第21話 月影獣と武装匠
翌朝、シオンはいつもより早く目を覚ました。
今日は、リュナとロッテが転職する日だ。
自分のことではないのに、昨夜から楽しみで仕方がなかった。
「よし!」
勢いよく寝台から起き上がり、着替えを済ませて居間へ向かう。
すると、すでにリュナとロッテが食卓についていた。
「おはよう!」
「おはよう、シオン」
「おはようございます!」
二人の前には、まだ手をつけていない朝食が並んでいる。
「待っててくれたのか?」
「三人で食べようと思って」
リュナが答える。
「それに、今日はシオンが一番早く起きると思ってたんだけど」
「……俺、そんなに楽しみにしてるように見えた?」
「昨日、寝る前に三回も『明日が楽しみだな』って言ってたわよ」
「三回も!?」
ロッテが笑った。
「私も楽しみです!」
シオンは椅子に座り、二人と一緒に朝食を食べ始めた。
「リュナは《月影獣》、ロッテは《武装匠》か……。名前からして強そうだよな!」
「名前だけで決めちゃ駄目よ」
「わかってるって!」
リュナは苦笑しながらパンをちぎった。
「でも、私も気になってる。今までの《獣影士》と、何が変わるのかしら」
「私は、新しいスキルが楽しみです!」
ロッテは自分の左手を見た。
「昨日のホーンゴブリンの攻撃、受け止めたのに少し下がっちゃいましたから。もっとしっかり守れるようになりたいです」
「十分頼もしかったけどな」
「ありがとうございます! でも、もっと頑張りたいです!」
朝食を終えると、三人は身支度を整えて家を出た。
教会は、リーベルの中央広場から少し離れた場所にあった。
白い石造りの建物で、入口の上には見慣れない紋章が刻まれている。
「ここか……」
シオンは建物を見上げた。
「俺、教会に来るのは初めてだな」
「私は前に来たことがあるわ」
リュナが答える。
「でも、転職するのは初めて」
「私もです!」
ロッテは少し緊張した様子で、盾の持ち手を握り直した。
「じゃあ、行こう!」
三人は教会の扉を開けた。
中は静かだった。
高い天井から柔らかな光が差し込み、奥には大きな石の台座が置かれている。
入口近くにいた神官が、三人へ歩み寄ってきた。
「本日は、どのようなご用件でしょうか?」
「転職の手続きをお願いしたいんです!」
シオンが答える。
「こちらの二人が、ジョブレベル五十になりまして!」
「おめでとうございます」
神官はリュナとロッテへ丁寧に頭を下げた。
「それでは、順番に転職の儀を行いましょう。冒険者カードを拝見してもよろしいですか?」
二人がカードを差し出すと、神官は内容を確認した。
「確かに、お二人とも現在のジョブがレベル五十に達していますね」
ロッテが遠慮がちに尋ねる。
「あの……費用は、いくらでしょうか?」
「上限に達した方の転職には、高額な寄付は必要ありません。通常の手続きとして、お一人につき銅貨五枚をお納めいただいています」
「銅貨五枚……!」
ロッテはほっとしたように息をついた。
「よかったです……」
「途中で転職するときは、ずいぶん高いって聞いたもんな」
シオンが言うと、神官はうなずいた。
「現在のジョブを修める前に変更する場合は、別の手続きとなります。今回はお二人とも上限に達していますので、ご安心ください」
二人はそれぞれ銅貨五枚を支払った。
「では、どちらから始めましょうか?」
「私からでもいい?」
リュナが一歩前へ出た。
「もちろん!」
シオンが答えると、ロッテも笑顔でうなずいた。
「頑張ってください!」
神官に案内され、リュナは奥の台座の前に立った。
「台座に手を置き、希望するジョブを意識してください」
「はい」
リュナは石の台座へ手を置いた。
その表面に、淡い光が広がる。
リュナの視界には、転職可能なジョブの一覧が浮かんでいた。
昨日、シオンの《正解選択》によって見つかった名前も、そこにある。
《月影獣》
リュナは小さく息を吸った。
「……《月影獣》」
台座の光が強まった。
淡い銀色の光がリュナの体を包み、やがて静かに消えていく。
「……終わった?」
リュナが自分の手を見下ろす。
神官が微笑んだ。
「はい。転職は無事に完了しました」
「おおっ!」
シオンが思わず声を上げる。
「リュナ、どうだ!?」
「ちょっと待って……」
リュナは自分のステータスを開いた。
【ジョブ:月影獣 Lv1】
「……変わってる!」
「やったな!」
「うん!」
リュナは嬉しそうに笑った。
続いて、ロッテが台座の前へ進む。
「私も、お願いします!」
「どうぞ」
ロッテは盾を脇に置き、台座に手を添えた。
転職候補の一覧を確認し、その中から一つの名前を選ぶ。
「《武装匠》……!」
台座から光が広がった。
今度は温かな金色の光が、ロッテの小さな体を包み込む。
光が消えると、ロッテはすぐにステータスを開いた。
【ジョブ:武装匠 Lv1】
「……できました!」
「おめでとう、ロッテ!」
「ありがとうございます!」
ロッテは盾を抱え、満面の笑みを浮かべた。
神官に礼を伝え、三人は教会を出た。
広場の端にあるベンチに腰を下ろすと、シオンは待ちきれない様子で尋ねた。
「それで、新しいスキルは!?」
「今、見てるところよ」
リュナは《月影獣》の習得候補を確認していた。
「……あっ」
「何かあった?」
「《影縫い》っていうスキルがあるわ」
「影縫い?」
「相手の影を武器で捉えると、短い間だけ足を止められるみたい」
「おお! それ、便利そうだな!」
リュナは説明を読み進めた。
「強い相手ほど止められる時間は短いし、体全部が動かなくなるわけじゃないみたい。でも、突進を止めたり、逃げる相手の足を止めたりはできそう」
「ロッテが受け止めた相手にも使えそうだな」
「うん。覚えてみる」
リュナは《影縫い》を習得した。
続いて、別のスキルに目を留める。
「……《瞬影乱舞》?」
「何だそれ!?」
シオンが身を乗り出した。
「高速で移動しながら、連続で斬りつける技みたい」
「乱舞……!」
シオンの目が輝く。
「絶対かっこいいやつだ!」
「かっこよさだけで決めないの」
リュナは笑いながら、説明を最後まで読んだ。
「連続攻撃の途中では、急に進む方向を変えにくいみたい。それに、使った直後は少し隙ができるって」
「じゃあ、ロッテに相手を引きつけてもらってから使うとよさそうだな」
「そうね。ただ……」
リュナは腰の短剣に触れた。
「この技、長めの片刃の剣と相性がいいみたいなの」
「片刃の剣……」
シオンは少し考えた。
そして、前世で知っていた武器を思い出す。
「……刀か!」
「カタナ?」
「俺が前にいた世界にあった武器だよ。片側だけに刃があって、少し反った形の剣なんだ」
シオンは手で大まかな形を描いた。
「斬る動きに向いてる。リュナの速さにも合いそうだな」
「へえ……」
リュナは興味深そうに聞いていた。
「この街で売ってるかしら?」
「見たことないな。あとで武器屋で聞いてみるか」
「うん。今は、短剣でも使える技を先に覚えたいわ」
リュナは《瞬影乱舞》の習得をいったん見送った。
新しい武器を手に入れ、動きを確かめてから考えるつもりだった。
「じゃあ、次はロッテだな!」
「はい!」
ロッテは《武装匠》のスキル一覧を開いた。
「……あっ! 盾に関係するスキルがあります!」
「何があるんだ?」
「《挑発》と《不動》です!」
「おお!」
シオンがうなずく。
「いかにも盾役って感じだな!」
ロッテは《挑発》の説明を読み上げた。
「相手の注意を自分に向けやすくするスキル、みたいです。ただ、必ず引きつけられるわけじゃないんですね」
「頭のいい魔物だと、無視することもあるのかもしれないな」
「はい。だから、使ったあとも相手の動きをよく見ないといけません」
続いて、《不動》を確認する。
「こちらは、足を踏ん張って攻撃を受け止めやすくするスキルです!」
「昨日のホーンゴブリンみたいな相手に使えそうだな!」
「そうですね!」
ロッテは嬉しそうにうなずいた。
「でも、動きにくくなるみたいですし、攻撃そのものが痛くなくなるわけじゃないです」
「じゃあ、正面を守るときに使って、横や後ろは俺たちが気をつける!」
「私も周りを見るわ」
リュナが言う。
ロッテは二人の顔を見て、力強くうなずいた。
「お願いします!」
ロッテは《挑発》と《不動》を習得した。
「……これで、もっと盾役らしくなれます!」
「もともと頼りにしてたけど、ますます頼もしくなったな!」
「えへへ……!」
ロッテは照れくさそうに笑った。
そして、もう一度スキル一覧を見た。
「鍛冶のスキルも、ちゃんと残ってます」
「《鍛造の才》も?」
「はい! なくなってません!」
「よかった!」
ロッテは胸を撫で下ろした。
「《金属鑑定》も習得候補にあります。昨日の鉱石を見て、やっぱり覚えたいと思ったんです」
「いいじゃないか!」
「はい!」
ロッテは《金属鑑定》を習得した。
「これで、鉱石を見つけたときに、もう少し詳しく調べられると思います!」
「じゃあ、次の迷宮探索が楽しみだな!」
シオンは立ち上がった。
「よし! 採掘道具を買いに行こう!」
「……その前に、ひとつ聞いていい?」
リュナがシオンを見上げた。
「さっき言ってた、カタナっていう武器。ロッテなら作れるのかしら?」
「えっ、私ですか!?」
ロッテが目を丸くした。
シオンは少し考えた。
「形や使い方を俺が説明して、ロッテに作り方を考えてもらう……っていうのは、どうだろう?」
「でも、私、見たことのない武器を作ったことはないです」
「そりゃそうだよな」
シオンはうなずいた。
「いきなり完成品を作れるとは思ってないよ。まずは、どんな形がいいか相談するところからだな」
ロッテは少しの間、考え込んだ。
やがて、顔を上げる。
「……やってみたいです!」
「おお!」
「ちゃんと使えるものを作れるかは、まだわかりません。でも、リュナさんが使う武器なら、頑張ってみたいです!」
リュナが嬉しそうに笑った。
「ありがとう、ロッテ」
「はい!」
「ただ、今日は鍛冶場を借りる日じゃないわよね?」
リュナがシオンを見る。
「まずは採掘道具を買って、次の迷宮探索の準備をするんでしょ?」
「そうだった!」
シオンは笑った。
「刀のことは、依頼を休む日にゆっくり考えよう!」
三人は広場を離れ、道具屋へ向かった。
店内には、縄や水袋、ランタンなどの冒険用品が並んでいる。
奥の壁には、つるはしや小型の採掘用ハンマーが掛けられていた。
「おお、あった!」
シオンがつるはしを手に取ろうとすると、ロッテが声をかけた。
「シオンさん、ちょっと待ってください!」
「ん?」
「持つところと、先の金属を見てもいいですか?」
「もちろん!」
ロッテはつるはしを受け取り、柄の状態を確かめた。
続いて、金属部分へ意識を向ける。
「《金属鑑定》……」
ロッテの目が、わずかに見開かれた。
「……見えます!」
「何が!?」
「使われている金属の状態です! こっちは、刃先が少し傷んでますね」
ロッテは別のつるはしを手に取った。
「こっちのほうが、先端の状態がいいです」
「おお! もう役に立ってる!」
「えへへ……!」
店主に用途を伝え、三人は採掘用のつるはし一本と、小型のハンマー、鉱石を崩すための道具を選んだ。
ロッテは持ちやすさを確かめ、シオンは代金を支払う。
買った道具は《ストレージ》へ収納した。
「これで、次は鉱石も採れるな!」
「はい!」
ロッテが嬉しそうに答える。
「でも、迷宮では周りを確認してからですよ!」
「わかってるって!」
「本当に?」
リュナが笑いながら尋ねる。
「……三人で確認してから!」
「それなら大丈夫ね」
店を出ると、シオンは二人を見た。
「明日は、新しいジョブで迷宮に行ってみようか!」
「私はいいわよ」
「私も行きたいです!」
ロッテは自分の盾を見下ろした。
「《挑発》と《不動》、ちゃんと使えるようになりたいです!」
「私は《影縫い》の練習ね」
リュナが言う。
「それに、鉱石が見つかったらロッテに見てもらいたいわ」
「任せてください!」
シオンは満面の笑みを浮かべた。
「よし! じゃあ、明日も三人で頑張ろう!」
新しいジョブ。
新しいスキル。
そして、初めての採掘道具。
三人は次の迷宮探索を楽しみにしながら、家への道を歩いていった。




