第15話 小さな盾役
フォレストウルフ十体の討伐を終え、シオンとリュナはリーベルへ続く道を歩いていた。
「銀貨八枚かあ!」
シオンは上機嫌だった。
「それに、フォレストウルフの素材も買い取ってもらえるんだよな?」
「状態がよければ、ね。金額は解体の人に聞くまでわからないわよ」
「わかってるって!」
「……顔が、全然わかってない顔だけど」
リュナが笑う。
シオンは《ストレージ》にしまった間取り図を思い出していた。
寝室が二つ。
台所があって、居間があって。
そして、風呂がある。
「……風呂、楽しみだなあ」
「まだ借りてないでしょ」
「でも、今日の報酬で近づいたじゃないか!」
「そうね。家具代と食費も残せるくらい貯まったら、また見に行きましょ」
「おう!」
二人がそんな話をしていたときだった。
ガサガサッ!
道脇の茂みが、大きく揺れた。
リュナの耳がぴんと立つ。
「……シオン、止まって」
「ん?」
ドスン。
重い足音が響いた。
続けて、木の枝が折れる音。
茂みの向こうから、巨大な影が姿を現した。
「……でっか!?」
シオンは思わず声を上げた。
現れたのは、巨大な猪型の魔物だった。
以前、森で倒したボアとは比べものにならない。
太い脚。
分厚い胴体。
口元から突き出た二本の牙は、シオンの腕よりも長そうだった。
「グレートボア……!」
リュナが息をのむ。
「知ってるのか?」
「普通のボアとは違うわ。Dランク相当の魔物よ!」
「Dランク!?」
グレートボアが、低く鼻を鳴らした。
前脚で地面をかく。
「……来る!」
リュナが叫んだ。
次の瞬間。
ドドドドドッ!!
巨体が二人へ向かって突進してきた。
「うおおっ!?」
「避けて!」
シオンとリュナは、とっさに左右へ跳んだ。
巨大な牙が、二人の間を突き抜ける。
グレートボアは勢いを落とさず、そのまま道の先へ駆け抜けた。
ドガァッ!!
道脇の木に体がぶつかり、幹が大きく揺れる。
「……あれ、まともに受けたらまずいな」
「だから避けてって言ったでしょ!」
「うん! 絶対に受けない!」
シオンはグレートボアを見据えた。
分厚い体。
普通のボアなら倒せた魔法も、同じように通じるとは限らない。
グレートボアが振り向く。
今度は、シオンへ牙を向けた。
「……よし」
シオンは手をかざした。
「《アイスランス》!」
鋭い氷の槍が飛ぶ。
グレートボアの肩に突き刺さった。
「ブオオオッ!!」
魔物が怒りの声を上げる。
「……効いてる!」
だが、倒れない。
グレートボアは氷の槍を受けたまま、再び地面を蹴った。
「シオン!」
「わかってる!」
シオンは横へ走った。
巨体がすぐそばを通り過ぎる。
風圧に、服がばさりと揺れた。
「……速っ!」
大きいだけではない。
突進の速さも、普通のボアとは段違いだった。
◇
グレートボアは道の先で向きを変えた。
その視線が、今度はリュナへ向く。
「……私を狙ってる」
「リュナ、無理するなよ!」
「うん!」
リュナは短剣を構えた。
グレートボアの前脚が地面をかく。
肩が沈む。
巨体が前へ傾く。
――来る!
《見切り》。
リュナは突進が始まる直前に動いた。
《影歩》で足音を抑え、斜め前へ駆ける。
グレートボアの牙が、さっきまで彼女のいた場所を通り過ぎた。
「……避けられた!」
リュナはすれ違いざま、短剣を振るった。
ザシュッ!
刃が魔物の脇腹を切り裂く。
だが。
「……浅い!」
分厚い体に阻まれ、致命傷には届かない。
グレートボアは足を踏ん張り、強引に方向を変えようとした。
「リュナ、離れて!」
シオンが叫ぶ。
リュナは《影歩》で距離を取った。
直後、グレートボアの牙が横へ振り払われる。
ブオンッ!
「……危なかった」
「大丈夫か!?」
「うん! でも、短剣だけじゃ厳しいわ!」
「わかった!」
シオンは魔物の動きを見た。
突進は速い。
だが、巨体だけに、走り出してから急には曲がれない。
リュナが避けてくれれば、その間に魔法を当てられる。
「リュナ! 次も避けられそうか!?」
「……やってみる!」
「無理だと思ったら、すぐ離れてくれ!」
「わかった!」
グレートボアが再び突進の構えを取る。
今度はシオンへ向かってきた。
「《プロテクトウォール》!」
シオンは自分の正面ではなく、魔物の進路から少し外れた場所に防御壁を展開した。
そして、壁の反対側へ走る。
グレートボアはシオンを追って進路を変えようとしたが、目の前に現れた壁へ肩をぶつけた。
ドゴォン!!
「ブオオッ!?」
防御壁が激しく揺れる。
ひびが走り、砕け散った。
「……うわっ、一撃で!?」
それでも、突進の勢いはわずかに鈍った。
グレートボアが足を踏み直す。
その瞬間を、シオンは見逃さなかった。
「《サンダーボルト》!」
バチィィッ!!
狙いを定めた雷が、グレートボアの頭部を撃ち抜いた。
「ブオオオオッ!!」
巨体が大きく揺れる。
だが、まだ倒れない。
「……硬いな!」
シオンは歯を食いしばった。
雷を受けたグレートボアは、怒りに任せて突進しようとする。
しかし、足元がふらついていた。
「シオン! 今なら!」
リュナが叫ぶ。
「おう!」
シオンは両手を向けた。
狙うのは、分厚い胴体ではない。
先ほどの雷が直撃した頭部。
「《アイスランス》!」
鋭い氷の槍が飛んだ。
グレートボアが頭を振る。
だが、ふらついた体では避けきれない。
ドスッ!!
氷の槍が突き刺さる。
「ブ……オ……」
巨体が傾いた。
ドズゥゥン!!
グレートボアが地面に倒れた。
土煙が舞い上がる。
シオンとリュナは、しばらく動かなかった。
「……倒した?」
リュナが小さく尋ねる。
シオンは慎重に近づき、魔物が動かないことを確認した。
「……うん。倒した!」
「……はああっ」
リュナはその場で大きく息を吐いた。
「びっくりした……」
「俺も!」
シオンは笑ったが、足元にはまだ少し力が入っていた。
フォレストウルフの群れとは、まるで違う戦いだった。
「《見切り》がなかったら、危なかったわ」
「リュナが避けてくれたから、俺も魔法を撃てたよ」
「……あんたの魔法も、すごかった」
二人は顔を見合わせた。
それから、同時に笑った。
「……帰り道も、油断できないな!」
「ほんとにね」
◇
「さて、回収するか!」
シオンは倒れたグレートボアへ手を向けた。
「《ストレージ》!」
巨大な体が、すっと消える。
「……入った!」
「入らなかったら困るでしょ」
「いや、こんなに大きいのは初めてだからさ!」
シオンは嬉しそうに笑った。
《ストレージ》には、フォレストウルフ十体とグレートボア一体。
今日は大荷物だ。
見た目には、何も持っていないのだが。
「……グレートボアって、いくらになるんだろうな」
「わからないけど、普通のボアよりは高そうね」
「家の資金、増えるかな!」
「……まずは無事に帰ることよ」
「そうだった!」
二人は改めて周囲を確認し、リーベルへ向かった。
◇
街へ戻ったころには、日が少し傾き始めていた。
二人はそのまま冒険者ギルドへ向かう。
「ただいま戻りました!」
シオンが受付へ声をかけると、セリスが顔を上げた。
「おかえりなさい! フォレストウルフの依頼ですね」
「はい! 十体、倒しました!」
「お疲れさまです。お怪我はありませんか?」
「大丈夫です!」
リュナもうなずく。
「二人とも、怪我はないわ」
「よかったです。では、討伐の確認を――」
「あっ、あと一体、別の魔物も持ってきました!」
「別の魔物?」
「グレートボアです!」
セリスの手が止まった。
「…………はい?」
「帰り道で襲われたんです!」
「……グレートボア、ですか?」
「はい!」
セリスは二人の顔を交互に見た。
「……少々、お待ちください」
そう言って、受付の奥へ向かった。
シオンはリュナに小声で尋ねた。
「……また驚かせちゃったかな」
「……そりゃ、驚くと思う」
◇
案内された作業場では、昨日の買い取り担当の男性が待っていた。
「おう。今日はフォレストウルフか」
「はい!」
「十体だったな。出してくれ」
「わかりました!」
シオンは空いている作業台へ手を向けた。
「《ストレージ》!」
一体目。
二体目。
三体目。
十体のフォレストウルフを、順番に取り出していく。
男性は手際よく数を確認した。
「……よし、十体だな。依頼の分は問題ねえ」
「ありがとうございます!」
「それで、別の魔物もいるって?」
「はい! こっちは大きいので、どこに出せばいいですか?」
「大きい?」
男性は首をかしげた。
「……どれくらいだ?」
「ええと、普通のボアの何倍か……」
シオンが両手を広げる。
男性は一瞬考え、それから作業場の奥を指さした。
「あっちの床が空いてる。そこに出してくれ」
「はい!」
シオンは指定された場所へ向かった。
「《ストレージ》!」
ドスン!
巨大なグレートボアが現れた。
「…………」
男性は固まった。
セリスも、隣で目を丸くしている。
「……おい」
「はい?」
「本当にグレートボアじゃねえか」
「はい!」
「……お前ら、これを二人で倒したのか?」
「はい! リュナが突進を避けてくれて、俺が魔法を撃ちました!」
リュナが小さく補足する。
「シオンが魔法で動きを止めてくれたから、倒せたんです」
男性はグレートボアの傷を確認した。
肩に残る氷の痕。
頭部の雷と氷による傷。
そして、脇腹の短剣による切り傷。
「……確かに、二人で戦った跡があるな」
セリスが、ようやく口を開いた。
「グレートボアは、Dランク相当の魔物ですよ……?」
「そうみたいですね!」
「……そうみたい、って」
セリスは額に手を当てた。
男性が、豪快に笑う。
「はははっ! 昨日コボルト十一体を持ち込んだと思ったら、今日はこいつか!」
「……すみません?」
「謝ることじゃねえよ。ただ、毎回驚かされるな!」
男性は笑いながら、査定を始めた。
◇
フォレストウルフ十体。
グレートボア一体。
すべての確認が終わるまで、少し時間がかかった。
シオンとリュナは長椅子に座って待つ。
「……いくらになるかな」
「また、それ?」
「気になるだろ!」
「……私も、ちょっと気になるけど」
二人が話していると、男性が書類を持って戻ってきた。
「待たせたな」
「おおっ!」
「まず、フォレストウルフ十体。牙と毛皮の状態を見て、買い取り額は銀貨六枚だ」
「銀貨六枚!」
シオンが目を輝かせる。
「それから、グレートボアだが……」
男性は、少しだけ間を置いた。
「こいつは体も大きいし、状態もいい。肉も含めて、銀貨十二枚で買い取ろう」
「……十二枚!?」
シオンが立ち上がった。
リュナも目を見開く。
「グレートボアだけで……?」
「ああ。丸ごと持ち込んでくれたからな」
男性は書類を差し出した。
「買い取りは、合わせて銀貨十八枚だ」
「十八枚……!」
シオンは思わずリュナを見た。
リュナも、ゆっくりとうなずく。
「……お風呂付きの家」
「……うん!」
シオンの顔が、ぱっと明るくなった。
「借りられるかもしれない!」
「……家具代と食費も忘れないでよ」
「忘れてないって!」
男性は二人の会話を聞いて、にやりと笑った。
「家の資金か。そりゃ、いい獲物だったな」
「はい!」
「ただし、次も同じように倒せると思うなよ。今回は怪我なく帰ってこられたんだ。それが一番だ」
「……はい!」
シオンとリュナは、そろってうなずいた。
◇
受付へ戻ると、セリスが書類を揃えて待っていた。
「お二人とも、お待たせしました」
「はい!」
「まず、フォレストウルフ十体の討伐依頼。こちらは達成を確認できましたので、報酬の銀貨八枚です」
セリスが硬貨を並べる。
「そして、フォレストウルフとグレートボアの買い取り代金が銀貨十八枚」
さらに硬貨が並んだ。
「今回のお受け取りは、合計で銀貨二十六枚になります」
「……二十六枚!」
シオンは目を丸くした。
リュナも、しばらく硬貨を見つめていた。
お風呂付きの二人用の家は、入居時に銀貨十六枚。
今日の収入だけで、その金額を超えている。
「……リュナ!」
「……うん。わかってる」
「風呂付きの家、借りられるぞ!」
「……だから、家具代と食費も――」
「残せるように考える!」
リュナは一瞬きょとんとして、それから笑った。
「……ちゃんと覚えてたのね」
「もちろん!」
セリスは微笑みながら、二人のギルドカードを取り出した。
「それと、もう一つお話があります」
「……え?」
シオンが顔を上げる。
「今回、Eランクの討伐依頼を達成したことに加えて、Dランク相当のグレートボアを二人で討伐した実績も確認できました」
セリスは二枚のカードを並べた。
「ギルドで確認した結果、お二人ともDランクへの昇格が認められました」
「…………」
シオンは固まった。
リュナも、言葉を失う。
「……Dランク?」
「はい。お二人ともです」
セリスがうなずいた。
「……昨日、Eランクになったばかりよね?」
リュナが小さくつぶやく。
「……うん」
シオンも、ぼんやり答えた。
それから。
「やったあああっ!!」
ギルド中に、シオンの声が響いた。
「シオン! 声!」
「あっ、ごめん!」
周囲の冒険者たちが、何事かと振り向く。
セリスは困ったように笑いながら、カードを二人へ返した。
「昇格、おめでとうございます」
「ありがとうございます!」
「……ありがとうございます」
リュナはカードを受け取り、そこに記されたランクを見つめた。
D。
昨日までは、Fだった。
「……なんだか、夢みたい」
「俺も!」
シオンは嬉しそうに笑った。
「二人で頑張ったもんな!」
「……そうね」
リュナも、ようやく笑みを浮かべた。
◇
二人が報酬をしまい、ギルドを出ようとしたときだった。
「だから! タンクが欲しいって言ってたじゃないですか!」
鋭い声が、ギルドの一角から響いた。
シオンとリュナは足を止めた。
依頼掲示板の近くで、数人の冒険者が言い争っている。
その中心にいたのは、小柄な少女だった。
背丈は百五十センチほど。
ずんぐりした体つきではなく、引き締まった腕と肩をしている。
腰には工具の入った革袋。
足元には、使い込まれた盾が置かれていた。
「タンクが欲しいとは言ったさ!」
向かいに立つ男性冒険者が声を荒らげる。
「でも、お前じゃ無理だって言ってるだろ!」
「どうしてですか! まだ一緒に戦ってもいないのに!」
「その体で、魔物の突進を受け止められると思うのかよ!」
「……っ!」
少女が唇をかむ。
「背が低いのは、ドワーフなんだから仕方ないじゃないですか!」
男性は肩をすくめた。
「こっちは遊びでパーティを組むんじゃねえんだ。前に立ってもらうなら、ちゃんと守れるやつが欲しい」
「だから、私にだって――!」
「悪いが、ほかを当たってくれ」
男性は仲間たちを連れ、少女の前から去っていった。
残された少女は、ぎゅっと拳を握った。
「……まだ、何も見せてないのに」
その声は、先ほどまでよりずっと小さかった。
シオンは、少女を見つめた。
「……なあ、リュナ」
「うん」
「今の子……」
「……話、聞いてみる?」
リュナは少女へ視線を向けた。
見た目だけで、できないと決めつけられる。
その悔しさが、少しわかる気がした。
シオンはうなずいた。
「うん!」
二人は少女のもとへ歩いていった。
「あの!」
少女が顔を上げる。
「……何ですか?」
「さっき、タンクをやりたいって言ってたよな?」
「……聞いてたんですか」
「うん。ごめん、声が聞こえて」
少女は少し気まずそうに目をそらした。
「……そうです。私はタンクをやりたいんです。でも、どこへ行っても、体が小さいから無理だって……」
「そっか」
シオンは少女の足元に置かれた盾を見た。
傷はあるが、手入れされている。
「俺たちも、前に立って守ってくれる仲間がいたらいいなって思ってたんだ」
「……え?」
少女が目を見開く。
シオンはリュナを見た。
リュナもうなずいた。
「私たち、今は二人で組んでるの。私は短剣、シオンは魔法が中心よ」
「……魔法?」
「うん! だから、タンクがいてくれたら助かるんだ」
少女は、シオンとリュナを交互に見た。
「……私で、いいんですか?」
「まだ一緒に戦ってないから、できるかどうかはわからないけどさ」
シオンは笑った。
「一度、一緒に依頼へ行ってみない?」
「…………」
少女は、しばらく何も言わなかった。
やがて、足元の盾を持ち上げる。
「……私、ロッテっていいます」
「俺はシオン!」
「私はリュナよ。よろしくね、ロッテ」
「……はい!」
ロッテは、ぎゅっと盾を抱えた。
「よろしくお願いします!」
シオンは嬉しそうにうなずいた。
「よし! じゃあ、次は三人で依頼だな!」
「……あっ」
そこで、シオンは何かを思い出した。
「どうしたの?」
リュナが尋ねる。
「……家」
「家?」
「お風呂付きの家、寝室が二つだったよな?」
リュナは、はっとした顔になった。
ロッテが不思議そうに首をかしげる。
「……お家、ですか?」
「俺たち、家を借りようと思ってたんだ。でも、もし三人で一緒に暮らすなら、部屋が足りないなって」
「……えっ!? 一緒に暮らす!?」
ロッテの顔が真っ赤になった。
「ま、まだ、一緒に依頼にも行ってないですよ!?」
「……あっ、そうだった!」
シオンは慌てて頭をかいた。
リュナが呆れたように笑う。
「だから、先に一緒に戦ってみましょ。家の話は、それからよ」
「そうだな!」
シオンはロッテへ向き直った。
「じゃあ、まずは明日の依頼だ!」
「……はい!」
ロッテは盾を抱え直し、力強くうなずいた。
三人で暮らす家のことは、まだ決まっていない。
けれど、シオンたちの次の依頼は、少し賑やかになりそうだった。




