第20話 次のジョブへの扉
コツン、コツン。
硬いものが石床を叩く音が、少しずつ近づいてくる。
シオンは《ライト》の光を通路の奥へ向けた。
暗がりから現れたのは、ラットマンよりもひと回り大きな魔物だった。
灰色がかった緑色の体。頭には短い角が二本生え、右手には先端の尖った石の棍棒を握っている。
「……あいつは?」
シオンは魔物へ意識を向けた。
「《鑑定》!」
【ホーンゴブリン】
【角を持つ小型の魔物。通常のゴブリンより腕力が強い】
【討伐素材:角、牙】
「ホーンゴブリンだ! 普通のゴブリンより力が強いらしい!」
「なら、正面は私が受けます!」
ロッテが盾を構えて一歩前へ出る。
「リュナさん、横をお願いします!」
「わかったわ!」
ホーンゴブリンが吠え、棍棒を振り上げた。
ロッテは足を開き、盾を斜めに構える。
ガァンッ!
「くっ……!」
衝撃でロッテの靴底が石床を滑った。
オークの攻撃を受け止めたときほどの重さはない。それでも、狭い通路では踏ん張る位置を選びにくかった。
「ロッテ!」
「大丈夫です!」
ロッテは盾を押し返し、戦鎚を振る。
ホーンゴブリンは後ろへ跳び、戦鎚をかわした。
その足が着地する直前、リュナが動いた。
「そこ!」
《影歩》で側面へ回り込み、短剣を突き出す。
だが、ホーンゴブリンは角を振り回すように頭を下げた。
「っ!」
リュナは《見切り》で動きを読み、身を引く。
短剣の切っ先が相手の腕をかすめた。
「頭も武器なのね!」
「じゃあ、上を向かせる!」
シオンは狙いを定めた。
「《アイスランス》!」
氷の槍がホーンゴブリンの足元へ突き刺さる。
魔物が飛びのいた先には、ロッテがいた。
「えいっ!」
戦鎚が棍棒を握る腕を打つ。
ホーンゴブリンの手から、石の棍棒が落ちた。
「今です!」
「《サンダーボルト》!」
シオンの雷が魔物を撃ち抜いた。
ホーンゴブリンは体を震わせ、その場に倒れた。
「……よし!」
シオンは魔法を解き、周囲を見回す。
リュナも耳を澄ませた。
「今のところ、ほかの気配はないわ」
「ロッテ、手は大丈夫か?」
「はい! ちょっとしびれましたけど、怪我はありません!」
ロッテは盾を持つ左手を開いたり閉じたりした。
「でも、さっきの攻撃……受け止めたのに、少し下がっちゃいました」
「狭いところだったからな」
シオンが通路を振り返る。
「いつもの森と違って、足の置き場も限られるし」
「そうですね。盾の構え方を、もう少し考えてみます!」
ロッテは悔しそうにするよりも、次の戦いを思い浮かべているようだった。
シオンはホーンゴブリンを《ストレージ》へ収納した。
「さて、もう少し進むか?」
「その前に、少しだけ待って」
リュナが自分のステータスを見つめていた。
「……ジョブレベルが上がったみたい」
「おお! いくつになった?」
「……五十」
「五十!?」
シオンが目を丸くする。
通常のジョブが到達できる上限。
リュナの《獣影士》は、ついにそこへ届いていた。
「すごいじゃないか!」
「うん。でも……」
リュナは表示を見つめたまま、首をかしげる。
「ジョブレベルの横に、今までなかった表示が出てるの」
「何て?」
「『転職可能』って」
シオンが身を乗り出す。
「ついに来たか……!」
「ついにって、何が?」
「いや、なんかこう……次の段階って感じがするだろ!」
リュナは苦笑した。
「気持ちはわかるけど、ここで急に変えるのは怖いわ」
「そうだな。教会での手続きも確認してないし」
この世界では、ジョブを途中で変えるために教会へ多額の寄付を納める必要があると聞いている。
上限に達した場合はどうなるのか、シオンたちはまだ詳しく知らなかった。
「帰ったらセリスさんに聞こう」
「うん。それがいいと思う」
そのとき、ロッテが小さな声を上げた。
「……あの」
「どうした?」
「私も、五十になってます」
「ええっ!?」
シオンとリュナが同時に振り返った。
ロッテは自分のステータスを見つめ、何度も目を瞬かせている。
「さっきの戦いで上がったみたいです。私にも『転職可能』って……」
「ロッテもか!」
「はい……!」
ロッテは驚いたように笑った。
「《鍛冶師》として、五十まで来られるなんて思ってませんでした」
鍛冶の才能がないと思い込み、一度は夢を諦めた。
それでも、今は《鍛造の才》を手にしている。
冒険者として戦いながら、もう一度、鍛冶に向き合おうとしていた。
「二人とも、おめでとう!」
シオンは満面の笑みで言った。
「俺も、早く追いつかないとな!」
「シオンは?」
「えーっと……」
シオンも自分のステータスを確認する。
《賢者》のジョブレベルは上がっていたが、まだ五十には届いていなかった。
「……もうちょっとだ!」
「シオンさんのほうが経験値は多くもらえるんですよね?」
ロッテが不思議そうに尋ねる。
「ああ。でも、《賢者》はレベルを上げるのに必要な経験値が多いみたいなんだ」
「そうなんですね」
「だから、二人が先に五十になっても不思議じゃないよ」
シオンは二人の顔を見た。
「せっかくだし、次のジョブを考えてみないか?」
「ここで?」
リュナが周囲を見回す。
「迷宮の中よ」
「あっ、そうだった」
シオンは頭をかいた。
「じゃあ、帰ってからだな!」
「ええ。まずは無事に帰りましょ」
三人は帰路につくことにした。
初めての迷宮探索で、魔物との戦いも罠の発見も経験できた。これ以上、奥へ進む必要はない。
リュナが先頭に立ち、来た道を確かめながら歩き始める。
シオンは《ライト》で足元を照らし、ロッテは最後尾で背後を警戒した。
帰り道では、解除できなかった罠の場所を避け、分かれ道を一つずつ確認していった。
やがて、石段の向こうに外の光が見えた。
「……戻ってきた!」
シオンが声を上げる。
地上へ出ると、ひんやりした迷宮の空気とは違う、暖かな風が頬を撫でた。
管理所で帰還を報告し、三人はリーベルへ向かった。
ギルドに着くと、セリスが受付から顔を上げた。
「お帰りなさい。迷宮はいかがでしたか?」
「楽しかったです!」
「シオン、まずは無事に帰れたことを報告して」
「あっ、そうだった!」
シオンは姿勢を正した。
「三人とも怪我なく戻りました!」
「それは何よりです」
セリスが笑った。
シオンは《ストレージ》から、ラットマン五体とホーンゴブリン一体を取り出し、買い取りをお願いした。
素材の確認は奥の担当者に任せることになり、三人は査定を待つあいだに、ジョブについて尋ねた。
「セリスさん、リュナとロッテのジョブがレベル五十になったんです!」
「まあ!」
セリスは驚いた顔をした。
「お二人ともですか?」
「はい」
「私もです!」
「おめでとうございます!」
セリスは二人へ微笑みかけた。
「それでしたら、次のジョブを選ぶ時期ですね」
「教会に行く必要があるんですか?」
リュナが尋ねる。
「はい。ジョブの変更は教会で行います。ただ、レベル五十まで到達した方は、途中で変更する場合と手続きが異なります」
「寄付は、やっぱり高いんでしょうか……?」
ロッテが心配そうに聞いた。
「上限に達した方の転職には、途中変更のような高額の寄付は必要ありません。教会で所定の手続きを受ければ大丈夫ですよ」
「よかった……!」
ロッテが胸を撫で下ろした。
シオンもほっとする。
「じゃあ、二人とも次のジョブになれるんだな!」
「はい。ただし、どのジョブを選べるかは、その方の適性やこれまでの経験によって変わります。教会で確認してくださいね」
「わかりました!」
セリスは続けた。
「今日はもう遅くなり始めていますし、転職は明日でもよいのでは?」
窓の外を見ると、空が少しずつ夕方の色に変わっていた。
「そうだな。今日は家に帰って、ゆっくり考えよう」
シオンが言うと、リュナとロッテもうなずいた。
やがて、買い取り担当者から査定が届いた。
ラットマン五体とホーンゴブリン一体の素材は、合わせて銀貨二枚と銅貨五枚になった。
「おお! 初めての迷宮で、ちゃんと稼げたな!」
「次は鉱石も探してみたいです!」
ロッテが嬉しそうに言う。
「そのときは採掘道具を忘れないようにしないとな」
「シオンが忘れそうだけどね」
「……否定できない!」
三人は笑いながらギルドを出た。
新しい家へ戻り、装備を片づけてから、居間の食卓に集まる。
シオンは二人を見回した。
「さて……次のジョブだ!」
「ずっと考えてたのね」
「もちろん!」
シオンは胸を張った。
「二人とも、どんなジョブになりたい?」
リュナが先に口を開いた。
「私は、今みたいに気配を探ったり、罠を見つけたりできる力は残したいわ」
「うん」
「でも、後ろから見てるだけじゃなくて、前に出て戦うのも好きなの」
リュナは腰の短剣に触れた。
「《影歩》みたいに素早く動いて、もっと強い魔物とも戦えるようになりたい」
「なるほど……!」
シオンはうなずいた。
次にロッテを見る。
「ロッテは?」
「私は……盾役を続けたいです!」
ロッテは迷わず答えた。
「二人を守れるようになりたいです。でも、鍛冶も諦めたくありません」
少しだけ恥ずかしそうに、言葉を続ける。
「いつか、自分で作った盾を持って、二人と冒険したいです」
「いいじゃないか!」
シオンは大きくうなずいた。
「じゃあ、その希望に合うジョブを探してみよう!」
シオンは《正解選択》を意識した。
まずは、リュナに合う次のジョブ。
素早く動き、敵の気配を探り、罠を見つけ、前線でも戦えるもの。
視界に、文字が浮かび上がった。
【《月影獣》】
「……月影獣?」
シオンが声に出すと、リュナが首をかしげた。
「何、それ?」
「《正解選択》が出してくれたんだ。リュナ、ジョブの候補にないか?」
リュナは自分の転職候補を確認した。
「……ないわ」
「じゃあ、名前を意識してみて!」
「《月影獣》……」
リュナがつぶやく。
次の瞬間、目を見開いた。
「……出た!」
「おおっ!」
「今までなかったジョブが、候補に増えたわ!」
リュナは表示を読み進める。
「獣人の感覚を生かして、素早く動きながら戦うジョブ……。探索にも向いてるみたい」
「ぴったりじゃないか!」
「うん……!」
リュナは嬉しそうに笑った。
「これなら、私がやりたいことを続けられそう」
シオンは続いて、ロッテへ向き直った。
「次はロッテだな!」
鍛冶を続けながら、盾を持って仲間を守る。
その希望を思い浮かべ、《正解選択》に問いかける。
新たな文字が浮かんだ。
【《武装匠》】
「……武装匠!」
「ぶそうしょう、ですか?」
「ああ! ロッテ、候補にあるか?」
ロッテは自分の転職候補を確認した。
「……ないです」
「じゃあ、《武装匠》って意識してみて!」
「《武装匠》……」
ロッテが名前を口にした。
しばらくして、ぱっと顔を上げる。
「出ました!」
「よし!」
「鍛冶の技術を生かしながら、武具を扱って戦うジョブ……!」
ロッテは何度も表示を読み返した。
「盾役としての力も、伸ばせるみたいです!」
「それだ!」
シオンは嬉しくなって、思わず立ち上がった。
「二人とも、やりたいことに合うジョブが見つかったな!」
「まだ転職したわけじゃないわよ」
リュナが笑う。
「明日、教会で確認してからね」
「そうだった!」
シオンは椅子に座り直した。
ロッテは《武装匠》の文字を見つめたまま、静かに笑っていた。
「……鍛冶も、盾役も」
その声は小さかったが、はっきりしていた。
「どっちも続けていいんですね」
「もちろん!」
シオンが答える。
「ロッテが両方やりたいなら、両方やればいいんだ!」
リュナもうなずいた。
「私たちも、ロッテの盾を頼りにしてるもの」
「……はい!」
ロッテは笑顔で返事をした。
その夜、三人は夕食を食べながら、明日の予定を話し合った。
まずは教会へ行く。
転職が済んだら、新しいジョブで覚えられるスキルを確認する。
それから、次の迷宮探索に向けて準備を整える。
シオンは二人の話を聞きながら、自分のステータスをもう一度開いた。
《賢者》のジョブレベルは、まだ五十ではない。
「……俺も、もう少し頑張らないとな」
「焦らなくていいわよ」
リュナが言う。
「シオンは、いつも私たちを助けてくれてるんだから」
「そうですよ!」
ロッテも力強くうなずいた。
「次の迷宮でも、一緒に頑張りましょう!」
「……ああ!」
シオンは笑った。
「三人で、もっと強くなろう!」
新しい家の食卓に、三人の声が重なった。




