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第31話 光の剣

 北門の外に築かれた防衛線。


 そこに並ぶ冒険者たちの前へ、アンデッドの群れが迫っていた。


 まだ距離はある。


 それでも、その数の多さは十分にわかった。


「……近くで見ると余計に多いな」


 シオンはミスリル製のロッドを握りながら呟いた。


 視界の端から端まで。


 スケルトン。


 ゾンビ。


 その間を、四つん這いになったグールが駆けている。


 一体一体なら、今のシオンたちにとって脅威ではない。


 おそらくスケルトンやゾンビなら、何体来ようと簡単に倒せる。


 問題は――数だ。


「シオン」


「ああ」


 隣に立つリュナの声がいつもより低い。


 ロッテもミスリルの盾を構えながら、前方を見つめている。


「ロッテ、大丈夫か?」


「大丈夫です!」


 答えは即座に返ってきた。


「これだけいれば、盾で飛ばしても怒られませんよね?」


「むしろ飛ばしてくれ」


「任せてください!」


「昨日のこと、ちょっと気に入ってるでしょ」


「気に入ってません!」


 リュナの指摘にロッテが慌てる。


 シオンは思わず笑った。


 少しだけ緊張が抜けた。


 だが周囲はそうではない。


「……来るぞ」


「弓を構えろ!」


「まだ撃つな!」


「魔法職は指示を待て!」


 あちこちから声が飛ぶ。


 前衛。


 弓兵。


 魔法使い。


 回復役。


 普段は別々のパーティで活動している冒険者たちが、今日は一つの防衛線を作っていた。


 その中央付近にグラントがいる。


 背負っていた大剣はすでに抜かれていた。


「距離三百!」


 斥候の声が響く。


 アンデッドは止まらない。


 走る者。


 歩く者。


 這う者。


 速度はばらばらだ。


 それでも全体として、確実にリーベルへ近づいてくる。


「距離二百!」


 シオンはロッドを握り直した。


 《ソードジャッジメント》。


 まだ一度も使っていない。


 どこまでの範囲を攻撃できるのか。


 どれほどMPを消費するのか。


 実際の威力は。


 わからないことばかりだ。


「いきなり本番か」


「いつものことでしょ?」


「そうか?」


「だいたいそうよ」


 リュナに言われて考える。


「……そうかも」


「今さら気づいたの?」


「シオンさんらしいです!」


「ロッテまで」


 そのとき。


「魔法職、準備!」


 グラントの声が響いた。


 シオンの表情が変わる。


「来た」


 前方を見る。


 距離は十分。


 ただし、まだ冒険者たちとアンデッドは接触していない。


 今なら味方を巻き込む心配も少ない。


「範囲攻撃が使える者は、前方の密集地帯を狙え!」


 複数の魔法使いが杖を掲げた。


 炎。


 風。


 土。


 それぞれの魔力が集まっていく。


 シオンもロッドを持ち上げる。


「シオン」


 リュナが言う。


「味方まで降らせないでよ」


「わかってる」


「初めて使うんですよね?」


「ロッテまで不安にさせること言うなよ」


「だって初めてですよね?」


「初めてだけど!」


 魔法の情報は頭の中にある。


 範囲を指定する。


 そこへ光の剣を降らせる。


 広げれば広げるほどMP消費が増える。


 なら。


「最初は欲張らない」


 アンデッドの先頭。


 特に密集している一帯を狙う。


 数十体。


 いや。


 もっといる。


 そこへ意識を集中する。


 頭上に魔力が集まり始めた。


「……おい」


 近くにいた魔法使いが空を見上げる。


「なんだ、あれ?」


 白い光が生まれる。


 一つではない。


 十。


 二十。


 五十。


 さらに増える。


 光は細長く伸びていく。


 剣。


 無数の光が、剣の形を作っていく。


「すごい……」


 ロッテが呟いた。


 シオン自身も見上げたくなった。


 だが我慢する。


 狙いを外すわけにはいかない。


 そして。


 本来なら。


 声に出す必要はない。


 《無詠唱》。


 今のシオンは、魔法名を口にすることなく発動できる。


 できるのだが。


「……これは言うだろ」


「え?」


 リュナがこちらを見る。


 シオンはロッドを前へ突き出した。


「《ソードジャッジメント》!」


 空を埋めた光の剣が、一斉に落ちた。


 光の雨。


 いや。


 剣の雨だった。


 無数の光剣がアンデッドの群れへ降り注ぐ。


 スケルトンの頭蓋を貫く。


 ゾンビの胸を貫く。


 グールの背を貫く。


 一本が消えれば、別の一本が突き刺さる。


 さらに。


 さらに。


 光が地上を埋め尽くした。


「…………」


 シオンは目を見開く。


 光が消える。


 そこに立っていたはずのアンデッドが。


 ごっそりと消えていた。


 完全に消滅したもの。


 骨だけを残して崩れたもの。


 地面へ倒れたもの。


 先ほどまで黒く埋め尽くされていた一角だけが、不自然なほど開けている。


「……おお」


 思わず声が漏れた。


 予想以上だった。


 周囲も静かになっている。


「なんだ今の……」


「光属性?」


「あいつ一人で何体倒した?」


「Cランクだよな?」


 そんな声が聞こえてくる。


 ロッテが目を輝かせた。


「シオンさん、すごいです!」


「だろ?」


「嬉しそうね」


「そりゃ嬉しいだろ!」


 シオンは思わず答える。


「無数の光の剣だぞ!」


「そこ?」


「そこだよ!」


 リュナが呆れた顔をする。


「それで、なんで魔法名を叫んだの?」


「え?」


「《無詠唱》は?」


「……」


 シオンは少し考えた。


「必殺技は叫んだほうが格好いいだろ!」


「魔法よ」


「同じだ!」


「違うと思う」


「私もちょっと格好いいと思いました!」


「ロッテ!」


「ほら!」


「でも戦ってるときに余裕がないなら叫ばないでくださいね」


「はい」


「素直ね」


 だが。


 シオンはすぐに自分のMPを確認した。


「結構使うな……」


 予想通りだ。


 普段使う攻撃魔法とは消費量が違う。


 今の一撃だけで戦えなくなるほどではない。


 だが、何十回も乱発できるような魔法ではない。


「範囲を広げれば、もっと減るか」


「無理しないで」


「ああ」


 今回は長期戦になる可能性が高い。


 《ヒール》や《キュア》を使うことも考えれば、MPを使い切るわけにはいかない。


「第一射、放て!」


 グラントの号令。


 シオン以外の魔法も一斉に放たれた。


 炎がアンデッドを焼く。


 風が骨を吹き飛ばす。


 岩がゾンビを押し潰す。


「弓隊、撃て!」


 矢が空を埋めた。


 次々とアンデッドが倒れる。


 それでも。


「……減ったように見えないな」


 シオンが呟く。


 後ろから。


 さらに。


 さらに。


 アンデッドが押し寄せてくる。


 シオンの《ソードジャッジメント》で大きく開いた場所も、すぐに後続で埋まり始めた。


「本当に千いるのかも」


「千で済めばいいけどね」


 リュナの言葉にシオンが黙る。


 確かに。


 後方はまだ見えない。


「第二射準備!」


 グラントは冷静だった。


 アンデッドの数を見ても、声に焦りはない。


「魔法職はMPを温存しろ! 最大火力を連発するな! 前衛と接触してからが本番だ!」


「……ですよね」


 シオンは小さく呟いた。


 いきなり新魔法を撃った自分に言われているような気がする。


「シオンのことじゃない?」


「やっぱり?」


「たぶん」


「聞こえてるぞ!」


 離れた場所からグラントの声が飛んできた。


「えっ」


「光魔法の坊主! 威力は十分だ! 次は俺の指示を待て!」


「は、はい!」


 周囲から笑いが漏れた。


「怒られたわね」


「……はい」


 リュナが少し笑う。


 だが、その笑いも長くは続かなかった。


「距離百!」


 アンデッドが近づいてくる。


 弓や魔法を受けながら。


 仲間だったものを踏み越えながら。


 止まらない。


「前衛!」


 グラントが大剣を構える。


「構えろ!」


 盾が並ぶ。


 剣。


 槍。


 斧。


 それぞれの武器が構えられる。


 ロッテも一歩前へ出た。


「私が止めます」


「頼む」


「はい!」


 シオンはロッテの少し後ろ。


 リュナは横。


 いつもの形だ。


 ただし今日は、その左右にも大勢の冒険者がいる。


「来るぞ!」


 最初に飛び込んできたのはグールだった。


 四つん這いのまま地面を蹴り、一気に距離を詰める。


 三体。


 ロッテへ向かってくる。


「《挑発》!」


 三体の意識がロッテへ向いた。


「《不動》!」


 ミスリルの盾を地面へ押し込むように構える。


 ドンッ!


 一体目のグールが盾へ激突した。


「軽いです!」


「それ言うと昨日の人たちがかわいそうだから!」


「今それ言います!?」


 二体目。


 三体目。


 ロッテは動かない。


「リュナ!」


「わかってる!」


 影が走った。


 《蒼銀華》が銀色の軌跡を描く。


 一体。


 二体。


 グールの首が落ちる。


 三体目がロッテの盾を回り込もうとする。


 その足元の影へ、刃が突き刺さった。


「《影縫い》」


 グールの動きが止まる。


 シオンがロッドを向ける。


 声は出さない。


 《ホーリージャベリン》。


 光が集まる。


 一本の槍。


 《ソードジャッジメント》の無数の剣とは違う。


 一点へ凝縮された光。


 それが一直線に放たれた。


 ドンッ!


 光の槍がグールの胸を貫通する。


 そのまま背後にいたスケルトンまで貫き、ようやく消えた。


「おお……」


 シオンが目を輝かせる。


「こっちもいいな!」


「戦闘中!」


「わかってる!」


 次が来る。


 スケルトンが五体。


 ゾンビが三体。


 だが。


 遅い。


 迷宮で戦ってきたホーンゴブリンのほうが、よほど速い。


「《ウインドカッター》」


 無詠唱。


 風の刃が二体のスケルトンをまとめて切り裂く。


 続けて。


 《ファイアボール》。


 《連続魔法》によって、ほとんど間を置かず炎が飛ぶ。


 ゾンビが吹き飛ぶ。


 リュナがその横を抜ける。


 一閃。


 さらに一閃。


 ロッテの戦鎚がスケルトンを粉砕する。


「……弱い」


 リュナが呟いた。


「ああ」


 シオンも同じ感想だった。


 一体一体は弱い。


 明らかに。


 今の三人にとって、普通のスケルトンやゾンビは敵ではない。


 グールでさえ、大きな脅威にはならない。


 だが。


「次、来ます!」


 ロッテが叫ぶ。


 十体。


 倒す。


「右から!」


 十五体。


 倒す。


「前!」


 さらに。


 さらに。


 倒しても。


 倒しても。


 次が来る。


「なるほど……」


 シオンはようやく、この戦いの厄介さを理解した。


 強さではない。


 数だ。


 休む暇を与えない。


 延々と押し寄せてくる。


「前線を下げるな!」


 グラントの声が響く。


「一人で前へ出るな! 横との間隔を維持しろ!」


 冒険者たちは戦い続ける。


 シオンたちの場所だけではない。


 右でも。


 左でも。


 アンデッドと冒険者がぶつかっている。


「負傷者!」


 声が聞こえた。


 シオンが振り向く。


 少し離れた場所で、男が腕を押さえている。


 ゾンビの爪を受けたらしい。


「リュナ!」


「行って!」


「ロッテを頼む!」


「もちろん!」


 シオンは周囲を見る。


 負傷者の近く。


 倒れた荷車の影。


「《影跳び》」


 姿が消える。


 一瞬。


 次の瞬間には、負傷した男のそばにいた。


「うおっ!?」


「動かないで!」


 傷を見る。


 深くはない。


「《ヒール》」


 傷が塞がっていく。


「た、助かった」


「動けます?」


「ああ!」


「なら下がらず――」


「シオン!」


 遠くからリュナの声。


 見る。


 ロッテの前へ、新しい群れが迫っている。


「戻る!」


 再び影を見る。


 ロッテの盾が作る影。


 そこへ。


「《影跳び》」


 一瞬で戻る。


「便利ね、それ!」


「俺もそう思う!」


 戦う。


 倒す。


 治す。


 また戦う。


 シオンは戦場を動き回った。


 影から影へ。


 魔法を放つ。


 必要なら負傷者へ《ヒール》。


 再び前線へ戻る。


「……シオンさん、忙しすぎません?」


「俺も思ってる!」


 それでも。


 防衛線は維持されている。


 むしろ。


 押している。


 アンデッドは多い。


 だが冒険者たちは確実に数を減らしていた。


「いける……」


 誰かが言った。


「このままならいけるぞ!」


「数が多いだけだ!」


「押し返せ!」


 士気が上がる。


 シオンもそう思った。


 時間はかかる。


 だが。


 倒せる。


 千体だろうと。


 少しずつ削れば――。


「……待って」


 リュナが突然言った。


「どうした?」


 リュナの耳が動いている。


 視線は前方ではない。


 少し離れた地面。


「今……動いた」


「何が?」


「あれ」


 リュナが指差す。


 そこにはスケルトンの残骸があった。


 少し前に倒されたものだ。


 頭蓋が割れている。


 腕も一本ない。


 だが。


 カタッ。


 骨が動いた。


「……え?」


 シオンが見る。


 カタ。


 カタカタ。


 散らばっていた骨が集まり始める。


「おい……」


 近くの冒険者も気づいた。


「なんだよ、それ」


 一体だけではない。


 別の場所。


 倒れていたゾンビの指が動く。


 さらに。


 その隣。


 斬り倒されたスケルトンが起き上がろうとしている。


「嘘だろ……」


 戦場のあちこちで。


 倒したはずの死者が。


 再び。


 立ち上がり始めた。


「グラント!」


 誰かが叫ぶ。


 ギルド長も気づいていた。


 その顔から、初めて余裕が消える。


「全員警戒しろ!」


 シオンはロッドを握り直す。


「これ……普通じゃないよな」


「ええ」


 リュナが《蒼銀華》を構える。


 ロッテも盾を上げた。


「誰かが蘇らせてるんでしょうか?」


「わからない」


 シオンは前を見る。


 押し寄せるアンデッド。


 その後方。


 遥か遠くまで続く死者の群れ。


 そして。


 倒しても。


 倒しても。


 再び立ち上がる。


 その光景を見た瞬間。


 シオンの中に、一つの疑問が浮かんだ。


 これだけのアンデッドが。


 本当に。


 偶然、同じ街へ向かっているのか?


「……何かいる」


「シオン?」


「この群れの後ろに」


 根拠はない。


 まだ何も見えていない。


 それでも。


 シオンにはそう思えてならなかった。


「こいつらを動かしてる何かがいる」


 そのとき。


 遥か後方から。


 低い鐘のような音が響いた。


 ゴォォォン――。


 戦場にいる誰もが、一瞬だけ動きを止める。


 もう一度。


 ゴォォォン――。


 その音に応えるように。


 死者たちが一斉に顔を上げた。


「……やっぱり」


 シオンは呟く。


 これはただのスタンピードではない。


 何者かが。


 この死者の群れを率いている。

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