第28話 ミスリル装備
第十二階層から戻った翌朝。
シオンたちは、朝食を終えるとすぐに冒険者ギルドへ向かった。
目的は依頼ではない。
昨日、第十二階層で発見したミスリル鉱石。
その扱いについて確認するためだった。
「ミスリル、ですか?」
受付にいたセリスが目を丸くした。
シオンは周囲を確認してから、小さく頷く。
「第十二階層で見つけました。結構まとまった量があります」
「……少し待ってください」
セリスの声も自然と小さくなる。
「採掘場所は?」
「それは秘密で」
「正解です」
即答された。
「迷宮内で発見した鉱石について、ギルドへ採掘場所を報告する義務はありません。ですが、ミスリルとなれば、別の意味で慎重になったほうがいいでしょう」
「やっぱり高いんですか?」
「高いです」
ロッテが答えるより先に、セリスが断言した。
「鉄とは比較になりません。売却されるのでしたらギルドでも買い取れますが……」
「売りません!」
ロッテが即座に答えた。
セリスが少し驚いて彼女を見る。
「装備にするんです!」
「なるほど」
ロッテの表情を見て、セリスは納得したように微笑んだ。
「そういうことでしたか」
「はい!」
「ロッテさんが?」
「作ります!」
その声には迷いがなかった。
「《ミスリル加工》も習得しました!」
「……もう?」
「はい!」
今度はセリスが言葉を失った。
シオンとリュナは何も言わない。
ロッテが異常な速度で成長している理由を、セリスは知らない。
《経験値10倍》。
《スキルポイント10倍》。
それを説明するつもりもなかった。
「ロッテさん」
「はい?」
「以前、鍛冶師を諦めたと聞いた気がするのですが」
「はい。諦めてました」
「……そうでしたね」
セリスは何とも言えない表情になった。
「それが、もうミスリルを加工するんですね」
「はい!」
「成長が早すぎませんか?」
「私もそう思います!」
ロッテが元気よく答える。
「そこは認めるんだな」
シオンが笑った。
必要な確認を終えると、三人はギルドを出た。
向かったのは、以前ロッテが刀を作った鍛冶場だ。
今回も設備を借りる。
もちろん無料ではない。
だが、今の三人にとって必要な出費だった。
工房へ入るなり、ロッテは完全に職人の顔になった。
「まず、何を作るか決めましょう」
「刀」
リュナが即答した。
「早いな!」
「だって、そのために採ってきたんでしょ?」
「それだけじゃないです」
ロッテが指を立てる。
「今回は全部変えます」
「全部?」
「はい!」
まずはリュナ。
主武器である刀。
さらに軽装鎧にもミスリルを使う。
ただし全身を金属板で覆うようなものではない。
リュナの最大の武器は速度だ。
胸部や肩、前腕、脛など重要な部分を薄いミスリルで守り、関節部には革を使う。
防御力を上げながら、動きを妨げない装備にする。
「いいわね」
リュナはすぐに気に入った。
「次はロッテです」
「自分で自分の装備を説明するのか」
「大事です!」
盾。
一手で扱える戦鎚。
そして全身鎧。
こちらはリュナとは正反対だった。
「私は動きやすさより、防御を優先します」
「でも重くないか?」
「ミスリルは鉄より軽いです。それに私の体格に合わせて作りますから」
身長百五十センチほどのロッテ専用。
小柄なドワーフの身体に合わせたミスリル製の全身鎧。
盾役として前線に立つための装備だ。
「最後がシオンです」
「俺か」
「シオンは……」
ロッテがシオンの身体を見る。
「重い鎧はいりません」
「だよな」
《魔影士》となった今、シオンは以前以上に速度を重視するようになっている。
《影潜り》。
《影跳び》。
そこへ重い鎧を着込む理由はない。
「リュナほど軽くはしませんが、薄いミスリルを使った軽装にします。胸と腕、それから脚を中心に」
「いいな」
「それと武器です」
「武器?」
「杖……というより、ロッドがいいと思います」
ロッテが説明する。
「ミスリルは魔力との相性がいいです。魔法を流すための補助具として使えるはずです」
「威力が何倍にもなったり?」
「なりません」
「即答!?」
「そんなもの作れません!」
リュナが吹き出した。
「でも、魔力を流しやすくなれば、狙いをつけたり魔法を安定させたりする助けにはなると思います」
「それで十分だ」
シオンは頷いた。
魔法そのものは自分の力で強くすればいい。
装備に求めるのは、その力を扱いやすくすること。
「じゃあ決まりですね」
ロッテは腕まくりする。
「作ります!」
そこから、ロッテの戦いが始まった。
まずは鉱石から必要なミスリルを取り出す。
《ミスリル加工》を習得したからといって、鉱石を叩けば勝手に装備が完成するわけではない。
熱。
力。
タイミング。
素材の状態。
《鍛造の才》によって、それらを感じ取る。
さらに《金属鑑定》で状態を確認する。
そして《ミスリル加工》によって、これまで扱えなかった素材を扱うための感覚が補われる。
「……すごい」
炉の前で、ロッテが呟いた。
「鉄と全然違います」
シオンには違いがよくわからない。
だが、ロッテにはわかるらしい。
「楽しいです」
その一言だけで十分だった。
シオンとリュナも手伝えるところは手伝った。
だが、鍛造そのものには手を出さない。
そこはロッテの領域だ。
一日目。
二日目。
三日目。
その間、三人は迷宮探索を休んだ。
急ぐ必要はない。
今は新しい装備を完成させるほうが重要だった。
最初に完成したのは、リュナの防具だった。
「着てみてください」
「わかった」
リュナが装備する。
青みを帯びた銀色の金属。
しかし、全身を覆ってはいない。
革とミスリルを組み合わせた軽装。
リュナが腕を動かす。
腰を落とす。
その場で軽く跳び、身体を捻る。
「どうです?」
「軽い」
「動きにくいところは?」
「ないわ」
リュナは何度か身体を動かした。
「前より動きやすいくらい」
「よかった!」
次にシオン。
こちらも軽装だ。
急所を守るミスリルの防具を中心にしながら、《影潜り》や《影跳び》の邪魔にならないよう仕上げられている。
「おお……」
装備したシオンは、自分の腕を見る。
「格好いい」
「感想、それだけ?」
「大事だろ!」
リュナが呆れた。
「動きやすいし、前より軽い。それに――」
シオンは少し離れた影を見る。
《影跳び》。
一瞬で姿が消える。
数メートル先へ現れた。
「問題なし!」
「工房の中で急に消えないでください!」
「ごめん!」
さらにミスリル製のロッド。
長い杖ではない。
片手で扱える程度の長さだ。
シオンが握り、魔力を流してみる。
「……お?」
手からロッドへ。
そこから先端へ。
魔力の流れがわかりやすい。
シオンは炉から十分離れた場所へ向ける。
魔法は撃たない。
ただ、狙いをつける。
「なるほど」
「どうです?」
「魔力を集める場所がわかりやすい。これなら狙いやすそうだ」
「成功ですね!」
ロッテが嬉しそうに笑った。
そして、自分の装備。
ミスリルの全身鎧。
盾。
一手で扱う戦鎚。
すべてロッテ自身の体格に合わせて作られている。
「……おお」
シオンが思わず声を漏らした。
「すごいな」
「似合ってるわ」
「本当ですか?」
ロッテは嬉しそうに盾を構えた。
小柄なのは変わらない。
だが、以前のように「小さな盾役」という印象ではなかった。
青銀色の全身鎧。
大きな盾。
そして戦鎚。
どこから見ても、立派な重戦士だ。
「重くない?」
「全然!」
ロッテが盾を動かす。
「鉄でこれを作ったらもっと重かったと思います。でもミスリルなら……」
その場で何度か足を踏み替える。
「これならいけます!」
「すごいな」
以前は盾役になりたくても、まともな装備すら揃えられなかった。
鍛冶師としての才能もないと思い込んでいた。
それが今では。
自分で採った素材を。
自分の技術で。
自分自身の装備へ変えている。
「ロッテ」
「はい?」
「よかったな」
一瞬。
ロッテがきょとんとした。
それから意味を理解したらしい。
「……はい!」
満面の笑みだった。
だが。
「まだ終わってません」
「え?」
「一つ残ってます」
ロッテが工房の奥を見る。
そこには布に包まれた細長いものが置かれていた。
リュナが目を向ける。
「もしかして」
「はい」
ロッテが布を外す。
現れたのは、一振りの刀。
これまでリュナが使っていた鉄の刀とは違う。
刀身は青みを帯びた銀色。
炉の光を受け、淡く輝いている。
「……綺麗」
リュナが呟いた。
「持ってみてください」
差し出された刀を、リュナが受け取る。
ゆっくりと構えた。
軽く振る。
ヒュン――。
鋭い音が工房に響いた。
もう一度。
今度は少し速く。
ヒュッ!
「……軽い」
「軽すぎませんか?」
「ううん」
リュナが首を振る。
「ちょうどいい」
柄を握り直す。
そして三度目。
鋭い一閃。
シオンには刀身が一瞬消えたように見えた。
「すげえ……」
「これなら《瞬影乱舞》も使いやすいと思います」
「ええ」
リュナは刀を見つめる。
しばらく何も言わなかった。
やがて。
「名前、つけてもいい?」
ロッテが目を輝かせる。
「もちろんです!」
「名前?」
シオンが近づく。
「前の刀にはつけなかっただろ?」
「あれはあれで気に入ってた。でも……」
リュナがミスリルの刀を持ち上げる。
青銀色の刀身。
細く、美しい。
それでいて、内側には確かな強さを感じる。
「これは名前をつけたい」
「何にするんだ?」
リュナは少し考えた。
そして刀身を見つめたまま答える。
「《蒼銀華》」
「そうぎんか?」
「ええ」
青銀色の花。
振るったときに広がる刃を、花になぞらえた名前だった。
「《蒼銀華》……」
ロッテが何度か口にする。
「いい名前です!」
「俺も好きだな」
「決まりね」
リュナは《蒼銀華》を鞘へ収めた。
カチン。
小さな音が響く。
三人分のミスリル装備。
すべて完成した。
「これで迷宮攻略も楽になるな!」
シオンが言う。
「油断しない」
「わかってるって!」
「シオンは新しいものを手に入れると、すぐ試したくなるから」
「それはリュナもだろ。さっき何回振った?」
「三回」
「数えてるじゃないか!」
ロッテが笑う。
「じゃあ、明日は迷宮ですか?」
「そうだな」
シオンは自分のミスリル製ロッドを見る。
試したい。
ものすごく試したい。
だが、その前に。
「今日はギルドに寄って帰ろう。鍛冶場を何日も借りてたし、セリスさんにも完成したって報告しておきたい」
「そうですね」
「私はこのままでいいわよ」
「え?」
リュナはすでに《蒼銀華》を腰に差し、ミスリルの軽装を身につけている。
ロッテも自分の全身鎧を見下ろした。
「私も……せっかくですから、このまま行きたいです」
「じゃあ俺も」
三人は完成したばかりの装備を身につけたまま、工房を出た。
青銀色の装備は、街中でもかなり目立った。
道行く人が何度も振り返る。
「……見られてるな」
「見られてるわね」
「ちょっと恥ずかしいです」
そう言いながらも、ロッテは嬉しそうだった。
自分で作った装備なのだから当然だろう。
やがて冒険者ギルドが見えてくる。
三人はいつものように扉を開けた。
中に入った瞬間。
ざわめきが起きた。
「おい、あれ……」
「ミスリルじゃないか?」
「まさか……全部か?」
何人もの冒険者がこちらを見る。
シオンは苦笑した。
「やっぱり目立つな」
「仕方ないわ」
「セリスさんは……」
ロッテが受付を探す。
いた。
セリスも三人に気づき、目を見開いている。
だが。
「……あれ?」
ロッテの足が止まった。
ギルドの一角。
そこにいた数人の冒険者たちも、ロッテを見ていた。
一人の男が眉をひそめる。
そして、しばらくロッテの顔を見つめたあと――。
「お前……ロッテか?」
ロッテの表情から笑みが消えた。
シオンも、その男たちを見てすぐに思い出した。
「あいつら……」
「ええ」
隣でリュナの声が少し低くなる。
忘れるはずもない。
以前、このギルドでロッテが仲間に入れてほしいと頼んだパーティだ。
小さすぎる。
盾役には向いていない。
そう言って、まともに実力を見ることもなくロッテを断った。
あのとき、そのやり取りを見ていたからこそ、シオンたちはロッテに声をかけたのだ。
そして今。
彼らが「盾役には向いていない」と切り捨てた少女は――。
自ら鍛え上げたミスリルの全身鎧をまとい、ミスリルの盾と戦鎚を手にして、その目の前に立っていた。




