第14話 森を駆ける風
翌朝。
シオンとリュナは朝食を済ませると、冒険者ギルドへ向かった。
「今日はEランクの依頼だな!」
「そうね。昨日昇格したばかりなんだから、内容はちゃんと確認するのよ」
「もちろん!」
シオンは元気よく答えた。
ギルドへ入ると、受付にいたセリスが二人に気づいて手を振った。
「おはようございます、シオンさん、リュナさん!」
「おはようございます!」
「おはようございます。昨日言っていた、Eランクの依頼を見せてもらえますか?」
「はい。お二人に合いそうなものを、いくつか用意してありますよ」
セリスは依頼書を三枚、受付の上に並べた。
シオンは一枚ずつ目を通す。
薬草の採取を兼ねた魔物の警戒。
街道沿いに出没する魔物の討伐。
そして――。
「フォレストウルフの群れの討伐……」
シオンは三枚目の依頼書を手に取った。
【Eランク討伐依頼】
対象:フォレストウルフ十体
場所:リーベル近郊の森
報酬:銀貨八枚
「十体か!」
「はい。森の外縁部で群れが目撃されています。近くの道を通る人もいるので、討伐依頼が出されました」
「フォレストウルフって、どんな魔物なんですか?」
リュナが尋ねる。
「狼型の魔物です。一体ずつなら対処できても、群れになると厄介ですね。素早く回り込み、複数の方向から襲ってきます」
「……囲まれないようにしないとね」
「はい。十体を確認できている依頼ですが、森の中ですから、周囲に別の魔物がいないとも限りません。深追いはしないでください」
シオンは依頼書を見つめた。
十体の群れ。
一体ずつ魔法を撃っていたら、その間に散らばってしまうかもしれない。
「……よし。これにします!」
リュナが隣から顔をのぞき込む。
「私もいいと思う。昨日覚えたスキルも、役に立ちそうだし」
「決まりだな!」
セリスは二人のギルドカードを受け取り、依頼の手続きを進めた。
「それでは、こちらで受注しました。討伐した魔物は、可能なら持ち帰ってください。素材の買い取りは別途査定になります」
「はい!」
シオンはカードを受け取ると、さっそくスキル一覧を開いた。
「……ん?」
「どうしたの?」
「十体を相手にするなら、もっと広い範囲を攻撃できる魔法が欲しいなって」
「今の魔法じゃ駄目なの?」
「《ファイアボール》なら、何体かまとめて攻撃できると思う。でも、十体が固まってたら、もっと広く炎を――」
「……シオン」
「ん?」
「行き先、森よ?」
「…………」
シオンは依頼書を見た。
場所は、リーベル近郊の森。
木がある。
草もある。
落ち葉もあるだろう。
「……あっ。火事になる!」
「今、気づいたのね」
「危なかった……!」
シオンは胸をなで下ろした。
魔物を倒せても、森まで燃やしてしまったら大変だ。
「じゃあ、炎以外で広い範囲を攻撃できる魔法か……」
シオンは改めてスキル一覧に意識を向けた。
コボルトを十一体倒したことで、スキルポイントは増えている。
昨日はリュナの相談を優先して、自分の新しい魔法は覚えていなかった。
今なら、候補を増やせるはずだ。
――森でフォレストウルフの群れと戦うために、今の俺が覚えるべき範囲魔法は?
【《正解選択》】
一覧の中で、一つの魔法が淡く光った。
【《ウインドストーム》】
「……風?」
「何か出た?」
「《ウインドストーム》だって」
シオンは魔法の説明を確認した。
指定した範囲に暴風を巻き起こし、風の刃で複数の敵を攻撃する魔法。
効果が及ぶ範囲を指定できるが、味方まで巻き込まないように注意が必要らしい。
「おおっ! これなら広い範囲を攻撃できる!」
「風なら火が燃え広がる心配はないわね。でも、私が近くにいるときは使わないでよ?」
「もちろん! リュナが突っ込む前に撃つ!」
「……それならよさそうね」
シオンは必要なスキルポイントを確認した。
足りている。
「よし、習得!」
【《ウインドストーム》を習得しました】
「覚えたぞ!」
「おめでとう。……街の中で試さないでね?」
「わかってるって!」
シオンはスキル一覧を閉じた。
セリスは二人の会話を聞いていたらしく、少し心配そうに笑った。
「新しい魔法の試し撃ちは、人のいない場所でお願いしますね」
「はい!」
◇
二人は街の門を抜け、森へ向かう道を歩いた。
今日は依頼を受けてから出発したので、途中で街へ引き返す必要はない。
「まずは練習だな!」
「そうね。《影歩》も《見切り》も、まだ覚えたばかりだし」
しばらく進むと、道から少し離れた場所に、開けた草地が見つかった。
周囲を確認し、ほかの人や魔物がいないことを確かめる。
「ここなら、少し動けそうね」
「よし! まずはリュナから!」
「……どう練習するの?」
シオンは考えた。
《見切り》は、相手の攻撃の始まりを読みやすくするスキルだ。
ならば、実際に動きを見てもらうのがよさそうだ。
「俺がゆっくり手を伸ばすから、避けてみる?」
「いいわよ。でも、魔法はなしね」
「なし!」
二人は少し距離を取って向かい合った。
「いくぞ!」
シオンが右手を伸ばす。
リュナはその手を見て、軽く横へ動いた。
「……今のは、普通に見えたわね」
「じゃあ、少し速くするぞ!」
「うん」
もう一度。
今度は、シオンが右へ動くと見せかけて、左手を伸ばした。
リュナの耳がぴくりと動く。
彼女はシオンの肩が動いた瞬間に、一歩引いた。
「おっ!」
「……今の、わかったかも」
「本当か!?」
「手が動く前に、肩の動きが目に入ったの」
リュナは自分の手を見つめた。
「……《見切り》って、攻撃そのものが遅く見えるわけじゃないのね」
「先に動きがわかる感じか!」
「うん。まだ慣れないけど」
何度か繰り返すうちに、リュナはシオンが手を伸ばす方向を、少しずつ早く察するようになった。
「よし、次は《影歩》だな!」
「……それなら、あの木まで移動してみる」
リュナは少し離れた木を指さした。
姿勢を低くする。
足音が、ふっと小さくなった。
次の瞬間、彼女は草地を滑るように駆けた。
「おおっ!」
リュナは木の陰へ入り、そこからシオンの横へ回り込む。
「……どう?」
「気づいたら横にいた!」
「さすがに、それは大げさじゃない?」
「いや、ほんとだって!」
リュナは照れくさそうに笑った。
昨日、実戦で使ったときよりも、動きが少し滑らかになっている。
「じゃあ、最後は俺の魔法だな!」
シオンは草地の先を見た。
木から十分に離れた、何もない地面。
そこへ向けて、手をかざす。
「リュナ、離れててくれよ!」
「うん。ここで見てる」
シオンは狙う範囲を意識した。
広く。
ただし、周囲の木までは巻き込まない。
「《ウインドストーム》!」
ゴオオオオッ!!
草地の一角に、暴風が巻き起こった。
風が渦を巻き、その中を鋭い風の刃が走る。
地面の草が激しく揺れ、乾いた土が舞い上がった。
「うわっ、すごい!」
シオンは思わず声を上げた。
暴風が収まると、指定した範囲の草があちこちで切れていた。
少し離れた木々は、風で葉を揺らしただけだった。
「……ちゃんと、狙った場所に出せたわね」
「うん! でも、思ったより広いな」
「私があそこにいたら、巻き込まれてたと思う」
「……絶対、リュナが離れてるのを確認してから使う!」
「お願いね」
シオンはもう一度、魔法の射程と広がり方を確かめた。
続けて何発も撃つことはせず、魔力を温存する。
これからが本番なのだ。
「よし。そろそろ行こうか!」
「うん!」
二人は草地をあとにし、森へ向かった。
◇
森へ入ると、空気が少しひんやりした。
木々の間から差し込む光が、地面にまだらな模様を作っている。
シオンは周囲を見渡しながら歩いた。
「フォレストウルフ、どの辺にいるんだろうな」
「目撃されたのは、この先みたいね」
リュナが依頼書の場所を確認する。
二人は足を止め、耳を澄ませた。
風に揺れる葉の音。
遠くの鳥の声。
そして――。
「……シオン」
リュナの声が低くなった。
「いるわ」
彼女が指さした先。
木々の間を、灰色の影が動いていた。
一体。
二体。
三体。
さらに奥から、次々と姿を現す。
「……十体」
シオンは小さく数えた。
フォレストウルフ。
普通の狼よりも体が大きく、鋭い牙が口元からのぞいている。
群れは、まだ二人に気づいていないようだった。
数体がまとまって歩き、その周囲を別の個体が行き来している。
「……今なら、固まってるな」
「《ウインドストーム》?」
「うん。まず俺が撃つ。リュナはここで待ってて」
「わかった。散らばってきたら、私も動く」
シオンはうなずいた。
群れの中心に狙いを定める。
周囲の木々と、リュナの位置を確認する。
そして――。
「《ウインドストーム》!」
ゴオオオオオオッ!!
森の一角に、暴風が巻き起こった。
「ギャウッ!?」
「ガアアッ!!」
突然の風に、フォレストウルフたちが悲鳴を上げる。
風の刃が群れを襲い、まとまっていた個体が次々と倒れた。
一体。
二体。
三体。
四体。
五体。
暴風が収まったとき、五体のフォレストウルフが地面に倒れていた。
「……よしっ!」
シオンが拳を握る。
だが、残った五体はすぐに動いた。
「グルルル……!」
低いうなり声。
五体は一か所にとどまらず、左右へ散っていく。
「……来るわ!」
リュナが短剣を抜いた。
一体が正面から駆ける。
別の一体は、木の陰を使って横へ回り込もうとしていた。
シオンは正面の一体へ手を向けた。
「《アイスランス》!」
鋭い氷の槍が飛ぶ。
フォレストウルフは避けきれず、その場に倒れた。
残り四体。
そのうち一体が、リュナへ飛びかかった。
「ガアッ!」
鋭い牙が迫る。
リュナの目に、狼の肩が沈む動きが映った。
――来る!
《見切り》。
飛びかかりが始まる直前、リュナは体を横へずらした。
牙が空を切る。
「……見えた!」
着地したフォレストウルフが振り向くより早く、リュナは《影歩》でその側面へ回り込んだ。
足音を抑えた素早い移動。
短剣が閃く。
「はっ!」
フォレストウルフが倒れた。
残り三体。
「リュナ、すごい!」
「まだいるわよ!」
「おう!」
シオンは周囲を見た。
残った三体は、二人を挟もうとするように位置を変えている。
一体がシオンの正面。
もう一体が左。
最後の一体は、リュナの背後へ回り込もうとしていた。
「リュナ、後ろ!」
「わかってる!」
リュナは振り向きざま、相手の動きを見た。
狼の前脚が踏み込む。
牙を向けて飛びかかる、その直前。
リュナは一歩引き、攻撃をかわした。
「《見切り》……!」
すれ違った狼の横へ、《影歩》で踏み込む。
短剣を振るった。
「ギャンッ!」
狼が地面に倒れる。
残り二体。
シオンへ向かっていた一体が、低く身をかがめた。
「《サンダーボルト》!」
バチィッ!!
狙いを定めた雷が直撃する。
フォレストウルフは、そのまま動かなくなった。
最後の一体が、仲間を失って足を止めた。
逃げるように向きを変える。
「……逃がすと、また道の近くへ出るかもしれない!」
シオンは手を向けた。
「《ウインドカッター》!」
風の刃が走る。
最後のフォレストウルフが倒れた。
森に、静けさが戻った。
◇
「……十体、全部倒した?」
リュナが周囲を見渡す。
シオンも倒れたフォレストウルフを数えた。
「一、二、三……十!」
「……よかった」
リュナは短剣を下ろし、息を吐いた。
シオンは笑顔で振り向く。
「《見切り》、使えてたな!」
「うん。飛びかかる前の動きが、少しわかった」
「《影歩》も速かった!」
「……まだ練習は必要だけどね」
そう言いながらも、リュナの表情は明るかった。
昨日覚えたスキルを、今日の戦いで使えた。
しかも、相手は十体の群れだった。
「シオンの《ウインドストーム》も、すごかったわよ」
「五体まとめて倒せたもんな!」
「……私が突っ込む前に撃ってくれて、助かった」
「そこは絶対に気をつけるって決めてたから!」
シオンは胸を張った。
リュナは、ふっと笑う。
「……うん。ありがと」
シオンは周囲をもう一度確認した。
ほかの魔物の気配はない。
「じゃあ、回収するか!」
「お願い」
シオンは倒れたフォレストウルフへ手を向けた。
「《ストレージ》!」
一体目が消える。
二体目。
三体目。
次々と収納していく。
十体すべてを収めると、シオンは満足そうにうなずいた。
「よし! これで依頼達成だ!」
「……帰ったら、素材の査定もしてもらいましょ」
「おう! 報酬は銀貨八枚だしな!」
シオンは嬉しそうに笑った。
「お風呂付きの家、近づいたんじゃないか!?」
「……まだ、買い取り額も聞いてないでしょ」
「それもそうか!」
「それに、家を借りたあとも生活費は必要よ」
「わかってるって!」
リュナは笑いながら、短剣を鞘に収めた。
シオンは森の出口へ向き直る。
「じゃあ、ギルドに報告しに行こう!」
「うん。……帰りも、周りには気をつけてね」
「もちろん!」
二人は並んで歩き出した。
新しく覚えた力を試した、初めてのEランク依頼。
十体のフォレストウルフを《ストレージ》に収め、二人はリーベルへの帰路についた。




