第18話 地下迷宮への第一歩
新しい家で迎える、初めての朝。
シオンは自分の部屋の寝台で目を覚ました。
「……おお」
見慣れない天井を見上げてから、昨日のことを思い出す。
リュナとロッテと、三人で家を借りたのだ。
「……俺の部屋だ!」
思わず声が出た。
着替えを済ませて居間へ向かうと、台所から何かを焼く音が聞こえてきた。
「おはよう!」
「あ、おはよう、シオン」
リュナが振り返る。その隣では、ロッテが食卓に皿を並べていた。
「おはようございます!」
「二人とも早いな!」
「ロッテが先に起きて、台所を片づけてくれてたの」
「昨日、食器をしまった場所を覚えておきたくて!」
ロッテは少し照れたように笑った。
食卓には、焼いたパンと卵、野菜のスープが並んでいる。
「……家で朝飯が食える!」
「昨日も夕食を食べたでしょ」
「朝はまた違うだろ!」
シオンが椅子に座ると、リュナも向かいに腰を下ろした。ロッテが最後の皿を運んできて、三人分の席が埋まる。
「いただきます!」
三人の声が重なった。
食事をしながら、シオンは二人に尋ねた。
「今日はどうする? また討伐依頼に行くか?」
「私は大丈夫よ」
リュナが答える。
「昨日は家のことで動き回ったけど、怪我もしてないし」
「私も行けます!」
ロッテが元気よく手を挙げた。
「盾の練習もしたいです!」
「よし! じゃあ、ギルドで依頼を見よう!」
シオンはパンを一口かじった。
「そういえば、Dランクの依頼って、オーク以外に何があるんだろうな?」
「いろいろあると思うけど……」
リュナは少し考えた。
「私、前から気になってた場所があるの」
「どこだ?」
「リーベルの近くに、迷宮があるでしょ?」
「迷宮!?」
シオンの手が止まった。
「……ダンジョンってことか!?」
「そう呼ぶ人もいるわね」
「おおお……!」
シオンの目が輝く。
地下へ続く迷宮。魔物。分かれ道。まだ誰も見つけていない何か。
前世で思い描いていた冒険の光景が、次々と頭に浮かんだ。
「行ってみたい!」
「まだ、入れるかどうかも聞いてないわよ」
「……あっ、そうか」
リュナは苦笑した。
「それに、ロッテの冒険者ランクも確認しないと。三人で入れる条件があるかもしれないし」
「そうですね」
ロッテもうなずく。
「私、迷宮には入ったことがありません」
「俺もない!」
シオンが胸を張る。
「……威張るところじゃないわよ」
「リュナは?」
「私も、ちゃんと探索したことはないわ。入口の近くまで行ったことがあるくらい」
シオンは三人を見回した。
「じゃあ、みんな初めてだな!」
「だからこそ、説明を聞いてからね」
「了解!」
シオンは残りのパンを口に運んだ。
朝食を終えると、三人は装備を整え、家の戸締まりを確かめてギルドへ向かった。
朝のギルドは、依頼を探す冒険者たちで賑わっていた。掲示板の前には人だかりができている。
「おはようございます!」
シオンが受付へ声をかけると、セリスが顔を上げた。
「おはようございます、皆さん。新しいお家はいかがですか?」
「最高です!」
「それはよかったです」
セリスが微笑む。
「今日は依頼をお探しですか?」
「はい! それで、迷宮に行ってみたいんですけど!」
「迷宮ですか?」
セリスは三人の顔を順番に見た。
「リーベルの北東にある、地下迷宮ですね」
「それです!」
「まずは、入場条件からご説明しますね」
セリスは一冊の台帳を取り出した。
「迷宮への入場は、原則としてDランク以上の冒険者が対象です。ただし、Dランク以上の冒険者が二名以上いる登録済みパーティなら、同行する低ランクの方も入場できます」
「じゃあ、俺とリュナがDランクだから……」
「はい。ロッテさんも、お二人と一緒なら入れますよ」
「やった!」
ロッテもほっとしたように息をつく。
「よかったです!」
「ただし、迷宮内では冒険者ランクに関係なく、全員が危険にさらされます。初めてでしたら、浅い階層で様子を見ることをおすすめします」
「はい!」
シオンは素直にうなずいた。
「迷宮って、何階まであるんですか?」
「現在、確認されている範囲では地下二十階層までです。それより下については、確かな情報がありません」
「二十階層……!」
シオンは思わず身を乗り出した。
「奥まで行った人もいるんですか?」
「いますが、今日はそこを目指さないでくださいね」
「……はい」
先回りされ、シオンはおとなしく座り直した。
リュナが隣で笑いをこらえている。
「浅い階層では、魔物の討伐素材や魔石を持ち帰る冒険者が多いです。採取できる鉱石が見つかることもありますが、採掘に夢中になって周囲への注意を怠らないでください」
「鉱石……!」
今度はロッテが反応した。
「装備に使えるものもあるんでしょうか?」
「種類によりますね。まずは鑑定してもらう必要があります」
「そうですか……!」
ロッテは嬉しそうに盾の持ち手を握り直した。
シオンが尋ねる。
「迷宮の中に、休める場所はありますか?」
「階層によっては魔物が入りにくい小部屋があります。ただし、安全が保証されているわけではありません。初回は長居せず、余裕を残して戻ってきてください」
「わかりました!」
セリスは迷宮の入口までの道順と、第一階層についてわかっている範囲を説明してくれた。
迷宮の通路は石造り。第一階層には小型の魔物が多く、分かれ道もある。床や壁に仕掛けが残っている場所もあるという。
「……仕掛け?」
リュナが顔を上げた。
「罠もあるんですか?」
「はい。踏むと矢が飛び出すものや、足元が崩れるものが報告されています。見つけても、無理に解除しようとしないでください」
「……なるほど」
リュナは考え込んだ。
そして、シオンへ顔を向ける。
「出発する前に、スキルを確認してもいい?」
「もちろん!」
三人はギルドの隅にある空いた席へ移った。
リュナは自分のスキル一覧を開く。
「《獣影士》の習得候補に、迷宮で役立ちそうなものがあるの」
「何だ?」
「《気配察知》と《罠感知》。それから、《罠解除》」
「おお! 三つとも迷宮にぴったりじゃないか!」
「そう思うの。魔物を先に見つけられれば、戦う場所も選べるし、罠も踏む前に気づけたら助かるでしょ?」
ロッテがうなずいた。
「私、盾で攻撃は受け止められますけど、床が抜けるのはどうしようもないです……」
「確かになあ」
シオンは自分の足元を見た。
石の床が突然なくなるところを想像する。
「……それは怖いな」
「《罠解除》があれば、見つけた仕掛けを調べて止めることもできるはずよ」
「解除できたら、帰りも通りやすくなるな!」
「うん。ただ、どんな罠でも解除できるとは限らないから、難しそうなら迂回するつもり」
「了解!」
リュナは現在のスキルポイントを確認した。
「三つとも覚えられるわ」
「よし!」
「今回は、私が自分で選ぶね。迷宮で何が必要か、私なりに考えてみたかったから」
「いいと思う!」
シオンはうなずいた。
「俺も、リュナが見つけてくれるなら安心だ!」
リュナは《気配察知》を選んだ。
続けて、《罠感知》と《罠解除》。
三つのスキルが習得済みの一覧に加わる。
「……できた」
「何か変わったか?」
「今すぐは、まだよくわからないわ」
リュナは耳をぴくりと動かした。
「でも、少し離れたところに人がいるのは、前より意識しやすいかも」
「おお……!」
「迷宮では、過信しないように使ってみる」
シオンは大きくうなずいた。
「じゃあ、リュナが前で様子を見て、危なそうなら止まる。ロッテが盾で守って、俺が魔法で援護する!」
「はい!」
ロッテが元気よく答える。
「でも、シオンさんもリュナさんも、私の後ろに隠れていいですからね!」
「頼りにしてる!」
三人は顔を見合わせて笑った。
そこで、シオンはふと思い出した。
「……そうだ。迷宮って、暗いんだよな?」
「そうね。壁に灯りがある場所もあるけど、全部の通路が明るいわけじゃないと思う」
「だったら、俺も一つ覚えておこうかな」
シオンは自分の魔法一覧を開いた。
攻撃魔法も回復魔法もある。
だが、暗い場所を照らす魔法は、まだ習得していなかった。
「……あった。《ライト》!」
「光の魔法?」
「うん。周りを照らせるみたいだ」
シオンはスキルポイントを使い、《ライト》を習得した。
「よし!」
「ここで試すのはやめてね」
リュナがすかさず言う。
「……まだ何もしてないぞ!?」
「今、手を上げかけたでしょ」
「……ちょっとだけ」
ロッテがくすくすと笑った。
迷宮へ向かう前に、三人は水や保存食、予備の灯りなどを買い足した。
シオンが《ライト》を使えるようになっても、魔力を使い切ったときに備えておく必要がある。
買ったものは《ストレージ》へ収納した。
「これで荷物を背負わなくて済むな!」
「便利だけど、何を入れたかは覚えておいてね」
リュナが言う。
「わかってるって!」
「じゃあ、水袋は?」
「入れた!」
「予備の灯りは?」
「入れた!」
「セリスさんからもらった案内図は?」
「……あっ」
シオンは慌てて、受付の席に置きかけていた案内図を拾った。
ロッテがくすりと笑う。
「リュナさん、すごいです」
「シオンは、楽しみなことがあると先に走り出しちゃうから」
「……気をつけます!」
シオンは案内図を《ストレージ》へしまった。
三人は街の門を抜け、北東へ続く道を歩き始めた。
しばらく進むと、道の先に低い丘が見えてきた。
丘の斜面には、石で組まれた大きな入口が口を開けている。その前にはギルドの管理所らしい小屋と、武装した見張りが立っていた。
「……あれか!」
シオンが足を速める。
「待って。まずは受付よ」
「わかってる!」
三人は管理所でギルドカードを提示した。
係員はカードを確認し、人数を数える。
「三名だな。初めてか?」
「はい!」
「なら、第一階層で様子を見ろ。無理に奥へ進むなよ」
「了解です!」
係員は迷宮の入口を指さした。
「帰還したら、ここで必ず報告してくれ」
「はい!」
手続きを終え、三人は入口へ向かった。
近づくほど、外の風が冷たく感じられる。石段が、地面の下へ続いていた。
「……本当に地下だ」
シオンは階段をのぞき込んだ。
奥は暗い。壁に設置された灯りが、ところどころを照らしている。
「ロッテ、戦うときは前を頼むな」
「はい!」
「私は少し先の気配を探るわ。何かあったら、すぐ知らせる」
「俺は後ろから二人を見てる!」
三人は位置を確かめ、石段を下り始めた。
階段を下りきると、石造りの通路が奥へ伸びていた。
壁は湿り気を帯び、足音が小さく反響する。
「……よし。《ライト》!」
シオンが唱えると、手元の少し先に白い光が生まれた。
「おおっ!」
光はシオンの動きに合わせてついてくる。通路の壁や床が、さっきよりはっきり見えるようになった。
「便利ね」
リュナが光を見上げる。
「両手も空くしな!」
「ただ、向こうからも私たちの位置がわかるわ。魔物が近そうなら、明るさに気をつけましょ」
「了解!」
三人はゆっくりと進んだ。
最初の曲がり角に差しかかったとき、リュナが足を止めた。
「……待って」
シオンとロッテも止まる。
「どうした?」
「この先に、何かいる」
リュナの耳が、わずかに動いた。
「一体……ううん、二体。足音が小さいけど、動いてる」
「《気配察知》か!」
「たぶん。まだ距離までは正確にわからないけど」
リュナは壁際へ寄り、そっと角の先をのぞいた。
すぐに顔を戻す。
「いたわ。小さい魔物が二体。こっちには気づいてないみたい」
「よし、俺が魔法で――」
「待ってください!」
ロッテが小声で止めた。
シオンが振り返る。
「ん?」
「私も、前に出る練習をしたいです。最初の一体は、私に任せてもらえませんか?」
ロッテは盾を握り直した。
シオンはリュナを見る。
リュナは少し考えてから、うなずいた。
「相手の動きを見ながら、私も横につくわ」
「じゃあ、俺は援護する!」
「はい!」
三人は静かに角を曲がった。
通路の先にいたのは、灰色の皮膚をした小柄な魔物だった。手には短い棍棒を持っている。
シオンたちの姿に気づくと、二体が甲高い声を上げた。
「来ます!」
ロッテが一歩前へ出る。
一体目の棍棒が振り下ろされた。
ガンッ!
盾が攻撃を受け止める。
ロッテはそのまま踏み込み、戦鎚を振った。
「えいっ!」
戦鎚が魔物の肩を捉える。
よろめいたところへ、もう一撃。
魔物が床に倒れた。
もう一体が、ロッテの横を抜けようとする。
「させない!」
リュナが動いた。
《影歩》で足音を抑え、魔物の側面へ回り込む。
棍棒が振られるより早く、短剣が走った。
二体目も、その場に崩れ落ちる。
「……よし!」
シオンが小さく拳を握った。
「二人とも、すごいな!」
「まだ第一階層よ」
リュナは短剣を構えたまま、通路の奥を見た。
「ほかにもいるかもしれない」
「……そうだな」
シオンも気を引き締めた。
倒した魔物を《ストレージ》へ収め、三人は再び歩き始めた。
しばらく進むと、通路が左右に分かれていた。
「どっちだろうな?」
シオンが案内図を取り出そうとした、そのとき。
「……止まって」
リュナの声が鋭くなった。
シオンは足を止める。
「今度は魔物か?」
「ううん。……床が、変」
リュナは目の前の石畳を見つめた。
見た目には、ほかの床とほとんど変わらない。けれど、一枚だけ継ぎ目の形がわずかに違っていた。
「《罠感知》が反応してる」
リュナは慎重にしゃがみ込んだ。
「ここ、踏まないで」
ロッテも盾を構えたまま、床をのぞく。
「……本当だ。少しだけ、石の高さが違いますね」
シオンは一歩下がった。
「踏んだら、どうなるんだ?」
「今から調べるわ」
リュナは《罠解除》を使い、怪しい石畳の周囲を注意深く観察した。
石の端に、小さな隙間がある。
そこから細い棒状の部品が、壁の方向へ伸びていた。
「……この石が沈むと、壁の仕掛けが動くみたい」
「壁?」
シオンが顔を向けると、少し先の壁に細い穴が並んでいた。
「……矢が出るやつか!?」
「たぶんね」
リュナは仕掛けのつながりを確かめた。
「動かないようにできそうだけど……少し待って」
「俺たちはここで見てる!」
「何かあったら、盾で守ります!」
ロッテが壁の穴とリュナの位置を見比べ、盾を構え直す。
リュナは石畳の端にある部品を慎重に押さえ、仕掛けが連動しない位置で固定した。
かすかな金属音が響く。
リュナは手を止め、しばらく様子を見た。
「……うん。解除できたと思う」
「おおっ!」
「でも、念のため、この石は踏まないで通りましょ」
「了解!」
三人は壁際を確かめ、怪しい石畳を避けて通り抜けた。
シオンは振り返る。
「《罠感知》も《罠解除》も、覚えておいてよかったな」
「うん。でも、気づけない罠もあるだろうし、解除できない仕掛けもあると思う。これからも足元は見てね」
「了解!」
ロッテも力強くうなずいた。
「私も気をつけます!」
通路の先から、冷たい空気が流れてきた。
どこか遠くで、水滴の落ちる音が響いている。
三人は足音を抑えながら、迷宮の奥へ進んでいった。




