第23話 初めての刀
迷宮から帰った翌朝。
シオンが居間へ下りると、ロッテが食卓に紙を広げていた。
「おはよう、ロッテ。何してるんだ?」
「あっ、おはようございます! 昨日のうちに、作りたい武器の形を考えてたんです」
紙には、細長い剣の絵が何本も描かれていた。
まっすぐなもの。先端だけ曲がったもの。刃が大きく反ったもの。
どれも、シオンが昨日説明した刀を想像して描いたらしい。
「すごいな。もうこんなに考えてくれたのか」
「でも、どれが正しいのかわからなくて……」
「俺も専門家じゃないから、正しい作り方までは知らないんだよな」
シオンは椅子に座り、紙を一枚引き寄せた。
「ただ、前の世界で見た刀は、こんな感じだったと思う」
紙の上に、緩やかに反った一本の線を描く。
「刃があるのはこっち側だけ。反対側は峰っていって、刃がついてないんだ」
「片側だけ……」
「あと、持ち手は両手でも握れるくらいの長さがあったな。でも、リュナが使うなら、長すぎないほうがいいかも」
「そうですね。体格と戦い方に合わせたいです」
ロッテは真剣な顔で、シオンの描いた線を見つめた。
そこへリュナがやってきた。
「おはよう。二人とも、もう始めてたの?」
「おはよう! ちょうどリュナの刀を考えてたところだ」
「私の?」
リュナが紙を覗き込む。
「へえ……こんな形なのね」
「今日は実際に握ってもらいながら、長さを決めたいです!」
ロッテが言うと、リュナは笑顔でうなずいた。
「うん。お願いするわ」
三人は朝食を済ませ、街の鍛冶場へ向かった。
ロッテが以前から知っている貸し鍛冶場は、職人街の一角にあった。
入口には、鉄を打つ音が響いている。
「おや、ロッテじゃないか」
奥から出てきた年配の職人が、ロッテに声をかけた。
「久しぶりだな。今日は何を作るんだ?」
「剣です! 仲間のために!」
「ほう」
職人はリュナを見てから、ロッテの持つ紙に目を落とした。
「……変わった形だな」
「私も初めて作る形なんです」
「そうか。炉と道具は空いてるぞ。無理な使い方だけはするなよ」
「はい!」
ロッテは鍛冶場の使用料を払い、作業場所を借りた。
シオンが《ストレージ》から第五階層で採掘した鉱石を取り出すと、職人が目を丸くする。
「お前さん、そんなものまでしまえるのか」
「あっ……ええと、ちょっと珍しいスキルで」
「便利なもんだな。だが、鉱石から剣にするなら、今日一日で全部終わるとは思うなよ」
「はい。急いで仕上げるつもりはありません!」
ロッテが答えた。
職人はうなずき、作業の邪魔にならない場所へ戻っていった。
まずは材料の確認だった。
ロッテは鉱石を一つずつ《金属鑑定》で調べ、使えそうなものを分けていく。
「こっちはいいですね。こっちは少し不純物が多いです」
「同じ場所で採っても違うんだな」
「はい。見た目だけじゃわからないこともあります」
ロッテは選別した鉱石を炉のそばへ運んだ。
鉱石から使える鉄を取り出す工程は、シオンが想像していたよりずっと手間がかかった。
炉の熱を整え、鉱石を処理し、取り出した金属の状態を確かめる。
ロッテは《鍛造の才》で金属の様子を感じ取りながらも、何度も手を止めて確認していた。
「スキルがあれば、一瞬でできるのかと思ってた」
シオンが呟くと、ロッテは首を横に振った。
「どこを見ればいいかは、前よりわかるんです。でも、手を動かすのは私ですから」
「そっか」
「それに、初めての形です。焦って失敗したくないです!」
その言葉に、シオンはうなずいた。
「じゃあ、今日はできるところまでだな」
「はい!」
昼を過ぎたころ、ロッテはようやく刀身に使う材料をまとめ始めた。
シオンは木片を借り、リュナに握ってもらいながら長さを相談する。
「これくらいだと、どう?」
「ちょっと長いかも。狭い通路だと振りにくそう」
「じゃあ、少し短くしよう」
ロッテも作業の手を止め、リュナの構えを見た。
「短剣みたいに片手で振ることもありますか?」
「たぶんね。でも、両手で握る動きも試してみたいわ」
「それなら、持ち手は少し長めにしましょう!」
三人で相談し、刀身の長さと反りの具合を決めていった。
ロッテが鉄を熱し、金槌を振るう。
甲高い音が、鍛冶場に響いた。
何度も熱しては打ち、形を整える。
途中、ロッテは金属を見つめて首を傾げた。
「……ここ、少し薄くなりすぎました」
「大丈夫か?」
「今なら直せると思います。もう一度、形を整えますね」
打ち直しが必要になるたび、ロッテは理由を確かめた。
シオンは、彼女が失敗を隠さず、一つずつ向き合っていることに気づいた。
夕方になっても、刀は完成しなかった。
形はできてきたものの、刃の仕上げや持ち手の調整が残っている。
「……ごめんなさい。今日中にはできませんでした」
ロッテが申し訳なさそうに言う。
「謝ることないだろ!」
シオンは即座に答えた。
「初めて作る武器なんだし、急いで使えないものになるほうが困るって!」
「私も待てるわよ」
リュナも笑った。
「私のために、こんなに考えて作ってくれてるんだもの」
「……ありがとうございます!」
ロッテはほっとした顔をした。
職人に相談すると、翌日も同じ作業場所を借りられることになった。
三人は道具を片づけ、家へ帰った。
翌日も、ロッテは朝から鍛冶場に立った。
前日に形を整えた刀身を確かめ、刃の仕上げへ進む。
焼き入れの工程では、ロッテはいつになく慎重だった。
「……ここで失敗したら、今までの作業が無駄になるかもしれません」
「俺たちは待ってるから、落ち着いてやってくれ」
「はい」
ロッテは金属の状態を確かめ、温度とタイミングを見極めながら作業を進めた。
やがて、刀身が姿を現した。
緩やかに反った、片刃の剣。
シオンの記憶にある刀とは細部が違うものの、確かにその面影があった。
「おお……!」
シオンは思わず声を漏らした。
「刀だ……!」
「まだ、持ち手と鞘が残ってますよ!」
ロッテは嬉しそうに笑い、作業を続けた。
持ち手には滑りにくい素材を使い、リュナの手に合わせて太さを調整する。
鞘も、鍛冶場の職人に木工の道具を借りながら、少しずつ形にした。
すべての作業が終わったころには、外は夕方になっていた。
「……できました!」
ロッテが完成した刀を両手で差し出す。
リュナは、そっと受け取った。
「……軽い」
鞘から抜くと、細身の刀身が光を受けた。
装飾は少なく、ところどころに手作りらしい粗さが残っている。
それでも、刃はまっすぐ整えられ、持ち手もリュナの手にしっくりと収まった。
「振ってみてもいい?」
「もちろんです! でも、周りに気をつけてくださいね!」
三人は職人に許可をもらい、鍛冶場の裏にある試し振り用の場所へ移動した。
リュナは刀を構え、ゆっくり振ってみた。
一度、二度。
続けて足を動かしながら、斬り下ろす。
「……うん」
リュナの口元に笑みが浮かんだ。
「いい感じ。短剣とは違うけど、思ったより動きやすいわ」
「本当ですか!?」
「うん。私、これ好きよ」
ロッテの顔がぱっと明るくなった。
「よかったです……!」
シオンも刀を見つめた。
「すごいな、ロッテ。俺は形を説明しただけなのに、本当に作っちゃった」
「シオンさんが教えてくれたからですよ!」
「いやいや、作ったのはロッテだって!」
二人が言い合っていると、リュナが小さく笑った。
「二人とも、ありがとう」
その一言に、シオンとロッテは顔を見合わせた。
リュナは刀を鞘へ収めると、ステータスを開いた。
「……これなら、あのスキルも試せるかもしれない」
「《瞬影乱舞》か!」
「うん」
リュナはスキルの説明をもう一度確認した。
高速で移動しながら連続で斬りつける技。
ただし、途中で急に方向を変えにくく、使い終わった直後には隙が生じる。
「実戦でいきなり使うのは危ないわね」
「じゃあ、ここで動きだけ試してみるか?」
「そうする」
リュナはスキルポイントを使い、《瞬影乱舞》を習得した。
刀を抜き、周囲に誰もいないことを確認する。
「二人とも、少し離れてて」
「わかった!」
シオンとロッテが下がった。
リュナは刀を構え、前方へ視線を向ける。
「《瞬影乱舞》!」
次の瞬間、リュナの姿が前へ滑るように動いた。
一歩。
二歩。
素早い踏み込みに合わせて、刀が連続して振るわれる。
最後の一撃を終えたリュナは、その場で足を止めた。
「……っ!」
体勢がわずかに崩れる。
リュナはすぐに立て直したものの、少し驚いた顔をした。
「なるほど……。最後まで動きが決まってる感じね」
「途中で止まれないのか?」
「止まれなくはないと思う。でも、無理に変えようとすると、かえって危ないわ」
リュナは刀を見下ろした。
「それに、終わった直後はすぐ次の動きに移りにくい。使う場所を選ばないと」
「じゃあ、俺たちが援護できるときに使おう!」
シオンが言う。
「私も盾で守ります!」
ロッテが胸を張った。
「ありがとう」
リュナはもう一度、ゆっくりと刀を振った。
「まずは、この刀に慣れるところからね」
ロッテは嬉しそうに、その姿を見つめていた。
「……あの、リュナさん」
「なあに?」
「使いにくいところがあったら、遠慮なく言ってください。次に作るときは、もっとよくしたいです!」
「うん。じゃあ、これから使いながら教えるわ」
リュナは刀を鞘へ収め、大切そうに腰へ差した。
「でも、この一本も大事に使うから」
「……はい!」
帰り道、シオンはリュナの腰にある刀をちらりと見た。
「名前、つけたりする?」
「名前?」
「せっかくロッテが作ってくれた、初めての刀だしさ」
リュナは少し考え、首を傾げた。
「今はまだ、いいかな」
「そうなのか?」
「うん。もっと一緒に戦ってから考えたいの」
リュナは刀の鞘にそっと触れた。
「まずは、この子のことをちゃんと知りたいから」
シオンは笑った。
「そっか。それもいいな!」
ロッテも嬉しそうにうなずいた。
「私も、もっといい刀を作れるように頑張ります!」
三人が家に帰り着くころには、すっかり日が暮れていた。
夕食の席で、シオンは明日の予定を切り出した。
「さて、明日は迷宮の続きだな!」
「六階層からね」
リュナが答える。
「刀は持っていくけど、短剣も忘れないようにするわ。狭い場所では、今までの武器のほうが使いやすいかもしれないし」
「私は、新しい刀を使うリュナさんの動きに合わせて守ります!」
ロッテが言う。
「俺も、二人の動きをよく見て魔法を使うよ」
三人は顔を見合わせ、笑った。
新しい刀は完成した。
けれど、それを使いこなすのは、これからだった。




