第19話 迷宮で見つけた役割
地下迷宮の第一階層。
シオンたちは、リュナが解除した床の罠を越え、左右に分かれた通路の前で足を止めていた。
「さて、どっちへ行こうか」
シオンが案内図を取り出す。
セリスから受け取った図には、入口付近の通路と、いくつかの分かれ道が描かれていた。ただし、細かな行き止まりや小部屋までは記されていない。
「右は、少し先で行き止まりみたいね」
リュナが図をのぞき込む。
「左なら、もう少し進めそう」
「じゃあ、左だな!」
「その前に、ちょっといい?」
「ん?」
リュナはシオンの《ストレージ》へ視線を向けた。
「さっき倒した魔物、結局何だったのかしら」
「あっ」
シオンは手を打った。
「そういえば、名前も知らないまま倒したな!」
灰色の小柄な魔物が二体。短い棍棒を持ち、甲高い声を上げていた。
リュナは耳を傾けながら言った。
「見た目はネズミに似てたけど、私も詳しくないの」
「私も初めて見ました」
ロッテが首を振る。
「ギルドに戻れば教えてもらえると思いますけど……」
「いや、待てよ」
シオンは自分のスキル一覧を開いた。
「《賢者》なら、調べる魔法くらい覚えられるんじゃないか?」
習得候補を順に確認していく。
攻撃魔法、回復魔法、補助魔法。
その中に、目当てのものがあった。
「……《鑑定》!」
「あるの?」
「ああ! 魔物や道具の情報を調べられるみたいだ!」
シオンは必要なスキルポイントを確認し、《鑑定》を習得した。
「よし。さっそく試してみよう!」
「通路の真ん中に死体を出すの?」
リュナが周囲を見回す。
「魔物が来るかもしれないし、少し場所を選びましょ」
「そうだな」
三人は分かれ道の脇に寄った。リュナが周囲の気配を確かめ、ロッテが盾を構える。
シオンは《ストレージ》から、先ほど倒した魔物を一体取り出した。
灰色の毛に覆われた体。
細長い鼻先。
丸い耳と、長い尻尾。
「……やっぱりネズミだな」
シオンは魔物へ意識を向けた。
「《鑑定》!」
視界に文字が浮かぶ。
【ラットマン】
【小型の魔物。群れで行動することが多い】
【討伐素材:牙、毛皮】
「おおっ! ラットマンだって!」
「ラットマン……」
リュナが魔物を見下ろした。
「名前がわかるだけでも助かるわね」
「群れで行動することが多い、って出てる。二体だけとは限らないみたいだ」
「じゃあ、近くにほかの個体がいる可能性もあるわね」
リュナの耳がぴくりと動く。
シオンは表示をもう一度見た。
「強さも、もう少し詳しくわかるかと思ったんだけどな」
「覚えたばかりだからじゃない?」
「そうかもしれない。使っていけば、もっと詳しく調べられるようになるかな」
ロッテがしゃがみ込み、ラットマンの牙を見た。
「素材になるなら、持ち帰ったほうがよさそうですね」
「そうだな。値段はギルドで聞こう!」
シオンはラットマンを《ストレージ》へ戻した。
もう一体も収納したまま、三人は左の通路へ進んだ。
《ライト》の白い光が、石壁を照らしている。
先頭のリュナは、少し進むたびに立ち止まって周囲の気配を探った。ロッテはすぐ後ろで盾を構え、シオンは二人の背後と天井にも目を配る。
やがて、リュナが片手を上げた。
「……前にいる」
「何体だ?」
「三体。さっきと似た気配だと思う」
「ラットマンかな?」
「姿を見るまではわからないわ」
リュナは壁際へ寄り、通路の先を確かめた。
「……ラットマンね。三体とも棍棒を持ってる」
シオンはうなずいた。
「じゃあ、ロッテが正面。リュナは横から。俺は後ろの一体を魔法で止める」
「はい!」
「わかったわ」
ロッテが盾を前に出して進み始める。
ラットマンたちがこちらに気づき、甲高い声を上げた。
一体が棍棒を振りかざして飛びかかってくる。
「はっ!」
ロッテは盾で受け止め、そのまま押し返した。
小柄なラットマンが、勢いに負けて後ろへよろめく。
そこへ戦鎚が振り下ろされた。
一体目が倒れる。
別の一体が、ロッテの横をすり抜けようとした。
「《ウインドカッター》!」
シオンの放った風の刃が、ラットマンの足元を切り裂く。
動きが止まった瞬間、リュナが《影歩》で側面へ回り込んだ。
「そこ!」
短剣が走り、二体目が倒れた。
最後の一体は、仲間が倒れたのを見て背を向けた。
「逃げるぞ!」
「追いかけすぎないで!」
リュナの声に、シオンは足を止めた。
逃げた先に別の魔物や罠があるかもしれない。
「……そうだった!」
シオンは距離を確かめ、狙いを定めた。
「《サンダーボルト》!」
雷が通路を走り、逃げるラットマンを撃ち抜いた。
三体目が倒れる。
「よし、三体!」
シオンは拳を握った。
リュナはすぐに周囲を確認する。
「今のところ、ほかの気配はないわ」
「私も怪我はありません!」
ロッテが盾を下ろした。
「二人とも大丈夫ですか?」
「大丈夫!」
「私も平気よ」
シオンは三体のラットマンを《ストレージ》へ収納した。
「これで五体だな」
「素材の買い取りが楽しみですね!」
ロッテが笑う。
「でも、シオンさんの魔法って便利ですね。逃げた魔物にも届くなんて」
「ロッテが正面を止めてくれたから、落ち着いて狙えたんだよ」
「えっ、そうですか?」
「ああ。さっきも、あの突進を止めてくれただろ?」
ロッテは自分の盾を見下ろした。
「……はい!」
嬉しそうに返事をすると、盾を握る手に力を込めた。
三人はさらに通路を進んだ。
途中、リュナが《罠感知》で怪しい床を見つけた。
調べてみると、踏むと石の扉が閉まる仕掛けだった。
「……これ、解除できそう?」
シオンが尋ねる。
「少し複雑ね。どこにつながってるのか、全部は見えないわ」
リュナは無理に触れず、通路の幅を確かめた。
「端を通れば避けられそう。今回は迂回しましょ」
「了解!」
ロッテが先に盾を構えて渡り、リュナ、シオンの順に慎重に通り抜ける。
罠を越えた先で、通路は少し広くなっていた。
壁際には崩れた石が積もり、奥には別の通路が二本伸びている。
「……広い場所に出たな」
シオンが《ライト》の光を向けた。
そのとき、ロッテが声を上げた。
「あっ!」
「どうした?」
「シオンさん、あそこ!」
ロッテが指さしたのは、壁の一角だった。
灰色の石壁に、黒っぽい筋が走っている。
「……石?」
シオンが近づこうとすると、ロッテが慌てて手を伸ばした。
「ちょっと待ってください! 先に周りを確認しましょう!」
「おっと、そうだった!」
リュナが《気配察知》で周囲を調べる。
「近くに魔物の気配はないわ。でも、あの奥の通路まではわからない」
「じゃあ、ここで少しだけ見てみよう」
三人は壁際へ寄った。
ロッテは黒い筋をじっと見つめる。
「……鉱石かもしれません」
「おおっ!」
シオンは《鑑定》を使った。
【鉄を含む鉱石】
「鉄を含む鉱石、だって!」
「本当ですか!?」
ロッテの目が輝いた。
「やっぱり……!」
「採れるのか?」
「道具があれば、少しは採れるかもしれません。でも、今日は採掘用の道具を持ってきてないですし……」
ロッテは壁を見上げた。
「それに、どのくらい使える鉄が取れるかは、ちゃんと調べないとわかりません」
「そっか」
シオンはうなずいた。
「《鑑定》でも、そこまでは出ないな」
「私、《金属鑑定》も覚えてみたいです」
ロッテが小さくつぶやいた。
「金属のことを、もっと詳しく知りたいので」
「いいじゃないか!」
「でも、今は迷宮の中ですから。帰ってから、落ち着いて考えます」
ロッテは壁から離れた。
以前なら、鍛冶の話になると自信をなくしていたかもしれない。
けれど今は、鉱石を見つめる目が楽しそうだった。
「次に来るときは、道具も持ってきたいです!」
「じゃあ、そのときは採掘もしてみよう!」
「はい!」
リュナが二人を見て微笑んだ。
「その前に、今日の帰り道を覚えておかないとね」
「……そうだった!」
シオンは案内図を取り出した。
進んできた分かれ道と、罠のあった場所を確認する。
「ここが、今いる広い場所……かな?」
「たぶんね。入口からの道をたどれば戻れるわ」
リュナは周囲を見回した。
「でも、もう少し進むなら、帰りの分も余裕を残しておきましょ」
「そうだな。まだ第一階層だし、無理する必要はないか」
シオンは案内図をしまった。
そのとき、リュナの耳がぴんと立った。
「……待って」
三人の表情が変わる。
「魔物か?」
「うん。奥の通路から……」
リュナは目を細めた。
「今度は、少し大きい気配がする」
ロッテが盾を構え直す。
「一体ですか?」
「……一体。こっちに向かってる」
奥の暗がりから、重い足音が響いた。
コツン。
コツン。
ラットマンとは違う、硬いものが石床を叩く音。
シオンは《ライト》の光を通路へ向けた。
暗闇の向こうで、何かが動いた。
「……来るぞ」
シオンが魔法を使えるように手を上げる。
リュナは短剣を抜き、ロッテは盾を前に突き出した。
三人は互いの位置を確かめながら、通路の奥を見据えた。




