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第16話 小さな盾と大きな力

 翌朝。


 シオンとリュナが冒険者ギルドへ入ると、依頼掲示板の前に見覚えのある少女が立っていた。


 ロッテだ。


 左腕には使い込まれた盾。右手には、柄の短い戦闘用ハンマーを持っている。


「あっ、シオンさん! リュナさん!」


 ロッテは二人に気づくと、ぱっと顔を明るくした。


「おはよう、ロッテ!」


「おはよう。待たせちゃった?」


「いいえ! 私も今来たところです!」


 そう答えたロッテは、少し緊張したように盾の持ち手を握り直した。


「……本当に、私と一緒に依頼へ行ってくれるんですよね?」


「もちろん!」


 シオンは即答した。


「今日は三人で戦ってみよう!」


「……はい!」


 ロッテの返事に、力がこもった。


 リュナは彼女のハンマーへ目を向けた。


「それが武器?」


「はい! 片手で使う戦闘用のハンマーです。盾を持ったまま振れるので」


「なるほどね」


「敵の攻撃を盾で止めて、隙ができたところをこれで叩きます!」


 ロッテはハンマーを軽く持ち上げた。


 シオンは、その左腕にある盾を見た。


 縁にはいくつもの傷がついている。


 昨日、ギルドで言い争っていたときも持っていたものだ。


「その盾、ずいぶん使い込んでるんだな」


「はい。何度も練習しましたから」


「おおっ! じゃあ、今日は練習の成果を見せてもらえるな!」


「……頑張ります!」


 ロッテは嬉しそうに笑った。


 三人はそろって受付へ向かった。


     ◇


「おはようございます」


 セリスが顔を上げる。


「あら。今日はお三人なんですね」


「はい! ロッテと一緒に依頼へ行くことになりました!」


「そうでしたか」


 セリスはロッテへ目を向けた。


「ロッテさん、よかったですね」


「……はい!」


 ロッテは少し照れくさそうにうなずいた。


「今日はDランクの討伐依頼を探してるんです!」


 シオンがそう告げると、セリスは依頼書を何枚か取り出した。


「でしたら、こちらはいかがでしょう」


 差し出された依頼書に、シオンは目を落とした。


【Dランク討伐依頼】

 対象:オーク五体

 場所:リーベル近郊・西の森

 報酬:銀貨十二枚


「オーク!」


 シオンは思わず声を上げた。


「豚みたいな顔の、大きいやつですよね!?」


「はい。人より大きな体を持ち、棍棒などを使う魔物です。腕力が強いので、まともに攻撃を受けるのは危険ですよ」


「……腕力が強い」


 ロッテが依頼書を見つめた。


 シオンは、その横顔に気づいた。


「ロッテ、どう思う?」


「……行きたいです」


 ロッテは顔を上げた。


「私、ちゃんと盾役ができるところを見せたいです!」


「よし、決まりだな!」


「ちょっと待って」


 リュナが二人の間に入った。


「オークは五体で、場所は西の森ね。周囲にほかの魔物がいる可能性は?」


「あります。依頼の五体以外を見つけても、無理に追いかけないでください」


 セリスが答える。


「それから、オークの攻撃は重いです。盾で防ぐ場合も、危険だと判断したら避けてくださいね」


「はい!」


 ロッテは真剣な顔でうなずいた。


 シオンも依頼書をもう一度確認する。


 昨日は、帰り道でグレートボアに襲われた。


 依頼の魔物を倒したあとも、油断はできない。


「今日は帰り道まで気をつけます!」


「ぜひ、そうしてください」


 セリスは少し苦笑した。


 手続きを済ませ、三人はギルドを出た。


     ◇


 西の森へ続く道を歩きながら、シオンはロッテに尋ねた。


「そういえば、ロッテのジョブって何なんだ?」


「……《鍛冶師》です」


「へえ! 鍛冶師なのか!」


 シオンが興味深そうに顔を向けると、ロッテは少しだけ視線を落とした。


「でも……鍛冶師は、もう諦めたんです」


「……え?」


「私、鍛冶の才能がないみたいで。頑張っても、思うようなものが作れなくて……」


 ロッテはハンマーを握り直した。


「それで、別の道を探そうって決めたんです。私、力には自信があるので……今度はタンクになりたいんです!」


「そっか」


 シオンはうなずいた。


「じゃあ、どうしてジョブは《鍛冶師》のままなんだ?」


「まだジョブレベルが上限まで育っていないので、教会で変更するには高い寄付金が必要なんです」


「……そんなに高いのか?」


「はい。今の私には、とても払えません」


 ロッテは苦笑した。


「だから、ジョブは《鍛冶師》のままです。でも、盾を持って戦う練習は続けてきました」


「なるほどなあ」


 シオンは少し考えた。


 ロッテは、鍛冶師としての道を諦めた。


 それでも、次に目指すものを見つけて、自分にできる準備をしてきたのだ。


「じゃあ、今日はその練習の成果を確かめよう!」


「……はい!」


「私たちも援護するから、危ないときは声をかけてね」


 リュナが言うと、ロッテは力強くうなずいた。


「お願いします!」


 三人は西の森へ向かって歩き続けた。


     ◇


 森に入ってしばらくすると、リュナの耳が動いた。


「……何か聞こえる」


 三人は足を止めた。


 木々の奥から、低い声が響いてくる。


「グォ……」


「ブフッ……」


 枝を踏み折る音。


 何か硬いものが、木の幹にぶつかる音。


 シオンは声を落とした。


「……オークかな?」


「たぶん。近いわ」


 リュナが先頭に立ち、木の陰から奥をのぞいた。


 少し開けた場所に、五体の魔物がいた。


 豚に似た顔。


 分厚い腕。


 人よりも大きな体。


 手には、それぞれ太い棍棒を持っている。


「……五体。依頼の数と同じね」


 リュナがささやいた。


 シオンも木の陰から様子をうかがう。


 オークたちはまだ、こちらに気づいていない。


「俺が魔法で先に攻撃するか?」


 シオンが尋ねると、ロッテが小さく手を上げた。


「あの……最初の一体は、私に任せてもらえませんか?」


「えっ?」


「もちろん、危なくなったら離れます。でも……私が盾でどこまで戦えるか、見てほしいんです」


 ロッテの表情は真剣だった。


 シオンはリュナを見る。


 リュナは少し考え、うなずいた。


「一体なら、私たちもすぐ援護できるわね。ただ、残りも動き出すと思うから気をつけましょ」


「うん。じゃあ、最初の一体の注意を引こう」


 シオンは手をかざした。


「《エナジーボール》!」


 光の球が飛び、群れの端にいたオークの足元へ着弾した。


「ブゴッ!?」


 オークが振り向く。


 三人を見つけると、棍棒を振り上げた。


「グオオオッ!」


 一体が走り出す。


 ほかの四体も、少し遅れてこちらへ顔を向けた。


「ロッテ、来るぞ!」


「はい!」


 ロッテは盾を前へ出した。


 小柄な体を低く構える。


 オークが棍棒を振り上げた。


「グオオッ!」


 太い棍棒が、ロッテの盾へ振り下ろされる。


 ガァンッ!!


 森に、激しい音が響いた。


「……っ!」


 シオンは思わず身を乗り出した。


 だが。


 ロッテは、倒れていなかった。


 低く構えた足は地面をしっかり踏みしめ、盾は棍棒を受け止めている。


「……止めた!?」


 シオンが目を見開く。


 ロッテは歯を食いしばりながら、にっと笑った。


「……ドワーフを、なめないでください!」


 ぐいっ!


 ロッテが盾を押し返す。


 オークの腕が跳ね上がった。


「ブゴッ!?」


 魔物の体勢が崩れる。


 ロッテは右手のハンマーを振り上げた。


「はあっ!」


 ゴンッ!!


 ハンマーが、オークの膝を打った。


「グオオッ!」


 オークが片膝をつく。


 ロッテはもう一度ハンマーを振るった。


 今度は、頭部へ。


 ガツンッ!!


 オークが地面に倒れた。


「……やった!」


 ロッテが声を上げた。


 シオンも拳を握る。


「すっげええっ!」


「シオン、まだ四体!」


 リュナの声で、シオンは我に返った。


「そうだった!」


 残りのオークたちが、こちらへ向かってくる。


     ◇


「ロッテ、次は二体来るわ!」


 リュナが叫んだ。


「はい!」


 ロッテは盾を構え直した。


 正面から二体。


 その後ろに、さらに二体。


 シオンは後方のオークへ手を向けた。


「《ウインドカッター》!」


 風の刃が走り、後ろの一体を切り裂いた。


「グオッ!?」


 オークがよろめく。


 続けて、シオンは狙いを定めた。


「《サンダーボルト》!」


 バチィッ!!


 雷が直撃する。


 オークは、その場に倒れた。


 残り三体。


 前へ出てきた二体のうち、一体がロッテへ棍棒を振り下ろした。


「はっ!」


 ロッテは盾で受け止める。


 ガァンッ!


 もう一体が横から回り込もうとした。


「そっちは私!」


 リュナが《影歩》で動く。


 足音を抑えてオークの側面へ回り込み、短剣を振るった。


「グオッ!」


 オークが腕を振り回す。


 リュナの目に、肩の動きが映った。


 ――来る!


 《見切り》。


 振り回された腕をかわし、さらに一歩踏み込む。


「はっ!」


 短剣が閃いた。


 オークが倒れる。


 残り二体。


「ロッテ、そっちは大丈夫か!?」


「はい!」


 ロッテは棍棒を受け止めたまま、盾を押し上げた。


「よいしょおっ!」


 オークの腕が弾かれる。


 空いた胴体へ、ハンマーを叩き込む。


 ドゴッ!!


「ブゴオッ!」


 オークが後ろへよろめいた。


 ロッテは追いかけず、盾を構え直す。


「シオンさん!」


「おう!」


 シオンはオークへ手を向けた。


「《アイスランス》!」


 氷の槍が飛ぶ。


 体勢を崩したオークに突き刺さり、そのまま倒した。


 残り一体。


 最後のオークは、仲間たちが倒れたのを見て、怒ったように棍棒を振り上げた。


「グオオオオッ!!」


 まっすぐロッテへ突っ込んでくる。


「ロッテ、無理するな!」


 シオンが叫ぶ。


「……大丈夫です!」


 ロッテは盾を構えた。


 低い重心。


 地面を踏みしめる足。


 オークが棍棒を振り下ろした。


 ガァァンッ!!


 ロッテの盾が、再び攻撃を受け止めた。


 そのまま、力いっぱい押し返す。


「はああっ!」


「ブゴッ!?」


 オークの体が後ろへ傾く。


 ロッテは踏み込み、ハンマーを振り上げた。


「これでっ!」


 ゴンッ!!


 強烈な一撃が、オークの頭部に決まった。


 最後の一体が倒れる。


 森に、静けさが戻った。


     ◇


「……五体、倒しました?」


 ロッテが周囲を見渡した。


 シオンは倒れたオークを数える。


「一、二、三、四、五……うん! 全部倒した!」


「……よかったあ」


 ロッテは盾を下ろし、大きく息を吐いた。


 リュナが近づく。


「怪我はない?」


「はい! 大丈夫です!」


「盾で受けたとき、すごい音がしたけど……」


「えへへ。ちょっと腕がしびれましたけど、問題ありません!」


 ロッテは照れくさそうに笑った。


 シオンは、彼女の前に立った。


「ロッテ!」


「は、はい!」


「すごかった!」


「……え?」


「オークの棍棒、正面から止めてたじゃないか! しかも押し返してた!」


 ロッテは目を丸くした。


「……本当に、そう思いますか?」


「もちろん!」


 シオンは力強くうなずいた。


「俺、あんなの受けたら吹っ飛ぶと思う!」


「……シオンは受けちゃ駄目でしょ」


 リュナが横から突っ込む。


「そうだった!」


 三人は笑った。


 ロッテは盾を見下ろした。


 昨日、ギルドで言われた言葉が頭をよぎる。


 その体で、魔物の突進を受け止められると思うのか。


 まだ、一緒に戦ってもいないのに。


「……私、ちゃんと盾役になれてましたか?」


 ロッテが小さく尋ねた。


 リュナが答える。


「うん。ロッテが正面を止めてくれたから、私は横へ回れたわ」


「俺も、魔法を撃つ時間ができた!」


 シオンは笑った。


「三人で戦いやすかったよ!」


「…………」


 ロッテは、しばらく二人を見つめた。


 それから、ぎゅっと盾を抱えた。


「……ありがとうございます!」


 その声は、少しだけ震えていた。


     ◇


「じゃあ、オークを回収するか!」


 シオンは倒れた魔物へ手を向けた。


「《ストレージ》!」


 一体目が消える。


 二体目。


 三体目。


 五体すべてを収納したところで、ロッテが目を丸くした。


「……えっ?」


「ん?」


「オークが……消えました……?」


「あっ、そうか。ロッテにはまだ見せてなかったな!」


 シオンは笑った。


「俺、《ストレージ》を使えるんだ!」


「……《ストレージ》!?」


 ロッテは口をぱくぱくさせた。


 リュナが、くすりと笑う。


「驚くわよね。私も最初はそうだったもの」


「……えっ、えっ!? そんなスキル、聞いたことないです!」


「俺も、ほかに使える人は見たことないなあ」


 シオンは軽い調子で答えた。


 ロッテはしばらく固まっていたが、やがて深く息を吐いた。


「……シオンさんって、すごい人なんですね」


「そうかな?」


「そうですよ!」


 ロッテは勢いよく答えた。


 シオンは照れくさそうに頭をかいた。


「……まあ、便利なのは確かだな!」


 リュナは、そのやり取りを見て笑っていた。


「さて、依頼も終わったし、帰りましょ」


「おう!」


「はい!」


 三人は周囲を確かめてから、森を出た。


     ◇


 リーベルへ続く道を歩きながら、シオンはロッテに尋ねた。


「なあ、ロッテ。今日、一緒に戦ってみてどうだった?」


「……すごく、楽しかったです」


 ロッテは少し照れながら答えた。


「私が盾で止めたところを、リュナさんが攻撃してくれて。シオンさんも魔法で助けてくれて……」


「うん!」


「……また、一緒に戦いたいです」


 シオンは嬉しそうに笑った。


「じゃあさ!」


 ロッテが顔を上げる。


「俺たちのパーティに入らない?」


「…………え?」


 ロッテの足が止まった。


 リュナも笑顔でうなずく。


「私も、ロッテと一緒に戦いたいわ」


「……本当に、いいんですか?」


「もちろん!」


 シオンは手を差し出した。


「これからも、よろしくな!」


 ロッテは差し出された手を見つめた。


 それから、そっと握り返した。


「……はい!」


 その顔に、満面の笑みが浮かんだ。


「よろしくお願いします!」


 三人は笑い合い、リーベルへ向かって歩き出した。


 シオンは、ふと思い出したようにつぶやく。


「……あっ。家、三部屋必要だな」


「……今度こそ、ちゃんと三部屋で探しましょ」


 リュナが笑う。


 ロッテは不思議そうに二人を見た。


「……お家、ですか?」


「俺たち、今は宿に泊まってるんだけど、家を借りようと思ってるんだ!」


「そうなんですね!」


「それで、ロッテも一緒に住むなら三部屋必要だなって」


「……えっ!? 私もですか!?」


 ロッテの顔が真っ赤になった。


「まだ、パーティに入るってお返事をしたばかりですよ!?」


「……あっ、そうだった!」


 シオンは慌てて頭をかいた。


 リュナが呆れたように笑う。


「一緒に住むかどうかは、ロッテの希望も聞いてからでしょ」


「そうだな!」


 シオンはロッテへ向き直った。


「まずはギルドで、正式にパーティ登録しよう!」


「……はい!」


 ロッテは盾を抱え直し、力強くうなずいた。


 三人は並んで、リーベルの門を目指した。

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