第13話 家賃と次の正解
セリスに教えてもらった店は、大通りから一本入った場所にあった。
木製の看板には、家の絵が描かれている。
「ここか!」
「……そうみたいね」
シオンは看板を見上げ、期待に目を輝かせた。
リュナはその隣で、念を押すように言う。
「先に言っておくけど、今日は金額を聞くだけよ」
「わかってるって!」
「……本当に?」
「たぶん!」
「そこは言い切りなさいよ」
二人はそんなやり取りをしながら、店の扉を開けた。
中には机がいくつか並び、壁には家の間取りを描いた紙が貼られていた。
「いらっしゃいませ」
奥から出てきたのは、落ち着いた雰囲気の女性だった。
「貸家をお探しですか?」
「はい! 二人で住める家を探してるんです!」
「まだ、どのくらいお金が必要なのか聞きに来ただけなんですけど……」
リュナが付け加える。
「もちろん、見るだけでも大丈夫ですよ。ご希望はありますか?」
シオンはリュナと顔を見合わせた。
「ええと、二人で住めて……」
「寝室は二つ欲しいわね」
「あっ、そうだな! あと、台所!」
「台所は必要ね」
女性はうなずき、机の上に間取り図を広げた。
「でしたら、まずはこちらはいかがでしょう」
紙には、小さな家の間取りが描かれていた。
居間と台所。
二つの寝室。
それから、物を置ける小さな収納。
「おおっ! ちゃんと部屋が二つある!」
「広くはありませんが、お二人なら十分に暮らせると思います」
リュナも図をのぞき込んだ。
「……台所もあるのね」
「はい。水場もありますよ」
「家賃は、いくらですか?」
シオンが尋ねると、女性は図の端を指さした。
「月に銀貨六枚です」
「銀貨六枚……」
シオンは指を折って考えた。
今日、ギルドで受け取ったお金は、銀貨九枚と銅貨五枚。
月の家賃だけなら払えそうだ。
「じゃあ、借りるときは銀貨六枚あれば――」
「いえ。最初に、保証金として銀貨六枚をお預かりします」
「保証金?」
「家を傷めた場合などに備えて、お預かりするお金です。退去するときには、修繕費などを差し引いてお返しします」
「なるほど……」
「ですので、最初に必要なのは家賃と合わせて銀貨十二枚ですね」
「十二枚!」
シオンは思わず声を上げた。
リュナが横から、ほらね、とでも言いたげな目を向ける。
「……最初にまとまったお金が必要だって言ったでしょ」
「言ってた!」
シオンはもう一度、間取り図を見た。
銀貨十二枚。
今日の収入だけなら、あと銀貨二枚と銅貨五枚。
手持ちを合わせれば届くかもしれないが、家を借りた瞬間に財布を空にするわけにはいかない。
「家具は、付いてるんですか?」
リュナが尋ねた。
「こちらの家は、備え付けのものがありません。寝具や食器などは、ご自身で用意していただきます」
「……やっぱり」
リュナは小さくうなずいた。
シオンは間取り図の寝室を指さす。
「ベッドも?」
「はい」
「そっかあ……」
家を借りれば、すぐに暮らせると思っていた。
だが、実際には家賃以外にもお金がかかる。
シオンは腕を組んだ。
「……もう少し貯めたほうがよさそうだな」
「そうね」
リュナが答えると、女性は別の間取り図を取り出した。
「少しご予算は上がりますが、こちらもご紹介できますよ」
「おっ?」
シオンが身を乗り出す。
次の図も、寝室は二つ。
居間と台所があり、先ほどの家より少しだけ広い。
そして、図の隅に見慣れない区画があった。
「……これ、何ですか?」
「浴室です」
「浴室?」
「はい。お湯を張って入れるお風呂が付いています」
「……風呂!?」
シオンの目が、一気に輝いた。
「リュナ! 風呂があるぞ、風呂!」
「……聞こえてるわよ」
「冒険から帰ってきて、風呂に入れるんだぞ!?」
「わ、わかったから。ちょっと落ち着いて」
リュナはそう言いながらも、間取り図へ視線を戻した。
森を歩けば、汗もかく。
魔物と戦えば、土や血で汚れることもある。
宿で体を拭くことはできても、湯にゆっくり浸かれるわけではない。
「……お風呂は、確かにいいわね」
「だろ!?」
「でも、家賃を聞いてからよ」
「あっ、そうだった!」
シオンは女性へ向き直った。
「こっちは、いくらですか?」
「月に銀貨八枚です。保証金も銀貨八枚ですので、最初に銀貨十六枚必要になります」
「十六枚……!」
先ほどの家より、さらに銀貨四枚多い。
シオンは間取り図とリュナを交互に見た。
「……どう思う?」
「今すぐ借りるには、まだ早いと思う」
「だよなあ」
「でも……」
リュナは、浴室の描かれた場所を指で示した。
「次の依頼でもちゃんと稼げたら、こっちを目標にするのはいいんじゃない?」
「……いいのか!?」
「私だって、お風呂は欲しいもの」
リュナは少し照れくさそうに答えた。
シオンは嬉しそうに笑った。
「よし! じゃあ、目標はお風呂付きの家だな!」
「入居費用だけじゃなくて、家具代と食費も貯めるのよ」
「了解!」
女性は二人のやり取りを微笑ましそうに見守っていた。
「ご希望が固まりましたら、またお越しください。ご案内できる家は、そのときの空き状況によって変わりますので」
「はい! ありがとうございました!」
「ありがとうございました」
二人は間取り図の写しを受け取り、店を出た。
◇
通りへ出ると、シオンはさっそく紙を広げた。
「お風呂付き、いいなあ……」
「……さっきから、そればっかりね」
「だって、風呂だぞ?」
「わかったってば」
リュナは笑いながら、紙をのぞき込む。
居間。
台所。
二つの寝室。
そして浴室。
まだ借りられると決まったわけではない。
それでも、間取り図を見ていると、そこで暮らす様子が少しだけ想像できた。
「……台所があるなら、食事も自分たちで作れるわね」
「うん! 俺も料理するぞ!」
「じゃあ、どっちが何を作れるか、今度話しましょ」
「おお、楽しみだな!」
シオンは間取り図を大切に《ストレージ》へしまった。
「さて、今日は宿に戻るか!」
「そうね。もう結構歩いたし」
二人は『小鳥の止まり木』へ向かった。
◇
「今日も二部屋、お願いします!」
宿の受付でシオンが声をかけると、主人は二人を見てうなずいた。
「あいよ。夕食と朝食付きで、あんたが銅貨八枚。そっちの獣人の子が十二枚だ」
「……はい」
シオンは財布を取り出した。
銅貨八枚。
それから、リュナの分の十二枚。
合わせて銅貨二十枚。
昨日も払った金額だ。
だが、今日は妙に高く感じた。
「……二十枚かあ」
「どうした?」
主人に尋ねられ、シオンは慌てて首を振った。
「いえ、何でもないです!」
硬貨を渡し、二部屋分の鍵を受け取る。
リュナは、その様子を横で見ていた。
階段へ向かう途中、そっと声をかける。
「……家賃を聞いたあとだと、高く感じるでしょ」
「うん……」
シオンは正直にうなずいた。
「二人で一泊、銅貨二十枚だもんな」
「朝と夜の食事も付いてるから、家賃とそのまま比べられるわけじゃないけどね」
「それでも、毎日払うとなると結構な額だなあ」
「……そうね」
リュナは自分の部屋の鍵を見つめた。
宿代が高いことには、慣れているつもりだった。
けれど、二人で住める家の間取りを見たあとでは、考え方が少し変わっていた。
「……次の依頼、頑張りましょ」
「おう!」
シオンは勢いよくうなずいた。
「お風呂付きの家を目指して!」
「……そこは譲らないのね」
「もちろん!」
リュナは呆れたように笑った。
◇
夕食を済ませたあと、二人は二階へ上がった。
廊下で自分の部屋へ向かいかけたリュナを、シオンが呼び止める。
「あっ、リュナ!」
「何?」
「スキルの相談、今日するんだよな?」
「……ああ、そうだったわね」
「よかったら、俺の部屋で話さない?」
リュナは少し考え、うなずいた。
「いいわよ。自分の部屋に荷物を置いてから行くわ」
「了解!」
シオンは先に自分の部屋へ戻った。
机の上を片づけ、椅子を引き出す。
自分はベッドに座ればいい。
「……よし」
ほどなくして、扉が控えめに叩かれた。
「シオン、私よ」
「どうぞ!」
扉を開けると、リュナが立っていた。
彼女は部屋へ入ると、机のそばの椅子に腰を下ろした。
「……ちゃんと片づけたのね」
「えっ? なんでわかった?」
「……今、正直に答えたわね」
「しまった!」
リュナがくすりと笑う。
シオンはベッドの端に座り、膝の上で手を組んだ。
「さて! スキル会議だな!」
「……そんな大げさなもの?」
「大事なことだろ?」
「……まあ、そうね」
リュナは自分のステータスを開いた。
シオンには表示そのものは見えないが、リュナが視線を動かしているのはわかる。
「《影歩》を覚えたあとも、スキルポイントはまだかなり残ってるの」
「今日、もう一つの集団も倒したしな!」
「そう。だから、次に何を覚えるか考えたいんだけど……」
リュナは指を折りながら、候補を挙げた。
「短剣の扱いをよくするスキル。足を速くするスキル。それから、敵の攻撃を避けやすくするスキルもあるわ」
「どれもリュナに合いそうだなあ」
「……だから迷ってるのよ」
シオンは腕を組んだ。
今日の戦いを思い返す。
リュナは《影歩》でコボルトの横へ回り込み、相手が気づく前に距離を詰めた。
だが、敵に近づく以上、攻撃を受ける危険もある。
「俺は、避けやすくなるスキルが気になるな」
「……どうして?」
「リュナは速いし、短剣も上手いだろ? でも、近づいて戦うから、攻撃を受けないようにできたら安心かなって」
リュナは少し驚いた顔をした。
「……ちゃんと考えてくれたのね」
「そりゃ考えるよ!」
「……うん。ありがと」
リュナは再び一覧へ目を向けた。
「私も、回避のスキルは気になってた。でも、短剣のほうも捨てがたいのよね」
「じゃあ、《正解選択》にも聞いてみようか」
「……お願い」
シオンはうなずき、心の中で問いかけた。
――今のリュナが、次に覚えるべきスキルは?
【《正解選択》】
目の前に表示が浮かぶ。
シオンは、その名前を読み上げた。
「……《見切り》」
「《見切り》?」
「うん。これが正解みたいだ」
リュナは自分の一覧を確認した。
「……あるわ。攻撃の動きを読みやすくするスキルね」
「おお! 今度は普通に出てるんだな」
「……毎回、隠れたスキルが出てきたら驚きっぱなしよ」
「確かに!」
二人は笑った。
リュナは《見切り》の説明をじっくり読んだ。
「相手の動きを見て、攻撃の始まりをつかみやすくする……か」
「避けるのに役立ちそうだな」
「うん。《影歩》で近づいて、攻撃されたら《見切り》で動きを読む。相性はよさそう」
リュナはしばらく考えたあと、習得を選んだ。
【《見切り》を習得しました】
「……覚えたわ」
「やったな!」
「うん。でも、これも練習しないとね」
「じゃあ、明日、街の外で試してみるか!」
「……いきなり私に魔法を撃ったりしないでよ?」
「しないって!」
シオンは慌てて両手を振った。
リュナは笑いながら、もう一度ステータスを確認する。
「……まだポイント、残ってるのよね」
「十倍、すごいなあ」
「あんたは十五倍でしょ」
「そうだった!」
シオンは照れくさそうに笑った。
「でも、今日はここまでにしておく?」
「……そうね。《影歩》も《見切り》も、まずは使えるようになりたいし」
「よし! じゃあ、明日は練習してから依頼を探そう!」
リュナはうなずき、ステータスを閉じた。
窓の外では、街の明かりがぽつぽつと灯り始めている。
「……ねえ、シオン」
「ん?」
「お風呂付きの家、本当に借りられるといいわね」
シオンは、ぱっと顔を上げた。
「おう! 絶対に頑張ろう!」
「……無茶はしない範囲でね」
「もちろん!」
リュナは立ち上がり、扉へ向かった。
「じゃあ、また明日の朝」
「おやすみ、リュナ!」
「……おやすみ」
扉が閉まる。
シオンはベッドに座ったまま、今日の出来事を思い返した。
コボルトを十一体倒した。
二人そろってEランクになった。
家の値段を知って、目標もはっきりした。
そして、リュナは新しいスキルを二つ覚えた。
「……明日も楽しみだな!」
シオンは嬉しそうに笑い、明日の依頼に備えて休むことにした。




