だが。
倒れない。
振り返る。
「さすが上位種か」
普通のアンデッドとは明らかに違う。
それでも。
シオンは焦らない。
一対一なら。
戦える。
十分に。
デスナイトが剣を振る。
シオンが《影跳び》で避ける。
別の影へ。
さらに。
別の影へ。
デスナイトが追いつけない。
「シオン!」
遠くから声。
リュナだ。
「一人で楽しんでないで!」
「楽しんでない!」
「顔!」
「え?」
「楽しそう!」
「……ちょっとだけ!」
「もう!」
そのとき。
リュナが動いた。
「ロッテ!」
「はい!」
ロッテが前へ出る。
「《挑発》!」
シオンへ向かおうとしていたアンデッドの一部がロッテへ引き寄せられる。
「《不動》!」
盾を構える。
アンデッドの群れが激突する。
それでもロッテは動かない。
「今です!」
「行く!」
リュナが走る。
アンデッドの間を抜ける。
影から影へ。
《影歩》。
シオンの《影跳び》とは違う。
だが。
速い。
「リュナ!」
「一人で行かない!」
《蒼銀華》が煌めく。
デスナイトが盾を向ける。
ガキィン!
受け止められた。
「硬い!」
「なら!」
シオンがロッドを向ける。
《サンダーボルト》。
雷が落ちる。
デスナイトの身体が揺れる。
「今!」
「《影縫い》!」
リュナの《蒼銀華》がデスナイトの影へ突き刺さる。
動きが止まった。
ほんの短い時間。
上位種。
長くは持たない。
だが。
「十分!」
リュナが《蒼銀華》を抜く。
一歩。
踏み込む。
「《瞬影乱舞》!」
銀色の軌跡が走った。
一撃。
二撃。
三撃。
さらに。
デスナイトの鎧へ無数の斬撃が刻まれる。
「グォォォォォ!」
黒い鎧が裂ける。
デスナイトが剣を振ろうとする。
だが。
リュナはすでに抜けている。
「シオン!」
「ああ!」
ロッドを向ける。
今度は。
叫ばない。
《ホーリージャベリン》。
光が一点へ集まる。
狙うのは。
《瞬影乱舞》によって裂かれた胸部。
光の槍が飛ぶ。
貫いた。
「――!」
デスナイトの身体が大きく反る。
胸から光が溢れる。
そして。
黒い鎧が崩れ落ちた。
「倒した!」
シオンが叫ぶ。
「まだ!」
リュナの声。
周囲を見る。
アンデッドがいる。
当然だ。
デスナイトを倒しただけ。
まだ数十体。
いや。
その向こうには数百体がいる。
「戻るぞ!」
「ええ!」
シオンとリュナが防衛線へ戻ろうとした。
そのときだった。
カラカラ――。
音がする。
シオンが振り向く。
「……ん?」
先ほどまで立ち上がっていたスケルトン。
それが。
崩れた。
一体。
さらに一体。
倒れていたゾンビ。
先ほど復活したはずの個体。
それも動きを止める。
「リュナ」
「見えてる」
二人が周囲を見る。
新しく押し寄せてくるアンデッドは止まっていない。
だが。
一度倒された個体。
再び動き始めていたアンデッドだけが。
次々と崩れていく。
「……デスナイト?」
シオンが呟く。
「あいつが蘇らせてた?」
「少なくとも、この辺りはそうみたいね」
その証拠に。
少し離れた場所では、まだ倒れたアンデッドが起き上がっている。
「一体じゃない」
「ええ」
リュナが前方を見る。
そして。
「あそこ」
「……いた」
かなり離れた場所。
アンデッドの群れの中に。
黒い鎧。
もう一体。
さらに。
「右にもいます!」
防衛線まで戻ったロッテが叫ぶ。
シオンが見る。
「……三体」
見える範囲だけで。
三体。
いや。
もっといる可能性がある。
「部隊長みたいなものか」
「たぶんね」
シオンは考える。
デスナイトが周囲のアンデッドを統率する。
そして。
倒れたアンデッドを再び動かしている。
なら。
「デスナイトを先に倒せばいい」
「でも全部じゃない」
リュナが言う。
「あの鐘」
「……そうだな」
ゴォォォン――。
また響いた。
デスナイトを一体倒した。
それでも。
鐘は鳴っている。
そして。
残るアンデッドたちは、乱れることなく進み続けている。
「デスナイトより上がいる」
シオンは確信した。
こいつらは部隊を率いているだけだ。
さらにその上。
すべてを動かしている何かがいる。
「シオン! リュナ!」
グラントの声が飛んできた。
「戻れ!」
「はい!」
二人は防衛線へ戻る。
グラントが近づいてきた。
「今倒した黒い奴は何だ?」
「《デスナイト》です。《鑑定》では、周囲の下位アンデッドを統率する上位種と出ました」
「統率……」
「それと、あいつを倒した直後、この周辺で復活していたアンデッドが止まりました」
グラントの目が鋭くなる。
「確かか?」
「はい」
「私も見たわ」
リュナが答える。
「ただ、離れた場所ではまだ起き上がってる」
「つまり……」
グラントが戦場を見る。
黒い鎧。
見える範囲にも複数いる。
「奴らが各部隊を動かしている可能性が高いか」
「俺もそう思います」
グラントはすぐに判断した。
「伝令!」
「はい!」
「全戦線へ伝えろ! 黒い鎧の上位種を優先して探せ! 発見しても低ランクは手を出すな! Cランク以上を向かわせろ!」
「了解!」
伝令が走る。
「それと」
グラントがシオンを見る。
「お前」
「はい?」
「勝手に敵陣へ飛び込むな」
「……はい」
「結果は出した。だから今回はそれ以上言わん」
「はい」
「だが、次は指示を聞け」
「はい」
「三回言ったな」
「すみません」
リュナが横で笑っている。
「何だ?」
「いえ。私も同じことを言ったので」
「だろうな」
「ギルド長まで!」
グラントはわずかに口元を緩めた。
だが。
すぐに前を見る。
「問題は……」
ゴォォォン――。
鐘が鳴る。
「この音だ」
誰も答えない。
「デスナイトを一体倒しても止まらん」
「はい」
「なら、さらに上がいる」
グラントも同じ結論に達していた。
シオンは遠くを見る。
アンデッドの群れ。
その先。
見えない後方。
「どこにいるんだ……」
その瞬間。
シオンの視界に。
突然。
文字が浮かんだ。
【防衛線を維持する】
【デスナイトを討伐する】
【アンデッドの群れを突破し、後方へ向かう――正解】
「……え?」
シオンの動きが止まった。
「シオン?」
リュナが気づく。
シオンは答えなかった。
目の前に浮かぶ選択肢。
久しぶりだった。
《正解選択》。
そして。
示された答えは。
今いる場所を守ることでも。
デスナイトを倒し続けることでもない。
敵の後方へ向かうこと。
「……やっぱりいるんだ」
「何が?」
リュナが小声で尋ねる。
シオンは周囲を確認する。
グラントは近くにいる。
他の冒険者もいる。
《正解選択》のことを口にするわけにはいかない。
「リュナ、ロッテ」
二人だけに聞こえる声で呼ぶ。
「正解が出た」
リュナの表情が変わった。
ロッテもすぐに意味を理解する。
「どこですか?」
「後ろだ」
シオンはアンデッドの群れを見る。
「あの群れを突破して、後方へ向かえって出てる」
「……あそこを?」
ロッテが目を丸くする。
「そうみたいだ」
リュナは少し考えた。
「なら、行く?」
「いや」
シオンは首を振った。
勝手に行けば。
今度こそ本気でグラントに怒られる。
それだけではない。
これは三人だけの戦いではない。
街全体の防衛戦だ。
「許可を取る」
シオンはグラントを見る。
「ギルド長」
「何だ?」
「お願いがあります」
「手短に言え」
シオンは一瞬だけ考える。
《正解選択》は言えない。
なら。
「敵の後方を確認しに行かせてください」
グラントの眉が動いた。
「理由は?」
「デスナイトは部隊長みたいなものだと思います」
「それは俺も同意する」
「でも、あいつを倒しても鐘は止まらなかった」
「ああ」
「なら、さらに上がいます」
「推測だな」
「はい」
グラントはシオンを真っ直ぐ見る。
「その推測だけで、千を超えるかもしれんアンデッドの群れを突破するつもりか?」
「……」
シオンは答えられない。
本当の根拠はある。
《正解選択》。
だが。
それを話すわけにはいかない。
「危険すぎる」
グラントが言う。
「お前たちが強いことは今のでわかった。だが強いことと死なないことは別だ」
「わかってます」
「なら――」
「ギルド長!」
声が割り込んだ。
セリスだった。
北門側からこちらへ走ってくる。
「何だ?」
「少しだけ、その三人の話を聞いてください」
「セリス?」
「お願いします」
グラントが黙る。
セリスは息を整える。
「私は、この三人の冒険者登録から現在までを見ています」
シオンたちを見る。
「シオンさんたちは、無謀に見えることはあります」
「ありますね」
「シオンさんは黙っていてください」
「はい」
「ですが」
セリスは続ける。
「探索では何度も、普通なら見落とす道や危険を見つけています。迷宮でも成果を出し続けています」
グラントがシオンを見る。
「偶然じゃないと?」
「少なくとも私は、そう思っています」
「……」
少しの沈黙。
その間にも。
ゴォォォン――。
鐘が響く。
グラントはアンデッドの群れを見た。
そして。
シオン。
リュナ。
ロッテ。
三人を見る。
「一つ聞く」
「はい」
「行けば、原因を見つけられると思うのか?」
シオンは答える。
「はい」
迷いはなかった。
正解が出ている。
なら。
そこには何かがある。
「……わかった」
「ギルド長!」
「許可する」
シオンの目が大きくなる。
「ただし条件がある」
「はい」
「原因を確認することを最優先にしろ。倒せると判断したなら戦っていい」
グラントの声が低くなる。
「だが無理だと思ったら、必ず戻れ」
「わかりました」
「三人ともだ」
リュナとロッテを見る。
「一人でも欠けるくらいなら、何もせず戻ってこい」
「はい」
「わかりました!」
「それと」
グラントがシオンを見る。
「今度は勝手に行ったわけじゃない。俺が命令する」
「命令?」
「ああ」
グラントが大剣を肩へ担ぐ。
「Cランクパーティ、シオン、リュナ、ロッテ」
三人の表情が引き締まる。
「敵集団後方へ進出。アンデッドを統率している存在を探し出せ」
「はい!」
「了解」
「任せてください!」
「見つけたら、可能なら討伐」
グラントが続ける。
「不可能なら情報を持って帰れ」
「わかりました」
「死ぬなよ」
シオンは笑う。
「もちろんです」
三人は前を見る。
千を超える死者の群れ。
その向こう。
何かがいる。
そして。
《正解選択》は。
そこへ行けと告げている。
「行こう」
シオンがロッドを握る。
リュナが《蒼銀華》を構える。
ロッテが盾を前へ出す。
「三人で」
「ああ」
「はい!」
シオンは迫るアンデッドの影を見た。
最初の目的地を決める。
「《影跳び》」
三人の戦いは。
防衛線から。
死者の軍勢、その中心へと移ろうとしていた。




