第22話 五階層の鉱石
翌朝、シオンたちは地下迷宮へ向かっていた。
シオンの《ストレージ》には、昨日買った採掘道具に加え、食料と水、予備の灯りも入っている。
「今日は五階層まで行ってみたいな!」
「目標にするのはいいけど、無理はしないわよ」
リュナが釘を刺す。
「わかってるって。危なかったら引き返す!」
「それならいいわ」
ロッテは左腕の盾を持ち上げ、具合を確かめた。
「私も、新しいスキルを試してみたいです!」
「《挑発》と《不動》だな。頼りにしてるぞ!」
「はい!」
迷宮の入口で冒険者カードを提示し、三人は管理人に行き先を伝えた。
「五階層を目指すのか。階段を見つけても、疲れているなら無理に降りるなよ」
「はい!」
管理人に見送られ、三人は迷宮へ入った。
第一階層は、以前にも歩いた場所だ。
シオンが《ライト》を使い、リュナが先頭で気配と罠を探る。ロッテは盾を構え、シオンは最後尾から周囲を警戒した。
しばらく進むと、リュナが足を止めた。
「前に二体。ラットマンだと思う」
「よし。新しいスキルを試してみようか」
曲がり角の向こうから、棍棒を持ったラットマンが二体現れた。
ロッテが一歩前に出る。
「《挑発》!」
二体の視線が、ロッテへ向いた。
一体が棍棒を振り上げ、もう一体もその後を追う。
「来ます!」
ロッテは足を開き、盾を正面に構えた。
「《不動》!」
棍棒が盾を叩いた。
鈍い音が響く。
ロッテの腕に衝撃が伝わったものの、足はほとんど動かなかった。
「おおっ、踏ん張れてる!」
シオンが声を上げる。
「はい! でも、ずっとこのままだと動けません!」
「わかってる!」
リュナが横へ走った。
一体のラットマンがロッテから目を離し、リュナへ向き直ろうとする。
「《影縫い》!」
リュナの短剣が、魔物の足元に落ちた影を捉えた。
ラットマンの足がぴたりと止まる。
「……効いた!」
ただし、棍棒を握る腕は動いている。
リュナは振り下ろされた一撃を《見切り》でかわし、その懐へ踏み込んだ。
短剣が魔物を倒す。
もう一体は、ロッテが盾で押し返したところへ戦鎚を振り下ろして仕留めた。
「やったな!」
シオンは二体を《ストレージ》へ収納した。
リュナが自分のステータスを確認する。
「あ、レベルが上がってる」
「私もです!」
ロッテも驚いた顔をした。
「転職したばかりだから、上がるのが早いですね!」
「しかも二人は経験値十倍だからな!」
シオンは嬉しそうにうなずいた。
リュナは短剣を鞘へ戻す。
「《影縫い》は便利ね。でも、足を止めても反撃はしてくる。使う相手と距離を考えないと」
「《不動》も同じです。正面から受けるときは頼りになりますけど、横に回られたら困ります」
「じゃあ、俺が後ろも見る。三人で補い合おう!」
二人がうなずいた。
その後、三人は前回見つけた鉱石のある場所へ向かった。
壁には、黒っぽい筋が走っている。
「あった!」
シオンが採掘道具を取り出す。
「ロッテ、どうだ?」
「ちょっと見てみますね」
ロッテは鉱石に触れ、《金属鑑定》を使った。
しばらく壁を見つめていたが、やがて眉を下げる。
「……鉄は含まれています。でも、不純物が多いですね」
「武器には向かない?」
「使えないわけじゃないです。ただ、リュナさんの刀にするなら、もう少しいい材料を探したいです」
「そっか」
シオンは壁の鉱石を見た。
「でも、せっかく道具を持ってきたんだし、少し採ってみようか」
「はい! 道具の使い心地も確かめたいです!」
ロッテは周囲の壁を確認してから、つるはしを握った。
リュナが通路の気配を探り、シオンが灯りを寄せる。
何度かつるはしを振るうと、壁から鉱石が崩れ落ちた。
「おお、採れた!」
「まだ少しだけですけどね」
ロッテは拾い上げた鉱石を確かめた。
「採る場所によっても状態が違うみたいです。勉強になります!」
採掘した鉱石と道具を《ストレージ》へしまい、三人は先へ進んだ。
第一階層の階段を下りると、第二階層の空気は少し冷たかった。
通路は第一階層より複雑で、途中には細い横穴もある。
リュナが罠を見つけ、解除できるものは慎重に解除した。仕組みがわからないものは、三人で別の道を選んだ。
魔物との戦闘も増えた。
ラットマンに加え、棍棒を持ったゴブリンが現れる。
ロッテが《挑発》で敵を引きつけ、リュナが《影歩》で側面へ回る。
敵が複数いるときは、シオンが《ウインドカッター》や《アイスランス》で援護した。
戦闘を重ねるたび、リュナとロッテのジョブレベルは上がっていく。
「また上がったわ」
「私もです!」
「いいなあ、二人とも!」
シオンが笑う。
「シオンだって上がってるんでしょ?」
「上がってはいるけど、二人ほど頻繁じゃないな。《賢者》は必要な経験値が多いみたいだ」
「じゃあ、私たちが先に強くなって守ってあげるわ」
「頼もしい!」
第三階層では、天井の低い通路が増えた。
ロッテは盾を構えたまま進み、リュナは足音を抑えて先の様子を確かめる。
途中、ゴブリンの群れが狭い通路を塞いでいた。
「六体いるわ」
戻ってきたリュナが告げる。
「奥の二体は弓を持ってる」
「弓か……。じゃあ、ロッテは前の四体を頼む。俺が奥を狙う」
「はい!」
ロッテが通路へ踏み出す。
「《挑発》!」
前にいたゴブリンたちが、ロッテへ向かってきた。
ロッテは《不動》で正面の攻撃を受け止める。
その後方から、シオンが杖のない手を突き出した。
「《プロテクトウォール》!」
飛んできた矢が、魔法の壁に弾かれる。
「リュナ、今だ!」
「うん!」
リュナは《影歩》で壁際を駆け、ゴブリンの側面へ回り込んだ。
弓を構え直そうとした一体の影を《影縫い》で捉える。
足の止まったゴブリンへ短剣を振るい、続けてもう一体を倒した。
前衛の四体も、ロッテの戦鎚とシオンの魔法で仕留める。
「よし、六体!」
シオンは魔物を収納した。
ロッテが盾を下ろし、大きく息を吐く。
「《不動》を使っている間、前に集中しすぎました。矢には気づけなかったです」
「そこは俺が見るよ」
シオンが答える。
「その代わり、ロッテが前を守ってくれたから、落ち着いて魔法を使えた」
「……はい!」
ロッテは嬉しそうに笑った。
第四階層へ着くころには、三人とも少し疲れていた。
安全を確認できる行き止まりで休憩を取り、シオンが《ストレージ》から食料と水を出す。
「ここまで、思ったより順調だな」
「新しいスキルのおかげもあるわね」
リュナは水を飲み、通ってきた道を振り返った。
「でも、階層が下がるほど魔物の数が増えてる。五階層は慎重に行きましょう」
「そうですね!」
ロッテはパンを食べながらうなずいた。
「鉱石も見つけたいですけど、まずは無事に帰ることが大事です!」
「もちろん!」
休憩を終え、三人は第四階層を進んだ。
この階層では、ゴブリンに混じってホーンゴブリンも姿を見せた。
以前は一体を相手に慎重に戦った魔物だ。
だが、今は三人の動きが違う。
ロッテが《挑発》で注意を引き、《不動》で石の棍棒を受け止める。
リュナが《影縫い》で足を止め、シオンの《サンダーボルト》がとどめを刺した。
「……前より、ずっと戦いやすかったな」
シオンが言うと、リュナもうなずいた。
「役割がはっきりしたからね」
「私も、盾で守るのが楽しくなってきました!」
ロッテは誇らしそうに盾を掲げた。
やがて、第五階層へ続く階段が見つかった。
「着いた……!」
シオンが階段の下を覗く。
「五階層だ!」
「まだ降りただけよ」
リュナが笑う。
「そうだった!」
三人は気を引き締め直し、階段を下りた。
第五階層は、これまでより通路が広かった。
壁にはところどころ金属の筋が見え、床には小さな石片が散らばっている。
ロッテが、すぐに足を止めた。
「……あれ?」
「どうした?」
「あの壁、ちょっと気になります」
ロッテが指さした先には、灰色の岩肌に混じって、鈍い光を放つ鉱石が露出していた。
シオンが《鑑定》を使う。
【鉄を含む鉱石】
「俺の《鑑定》だと、第一階層のときと同じ表示だな」
「私も見てみます!」
ロッテが壁に近づき、《金属鑑定》を使った。
その表情が、少しずつ明るくなる。
「……これ、いいです!」
「おっ!?」
「第一階層の鉱石より、不純物がずっと少ないです! 鉄の状態もいいと思います!」
「刀に使えそう?」
リュナが尋ねる。
ロッテは何度か鉱石を確かめてから、力強くうなずいた。
「はい! これなら、試してみたいです!」
「やったな!」
シオンが拳を握った。
「じゃあ、採掘しよう!」
「待って」
リュナが片手を上げる。
三人は動きを止めた。
「奥に魔物の気配がある。二体……いえ、三体ね」
「先にそっちを片づけようか」
「うん」
リュナが先行し、魔物の位置を確かめる。
相手はホーンゴブリンが三体だった。
広い通路へ誘い出すと、ロッテが《挑発》を使う。
二体がロッテへ向かったが、残る一体はリュナの動きを追った。
「全部は引きつけられません!」
「大丈夫!」
リュナは《見切り》で棍棒をかわし、《影縫い》で相手の足を止める。
その間に、シオンが《アイスランス》を放った。
ロッテは二体の攻撃を盾で受け止め、戦鎚で一体を倒す。
残る一体はシオンとリュナが連携して仕留めた。
「よし。これで周りは大丈夫そうか?」
「今のところ、近くに気配はないわ」
「じゃあ、採掘だ!」
シオンが道具を取り出した。
ロッテは壁の状態を確かめ、採る場所を選ぶ。
第一階層で試したときよりも、つるはしを振るう手つきが落ち着いていた。
硬い音が響き、鉱石が少しずつ崩れ落ちる。
「おお……!」
シオンが拾い上げた鉱石を、ロッテへ渡す。
ロッテは《金属鑑定》で確かめ、満足そうにうなずいた。
「これもいい状態です!」
「じゃあ、もう少し採ろう!」
三人は周囲の警戒と採掘を交代しながら、持ち帰る分の鉱石を集めた。
採れた鉱石は、シオンが次々と《ストレージ》へ収納していく。
やがてロッテが、つるはしを下ろした。
「……これくらいあれば、最初の一本を試すには十分だと思います!」
「本当!?」
リュナが目を輝かせる。
「はい! ただ、初めて作る形ですから、うまくいくかはまだわかりません」
「それでも、ロッテが作ってくれるなら楽しみよ」
「……頑張ります!」
ロッテは照れくさそうに笑った。
シオンは《ストレージ》の中身を確認する。
魔物の死体に、採掘した鉱石。道具も食料も、まだ余裕がある。
「よし。今日はここまでにしようか」
「賛成」
リュナがうなずく。
「五階層まで来られたし、鉱石も見つかったものね」
「私も、早く鍛冶場で試してみたいです!」
三人は来た道を戻り、途中で休憩を挟みながら迷宮の入口へ帰り着いた。
管理人に帰還を報告すると、その足で冒険者ギルドへ向かう。
受付にいたセリスが、三人の顔を見て微笑んだ。
「お帰りなさい。今日はどちらまで?」
「第五階層まで行ってきました!」
シオンが答える。
「第五階層ですか。初めての本格的な探索にしては、ずいぶん進みましたね」
「鉱石も採ってきたんです!」
ロッテが嬉しそうに言う。
シオンは討伐した魔物を買い取り担当へ引き渡し、三人の冒険者カードをセリスへ差し出した。
セリスは探索記録と討伐実績を確認する。
「シオンさんとリュナさんは、引き続きDランクですね。それから……ロッテさん」
「は、はい!」
「今回の実績で、Dランクへの昇格条件を満たしました。おめでとうございます」
「……えっ!?」
ロッテが目を丸くした。
「私も、Dランクですか!?」
「はい。盾役としての貢献も、討伐実績も確認できています」
「やったな、ロッテ!」
「おめでとう!」
二人に祝福され、ロッテは冒険者カードを両手で受け取った。
「ありがとうございます……!」
少し潤んだ目で、カードを見つめる。
「私、鍛冶も冒険も、どっちも頑張ります!」
ギルドを出たころには、空が夕焼けに染まり始めていた。
「明日は休みにしようか」
シオンが言う。
「ロッテ、鍛冶場を借りるんだろ?」
「はい!」
ロッテは《ストレージ》に収められた鉱石を思い浮かべるように、胸の前で拳を握った。
「まずは、シオンさんに刀の形を教えてもらいたいです!」
「任せろ! ……と言いたいところだけど、俺も作り方までは知らないからな。形を説明するところから、一緒に考えよう」
「それで十分です!」
リュナは二人を見て、楽しそうに笑った。
「私も手伝えることがあったら言ってね」
「もちろん!」
三人は並んで、家へと歩き始めた。
明日は、迷宮へは行かない。
代わりにロッテが、初めて見る形の剣作りに挑戦する日だった。




