第10話 仲間にも届く正解
リーベルの北門を出て、シオンとリュナは街道を歩いていた。
朝の空気はまだ涼しく、道の両側には背の低い草が広がっている。
「コボルトって、どの辺りにいるんだろうな」
「目撃されたのは、この先の林の近くよ。街道から離れすぎないように探しましょ」
「了解!」
シオンは依頼書を《ストレージ》へしまった。
今日の目的は、街道近くに現れるコボルト五体の討伐。
報酬は薬草採集よりも高い。家を借りるための資金を貯めるには、ありがたい依頼だった。
「そういえば、シオン」
「ん?」
「昨日の夜、また魔法を覚えたって言ってたわよね」
「うん。《サンダーボルト》!」
「……名前からして雷魔法ね」
「そうそう。狙った相手に雷を集中させる魔法らしいんだけど、まだ使ったことがないんだ」
「じゃあ、最初は威力を確かめながらね。いきなり突っ込まないでよ」
「わかってるって!」
リュナは、少し疑わしそうにシオンを見た。
昨日、三体のボアを一気に倒した人間だ。その夜には、もう新しい魔法を覚えている。
何度聞いても、普通ではない。
「……本当に、変わってるわね」
「またそれ?」
「何度でも言うわよ」
二人は顔を見合わせ、小さく笑った。
◇
街道沿いの林が見えてきたころだった。
リュナの耳が、ぴくりと動いた。
「……止まって」
「ん?」
シオンが足を止める。
リュナは林の奥へ視線を向け、じっと耳を澄ませた。
「何かいるの?」
「……足音。複数ね」
リュナは鼻をひくりと動かした。
「それに、この匂い……たぶん、コボルトよ」
「おお、さすが!」
「褒めるのは確認してからにして」
二人は道を外れ、木々の陰から林の奥をのぞいた。
そこには、背の低い人影が五つあった。
犬に似た顔。粗末な革の防具。手には短い棍棒や石を持っている。
「あれがコボルトか……」
シオンが小声でつぶやく。
「そう。前に三体、後ろに二体いるわね」
「後ろの二体は石を持ってるな」
「近づいたら投げてくると思う」
シオンは五体の位置を確かめた。
正面から魔法を撃てば、後ろの二体に気づかれる。かといって、後方を狙っている間に、前の三体が突っ込んでくるかもしれない。
「……よし。俺が後ろのやつを狙うから、リュナは前の三体を見てくれる?」
「いいわよ。でも、横へ回り込まれたら、無理せず下がってね」
「了解!」
シオンは右手を構えた。
まずは、新しく覚えた魔法を試す。
「《サンダーボルト》!」
バチッ!
鋭い音とともに、雷光が一直線に走った。
「ギャッ!?」
後方にいたコボルトの一体が雷を受け、その場に倒れた。
「おおっ!」
狙った一体に、きちんと当たった。
しかも、かなりの威力だ。
「シオン、前!」
「おっと!」
残る四体が、一斉にこちらを向いた。
前にいた三体が棍棒を振り上げ、駆けてくる。
だが、その進路へリュナが飛び込んだ。
「遅い!」
最初の一体の棍棒をかわし、短剣を振るう。
「ギャッ!」
一体目が倒れた。
すぐさま、別のコボルトが横から飛びかかる。
リュナは身をひねって攻撃を避け、その背後へ回った。
「シオン、右の一体!」
「任せろ!」
シオンは右手を向ける。
「《ウインドカッター》!」
風の刃が走り、リュナへ近づこうとしていたコボルトを倒した。
その間に、リュナがもう一体を仕留める。
残るは、後方の一体。
「ギャギャッ!」
コボルトが石を振りかぶった。
「《サンダーボルト》!」
雷光が走る。
石を投げるより早く、最後のコボルトが地面へ倒れた。
林に、静けさが戻った。
「…………」
シオンは右手を下ろした。
「……終わった?」
「……終わったわね」
二人は顔を見合わせた。
最初の一体を倒してから、ほとんど時間がたっていない。
「……思ったより、あっさりだったな」
「そうね。あんたの魔法、やっぱり威力がおかしいわ」
「リュナも速かったぞ! 俺、一体目を倒したあと、もう二体倒してるの見えたもん!」
「……ちゃんと見てたのね」
「もちろん!」
シオンが笑うと、リュナは少しだけ口元を緩めた。
そのときだった。
「……え?」
リュナが突然、動きを止めた。
◇
「リュナ?」
「……ちょっと待って」
リュナは目の前の何かを見つめている。
シオンには見えない、彼女自身のステータス表示だ。
「……レベルが」
「レベル?」
「上がったの」
「おお! よかったじゃないか!」
「……一つじゃないのよ」
リュナの声が震えた。
「え?」
「いくつも、一気に上がってる……!」
リュナは何度も表示を確認した。
見間違いではない。
今まで少しずつしか上がらなかったジョブレベルが、たった今の戦闘で大きく上昇している。
「……こんなの、ありえない」
リュナはシオンを見た。
「あんた、何かした?」
「えっ?」
「だって、普通じゃないもの。コボルトを五体倒しただけで、こんなにレベルが上がるなんて!」
シオンは、そこで思い出した。
「あっ!」
「……何?」
「そういえば、まだ話してなかった!」
「何を!?」
シオンは頭をかいた。
「神様にもらったスキルのことなんだけどさ」
「……また神様?」
「うん。《経験値15倍》っていうスキルがあって」
「…………は?」
「俺が経験値を十五倍もらえるんだ。それで、パーティを組んだ仲間にも十倍の効果があるらしい」
「…………」
「だから、リュナも経験値が十倍になったんだと思う」
リュナは、ゆっくりと口を開いた。
「……十倍?」
「うん」
「経験値が?」
「うん」
「……十倍?」
「そう言ってるだろ!?」
リュナは両手で顔を覆った。
「……ちょっと待って。頭が追いつかない」
「ご、ごめん」
「……つまり、あんたとパーティを組んでるだけで、私の経験値が十倍になるってこと?」
「そういうことだな!」
「…………」
リュナは深く息を吐いた。
昨日、シオンがボアを倒してから急に強くなった理由。
一晩で新しい魔法を覚えた理由。
その一部が、ようやくわかった気がした。
「……あんた、そんなすごいスキルを持ってたのね」
「もう一つあるぞ!」
「……まだあるの?」
「《スキルポイント15倍》!」
「…………」
「こっちも、パーティの仲間は十倍になるんだ!」
リュナは、その場にしゃがみ込んだ。
「リュナ!?」
「……ちょっと、静かにして」
「う、うん」
シオンは素直に口を閉じた。
リュナは膝に額をつけたまま、しばらく動かなかった。
やがて、顔を上げる。
「……あんたと組んだら、レベルもスキルポイントも十倍?」
「うん!」
「……そんなの、反則じゃない」
「神様にもらったからな!」
「それで納得できると思ってるの!?」
「うわっ!」
シオンは肩を跳ねさせた。
リュナは呆れたように息をつく。
けれど、その顔には少しずつ笑みが戻っていた。
「……まあ、いいわ。あんたが普通じゃないのは、もうわかってたし」
「普通じゃないって……」
「褒めてるのよ」
「本当か?」
「……たぶん」
「たぶん!?」
◇
「……それでね」
リュナは立ち上がり、もう一度自分のステータスを確認した。
「スキルポイントも、すごく増えてるの」
「おお! じゃあ、新しいスキルを覚えられるんじゃないか?」
「そうなんだけど……」
リュナは腕を組んだ。
「候補がいくつもあるのよ。短剣の扱いをよくするものとか、足を速くするものとか……」
「いいじゃないか!」
「全部覚える前に、どれが今の私に合ってるか考えたいの。せっかくポイントがあるんだから、ちゃんと選びたいでしょ」
「なるほど……」
シオンは少し考えた。
リュナは素早く動いて敵へ近づき、短剣で攻撃する。
今日の戦いでも、その速さに何度も助けられた。
なら、どんなスキルが合っているのだろう。
「……あっ、そうだ!」
「何?」
「俺のスキルで、聞いてみようか」
「……聞く?」
「《正解選択》っていうスキルなんだけど、選択に迷ったとき、正解を教えてくれるんだ」
「……そんなスキルまで持ってるの?」
「うん。これも神様から!」
リュナは額に手を当てた。
「……もう、驚くのも疲れたわ」
「じゃあ、聞いてみるぞ」
シオンは心の中で問いかけた。
――今のリュナが、最初に覚えるべきスキルは?
【《正解選択》】
目の前に、表示が浮かぶ。
シオンは、そこに記された名前を読み上げようとして止まった。
「……ん?」
「どうしたの?」
「《影歩》……?」
「……え?」
リュナが目を見開いた。
「そんなスキル、私の一覧にはないわよ」
「えっ?」
シオンは表示を見直した。
【《影歩》を習得する――正解】
「……でも、こっちには出てるぞ」
「どういうこと?」
「わからない。でも、前にも似たことがあったんだ」
シオンは、神様からジョブを選ぶときのことを思い出した。
最初に提示されたのは、剣士と魔法使いと盗賊。
けれど、《正解選択》は一覧にない《賢者》を示した。
「普通の一覧に出てこない選択肢も、教えてくれることがあるみたいなんだ」
「……隠れたスキルってこと?」
「たぶん!」
リュナは半信半疑のまま、自分の習得画面を見つめた。
「……《影歩》」
小さく名前をつぶやく。
すると。
「……あっ!」
「どうした?」
「出た……!」
リュナは目を丸くした。
それまでの一覧にはなかった《影歩》が、新しく表示されている。
「本当に出たのか!?」
「……うん。必要なポイントも、今なら足りる」
「おおっ!」
リュナは説明を読んだ。
足音や気配を抑えながら、素早く移動するためのスキル。
敵の注意を引かずに位置を変えたいときや、背後へ回り込みたいときに役立つらしい。
「……これ、私に合ってるかも」
「だろ!?」
「まだ使ってないでしょ」
「そうだった!」
リュナは小さく笑った。
そして、習得を選ぶ。
【《影歩》を習得しました】
「……覚えた」
「やったな、リュナ!」
「……うん」
リュナは自分の足元を見た。
今までなら、スキルポイントを貯めるだけでも時間がかかった。
それが、シオンとパーティを組んだ最初の戦闘で、一覧になかった《影歩》まで覚えられた。
「……しかも、まだこんなに残ってる」
「スキルポイント?」
「そう。今までだったら、ひとつ覚えたら次のためにまた貯めなきゃいけなかったのに」
「十倍だからな!」
「……本当に、とんでもないわね」
リュナは習得可能なスキルをもう一度眺めた。
短剣の扱いを高めるもの。
足の速さを伸ばすもの。
覚えてみたいスキルは、まだいくつもある。
「次に何を覚えるか、あとで相談してもいい?」
「もちろん! また《正解選択》に聞いてみよう!」
「……あんた自身の考えも聞かせてよね」
「えっ、俺のも?」
「当たり前でしょ。パーティなんだから」
シオンは一瞬きょとんとして、それから笑った。
「そっか。そうだな!」
◇
「さて、と」
シオンは倒れたコボルトたちへ近づいた。
「討伐した証拠は、どうするの?」
リュナが尋ねる。
「丸ごと持って帰ればいいんじゃないか?」
「……ああ。あんたには《ストレージ》があるんだったわね」
「そうそう!」
シオンはコボルトに手を触れた。
「《ストレージ》」
一体目が消える。
二体目、三体目と続き、五体すべてがストレージへ収まった。
【スキルポイントを獲得しました】
収納するたびに、シオンの目の前へ通知が浮かぶ。
「よし! これならギルドで、そのまま確認してもらえるな」
「買い取れる素材があるかも、聞いてみましょ」
「おお、そうだな!」
シオンは林の向こうを見た。
まだ日が高い。
戦闘も、思っていたより早く終わった。
「……なあ、リュナ」
「何?」
「もう一つ、コボルトの集団を探してみない?」
「……もう一つ?」
「うん。街道の近くに、ほかにもいるかもしれないだろ?」
リュナは林の奥へ目を向けた。
「……確かに、あいつらは群れで動くことが多いわ。別の集団がいても、おかしくないけど」
「追加で倒した分も買い取ってもらえたら、家の資金になるかもしれないし!」
「……報酬や買い取りの扱いは、戻ってから確認しないとわからないわよ」
「うん。無理はしないで探そう」
リュナはシオンの顔を見て、うなずいた。
「……わかった。でも、街道の近くだけ。深追いはしないわよ」
「了解!」
「それと、次の集団がいたら、私の《影歩》も試してみたい」
「おお! いいな!」
シオンは嬉しそうにうなずいた。
「じゃあ、俺が正面から気を引いてる間に、リュナが回り込むとか?」
「……それ、さっきとは逆ね」
「そうだな!」
リュナは小さく笑った。
それから耳を澄ませ、林の奥へ視線を向ける。
「……少し、静かにして」
「ん?」
「……向こうで、何か動いた」
シオンも口を閉じた。
風が木々の葉を揺らす向こうから、かすかに枝の折れる音が聞こえた。
リュナは短剣の柄に手を添える。
「……行ってみましょ」
「うん!」
二人は足音を抑え、林の奥へ進んでいった。




