第25話 第十階層の守護者
翌朝。
三人はいつもより少し早く冒険者ギルドを訪れていた。
目的は一つ。
第十階層にいるという、階層を守る魔物について情報を集めるためだ。
「おはようございます」
「おはようございます、セリスさん!」
シオンが受付へ向かうと、セリスは三人の姿を見てすぐに察したらしい。
「第十階層へ行かれるんですね?」
「はい! 昨日言ってた魔物について、先に聞いておこうと思って」
「それがいいと思います」
セリスは棚から一冊の記録簿を取り出した。
「第十階層の守護者は《オーガ》です」
「オーガ……!」
シオンの声が少し弾む。
「シオン、嬉しそうね」
「だって、オーガだぞ!」
「知ってるの?」
「俺のいた世界だと、物語とかゲームによく出てきたんだよ。実物はいなかったけど」
「そうなのね」
リュナは呆れたように笑った。
セリスが記録簿を開く。
「個体差はありますが、第十階層で確認されているオーガは、人間よりかなり大きく、非常に力が強い魔物です。武器は大きな棍棒。特別な魔法を使うという記録はありません」
「だったら、正面は私ですね!」
ロッテが言った。
「ただし、力任せの一撃は危険です」
「はい!」
「それから、守護者のいる部屋には、基本的にほかの魔物はいません。扉を開けて中へ入ると戦闘になります」
「一体だけか」
シオンはリュナを見る。
「それなら《瞬影乱舞》も使いやすそうだな」
「そうね。周りを気にしなくていいなら、思い切って動けるわ」
三人はさらに過去の討伐記録を確認した。
詳しい弱点が決まっている魔物ではない。
巨大な体。
高い腕力。
頑丈さ。
それがオーガの強さだった。
「ありがとうございます!」
「お気をつけて」
三人はギルドを出ると、そのまま地下迷宮へ向かった。
入口で冒険者カードを提示する。
「今日は十階層か?」
管理人に聞かれ、シオンがうなずいた。
「はい!」
「帰ったら結果を報告してくれ。無理だと思ったら引き返せよ」
「わかりました!」
三人は迷宮へ入った。
第一階層。
第二階層。
すでに何度も通った場所を、リュナの《気配察知》と《罠感知》を頼りに進んでいく。
途中でラットマンやゴブリンが現れても、足を止めるほどではなかった。
「《ウインドカッター》!」
風の刃がゴブリンを倒す。
別の一体が飛びかかってきたところを、ロッテの戦鎚が打ち倒した。
「終わりです!」
「こっちも終わったわ」
少し離れた場所では、リュナが刀を鞘へ戻している。
「早いな」
シオンは倒した魔物を《ストレージ》へ収納した。
以前なら、一つの戦闘ごとに周囲を確認し、息を整えていた。
今は違う。
三人とも、明らかに強くなっていた。
それでも、油断はしない。
魔物を簡単に倒せるようになったからといって、罠まで弱くなるわけではない。
リュナが危険を感じれば必ず止まり、三人で安全を確認してから進む。
そうして第六階層を越え、第七、第八と進んでいった。
第九階層に到着したころにも、三人には十分な余裕が残っていた。
「昨日より早かったな」
「道がわかってるもの」
リュナが答える。
「それに、魔物との戦闘に時間がかからないから」
「私たち、かなり強くなりましたよね」
ロッテが嬉しそうに言った。
「なったな!」
シオンも素直にうなずいた。
自分だけではない。
リュナもロッテも、普通では考えられない速度で成長を続けている。
シオン自身は十五倍。
仲間である二人にも十倍。
まだ三人で冒険を始めてから、それほど長い時間が経ったわけではない。
それなのに、最初のころとは比較にならないほど強くなっていた。
「……よし」
シオンは第十階層へ続く階段を見る。
「行こう!」
三人は階段を下りた。
第十階層。
これまでの迷宮とは、少し雰囲気が違っていた。
階段を下りた先には、まっすぐな石造りの通路が続いている。
分かれ道はない。
罠も見当たらなかった。
その先にあるのは――巨大な石の扉。
「あれね」
リュナが呟く。
「たぶん」
シオンが《ライト》で周囲を照らす。
扉の表面には、大きな棍棒を持つ人型の魔物が彫られていた。
「オーガ、でしょうか?」
「だろうな」
三人は扉の前で立ち止まった。
「最後に確認しよう」
シオンが二人を見る。
「ロッテが前。リュナは横から攻撃。俺は魔法で援護する」
「はい!」
「わかったわ」
「危ないと思ったら、すぐ距離を取る。倒せそうだからって無茶はしない」
「それ、シオンが一番気をつけることじゃない?」
「えっ?」
「そうですね」
「ロッテまで!?」
二人が笑う。
シオンもつられて笑った。
「じゃあ、行くぞ!」
三人で扉を押す。
ゴゴゴゴゴ――。
重い音を響かせながら、巨大な石扉が開いていった。
その先には、広い部屋があった。
天井も高い。
そして中央に、一体の魔物が立っている。
「……でかいな」
シオンが見上げた。
三メートル近い巨体。
太い腕。
灰褐色の肌。
手には、リュナの体ほどもありそうな巨大な棍棒を持っている。
シオンはすぐに《鑑定》を使った。
【オーガ】
表示されたのは、事前に聞いていた名前だった。
オーガが三人に気づく。
「グオオオオオオッ!」
咆哮が部屋に響いた。
「来ます!」
ロッテが前へ出る。
「《挑発》!」
オーガの視線がロッテへ向いた。
巨体が走り出す。
床が揺れる。
オーガが棍棒を大きく振り上げた。
「《不動》!」
ロッテが腰を落とす。
巨大な棍棒が振り下ろされた。
ドゴンッ!
轟音が響く。
ロッテの盾が、その一撃を真正面から受け止めた。
ホーンゴブリンとは比べものにならない威力。
それでも――。
「止めました!」
ロッテはしっかりと立っていた。
「すごいぞ、ロッテ!」
「これくらいなら大丈夫です!」
ロッテは《不動》を解くと、棍棒を押し返す。
「《サンダーボルト》!」
すかさずシオンの雷撃がオーガの肩を打った。
「グオッ!」
巨体が揺れる。
「《アイスランス》!」
続けて放たれた氷の槍が太腿を貫いた。
オーガの動きが鈍る。
「こっちよ」
そのときには、リュナがすでに側面へ回り込んでいた。
刀が閃く。
オーガの脇腹が斬り裂かれた。
「グオオッ!」
オーガが棍棒を横薙ぎに振るう。
リュナは《見切り》で軌道を読み、低く身を沈める。
巨大な棍棒が頭上を通過した。
「遅いわ」
リュナが背後へ抜ける。
オーガが振り返ろうとする。
「《挑発》!」
ロッテが注意を引き戻した。
オーガが再びロッテへ棍棒を振るう。
今度のロッテは《不動》を使わない。
盾を斜めに構え、棍棒の軌道を逸らす。
巨大な棍棒が床を叩いた。
ドンッ!
「今です!」
「任せろ!」
シオンが両手を前へ向ける。
「《ライトニング》!」
雷がオーガの巨体を包んだ。
「グオオオオッ!」
オーガが大きく仰け反る。
その隙を、リュナは逃さなかった。
「行くわ!」
刀を構える。
「《瞬影乱舞》!」
リュナの姿が加速した。
一撃。
オーガの腹を斬る。
二撃。
横へ抜けながら太腿を斬り裂く。
三撃。
オーガが振り返るより早く、背中へ刃が走る。
さらに一撃。
もう一撃。
高速の連続斬撃が、巨体へ次々と刻まれていく。
「はああっ!」
最後の一撃が深く入った。
リュナがオーガの側面へ駆け抜ける。
ほんの一瞬だけ足が止まり、すぐに刀を構え直した。
オーガはまだ立っていた。
だが、それだけだった。
全身に深い傷を負い、膝が大きく沈む。
「さすがに頑丈ね」
リュナが呟く。
「でも、もう終わりだ!」
シオンが右手を向けた。
オーガが最後の力を振り絞るように棍棒を持ち上げる。
「《サンダーボルト》!」
雷撃が胸を貫いた。
「グ……オ……」
巨大な棍棒が手から落ちる。
次の瞬間。
ズズン――。
オーガの巨体が床へ倒れた。
動かない。
「やりました!」
ロッテが声を上げた。
「ああ!」
シオンも拳を握る。
「第十階層、突破だ!」
リュナは刀を鞘へ戻した。
「思ったより余裕があったわね」
「うん」
シオンも同じことを感じていた。
オーガは間違いなく、これまで戦った魔物より強かった。
だが、三人が力を合わせれば危険を感じるほどではなかった。
むしろ、自分たちがどれだけ成長しているのかを実感できた戦いだった。
「俺たち、本当に強くなってるんだな」
「今さら?」
リュナが笑う。
「いや、わかってたけどさ!」
そのときだった。
シオンの視界に文字が浮かぶ。
【レベルが上がりました】
「おっ!」
「シオン?」
「レベルが上がった!」
「私もです!」
ロッテがすぐに答える。
「私も上がったわ」
リュナもステータスを確認する。
そしてシオンの視界には、さらに新しい文字が現れた。
【《賢者》のジョブレベルが50に到達しました】
「……来た」
「どうしたの?」
「五十だ!」
シオンは拳を握った。
「《賢者》がレベル五十になった!」
「本当!?」
「ああ!」
「おめでとうございます!」
ロッテが満面の笑みを浮かべる。
「これでシオンさんも転職できますね!」
「そうだ!」
シオンはすぐにステータスを確認した。
【転職可能】
リュナとロッテのときと同じ表示だ。
「転職候補は?」
リュナに聞かれ、シオンが確認する。
いくつかの候補が並んでいた。
だが――。
「……ん?」
視界の端が光った。
見慣れた感覚。
《正解選択》だ。
次の瞬間。
転職候補の中に、それまでなかった文字が追加された。
【《魔影士》】
「魔影士……?」
「何ですか、それ?」
ロッテが首を傾げる。
「わからない」
シオンが表示を見つめる。
そして、その横には――。
【正解】
「出た!」
「《正解選択》?」
「ああ!」
シオンは笑った。
「次のジョブは《魔影士》だ!」
「また聞いたことのないジョブね」
「私も初めて聞きました!」
「俺もだ!」
名前からして、普通の魔法使いではなさそうだ。
「魔法と影……なんか強そうじゃないか?」
「シオンが好きそうな名前ね」
「だろ!?」
「褒めてないわよ」
「なんでだよ!」
ロッテがくすくすと笑った。
シオンはもう一度《魔影士》の文字を見る。
《正解選択》が示した次の道。
ならば、迷う理由はなかった。
「よし! 街に戻ったら――」
「シオン」
リュナが倒れたオーガを指差す。
「それ、忘れてない?」
「あっ」
シオンはオーガを見る。
「もちろん持って帰る!」
巨大な死体へ手を触れる。
「《ストレージ》!」
オーガの巨体が一瞬で消えた。
「相変わらず便利ですね……」
「俺もそう思う」
部屋の奥を見ると、先ほどまで閉じていた石扉が開いていた。
その先には、さらに下へ続く階段が見える。
「十一階層……」
シオンが呟く。
迷宮は、まだ続いている。
「どうする?」
リュナが尋ねた。
シオンは少しだけ考えた。
体力にも魔力にも余裕がある。
進もうと思えば、まだ進める。
だが――。
「今日は帰ろう」
「そうね」
「はい!」
「《賢者》が五十になったんだ。先に転職して、それから十一階層へ行きたい!」
「私もそのほうがいいと思うわ」
三人は第十階層をあとにした。
帰り道も順調だった。
現れる魔物を手早く倒し、罠だけは慎重に確認しながら地上へ戻る。
迷宮の入口で管理人へ報告したあと、そのまま冒険者ギルドへ向かった。
「戻りました!」
受付にいたセリスが顔を上げる。
「お帰りなさい。第十階層はどうでしたか?」
「オーガ、倒しました!」
「もうですか?」
セリスが目を丸くした。
「はい!」
「三人とも、お怪我は?」
「ありません!」
ロッテが元気よく答える。
「余裕だったわ」
リュナも続けた。
「余裕って言うと、ちょっと格好つけすぎじゃないか?」
「実際、危ない場面はなかったでしょ?」
「……確かに」
シオンが笑う。
セリスは三人を見比べてから、討伐記録をつけた。
「オーガの討伐確認をしたいのですが」
「あります!」
シオンたちは買い取り場所へ移動した。
指定された場所で、シオンが《ストレージ》からオーガの巨体を取り出す。
ドンッ、と床に横たわったオーガを見て、買い取り担当者が目を見開いた。
「こいつを三人で?」
「はい!」
担当者が傷を確認していく。
「間違いない。第十階層のオーガだな」
討伐確認が終わると、シオンは再びオーガを収納し、買い取り用の場所へ運んだ。
三人が受付へ戻ると、セリスが冒険者カードを差し出すよう求めた。
「カードですか?」
「はい。三人ともお願いします」
シオン、リュナ、ロッテがカードを渡す。
セリスは一枚ずつ確認したあと、何かの記録と照らし合わせ始めた。
「何かありました?」
シオンが尋ねる。
「あります」
セリスが顔を上げた。
「三人とも、Cランクへの昇格条件を満たしました」
「……え?」
シオンが一瞬固まる。
「Cランク!?」
「はい」
セリスが微笑んだ。
「第十階層の守護者討伐。それまでの迷宮探索と討伐実績も含め、ギルドがCランク相当の実力があると判断しました」
「やった!」
シオンが拳を握る。
「リュナ! Cランクだって!」
「聞こえてるわよ」
そう答えながらも、リュナの尻尾は嬉しそうに揺れていた。
「わ、私もですか?」
ロッテが自分を指差す。
「もちろんです」
「でも、私……Dランクになったばかりですよ?」
「確かに、昇格してからの日数だけを見れば異例の早さです」
セリスはうなずいた。
「ですが、冒険者ランクは在籍日数だけで決めるものではありません。実際の依頼達成、探索実績、討伐実績、そしてパーティ内で果たした役割も判断材料になります」
セリスはロッテを見る。
「第十階層のオーガを相手に前衛として戦い、討伐に貢献した。その実績を無視して、昇格したばかりだからという理由だけでDランクに留める必要はありません」
「……!」
ロッテの顔が明るくなる。
「ありがとうございます!」
「おめでとう、ロッテ!」
「おめでとう」
「シオンさんもリュナさんも、おめでとうございます!」
三人は顔を見合わせた。
Fランクから始まったシオン。
同じく冒険者として歩き始めたリュナ。
そして、途中から仲間になったロッテ。
三人が今、そろってCランクになる。
「なんか……早かったな」
シオンが呟く。
「早かったというより、シオンがおかしいのよ」
「なんで俺!?」
「経験値十五倍なんて持ってる人に言われたくないわ」
「二人だって十倍だろ!」
「だから三人ともおかしいんです!」
ロッテの一言に、三人は笑った。
やがて手続きを終えたセリスから、更新された冒険者カードが返される。
そこには、はっきりと刻まれていた。
【冒険者ランク C】
「Cランク……」
シオンはカードを眺めた。
嬉しい。
だが、それ以上に――。
まだ先がある。
第十一階層。
その先には、さらに深い迷宮が続いている。
そして、自分には新しいジョブも待っている。
「明日は教会だな!」
「ええ」
「《魔影士》ですね!」
「ああ!」
シオンは自分のステータスを開いた。
《賢者 Lv50》
【転職可能】
そして転職候補には――。
【《魔影士》――正解】
その文字が輝いている。
Cランク冒険者への昇格。
《賢者》のレベル五十到達。
そして、新たに示された《魔影士》への道。
一日のうちに、一気にいくつもの扉が開いた。
「楽しみだな……!」
シオンはカードを握りしめた。
明日。
今度はシオンが、新しいジョブへの一歩を踏み出す。




