第30話 迫り来る死者の群れ
翌朝。
シオンは自室のベッドに腰掛け、自分のステータスを眺めていた。
昨日は結局、迷宮へ行かなかった。
完成したミスリル装備をギルドへ見せに行っただけのはずが、ロッテを以前断ったパーティと揉めることになったからだ。
もっとも。
「揉めたっていうか……一方的だったけどな」
シオンは思い出して苦笑する。
二人がかりでロッテの盾を奪おうとして、逆に盾ごと振り回されて壁まで飛ばされた。
しかもロッテ本人は本気で謝っていた。
『ご、ごめんなさい! そんなに弱いとは思いませんでした! Dランクって、そんなに弱いんでしたっけ?』
「……あれは効いただろうな」
殴られるより効いたかもしれない。
だが、悪いのは完全に向こうだ。
セリスが何度も止めたにもかかわらず、装備を奪おうとし、最後にはギルド内で剣まで抜いた。
処分についてはギルドに任せてある。
「それより……」
シオンは表示を切り替えた。
ロッテの装備作りを優先していたため、確認を後回しにしていたものがある。
《魔影士》の習得可能スキルだ。
第十一階層で三体のホーンゴブリンを倒した際、一気に複数のレベルが上がった。
そのとき、新しく習得可能になったものがいくつかあった。
《影跳び》はすでに習得している。
だが、それだけではない。
「さて……何があるかな」
シオンは一覧を順番に確認していく。
そして。
「ん?」
手が止まった。
《ホーリージャベリン》
「光属性?」
説明を開く。
光の魔力を一本の投槍へと凝縮し、対象へ撃ち出す単体攻撃魔法。
攻撃範囲は狭い。
その代わり、高い威力と貫通力を持つ。
特にアンデッドなど、光を苦手とする存在へ高い効果を発揮する。
「へえ……」
シオンは興味を引かれた。
今まで攻撃に使える光属性魔法は持っていない。
《ライト》はあくまで照明用だ。
単体への強力な攻撃なら《サンダーボルト》や《アイスランス》があるが、属性の選択肢が増えるのは悪くない。
「ポイントも余裕だしな」
シオンは迷わず習得する。
【《ホーリージャベリン》を習得しました】
「よし」
さらに一覧を見る。
すると。
「……なんだ、これ」
シオンの目が大きくなった。
《ソードジャッジメント》
名前からして気になる。
ものすごく気になる。
「絶対格好いいやつだろ、これ」
説明を開く。
そして数秒。
「…………」
シオンの口元が緩んだ。
「最高じゃないか」
広範囲光属性攻撃魔法。
上空へ大量の光の魔力を展開。
それらを無数の剣へと変え、指定した範囲に降らせる。
多数の敵を同時に攻撃するための魔法であり、対象となる範囲が広いほど消費するMPも増加する。
「無数の光の剣……!」
前世のシオン――桐生翔なら、間違いなく憧れた。
いや。
今でも憧れる。
「これは取る」
即決だった。
【《ソードジャッジメント》を習得しました】
「よし!」
シオンは思わず立ち上がった。
「使いたい……」
だが。
説明を見る限り、家の庭で試すような魔法ではない。
広範囲攻撃だ。
間違って隣家まで攻撃したら洒落にならない。
「迷宮なら……いや、あそこも狭いか」
開けた場所でなければ試しにくそうだ。
しかも消費MPも大きい。
「まあ、そのうち使う機会があるだろ」
シオンは表示を閉じた。
そのとき。
コンコン。
扉が叩かれる。
「シオン、起きてる?」
リュナだ。
「起きてる!」
「朝ご飯できてるわよ」
「今行く!」
一階へ降りる。
テーブルには朝食が並んでいた。
すでにロッテも座っている。
「おはようございます!」
「おはよう」
ロッテはいつも通り元気だ。
昨日のことを引きずっている様子はない。
「今日は迷宮ですよね?」
「ああ。新しい装備も試したいしな」
「楽しみです!」
「ロッテは盾で人を飛ばさないようにね」
「リュナ!」
「壁まで飛んだから」
「あれは事故です!」
「わかってるって」
シオンが笑う。
「でも今日は魔物相手だから、遠慮しなくていいぞ」
「はい!」
「シオンも新しいロッドを試したいんでしょ?」
「もちろん。それと――」
シオンは少し得意げに言った。
「新しい魔法も覚えた」
「また?」
「またってなんだよ」
「今度は何ですか?」
ロッテが身を乗り出す。
「二つ。どっちも光属性」
「光?」
リュナが首を傾げる。
「一つは《ホーリージャベリン》。単体に撃つ強力な魔法らしい」
「もう一つは?」
シオンは待ってましたとばかりに答える。
「《ソードジャッジメント》」
「……」
「……」
二人が黙った。
「なんだよ」
「シオンが好きそうな名前ね」
「まだ説明してないだろ!」
「顔を見ればわかるわ」
「なんですか、その魔法?」
「聞いて驚け。上空に無数の光の剣を作って――」
そのときだった。
カン、カン、カン、カン――!
外から激しい鐘の音が聞こえた。
「……何?」
リュナが立ち上がる。
シオンも窓へ目を向けた。
鐘は鳴り続けている。
一定の間隔ではない。
激しく。
何度も。
「火事?」
「違うと思います」
ロッテの表情が変わった。
「これ……警鐘じゃないですか?」
「警鐘?」
「何かあったときに鳴らす鐘です」
外が騒がしくなっていく。
窓から通りを見ると、何人もの住民が家から出てきていた。
その中を、冒険者らしい男が走っていく。
「ギルドへ行こう」
シオンは即座に言った。
「ええ」
「はい!」
三人は装備を整えた。
昨日完成したばかりのミスリル装備。
リュナは《蒼銀華》を腰へ。
ロッテは盾と戦鎚。
シオンはミスリル製ロッドを持つ。
家を出る。
街はすでに騒然としていた。
「何があったんだ?」
「魔物らしいぞ!」
「北から来てるって!」
「門を閉めるらしい!」
断片的な声が聞こえる。
三人は急いでギルドへ向かった。
冒険者ギルドの前には、すでに多くの冒険者が集まっていた。
「すごい人数……」
「入れるか?」
「行くしかないわ」
三人が中へ入る。
昨日とは比べものにならない騒ぎだった。
受付には何人もの冒険者が押し寄せている。
「何が出たんだ!」
「北ってどこだ!」
「数は!?」
「落ち着いてください!」
職員たちが必死に対応している。
その中にセリスもいた。
「あっ!」
セリスが三人に気づいた。
「シオンさん! リュナさん! ロッテさん!」
三人が受付へ近づく。
「セリスさん、何があったんです?」
「北方から緊急報告です」
いつものセリスとは違う。
顔が強張っている。
「魔物の大集団が、リーベルへ向かっています」
「魔物?」
「種類は?」
リュナが尋ねる。
セリスは一瞬だけ言葉を止めた。
「……アンデッドです」
「アンデッド?」
「はい」
シオンの頭に、今朝覚えたばかりの二つの魔法が浮かんだ。
《ホーリージャベリン》。
《ソードジャッジメント》。
「まさか……」
「シオン?」
「いや、なんでもない」
偶然なのか。
それとも。
シオンにはわからない。
「何体いるんですか?」
ロッテが尋ねる。
「最初の報告では二百ほどでした」
「二百!?」
「ですが、そのあと別の斥候から報告が入りました」
セリスが唇を噛む。
「後方に、さらに大きな集団が確認されています」
「どれくらい?」
「正確な数はまだわかりません」
セリスが答える。
「少なくとも数百。ですが……」
「ですが?」
「千を超える可能性があります」
「……千」
ロッテが息を呑む。
シオンも言葉を失った。
これまで戦ってきた魔物とは、桁が違う。
三体。
五体。
十体。
そんな数ではない。
千。
それだけのアンデッドが、この街へ向かっている。
「なんでそんな数が……」
「原因は不明です」
セリスが首を振る。
「ですが、進行方向から考えて、リーベルへ到達する可能性が非常に高いと判断されています」
その瞬間。
「静かにしろ!」
低く、よく通る声がギルド内に響いた。
ざわめきが止まる。
ギルド奥の階段から、一人の男が降りてきた。
年齢は五十歳ほどだろうか。
大柄な男。
短く刈った髪には白いものが混じっている。
背中には大剣。
ただ立っているだけなのに、周囲の冒険者たちとは空気が違った。
「ギルド長……」
誰かが呟いた。
「グラントさんです」
セリスが小声で教える。
「リーベル冒険者ギルドのギルド長です」
「ギルド長……」
シオンが男を見る。
グラントはギルド中央まで歩くと、集まった冒険者たちを見回した。
「つい先ほど、第三報が入った」
誰も喋らない。
「北方を進むアンデッドの集団は、現在も数を増やしている」
一瞬の間。
「確認できた範囲だけで八百を超えた」
ざわっ。
再びギルド内が揺れる。
「八百……」
「ふざけんな……」
「そんな数、どうするんだよ」
「静かにしろ!」
グラントの一喝。
再び静まる。
「八百で確定したわけじゃない。後方にはまだ別の集団がいる。千を超えると考えて準備する」
グラントは淡々と告げる。
恐怖を煽るでもない。
安心させようと嘘をつくでもない。
「アンデッドの種類は、スケルトンとゾンビが大半。グールも確認されている。それ以外の上位種が混じっている可能性もある」
一人の冒険者が手を上げた。
「ギルド長! 進路は本当にこの街なんですか!」
「今のところ、真っ直ぐリーベルへ向かっている」
「避難は!?」
「すでに街の責任者と話をつけてある。戦えない住民は順次、安全な区画へ移動させる」
グラントは続ける。
「冒険者ギルドは、これより緊急依頼を発令する」
空気が張り詰めた。
「リーベル防衛戦だ」
シオンは息を呑んだ。
初めてだ。
依頼を受けて魔物を狩るのではない。
魔物のほうから、自分たちの暮らす街へ向かってくる。
「Cランク以上は主戦力として北門外へ展開する。Dランクは北門および城壁周辺の防衛。Eランク以下は街中の警戒、避難誘導、物資運搬を優先しろ」
次々と指示が飛ぶ。
「回復魔法が使える者はランクを問わず申告! 魔法職は属性と使用可能な範囲魔法を職員へ伝えろ! 勝手に配置を決めるな!」
シオンが小さく呟く。
「範囲魔法……」
今朝覚えた。
それも、アンデッドに有効な光属性。
偶然にしては出来すぎている。
「シオン」
リュナがこちらを見る。
「さっきの魔法」
「ああ」
「使えそうね」
「……そうだな」
むしろ。
このために覚えたのではないか。
そんな考えさえ浮かぶ。
「セリスさん」
「はい?」
「俺、範囲魔法があります」
「種類は?」
「光属性です」
セリスの目が大きくなる。
「光属性!?」
「《ソードジャッジメント》。まだ実際には使ってませんけど、広範囲へ無数の光の剣を降らせる魔法です」
「……少し待ってください」
セリスは慌てて手元の紙へ書き込む。
「単体用の《ホーリージャベリン》もあります」
「それも光属性ですか?」
「はい」
「シオンさん」
セリスが真顔でこちらを見る。
「それ、非常に重要です。アンデッドに対して光属性魔法は非常に有効です。特に上位種が混じっていた場合、貴重な攻撃手段になります」
「わかりました」
「ほかに使える魔法は?」
「範囲なら《ウインドストーム》があります。あとは――」
そこでシオンは、先ほどのグラントの指示を思い出した。
「あ、回復魔法も使えます」
「回復魔法?」
「《ヒール》と《キュア》です」
セリスの手が止まった。
「……両方ですか?」
「はい」
「先に言ってください!」
「えっ?」
「ギルド長が回復魔法を使える人は申告するように言っていたでしょう!」
「あ」
本気で忘れていた。
「すみません。新しい魔法のことで頭がいっぱいで……」
「もう……」
セリスは呆れながらも、急いで二つの魔法を書き加える。
「《ヒール》が使えるなら負傷者の応急処置、《キュア》まで使えるのでしたら毒や一部の状態異常にも対応できます。今回のような大規模戦では、攻撃魔法と同じくらい重要ですよ」
「わかりました」
「ただし、シオンさんは主戦力として前線に配置されると思います。治療だけを担当してもらうわけではありません」
「戦いながら、必要なときに治療ですね」
「はい。ですが、自分のMP残量を必ず意識してください」
「了解です」
セリスは記録した紙を見下ろす。
「光属性の単体攻撃、光属性の広範囲攻撃、風属性の広範囲攻撃、それに《ヒール》と《キュア》……」
そして顔を上げた。
「シオンさん、本当に魔法職なんですよね?」
「たぶん」
「たぶんって何ですか!」
隣でリュナがため息をついた。
「今は影に潜ったり、一瞬で消えたりもするわよ」
「余計にわからなくなるので、今は聞かないでおきます……」
セリスは疲れたように息を吐き、記録した紙を別の職員へ渡した。
グラントの指示はまだ続いている。
「準備時間は長くない!」
ギルド長が声を張る。
「現在の速度なら、早ければ今日中に先頭集団がリーベル北方へ到達する!」
冒険者たちの表情が変わった。
「食料、水、回復薬を準備しろ! 装備に不安がある者は今すぐ確認しろ!」
グラントが一度言葉を切る。
そして。
「いいか!」
集まった冒険者たちを見回す。
「ここは俺たちが暮らしている街だ」
静かな声だった。
「家族がいる奴もいる。仲間がいる奴もいる。世話になった店がある奴もいるだろう」
シオンの脳裏に、自分たちの家が浮かぶ。
三人で暮らし始めた家。
冒険者ギルド。
借りている鍛冶場。
宿で世話になった人たち。
この街へ来てから知り合った人々。
リーベルはもう、ただの冒険の拠点ではない。
「だから守るぞ」
グラントが言った。
「一体たりとも、リーベルには入れさせん」
「おおっ!」
冒険者たちから声が上がる。
恐怖が消えたわけではない。
それでも。
戦うべき理由はあった。
「シオン」
リュナが《蒼銀華》の柄へ触れる。
「行くわよ」
「ああ」
「私が前を守ります!」
ロッテがミスリルの盾を握る。
シオンもロッドを握り直した。
「三人で帰ってくるぞ」
「当然」
「はい!」
その数時間後。
北門の外。
防衛線の構築を進めていた冒険者たちの間に、緊張が走った。
「見えたぞ!」
斥候の声。
シオンたちも北を見る。
最初は、地平線に黒い線が見えただけだった。
だが。
少しずつ。
その正体がわかってくる。
「……あれ」
ロッテの声が震える。
「全部、魔物ですか?」
「違う」
リュナが目を細める。
「死んでるわ」
歩いている。
数え切れないほどの死者が。
肉が腐り落ちた者。
骨だけになった者。
四つん這いで異様な速度で進む者。
そのすべてが。
同じ方向へ向かっていた。
リーベル。
シオンたちの街へ。
「……多いな」
シオンが呟く。
百や二百ではない。
地平線を埋めるように、アンデッドの群れが続いている。
そして。
そのさらに後方。
まだ肉眼ではよく見えない場所にも。
無数の影があった。
グラントが大剣を抜く。
「総員、配置につけ!」
一斉に武器が構えられる。
ロッテが盾を前へ。
リュナが《蒼銀華》を抜く。
シオンはミスリル製ロッドを握り、迫ってくる死者の群れを見つめた。
今朝覚えたばかりの魔法。
その意味を。
ようやく理解した気がした。
「《ソードジャッジメント》か……」
無数のアンデッド。
そして。
無数の光の剣。
シオンは小さく笑った。
「……ちょうどいいじゃないか」
リーベルを守るための戦いが、始まろうとしていた。




