第26話 魔影士
翌朝。
朝食を終えたシオンたちは、三人そろって家を出た。
向かう先は冒険者ギルドではない。
教会だ。
「やっと俺の番だな!」
歩きながら、シオンは何度目かわからないほどステータスを確認する。
《賢者 Lv50》
【転職可能】
そして、転職候補の中には――。
【《魔影士》――正解】
昨日から何度確認しても変わらない。
「朝から何回見てるのよ」
隣を歩くリュナが呆れたように言った。
「だって気になるだろ? 《魔影士》だぞ!」
「名前だけで喜びすぎじゃない?」
「そんなことないって! 魔法と影だぞ? 絶対格好いいだろ!」
「やっぱり名前で喜んでるじゃない」
「シオンさんらしいです」
ロッテが笑う。
「ロッテまで……」
そんな話をしているうちに教会へ到着した。
三人にとって、ここを訪れるのは初めてではない。
リュナとロッテが転職したときにも来ている。
受付で転職を希望していることを伝え、シオンは銅貨五枚を支払った。
案内された部屋の中央には、前回と同じ転職用の祭壇がある。
「それでは、こちらへ」
「はい!」
シオンは祭壇の前に立った。
神官から説明を受け、祭壇へ手を置く。
淡い光が広がった。
視界に転職候補が浮かぶ。
いくつものジョブ。
だが、シオンが見るのは一つだけだった。
【《魔影士》】
その横には、今もはっきりと表示されている。
【正解】
「迷う必要ないよな」
シオンは《魔影士》を選択した。
次の瞬間――。
祭壇から広がった光が、シオンの全身を包み込んだ。
「おお……!」
体の奥を何かが駆け抜ける。
だが、それは《賢者》だったころとは違う感覚だった。
軽い。
体そのものが急に細くなったわけでも、筋力が失われたわけでもない。
それなのに、足を踏み出せば今までより素早く動けそうな感覚がある。
そして魔力。
これまで体の内側に感じていた魔力が、全身へ素早く巡るような感覚。
さらに――。
「……影?」
シオンは自分の足元を見た。
今までなら、ただそこにあるだけだった自分の影。
それが今は、妙にはっきりと感じ取れる。
やがて光が消えた。
シオンはすぐにステータスを開く。
《魔影士 Lv1》
「なった……!」
「どう?」
リュナが尋ねる。
「《魔影士》だ!」
「それはわかってるわよ。何か変わった?」
「なんて言えばいいんだろう……体が軽い。それに、魔力も前より素早く動かせそうな感じがする」
シオンはもう一度、自分の影を見る。
「あと、影が気になる」
「影?」
「ああ。今までただそこにあるだけだったのに、なんか……入れそうな感じがする」
「入れそう?」
ロッテが不思議そうな顔をする。
「俺にもよくわからない!」
「だったら、まずスキルを確認したら?」
「あっ、そうだった!」
「シオン……」
リュナがため息をつく。
教会の中で新しいスキルを試すわけにはいかない。
三人は神官へ礼を言い、そのまま家へ戻った。
自分の部屋へ入ると、シオンはすぐに《魔影士》の習得可能スキルを開く。
リュナとロッテも一緒だ。
「さて……何があるかな」
《賢者》だったころにはなかったスキルが並んでいる。
その中で、真っ先にシオンの目に留まったものがあった。
《影潜り》
「……あった」
「何が?」
「影に潜るスキル!」
「本当にあるの?」
「ああ!」
シオンは説明を確認する。
影の中へ潜り、その内部を移動できる。
影の中にいる間は魔力を消費するものの、通常より速く移動することが可能。
そして――。
「影の中でも魔法が使える!」
「え?」
リュナが目を見開いた。
「潜ったまま?」
「そうみたいだ」
「……それ、敵からしたら相当嫌じゃない?」
「俺もそう思う!」
シオンは嬉しくなって次のスキルを見る。
《無詠唱》
「これもいいな!」
「どんなスキルですか?」
「魔法名を口に出さなくても、魔法を発動できる」
普段なら《サンダーボルト》と唱えてから発動する。
それが必要なくなる。
戦闘中のわずかな時間を縮められるだけではない。
相手に、何の魔法を使おうとしているのか悟られにくくなる。
「これも欲しい」
そして、さらに。
《連続魔法》
「……これだ!」
「今度は何?」
「魔法を連続で発動できる!」
一つの魔法を使ったあと、次の魔法を発動するまでの間を大幅に短縮するスキル。
同じ魔法でも構わない。
違う魔法を続けてもいい。
もちろん、使用した魔法の分だけ魔力は消費する。
「《無詠唱》と組み合わせたら……」
「何も言わずに、次々魔法を使えるってこと?」
「ああ!」
シオンは三つのスキルを見比べた。
《影潜り》
《無詠唱》
《連続魔法》
どれも《魔影士》というジョブにふさわしい。
そして何より――。
「全部取れる」
シオンには大量のスキルポイントがある。
《スキルポイント15倍》。
これまで戦闘や魔法の使用、《ストレージ》の使用で貯め続けてきたポイントだ。
三つ程度で悩む必要などなかった。
「全部取ろう」
「即決ね」
「だって全部欲しいだろ?」
「まあ、そうね」
シオンは順番に取得する。
【《影潜り》を習得しました】
【《無詠唱》を習得しました】
【《連続魔法》を習得しました】
「よし!」
シオンは拳を握った。
「試すぞ!」
「ここで攻撃魔法はやめてよ?」
「わかってるって!」
三人は庭へ出た。
まず試すのは《影潜り》だ。
日差しを受け、シオンの足元から影が伸びている。
「じゃあ、やってみる」
シオンは自分の影を意識した。
「《影潜り》」
次の瞬間。
「えっ?」
ロッテが声を上げる。
シオンの体が、足元から影へ沈んでいった。
まるで水の中へ潜るように。
だが、抵抗はまったくない。
一瞬で全身が影の中へ消える。
「シオン?」
リュナが周囲を見回した。
返事はない。
一方、影の中に入ったシオンは、不思議な感覚に包まれていた。
暗い。
それなのに、周囲の様子はなんとなくわかる。
自分が潜った影。
近くにある木の影。
家が作る大きな影。
それらが、つながる道のように感じられた。
シオンが移動を意識する。
「……速い!」
地上を走るよりも明らかに速い。
庭を横切り、家の影まで移動する。
そこから外へ出ることを意識すると――。
「うわっ!」
ロッテの後ろからシオンが飛び出した。
「シ、シオンさん!?」
「すごい!」
「びっくりしました!」
「ごめん!」
シオンは笑いながら自分の足元を見る。
「でも、これすごいぞ。影の中だとかなり速く移動できる!」
リュナが興味深そうにシオンを見る。
「私の《影歩》とは全然違うわね」
「そうみたいだな。《影歩》は姿を消すわけじゃないけど、《影潜り》は本当に影の中へ入る」
「……ずるい」
「えっ?」
「なんでもない」
「今、ずるいって言ったよな?」
「次を試したら?」
「誤魔化した!」
ロッテがくすくすと笑っている。
「じゃあ、次は《無詠唱》だな」
庭で攻撃魔法を撃つわけにはいかない。
シオンは《ライト》を選んだ。
何も言わず、頭の中で魔法を明確に意識する。
次の瞬間。
光が生まれた。
「おおっ!」
「本当に何も言ってなかったわね」
「ああ!」
シオンは一度を消す。
そしてもう一度。
無言のまま発動する。
すぐに光が生まれた。
「これ、便利だな!」
「何を使うのか相手にわかりにくいのも大きいわね」
「あ、それもあるのか!」
「そこ考えてなかったの?」
「速く撃てることしか考えてなかった!」
「シオンらしいわ」
残る《連続魔法》は、攻撃魔法で試したい。
さすがに家の庭で《アイスランス》や《サンダーボルト》を連発するわけにはいかない。
「これは迷宮だな」
「明日まで我慢ね」
「仕方ない」
シオンは少し残念そうに答えた。
そのとき、リュナが尋ねる。
「《影潜り》の中から魔法を使えるんでしょ?」
「ああ」
「だったら、《ライト》なら試せるんじゃない?」
「なるほど!」
シオンは再び《影潜り》を使う。
体が影へ沈む。
その状態で《ライト》を意識した。
無詠唱。
魔力が動く。
そして影の中に光が生まれた。
「うわっ!」
シオンはすぐに《ライト》を消し、地上へ出る。
「どうしたの?」
「いや、使えたんだけど……影の中で光るって、なんか変な感じだな」
「そりゃそうでしょ」
「でも、魔法が使えることは確認できた!」
シオンは満足そうにうなずいた。
まだ《魔影士》はレベル一。
それなのに、《賢者》だったころとは明らかに戦い方が変わりそうだった。
「明日は迷宮だ!」
「やっぱりそうなるのね」
「《連続魔法》、試したいだろ?」
「私もちょっと見てみたいわ」
「私もです!」
翌朝。
三人は地下迷宮へ向かった。
今回の目的地は第十一階層。
第一階層から第九階層までは、すでに何度も通った場所だ。
現れる魔物を手早く倒し、罠だけはリュナが慎重に確認する。
そして第十階層。
昨日オーガと戦った広間を抜け、その奥の階段へ向かった。
「ここから先だな」
「第十一階層ね」
三人は階段を下りる。
第十一階層は、それまでより通路が広かった。
シオンたちが奥へ進んでいくと、リュナが足を止める。
「いるわ。前に三体」
曲がり角の先から姿を現したのは、ホーンゴブリンだった。
「ちょうどいい!」
シオンの目が輝く。
「俺にやらせて!」
「三体全部?」
「ああ!」
リュナとロッテが顔を見合わせた。
「危なくなったら入るわよ」
「頼む!」
三体のホーンゴブリンがシオンたちに気づいた。
棍棒を手に走り出す。
シオンは動かない。
足元の影を意識する。
「《影潜り》」
その姿が消えた。
三体のホーンゴブリンが足を止める。
目の前にいたはずの敵が突然消えたのだ。
周囲を見回す。
だが――。
遅い。
一体の背後にある影から、雷撃が飛び出した。
声はない。
姿もない。
無詠唱の《サンダーボルト》。
雷撃を受けたホーンゴブリンが、その場に倒れる。
残る二体が振り返った。
だが、そこにシオンはいない。
すでに影の中を移動していた。
別の方向から――。
《アイスランス》。
詠唱する声もなく、氷の槍が飛び出す。
二体目のホーンゴブリンを貫いた。
そして。
シオンは《連続魔法》を使う。
次の魔法へ、途切れることなく魔力を流した。
《ウインドカッター》。
風の刃が走る。
三体目のホーンゴブリンが斬り裂かれ、その場に倒れた。
ほんのわずかな間に――。
三体すべてが倒れていた。
「……」
リュナが黙っている。
ロッテも目を丸くしていた。
少し離れた場所の影から、シオンが姿を現す。
「どうだった!?」
「……速い」
リュナが答えた。
「でしょ!?」
「というか、相手からしたら何が起きたのかわからないんじゃない?」
「ですよね……」
ロッテが倒れた三体を見る。
「シオンさん、一度も姿を見せないまま全部倒しましたよ?」
「俺もびっくりしてる!」
シオンは自分の手を見る。
《影潜り》。
《無詠唱》。
《連続魔法》。
三つが組み合わさることで、想像していた以上の速度で戦えた。
そのとき――。
【《魔影士》のレベルが上がりました】
「おっ!」
続けて、また表示が浮かぶ。
【《魔影士》のレベルが上がりました】
「おおっ!?」
さらに――。
【《魔影士》のレベルが上がりました】
「ええっ!?」
「今度は何?」
リュナが尋ねる。
「レベル! 一気に上がった!」
シオンは慌ててステータスを開いた。
転職したばかりの《魔影士》はレベル一。
必要な経験値も、まだ少ない。
そこへホーンゴブリン三体分の経験値。
さらにシオン自身には、《経験値15倍》がある。
「三体倒しただけで、何回も上がった!」
「転職したばかりだものね」
リュナが納得したようにうなずく。
「私たちも新しいジョブになった直後は、すぐにレベルが上がりましたし」
ロッテも笑う。
「それにシオンさんは十五倍ですから」
「やっぱりすごいな、十五倍……」
「今さら?」
「いや、わかってたけど!」
シオンは改めてステータスを見る。
ついさっきまでレベル一だった《魔影士》が、もういくつもレベルを上げている。
そして――。
「もしかして……」
習得可能スキルの一覧を開く。
「増えてる!」
「もう?」
「ああ!」
レベルが上がったことで、新しく習得できるスキルが追加されていた。
「どんなスキル?」
「ちょっと待って。いっぱい確認したい!」
シオンは目を輝かせる。
だが、すぐに表示を閉じた。
「……いや、今はやめよう」
「珍しいわね」
「なんだよ、それ!」
「絶対ここで全部確認すると思ったから」
「俺だって成長するんだぞ!」
「昨日まで《賢者》だったのに?」
「関係ないだろ!」
ロッテが笑う。
「安全な場所でゆっくり確認しましょう」
「うん。そのほうがいいな」
シオンは倒した三体のホーンゴブリンを《ストレージ》へ収納した。
それから、自分の魔力を確認する。
「やっぱり《影潜り》は、使ってる間ずっと魔力を消費するな」
「三体倒すのに、どれくらい使ったの?」
「まだ余裕はある。でも、ずっと潜ったまま戦うのはもったいないかも」
「だったら、必要なときだけ使えばいいんじゃない?」
リュナが言う。
「移動するときとか、攻撃を避けるときとか」
「なるほど」
「普通に戦っても、シオンは十分強いんだから」
「あっ」
「忘れてたの?」
「ちょっとだけ」
「……シオン」
リュナが呆れた顔をする。
《魔影士》になったからといって、これまで覚えた魔法が消えたわけではない。
《賢者》として身につけた十四の魔法。
そこへ、影を使った高速移動と無詠唱、連続発動が加わった。
常に影へ潜る必要などない。
普通に魔法を使い、必要な瞬間だけ影へ消える。
それだけでも戦い方は大きく変わる。
「よし!」
シオンは第十一階層の奥を見る。
「もっと戦って、《魔影士》を育てよう!」
「目的が変わってない?」
「第十一階層の探索もしながら!」
「ならいいわ」
「私も新しいジョブをもっと育てたいです!」
ロッテが戦鎚を握る。
リュナも刀の柄へ手を置いた。
「じゃあ、行きましょう」
三人は再び歩き始める。
《賢者》として覚えた豊富な魔法。
敵の視界から消える《影潜り》。
声を必要としない《無詠唱》。
間を置かず魔法を放つ《連続魔法》。
そして、通常では考えられない速度で上がっていくジョブレベル。
《魔影士》としてのシオンの成長は――。
まだ、始まったばかりだった。




