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第29話 そんなに弱いとは思いませんでした

「お前……ロッテか?」


 男の声に、ロッテはわずかに身を固くした。


「……はい」


 短く答える。


 シオンとリュナも、その男たちを覚えていた。


 以前、このギルドでロッテが仲間に入れてほしいと頼んだパーティだ。


 盾役を探していたにもかかわらず、ロッテを見るなり、小さすぎる、盾役には向いていないと断った。


 その光景を見ていたからこそ、シオンたちはロッテに声をかけたのだ。


 男たちは立ち上がり、こちらへ近づいてくる。


「ずいぶん格好が変わったじゃねえか」


 男の視線が、ロッテの全身を這う。


 青銀色に輝く全身鎧。


 大きな盾。


 腰に下げた一手用の戦鎚。


「それ……まさかミスリルか?」


 ロッテは少し迷ってから頷いた。


「はい」


「マジかよ……」


 別の男がロッテの盾へ顔を近づける。


「全部か?」


「全部です」


「どこで手に入れた?」


「それは言えません」


 ロッテがきっぱりと答えた。


 男の眉が動く。


「別にいいだろ。減るもんじゃねえんだから」


「採掘場所を教えるつもりはありません」


 先ほどまで工房で笑っていたロッテとは違う。


 声こそ穏やかだが、はっきりと拒絶していた。


「ちっ……」


 男は面白くなさそうに舌打ちする。


 そのとき、別の男がリュナの腰へ目を向けた。


「その剣もか?」


 リュナが無言で《蒼銀華》の柄に手を添える。


「これもミスリルよ」


「おいおい……」


 三人を見る目が変わった。


 驚き。


 羨望。


 そして――欲。


「誰に作ってもらった?」


 その問いに、シオンはロッテを見た。


 ロッテも少しだけ胸を張る。


「私です」


「……は?」


「私が作りました」


 男たちの動きが止まった。


「お前が?」


「はい」


「嘘つけ。お前、鍛冶師として使い物にならなかったんじゃなかったのか?」


 ロッテの表情が少し曇る。


 シオンが一歩出ようとした。


 だが、その腕をリュナが軽く掴んだ。


「リュナ?」


「大丈夫」


 小さな声だった。


「ロッテが答えるわ」


 シオンは足を止める。


 ロッテは男をまっすぐ見た。


「前はそう思ってました。でも今は違います」


「何が違うんだよ」


「鍛冶を続けています。これは全部、私が作った装備です」


 男たちは顔を見合わせる。


 やがて、一人が笑った。


「だったらちょうどいいじゃねえか」


「え?」


「俺らにも作れよ」


 ロッテが瞬きをする。


「ミスリル装備」


「……どうしてですか?」


「どうしてって、お前、俺らのパーティに入りたがってただろ?」


「それは前の話です」


「だったら今から入れてやってもいいぞ」


「いえ、結構です」


 即答だった。


「今のパーティがありますから」


 男の顔から笑みが消える。


「俺らより、そいつらがいいってのか?」


「比べる必要はありません」


 ロッテはシオンとリュナをちらりと見る。


「私は今のパーティで役に立てています。それで十分です」


 シオンは何も言わなかった。


 ただ、少し嬉しかった。


「……生意気になったな」


 男が吐き捨てる。


 その声を聞いて、受付にいたセリスがこちらへ歩いてきた。


「そこまでにしてください」


 静かな声だった。


 だが、いつもの柔らかな受付の声とは違う。


「ギルド内での揉め事は禁止されています」


「揉めてねえよ」


「そうは見えません」


 セリスは男たちを見る。


「ロッテさんは明確に断っています。これ以上の要求はやめてください」


「要求しただけだろ」


「でしたら、断られた時点で終わりです」


 男が舌打ちする。


 それでも引かなかった。


 むしろ、ロッテの盾をじっと見つめる。


「……でもよ」


 男が笑う。


「そんな小さい奴がミスリル装備なんて持ってても、もったいねえだろ」


 ギルド内の空気が変わった。


 周囲で見ていた冒険者たちからも、呆れたような声が漏れる。


「俺らのほうが使える」


 男はロッテの盾を指差した。


「その盾と戦鎚、俺らによこせよ」


「嫌です」


「代わりに俺らが使ってやるって言ってんだよ」


「これは私の装備です」


「だからもったいねえって言ってんだろ!」


「もったいなくありません」


 ロッテは一歩も引かなかった。


「私が使います」


「……ちっ」


「やめてください」


 再びセリスの声が飛ぶ。


「今の発言は、他の冒険者の所有物を渡すよう強要していると受け取れます」


「大げさだな」


「大げさではありません」


 セリスの表情は完全に仕事のものになっていた。


「これ以上続けるのであれば、ギルドとして対応します」


 それで終わるはずだった。


 普通なら。


 だが、男たちの視線はミスリルの装備から離れない。


「ちょっと見るくらいいいだろ」


 一人がロッテの盾へ手を伸ばした。


 ロッテが半歩下がる。


「触らないでください」


「いいじゃねえか」


「やめてください」


 それでも男は手を伸ばした。


 盾の縁を掴む。


「離してください」


「おい、持ってみようぜ」


 もう一人まで反対側を掴んだ。


「二人なら取れるだろ」


 シオンが思わず眉をひそめる。


「おい」


 前へ出ようとする。


 しかし。


「大丈夫」


 またリュナが止めた。


「でも――」


「今のロッテなら」


 リュナはロッテを見る。


「本当に大丈夫だから」


 ロッテは盾を掴む二人を困ったように見ていた。


「離してください」


「ちょっと借りるだけだって!」


「嫌です」


「だったら力ずくで――」


「やめなさい!」


 セリスの鋭い声がギルドに響いた。


「それ以上は装備品の強奪行為と判断します! 今すぐ手を離してください!」


 二人が一瞬だけセリスを見る。


 だが。


「うるせえな!」


 手を離さなかった。


 むしろ二人がかりで盾を引っ張る。


「ほら!」


「寄越せ!」


 ロッテの身体が――。


 動かない。


「……あれ?」


 男が首を傾げる。


 もう一人も力を込める。


「おい、引け!」


「引いてる!」


 ロッテは普通に立っていた。


 《不動》すら使っていない。


「ロッテ」


 シオンが思わず声をかける。


「大丈夫か?」


「はい」


 ロッテが困った顔で答える。


「どうしましょう?」


「どうしましょうって……」


 二人の男は顔を赤くして盾を引っ張っている。


 それでもロッテはほとんど動かない。


 シオンは思わず笑いそうになった。


 以前なら違ったかもしれない。


 だが今のロッテは《武装匠》。


 シオンと共に戦い続け、《経験値10倍》によって急激に成長している。


 さらに装備は、自ら作り上げたミスリル製。


「いい加減に――」


 セリスが再び止めようとした。


 その瞬間。


「もう!」


 ロッテが声を上げた。


「離してください!」


 盾を横へ振った。


 ただ、それだけだった。


「うわっ!?」


「なっ――!」


 盾を掴んでいた二人の身体が浮いた。


「え?」


 ロッテ自身が驚く。


 二人はそのまま宙を飛び――。


 ドンッ!


 ドドンッ!


 ギルドの壁へ叩きつけられた。


 そのまま床へずり落ちる。


 静寂。


 ギルド内が完全に静まり返った。


「…………」


 シオンも言葉が出ない。


 リュナまで目を丸くしている。


 そして。


「えっ!?」


 最も驚いたのはロッテだった。


 盾を持ったまま、慌てて二人へ駆け寄る。


「ご、ごめんなさい!」


 二人は床に座り込んだまま目を回している。


「そんなに弱いとは思いませんでした!」


「ロッテ!?」


 シオンが思わず声を上げる。


 だが、ロッテは本気で心配していた。


「大丈夫ですか!? Dランクって、そんなに弱いんでしたっけ?」


「ロッテ、それはたぶん謝ってない」


「えっ!?」


「悪気がないのはわかるけど!」


 周囲から笑いを堪えるような声が聞こえ始めた。


 ロッテは本気で困惑している。


「でも、私も少し前までDランクだったので……」


「やめてあげて」


 リュナが静かに言った。


「ええっ!?」


 セリスが額に手を当てた。


「ロッテさん」


「はい!」


「Dランクが弱いわけではありません」


「そうなんですか?」


「あなたが急激に強くなりすぎたんです」


「……そうなんですか?」


 本気でわかっていなかった。


 シオンは頭を掻く。


 無理もない。


 ロッテがDランクだった期間は短い。


 その間にも通常では考えられない速度でレベルが上がり、ジョブまで《武装匠》へ変わった。


 基準がおかしくなっているのだ。


「くそ……!」


 床に倒れていた男たちとは別の男が立ち上がった。


 どうやらパーティのリーダーらしい。


「ふざけやがって!」


「ふざけてません!」


 ロッテが振り返る。


「私は本当に――」


「黙れ!」


 男の手が腰の剣へ伸びた。


「そこまでです!」


 セリスの声が響く。


「武器を抜けば、明確なギルド規則違反です。やめなさい!」


「うるせえ!」


 男が剣を抜いた。


 周囲の冒険者たちが一斉に立ち上がる。


 だが。


 ロッテは逃げなかった。


 ミスリルの盾を正面へ。


「《不動》」


 腰を落とす。


「どけ!」


 男が剣を振る。


 ガンッ!


 刃がミスリルの盾にぶつかった。


「なっ……!」


 ロッテは微動だにしない。


 男がもう一度押し込もうとする。


 動かない。


「なんで……!」


 ロッテは右手の戦鎚を見た。


 少し考える。


 そして。


「これは使いません」


「は?」


「これで殴ったら危ないので」


「……!」


 シオンは吹き出しそうになった。


 煽っている。


 どう聞いても煽っている。


 しかし、ロッテは大真面目だ。


 代わりに盾を前へ押し出す。


「えいっ!」


「うおっ!?」


 男の身体が後ろへ押し飛ばされた。


 今度は壁まで飛ばさない。


 数歩よろめき、その場に尻餅をつく。


 そこでようやく、ギルドの奥から数人の職員と冒険者が駆けてきた。


「武器を捨てろ!」


「もう終わりだ!」


 男が取り押さえられる。


 壁際にいた二人も立ち上がろうとしたところを止められた。


「離せ!」


「俺たちは何も――」


「何もしていない?」


 セリスが静かに言った。


 三人が黙る。


「私は最初から見ていました」


 いつもの柔らかな笑顔はない。


「ロッテさんへ装備を渡すよう強要し、拒否されたあとも要求を続けました」


「それは――」


「さらに、私が何度も警告したにもかかわらず、二人がかりで盾を奪おうとしました」


 反論を許さず続ける。


「そして最後にはギルド内で抜剣」


「……」


「これについては正式に報告します。処分はギルドで決定します」


「待てよ!」


「待ちません」


 セリスは冷たく言い切った。


 男たちはそのまま奥へ連れていかれた。


 静かになったギルド内。


 セリスが大きく息を吐く。


 それからロッテを見る。


「怪我はありませんか?」


「はい!」


 ロッテは自分の身体を確認する。


「どこも痛くありません」


「そうですか」


 セリスは壁際を見る。


 そこには、先ほど二人がぶつかった跡が残っている。


「……相手は痛そうでしたが」


「ご、ごめんなさい!」


「今回は相手が先に装備を奪おうとしています。しかも警告を無視しての行為ですから、ロッテさんが責任を問われることはありません」


 ロッテがほっとする。


「よかったです……」


「ただし」


「はい?」


「次からは、もう少し力加減をしてください」


「はい!」


「壁も壊さないでくださいね」


「はい……」


 ロッテが小さくなる。


 その姿を見ながら、シオンは改めて思った。


 初めて会ったとき。


 ロッテは、自分が小さいことを気にしていた。


 盾役として認めてもらえず。


 鍛冶師としての道まで諦めていた。


 それが今では。


 Cランク冒険者。


 《武装匠》。


 そして、自ら作ったミスリル装備を身につけ、かつて自分を拒絶した冒険者二人を盾だけで吹き飛ばした。


「強くなったな、ロッテ」


「え?」


「いや、なんでもない」


「変なシオン」


 リュナが笑う。


「でも、私たち何もしなかったな」


「必要なかったもの」


「だよな」


 二人の視線の先で、ロッテは自分の盾を心配そうに確認している。


「傷……ついてませんよね?」


「そっち!?」


「だって、完成したばっかりなんですよ!」


 ロッテは盾を撫でる。


「よかった……傷ついてません」


「壁より盾の心配してるぞ」


「自分で作った装備だもの。仕方ないんじゃない?」


 シオンとリュナが笑う。


 ロッテが頬を膨らませた。


「二人とも笑わないでください!」


 かつて、自分には無理だと思っていた二つの道。


 盾役。


 そして鍛冶師。


 今のロッテは、その両方を歩いている。


 もう、誰かに認めてもらう必要などなかった。


 ロッテには、自分で作った盾がある。


 そして。


 一緒に戦ってくれる仲間がいるのだから。

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