第11話 影を踏む少女
林の奥から、枝の折れる音が聞こえた。
リュナは片手を上げ、シオンをその場に止める。
「……こっち。少し回り込むわよ」
「了解」
二人は木の陰を伝いながら進んだ。
やがて、低い唸り声が聞こえてくる。
リュナが茂みの隙間を指さした。
「あそこ」
シオンがのぞき込むと、少し開けた場所にコボルトがいた。
一体、二体、三体。
さらに奥に、もう三体。
「六体か……」
「さっきより一体多いわね」
六体のうち四体は棍棒を持ち、残る二体は地面に落ちている石を拾っていた。
最初に倒した集団と、よく似た構成だ。
「街道からは少し離れてるけど、あの辺りなら通る人もいるかもしれないな」
「そうね。……でも、まずは私たちが無事に戻ることを考えて」
「もちろん!」
シオンはうなずいた。
先ほどは、シオンが後ろの一体を魔法で倒し、リュナが前に出た。
今度は逆だ。
「《影歩》、試してみる?」
「そのつもり」
リュナは短剣を抜いた。
「私が横から近づくわ。シオンは、あいつらがこっちに来ないようにしてくれる?」
「任せろ!」
「……大きな声、出さないで」
「あっ、ごめん」
リュナは小さく笑い、木の陰へ身を寄せた。
そして、意識を足元へ集中させる。
「……《影歩》」
その瞬間、リュナの気配が薄くなった。
「……えっ?」
シオンは思わず目を瞬かせた。
リュナの姿は、ちゃんと見えている。
透明になったわけではない。
それなのに、少し目を離すと、どこにいるのかわからなくなりそうだった。
足元の枯れ葉を踏んでも、音がしない。
リュナは木から木へ、滑るように移動していく。
「おお……!」
シオンは声を漏らしかけ、慌てて口を押さえた。
すごい。
さっきまでとは、明らかに動きが違う。
リュナはコボルトたちの側面へ回り込み、木の陰で足を止めた。
こちらへ、小さく手を振る。
準備ができた合図だ。
「よし……」
シオンは茂みから立ち上がった。
「《サンダーボルト》!」
雷光が走る。
後方にいたコボルトの一体が、声を上げる間もなく倒れた。
「ギャッ!?」
残る五体が、一斉にシオンを向く。
「こっちだ!」
シオンは右手を構えた。
前にいた四体が、棍棒を振り上げて駆け出す。
だが、そのうち一体が突然、横へ崩れ落ちた。
「ギャ!?」
別のコボルトが振り返る。
そこには、いつの間にかリュナが立っていた。
「……遅いわよ」
リュナは短剣を引き、すぐさま次の一体へ踏み込む。
棍棒が振り下ろされる。
リュナはそれをかわし、相手の脇をすり抜けた。
「《影歩》!」
コボルトが慌てて向き直ったときには、リュナはすでに背後へ回っていた。
短剣が走る。
二体目が倒れた。
「おおっ、リュナ!」
「シオン、そっち!」
「おっと!」
残る三体のうち、一体がシオンへ迫っていた。
棍棒が振り上げられる。
シオンは横へ跳んで攻撃をかわした。
「《アイスランス》!」
氷の槍がコボルトを貫く。
残り二体。
一体がシオンへ向かい、もう一体は石を拾い上げた。
「《ウインドカッター》!」
風の刃が、迫ってきたコボルトを倒す。
最後の一体が石を投げようとした、その瞬間。
「……こっちよ」
背後から、リュナの声がした。
「ギャッ!?」
コボルトが振り返る。
だが、遅かった。
リュナの短剣が走り、最後の一体が地面へ倒れた。
林に、再び静けさが戻る。
「…………」
シオンは周囲を見回した。
「……終わった?」
「……終わったわね」
リュナが短剣を下ろす。
二人は顔を見合わせた。
さっきより一体多かったはずなのに、戦闘はあっという間だった。
「すっげえ! 《影歩》、めちゃくちゃ強いな!」
「……私も、ちょっと驚いてる」
リュナは自分の足元を見た。
「足音を消せるだけかと思ったけど、動いている途中で相手に見失われやすくなるみたい」
「さっき、俺もリュナを見失いそうになったぞ!」
「……味方まで見失わないでよ」
「気をつけます!」
シオンが勢いよく答えると、リュナは吹き出した。
◇
シオンは倒れたコボルトたちへ近づいた。
「さて、こいつらも持って帰ろうか」
「……うん。六体とも、お願い」
「任せろ!」
シオンが一体に触れる。
「《ストレージ》」
コボルトが消えた。
【スキルポイントを獲得しました】
続けて二体目、三体目。
六体すべてを収納すると、シオンは満足そうにうなずいた。
「これで合計十一体か!」
「……最初の依頼は五体だったのにね」
「追加で倒した分も、何か買い取ってもらえたらいいなあ」
「素材になる部分はあると思うけど、詳しいことは解体担当の人に聞きましょ」
「そうだな。丸ごと持って帰ってるし、見てもらえばわかるか!」
シオンは《ストレージ》の中身を確認した。
コボルトが十一体。
昨夜までなら、こんな数の魔物を持ち帰ることなど考えもしなかっただろう。
もっとも、シオン自身はすっかり慣れてしまっていた。
「……シオン」
「ん?」
「また、レベルが上がったわ」
「おおっ!」
リュナはステータスを見つめていた。
先ほどの五体に続き、今回の六体でも大きく経験値を獲得している。
「……本当に十倍なのね」
「疑ってたのか?」
「疑ってたわけじゃないけど……実際に見ると、やっぱり驚くのよ」
リュナは習得可能なスキルの一覧を開いた。
《影歩》を覚えたあとも、ポイントは十分に残っている。
さらに、今の戦闘で増えた分もある。
「……また、スキルを覚えられそう」
「おお! 何か気になるのある?」
「短剣の扱いをよくするスキルは、やっぱり欲しいわね。あとは、もっと速く動けるものも……」
リュナは一覧を眺め、少し考え込んだ。
「でも、全部一度に覚えても、使いこなせるかわからないし」
「それはそうか」
シオンはうなずいた。
覚えたばかりの《影歩》も、まだ一度しか使っていない。
スキルが増えるのは嬉しいが、実際の戦いで使えるようになるには練習が必要だ。
「じゃあ、今は《影歩》に慣れるのを優先する?」
「……そうね。次のスキルは、帰ってから落ち着いて考えたい」
「よし! そのときは一緒に考えよう!」
「……うん」
リュナは表示を閉じた。
その表情は、少し楽しそうだった。
◇
二人は街道へ戻り、リーベルを目指して歩き始めた。
「いやあ、今日は大収穫だな!」
「……まだ、ギルドに報告してないでしょ」
「そうだった!」
「それに、十一体も持ち帰ったら、解体担当の人が驚くんじゃない?」
「ボア三体でも驚いてたもんなあ」
シオンは、昨日の買い取り窓口を思い出した。
担当の男性は、《ストレージ》からボアが次々と出てきたとき、しばらく固まっていた。
今日は、その三倍以上の数だ。
「……また裏の作業場に案内されるかな」
「たぶんね。受付で十一体も出したら大騒ぎよ」
「確かに!」
二人は笑いながら歩いた。
やがて、リーベルの城壁が見えてくる。
「……なあ、リュナ」
「何?」
「家を借りるお金、少しは近づいたかな」
「まだ、いくら必要かも調べてないでしょ」
「そうだった!」
「……まずは依頼の報酬を受け取って、それから家賃を調べましょ」
「うん!」
シオンは大きくうなずいた。
目標ができると、やるべきことが次々に見えてくる。
まずはギルドへ報告。
それから、コボルトの買い取り。
家を借りるのに必要な金額も、どこかで聞いてみたい。
「よーし! まずはギルドだ!」
「……走らないでよ」
「走らないって!」
そう答えたシオンの足は、すでに少し速くなっていた。
リュナは呆れたように笑い、その隣へ並ぶ。
二人はそろって、リーベルの門をくぐった。




