第27話 蒼銀の鉱石
第十一階層。
三体のホーンゴブリンを倒したシオンたちは、その場で少しだけ休憩を取ることにした。
理由は疲労ではない。
「増えてる……」
壁際に座ったシオンは、自分のステータスを眺めていた。
「さっきも言ってたわね」
リュナは周囲を警戒しながら答える。
「《魔影士》のレベルが一気に上がったから、習得できるスキルが増えてるんだよ」
「それで、何が増えたんですか?」
「ちょっと待って」
ロッテに尋ねられ、シオンは習得可能なスキルを一つずつ確認していく。
《魔影士》へ転職した直後に習得したのは、《影潜り》《無詠唱》《連続魔法》の三つ。
どれも実戦で十分すぎるほどの効果を発揮した。
そして、ジョブレベルが上がったことで新たなスキルが追加されている。
「これ、いいな」
「どんなの?」
「《影跳び》」
シオンは説明を読む。
視認できる範囲にある影へ、一瞬で移動するスキル。
《影潜り》とは違い、影の中を移動する時間そのものがない。
ただし移動できる距離には限界があり、連続使用すればその分だけMPを消費する。
「瞬間移動みたいなもの?」
「近いと思う。ただ、どこにでも行けるわけじゃない。移動先に影が必要みたいだ」
「それでも便利そうね」
「ああ」
シオンは迷わず《影跳び》を習得した。
【《影跳び》を習得しました】
「よし!」
「試すの?」
「もちろん!」
シオンは立ち上がると、通路を見渡した。
《ライト》によって照らされているとはいえ、地下迷宮には影が多い。
壁の凹凸。
岩。
三人自身の影。
少し離れた場所にできている影を意識する。
「《影跳び》」
次の瞬間。
シオンの姿が消えた。
「えっ?」
ロッテが声を上げた直後、数メートル先にシオンが現れる。
「おおっ!」
使った本人が一番驚いていた。
「一瞬だ!」
「本当に消えたわね」
リュナが目を細める。
「《影潜り》より速い。ただ、あっちみたいに自由に影の中を移動するんじゃなくて、見えてる影に飛ぶ感じだな」
シオンは元いた場所へ歩いて戻る。
「戦闘中ならこっちのほうが使いやすいかも」
「後ろを取ったり、攻撃を避けたり?」
「そうそう!」
リュナは少し考えてから言った。
「でも、移動先をちゃんと見てから使いなさいよ」
「わかってるって」
「敵の真ん中に飛んだりしそうだから言ってるの」
「俺をなんだと思ってるんだ?」
「シオン」
「名前を答えるなよ!」
ロッテが笑った。
三人は探索を再開した。
第十一階層に現れる魔物は、これまでより多少強くなっている。
しかし、それ以上の速度で三人は成長していた。
通路の先から五体のホーンゴブリンが現れる。
「五体!」
ロッテが盾を構える。
その横をリュナが駆けた。
先頭の一体が棍棒を振り上げる。
リュナは《見切り》で軌道を読み、わずかに体をずらした。
棍棒が空を切る。
そのまま刀を抜く。
一閃。
ホーンゴブリンが倒れた。
ロッテへ二体が向かう。
「こっちです!」
《挑発》。
注意を引かれた二体が、ロッテへ棍棒を振り下ろす。
盾で一撃を受け、もう一撃を戦鎚で逸らす。
危なげはない。
残る二体へシオンが手を向ける。
声は出さない。
《アイスランス》。
一体を氷の槍が貫く。
続けて《連続魔法》。
《サンダーボルト》。
雷撃がもう一体を打ち倒した。
「あと二体!」
「もう終わるわ」
リュナが一体へ踏み込む。
刀が走る。
同時に、ロッテの戦鎚が最後の一体を打ち倒した。
「……早いな」
シオンが呟く。
「何が?」
「いや、戦闘が」
「今さら?」
「前はホーンゴブリン一体でも警戒してただろ?」
「そのころと同じ強さじゃないもの」
リュナの言う通りだった。
三人ともジョブが変わった。
装備も変わった。
何より、通常では考えられない速度で経験を積み続けている。
第十一階層の通常の魔物では、すでに三人を止められない。
「でも、油断はしないぞ」
「それならいいわ」
魔物以上に注意しなければならないのは罠だ。
強くなったからといって、床が抜けなくなるわけではない。
毒矢が無害になるわけでもない。
そこはリュナを先頭に慎重に進む。
「止まって」
リュナが片手を上げた。
三人の足が止まる。
少し先の床を調べたリュナが、小さな穴を見つけた。
「何かある」
時間をかけて確認すると、床を踏んだ者へ左右の壁から槍が飛び出す仕掛けだった。
「解除できそう?」
「できると思う。でも……」
リュナが周囲を見る。
「通路の端を通れば踏まなくて済むわ」
「なら触らないほうがいいな」
「私もそう思う」
無理にすべての罠を解除する必要はない。
三人は罠を避けて先へ進んだ。
その後も何度か魔物と遭遇したが、戦闘そのものに時間はかからなかった。
シオンも新しい《影跳び》を試す。
ホーンゴブリンが棍棒を振り下ろした瞬間、別の影へ飛ぶ。
突然標的を失ったホーンゴブリンの背後から、無詠唱の《ウインドカッター》。
敵が倒れる。
「……これ、楽しい」
「顔を見ればわかるわ」
「《影潜り》とは全然違うんだよ!」
「はいはい」
ただし、シオンも調子に乗って連発はしなかった。
《影潜り》と同じくMPを使う。
通常の魔法だけで十分な相手にまで使い続ける必要はない。
やがて三人は、第十一階層の奥へ到達した。
下へ続く階段がある。
「第十二階層か」
「今日はどうする?」
リュナが尋ねる。
シオンは自分たちの状態を確認した。
負傷者はいない。
MPにも余裕がある。
時間もまだ十分。
「行こう」
「私も賛成です」
「なら決まりね」
三人は階段を下りた。
第十二階層。
降りてすぐに感じたのは、空気の違いだった。
「少し寒い?」
ロッテが呟く。
「そうか?」
「ドワーフは地下に慣れてるんじゃないの?」
「慣れてても寒いものは寒いです!」
そんな会話をしながら進む。
第十二階層にも魔物はいる。
だが、三人の進行を止めるほどではない。
数体のホーンゴブリンを倒し、さらに奥へ。
やがて通路が二つに分かれた。
「どっちだ?」
シオンが左右を見る。
リュナが気配を探る。
「右は少し先に魔物がいると思う。左は……よくわからない」
「なら右?」
シオンが言った瞬間だった。
視界に文字が浮かぶ。
【右へ進む】
【左へ進む――正解】
「……出た」
「《正解選択》?」
「ああ」
シオンは左の通路を見る。
魔物の気配はない。
特別なものがあるようにも見えない。
「左が正解だって」
「なら左ね」
リュナは迷わなかった。
「行きましょう!」
ロッテも同じだ。
三人は左の通路へ入った。
しばらく進む。
魔物はいない。
罠も見つからない。
「何があるんだ?」
シオンが首を傾げる。
やがて通路の先が広くなった。
小さな空洞だ。
「行き止まり?」
正面には岩壁しかない。
だが――。
「あれ?」
ロッテが近づいた。
「どうした?」
「ここ……」
壁の一部。
《ライト》の光を受け、わずかに輝いている場所がある。
銀色。
いや、ただの銀色ではない。
淡い青を含んだような、不思議な光沢。
「鉱石?」
「たぶん」
シオンは《鑑定》を使った。
【魔力を含む希少な金属鉱石】
「……それだけ?」
「何かわかった?」
「魔力を含む希少な金属鉱石だって」
「種類は?」
「出ない」
シオンはロッテを見る。
「出番だな」
「はい!」
ロッテの表情が変わる。
壁へ近づき、露出している鉱石へ手を触れた。
「《金属鑑定》」
しばらく沈黙する。
「……え?」
「ロッテ?」
返事がない。
「どうした?」
ロッテがゆっくり振り返った。
目を見開いている。
「これ……」
「うん」
「ミスリルです」
「……ミスリル?」
シオンは思わず聞き返した。
「はい!」
ロッテがもう一度鉱石を見る。
「間違いありません。ミスリル鉱石です!」
「ミスリル……!」
シオンの胸が高鳴った。
前世でも聞いたことがある名前。
物語やゲームでは、珍しい金属として何度も登場した。
「すごいものなのか?」
「すごいですよ!」
ロッテが珍しく興奮している。
「鉄より軽くて丈夫で、魔力との相性もいい金属です! こんなところに……」
ロッテは壁を調べ始めた。
「少しだけじゃないです」
「え?」
「奥にも続いてます。たぶん……鉱脈です!」
「マジか!」
シオンも壁へ近づく。
露出している部分だけではない。
周囲をよく見れば、青銀色の輝きが岩の奥へ筋のように続いている。
「これだけあれば……」
ロッテが呟く。
「装備、作れる?」
リュナが尋ねた。
「採れる量にもよります。でも、ちゃんと鉱脈になっているなら……」
ロッテの目が輝く。
「三人分、作れるかもしれません!」
「全部?」
「はい!」
シオンは自分の装備を見る。
リュナは鉄の刀。
ロッテも今は普通の盾と戦鎚だ。
もし、それらをミスリルに変えられるなら。
「採ろう!」
「待ってください!」
「え?」
「まず品質と鉱脈の状態を確認します!」
「……はい」
完全に職人の顔になったロッテに止められた。
リュナが小さく笑う。
「怒られたわね」
「まだ怒られてない!」
ロッテは露出した鉱石を慎重に調べていく。
その途中だった。
「あれ?」
「今度は何?」
ロッテが宙を見つめている。
「スキルが……」
「スキル?」
「増えました」
ロッテは自分の習得可能スキルを確認する。
そこに、今までなかった名前があった。
《ミスリル加工》
「……!」
ロッテの声が震える。
「《ミスリル加工》……ミスリルを鍛造するためのスキルです!」
「取れるの?」
「はい。ポイントも……全然足ります!」
シオンと一緒に戦い続けているロッテには、《スキルポイント10倍》の恩恵がある。
迷う理由はなかった。
「取ります!」
【《ミスリル加工》を習得しました】
ロッテは自分の両手を見る。
そして、目の前に広がる青銀色の鉱脈を見つめた。
「作れます……」
「本当に?」
「はい!」
ロッテが満面の笑みを浮かべる。
「私、このミスリルを加工できます!」
シオンとリュナが顔を見合わせた。
そして、もう一度鉱脈を見る。
リュナの刀。
ロッテの盾と戦鎚。
シオンの魔法を補助する装備。
さらに防具まで。
作りたいものはいくらでもある。
「じゃあ――」
シオンは《ストレージ》から採掘道具を取り出した。
「必要な分、採って帰ろう!」
「はい!」
「私は周囲を見てるわ」
三人は役割を分けた。
ロッテが《金属鑑定》で採掘する場所を選び、シオンが手伝う。
リュナは魔物が近づいてこないか警戒する。
鉱脈を傷めないよう、ロッテの指示に従って慎重に掘る。
一つ。
また一つ。
青銀色の鉱石が岩壁から姿を現す。
採れた鉱石は、その都度シオンが《ストレージ》へ収納していった。
少量ではない。
三人分の装備を作る。
その目的を最初から決め、ロッテが必要量を見積もりながら採掘する。
時間をかけて採掘を続け――。
「これくらいあれば大丈夫だと思います」
ようやくロッテが手を止めた。
「三人分?」
「はい。失敗する可能性も考えて、少し余裕を持たせています」
「よし!」
シオンは最後の鉱石を《ストレージ》へ収納した。
ロッテは鉱脈を振り返る。
「まだ残ってますね」
「全部採らないの?」
「必要以上に持っていく理由はありません。それに……」
ロッテが笑う。
「また必要になったら、採りに来ればいいです」
「場所も覚えたしな」
「ええ」
リュナが通路の奥を見る。
「今日は戻る?」
「戻ろう」
シオンは即答した。
「これ以上進むより、今はこっちだろ!」
「絶対、新しい装備が楽しみなだけでしょ」
「当たり前だろ!」
三人は笑いながら帰路についた。
《正解選択》が示した左の道。
その先で見つけた、青銀色の鉱脈。
ミスリル。
そして《ミスリル加工》。
この日手に入れた鉱石が、三人の装備を大きく変えることになる。
ロッテ自身の手によって。




