第24話 刀が拓く道
翌朝、リュナは家の庭で刀を抜いていた。
緩やかに反った刃を、ゆっくりと振り下ろす。
ロッテが二日かけて作ってくれた、初めての刀だ。
まだ短剣ほど手になじんではいない。それでも、握るたびに少しずつ重さの感じ方が変わってきた。
「おはよう、リュナ!」
家から出てきたシオンが声をかける。
「おはよう。ちょっとだけ練習してたの」
「どうだ、刀は?」
「振りやすいわ。でも、短剣と同じつもりで動くと、刃先が思ったより遠くまで届くのよね」
「それ、長所でもあるんじゃないか?」
「そうね。慣れれば、今までより少し離れた相手にも届きそう」
リュナは刀を鞘に収めた。
腰には、これまで使っていた短剣も残してある。
「迷宮では、場所によって使い分けるつもり」
「いいな! じゃあ、今日は刀の初実戦だ!」
「張り切りすぎないでよ?」
「それは俺の台詞じゃないか?」
二人が笑っていると、盾と戦鎚を持ったロッテが出てきた。
「お待たせしました!」
「よし、行こう!」
三人は地下迷宮へ向かった。
入口で冒険者カードを提示すると、管理人がロッテのカードを見てうなずいた。
「お、全員Dランクになったのか」
「はい!」
ロッテが嬉しそうに答える。
「昨日、昇格しました!」
「そいつはおめでとう。今日はどこまで行く予定だ?」
「第六階層から先を探索します。行けそうなら第九階層まで!」
シオンが答えると、管理人は少し考えた。
「第十階層には大きな扉がある。そこから先へ進むなら、十分に準備しておけよ」
「大きな扉?」
「ああ。まずはそこまで無事にたどり着くことだ」
三人は礼を言い、迷宮へ入った。
すでに通った第一階層から第五階層までは、前回の道順を参考に進んだ。
もちろん、魔物や罠が消えたわけではない。
リュナが《気配察知》と《罠感知》で先を調べ、危険な場所を避ける。現れた魔物は、ロッテが盾で受け止め、シオンが魔法で援護した。
戦闘に時間を取られることは、ほとんどなかった。
五階層の階段を下りたころには、三人ともすっかり探索の調子を取り戻していた。
「ここから先は初めてね」
リュナが刀の柄に手を添える。
「うん。慎重に行こう」
第六階層の通路は、これまでよりも広かった。
天井も高く、刀を振るうには十分な空間がある。
しばらく進むと、リュナが足を止めた。
「前に四体。ゴブリンより大きい気配があるわ」
曲がり角から姿を現したのは、ホーンゴブリンだった。
先頭の一体が、石の棍棒を振り上げる。
「《挑発》!」
ロッテが盾を掲げると、三体が彼女へ向かった。
残る一体は、通路の端を走るリュナに目を向ける。
「一体、そっちに行ったぞ!」
「わかってる!」
リュナは刀を抜いた。
ホーンゴブリンが棍棒を振り下ろす。
リュナは《見切り》で攻撃の始まりを読み、半歩だけ横へずれた。
短剣なら、そこからさらに踏み込む必要があった。
だが、今は違う。
「はっ!」
刀が弧を描いた。
刃がホーンゴブリンの胴を深く斬り裂く。
魔物は棍棒を取り落とし、そのまま倒れた。
「おおっ!」
シオンが声を上げる。
「刀、使えてるじゃないか!」
「まだ慣れないけどね!」
リュナはすぐにロッテのほうへ向き直った。
ロッテは盾で二体の棍棒を受け流し、戦鎚で一体を倒したところだった。
もう一体が横へ回ろうとしたところを、シオンの《アイスランス》が貫く。
「リュナ、最後の一体を頼む!」
「うん!」
リュナが《影歩》で近づき、刀を一閃させた。
最後のホーンゴブリンも倒れる。
シオンが四体を《ストレージ》へ収納した。
「どうだった?」
ロッテがリュナへ尋ねる。
「思ったより、刃が届くわ。振り終わったあとに少し体が流れたから、そこは直したいけど」
「持ち手は大丈夫ですか?」
「うん。握りやすい。ありがとう、ロッテ」
「よかったです!」
ロッテはほっとしたように笑った。
その後も三人は第六階層を進んだ。
リュナは刀を使える広い通路では刀を抜き、狭い横穴では短剣に持ち替えた。
ロッテは《挑発》で敵の注意を集め、正面から来る攻撃を盾で受け止める。
以前なら全身で踏ん張る必要があったホーンゴブリンの一撃も、今では落ち着いて受け流せるようになっていた。
「ロッテ、盾の使い方がうまくなったな!」
シオンが声をかける。
「《不動》に頼りきりにならないようにしてるんです! 動けるときは、動いたほうがいいですから!」
そう答えたロッテは、棍棒を振り下ろした魔物の横へ一歩ずれ、戦鎚を振るった。
ホーンゴブリンが倒れる。
シオンも、二人の動きに合わせて魔法を選んだ。
敵が密集していても、リュナが近くにいるなら《ウインドストーム》は使わない。
代わりに《ウインドカッター》で離れた一体を仕留め、ロッテが受け止めた相手へ《サンダーボルト》を放つ。
三人がそれぞれの役割を果たせば、この階層の魔物に手こずることはなかった。
戦闘を重ねるうちに、リュナとロッテのジョブレベルは次々と上がっていった。
「また上がったわ」
「私もです!」
「早いなあ!」
シオンは笑いながら、自分のステータスも確認した。
《賢者》のレベルは上がっている。
だが、まだ五十には届かない。
「俺も、もう少しなんだけどな」
「焦らなくていいんじゃない?」
リュナが言う。
「そうだな。今は先へ進むことに集中しよう!」
第七階層では、魔物よりも罠に時間を取られた。
床に紛れた落とし穴。
壁から突き出す槍。
踏むと石扉が閉じる仕掛け。
リュナが《罠感知》で異変に気づき、《罠解除》で仕組みを調べる。
解除できるものは解除し、難しいものは迂回した。
「魔物はすぐ倒せるのに、罠はそうはいかないんだな」
シオンが床の小さな継ぎ目を見つめる。
「強くなっても、落とし穴に落ちたら困るでしょ?」
「それはそうだ!」
リュナが笑った。
途中、通路の奥に弓を持ったゴブリンが三体現れた。
矢が放たれるより早く、シオンが《プロテクトウォール》を展開する。
矢が壁に弾かれた。
「私が行くわ!」
リュナは壁際を駆け、弓兵との距離を詰めた。
一体目を刀で斬り伏せ、二体目が逃げようとしたところで《影縫い》を使う。
足を止められたゴブリンは、弓を構え直す間もなく倒された。
残る一体は、シオンの《サンダーボルト》が仕留めた。
「その技、弓を持ってる相手にも便利だな」
シオンが言う。
「うん。でも、影を捉える位置まで近づかないといけないから、遠くにいる相手には届かないわ」
「近づくまでの援護は任せてくれ!」
「私も、前から来る敵は止めます!」
ロッテが盾を持ち上げた。
「頼んだわよ、二人とも」
三人は第七階層を抜け、休憩を取った。
シオンが《ストレージ》から水と食料を取り出す。
リュナは壁に背を預け、刀を膝の上に置いた。
「そろそろ、《瞬影乱舞》を実戦で試してみたいわ」
「おっ、いよいよか!」
「うん。昨日は誰もいない場所で動きを確かめただけだったから」
ロッテがうなずいた。
「私がほかの魔物を引きつけていれば、安心して使えそうですね!」
「そうね。技のあとにほんの一瞬だけ動きが途切れるから、周りに別の魔物がいない状況で試したいわ」
「俺も、周囲の気配には気をつけるよ」
シオンが言った。
「三人でタイミングを合わせよう!」
休憩を終え、三人は第八階層へ進んだ。
広い通路の先に、これまでより体の大きなホーンゴブリンが一体立っていた。
角も太く、手には金属の補強がついた棍棒を持っている。
シオンが《鑑定》を使う。
【ホーンゴブリン】
「名前は同じか。でも、あの棍棒は重そうだな」
「正面は任せてください!」
ロッテが前へ出た。
「《挑発》!」
ホーンゴブリンが吠え、ロッテへ突進する。
「《不動》!」
金属で補強された棍棒が盾を叩いた。
重い音が響く。
ロッテは足を動かさず、その一撃を受け止めた。
「……よしっ!」
ホーンゴブリンが、再び棍棒を振り上げる。
「《アイスランス》!」
シオンの放った氷の槍が、棍棒を持つ腕をかすめた。
魔物の攻撃が一瞬遅れる。
ロッテは《不動》を解いて一歩踏み込み、盾で押し返した。
続けて戦鎚で棍棒を持つ腕を打つ。
魔物が一歩よろめいた。
「今です!」
リュナが刀を構えた。
「《瞬影乱舞》!」
リュナの姿が、前へ滑るように動いた。
鋭い踏み込みとともに、刀が閃く。
一撃目が、ホーンゴブリンの胴を斬り裂いた。
魔物が反応するより早く、リュナは足を運び、別の角度から二撃目を放つ。
さらに三撃目。
緩やかに反った刃が連続して走り、ホーンゴブリンの巨体に深い傷を刻んだ。
「はあっ!」
最後の一撃が決まる。
リュナが魔物の側面へ抜けた直後、ホーンゴブリンは膝から崩れ落ちた。
そのまま、二度と動かなかった。
リュナはほんの一瞬だけ足を止め、すぐに刀を構え直す。
「……倒せた」
「おおおっ!」
シオンが声を上げた。
「すごいぞ、リュナ! あの大きさのホーンゴブリンを、一気に倒した!」
「すごかったです!」
ロッテも目を輝かせた。
「刀が何本もあるみたいに見えました!」
「そんなに?」
リュナは少し照れくさそうに笑った。
「自分では、狙ったところを順番に斬ったつもりなんだけど」
「それをあの速さでやったんだって!」
シオンは倒れた魔物を見た。
これまでのリュナなら、相手の攻撃をかわしながら何度か斬りつける必要があった。
だが、今は違う。
刀の長い間合いと《瞬影乱舞》の連続斬撃で、強い一体を一気に仕留められるようになったのだ。
「刀を作ってもらって、大正解だったな!」
「……うん」
リュナは手の中の刀を見つめた。
「短剣では届かなかったところまで斬れるし、この技なら一気に攻め切れる。思ってた以上に、私に合ってるかも」
「よかったです……!」
ロッテが嬉しそうに笑った。
「作った甲斐がありました!」
「本当にありがとう、ロッテ」
リュナは刀を鞘へ収めた。
「大切に使うわ」
シオンはホーンゴブリンの死体を《ストレージ》へ収納した。
「よし、先へ進もう!」
その後、第八階層では《瞬影乱舞》を使う場面が何度かあった。
一体だけで現れたホーンゴブリンには、リュナが刀を抜いて一気に仕掛ける。
ロッテが盾で敵の注意を引き、シオンが周囲を警戒する。
リュナが《瞬影乱舞》を放つと、ホーンゴブリンは反撃する間もなく倒れた。
一方、複数の魔物がいるときには、ほかの敵の位置を確かめてから技を使う。
ロッテが敵を引きつけ、シオンが離れた相手を魔法で仕留める。
リュナは狙った一体を連続斬撃で倒し、すぐに次の相手へ向き直った。
戦闘が長引くことはなかった。
第九階層へ下りるころには、三人の連携はさらに滑らかになっていた。
第九階層では、ホーンゴブリンが二体同時に現れた。
「二体ね」
リュナが刀を抜く。
「一体は私が引きつけます!」
ロッテが前へ出た。
「じゃあ、もう一体は俺が止める!」
シオンの《アイスランス》が一体の足元を貫き、動きを止める。
ロッテはもう一体の棍棒を盾で受け流し、戦鎚で反撃した。
魔物が倒れる。
リュナは足を止められたホーンゴブリンへ向かって踏み込んだ。
「《瞬影乱舞》!」
連続する斬撃が魔物を捉える。
最後の一撃が決まり、ホーンゴブリンが倒れた。
「よし、二体とも終わり!」
シオンが二体を収納する。
「この辺りの魔物なら、もう落ち着いて倒せるな」
「うん。刀にもだいぶ慣れてきたわ」
リュナが刃を確かめる。
ロッテはその様子を見て、少しだけ首を傾げた。
「リュナさん、あとで刀を見せてもらってもいいですか?」
「もちろん。どうしたの?」
「何度も使ったので、刃の状態を確かめたいんです。直したほうがいいところがあれば、次の鍛冶の日に手を入れます!」
「ありがとう。お願いするわ」
三人は安全を確認できる場所で腰を下ろした。
シオンは水を飲み、ステータスを開く。
《賢者》のレベルは、また一つ上がっていた。
「……あと少しだ」
「五十まで?」
ロッテが尋ねる。
「ああ。まだ届いてないけど、だいぶ近づいた!」
「楽しみですね!」
「うん。二人みたいに、新しいジョブが見つかるといいな」
リュナが笑った。
「シオンの《正解選択》なら、何か教えてくれるんじゃない?」
「そうだといいな!」
休憩を終え、三人は第九階層の奥へ進んだ。
魔物との戦闘は順調だった。
ただし、罠の確認だけは省かない。
リュナが《罠感知》で危険を見つけるたびに足を止め、解除できない仕掛けは慎重に避けた。
やがて、通路の先に下り階段が現れた。
階段の入口には、古い石碑が立っている。
シオンが《ライト》を近づけると、刻まれた文字が見えた。
『第十階層へ至る者よ。門の先へ進むならば、力を示せ』
「……力を示せ、か」
シオンが呟く。
「入口の管理人さんが言ってた、大きな扉ってこれのことかしら」
リュナが階段の下を見つめる。
その先には、暗い通路が続いていた。
ロッテが盾を握り直す。
「この先に、階層を守る魔物がいるのかもしれませんね」
「そうかもな」
シオンは二人を見た。
「でも、今日はここまでにしよう。第十階層へ行くなら、相手の情報を調べてからだ」
「賛成」
リュナがうなずく。
「刀の手入れもしておきたいし」
「私も、盾の状態を確かめたいです!」
「よし。じゃあ、帰ろう!」
三人は第九階層までの探索を終え、来た道を戻った。
迷宮の入口で帰還を報告し、ギルドで討伐した魔物を売却する。
セリスは探索記録を確認すると、少し驚いた顔をした。
「第九階層まで進まれたんですね」
「はい! 次は第十階層に挑戦しようと思ってます!」
シオンが答える。
「それでしたら、ひとつお伝えしておきます」
セリスは三人を見渡した。
「第十階層には、階層を守る強力な魔物がいます。奥の扉を開けて挑むことになるので、通常の探索とは分けて考えてください」
「やっぱり、ボスがいるのか……!」
シオンの目が輝いた。
「シオン」
リュナがすかさず名前を呼ぶ。
「わかってるって! 相手の情報を聞いてからだろ?」
セリスは小さく笑った。
「はい。挑戦する前に、確認しておくことをおすすめします」
「ありがとうございます!」
ギルドを出ると、三人は夕暮れの街を歩いた。
ロッテが自分の盾を見下ろす。
「帰ったら、傷を確かめますね。必要なら、鍛冶場で直したいです」
「私も刀の手入れを教えてほしいわ」
リュナが言う。
「もちろんです!」
シオンは二人の会話を聞きながら、空を見上げた。
次に挑むのは、第十階層。
その先へ進むための、大きな節目だ。
「……よし」
シオンは小さく拳を握った。
「次も、三人で突破しよう!」
「うん!」
「はい!」
三人は並んで、家へと帰っていった。




