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「泥臭い辺境令嬢はいらない」と婚約破棄されましたが、前世は町工場社長なので“止まらない魔導炉”で廃工房を王国一にします  作者: 他力本願寺


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第8話 初注文と工房再開

ラウゼン領の村会名義で受けた公共修繕契約は、あっという間に辺境の村々へと噂を広げていった。


 廃工房の朝は、ひっきりなしに訪れる村人たちの足音と、既存設備の修繕や公共契約の相談によって、かつてない活気に包まれていた。


 だが、管理なき依頼の殺到は、いくら技術があっても工房を容易に崩壊させる。


「皆、少し落ち着いてちょうだい。順番に話を伺いますから」


 リナリアは作業着の上に厚手のエプロンを掛け、急ごしらえの受付台の前に立っていた。


 彼女の目の前には、農地用ポンプの修繕だけでなく、これからの厳しい冬を見据えた暖房用炉の問い合わせなど、様々な要望が山積みになっている。


 職人たちは降って湧いた大量の仕事に戸惑い、ただ右往左往するばかりだった。


 リナリアはペンを執り、真新しい羊皮紙に素早く線を引いて表を作り始めた。


 前世の町工場で、血の滲むような思いをして組み上げてきた生産管理の要となるものだ。


「まずは『価格表』です。材料の濁り石の仕入れ値、鉄材の原価、そしてあなたたちの労働に見合う適正な工賃を計算して、修繕内容ごとの明確な値段を決めます。安売りは絶対にしません」


 リナリアの言葉に、職人たちが驚いたように顔を見合わせた。


 これまで王都の商会から不当な買いたたきに遭ってきた彼らにとって、自分たちの労働に堂々と値段をつけるという発想は新鮮だった。


「次に『納期表』と『修理受付表』。いつ依頼を受け、いつ施工するのか。修理の場合は、どこがどう壊れたのかを正確に書き留めます。納期を守れない仕事は、最初から受けてはいけません」


 リナリアは表を壁に貼り出し、職人たちにその見方を一つひとつ丁寧に説明していった。


 感情や気合だけで乗り切ろうとすれば、必ずどこかで綻びが出る。誰が、いつ、何を作るのかを可視化することで、廃工房は初めて組織的な『工房』として息を吹き返したのだ。


 表に書き込まれていく依頼の束を見つめながら、工房長のガスパルが不意に口を開いた。


「……親方。一つ、提案があるんだが」


 ガスパルは照れくさそうに頭を掻きながら、小さな真鍮の金属札をリナリアの前に差し出した。


 そこには、不器用ながらも力強い文字で、製造番号と、彼自身の名前が深く刻み込まれていた。


「俺たちが作った炉に、この札を取り付けてえんだ」


「これは……?」


「俺たちは今まで、王都の下請けとして、名無しの部品ばかりを作らされてきた。どんなに腕を振るっても、完成品には王都の商会の立派な紋章が刻まれるだけで、俺たちの名前はどこにも残らなかった」


 ガスパルは古傷のある右腕で、自分の胸をドンと叩いた。


「だが、この《常火》は違う。俺たちが泥にまみれて、失敗を重ねて作り上げた、俺たち自身の魔導炉だ。だから、誰が叩き、誰が組み立てたのか、責任と誇りを持って名前を残してえんだよ」


 リナリアは、真鍮の札を両手でそっと包み込んだ。


 前世で、親会社から「おたくの名前はいらないから」と突き放され、社員たちが肩を落としていた記憶が蘇る。


 作ることの喜びは、自分の名前が残る誇りと共にあるのだと、リナリアは痛いほど理解していた。


「素晴らしい提案です、ガスパル。これを『工番札』と呼びましょう」


 リナリアは記録係のミラを呼んだ。


「ミラ。修繕用に組み込むすべての《常火》に、製造番号、担当した職人の名前、そして検査した者の名前と試験日を刻んだこの工番札を取り付けます。あなたは、この札の番号と対応する『試験帳簿』を作ってちょうだい」


「はいっ! どの炉が、どんな魔力の波の検査を合格して設置されたのか、完璧に記録してみせます!」


 ミラが力強く頷き、新しい羊皮紙の束を抱え直した。


 こうして、後に王都の権威を崩す最大の証拠となる、緻密な工番札制度と試験帳簿が誕生した。


 職人たちの目に、かつてないほどの鋭い光と、ものづくりへの熱い誇りが宿っている。


 活気に満ちた工房の様子を、入り口の壁際から静かに見つめている影があった。


 冷たい晩秋の風と共に現れた、王国調達監査官のエルネストだ。


 彼はリナリアが整えた価格表や納期表、そしてミラが書き込み始めた試験帳簿を、灰色の瞳でじっくりと観察していた。


「随分と、まともな組織の体を成してきましたね」


 エルネストが歩み寄ると、リナリアは少しだけ胸を張った。


「ええ。皆の技術を、正当に届けるための仕組みです。工番札は職人の責任の証拠にもなります」


「確かに、出処を明らかにするのは良いことです」


 エルネストはミラの試験帳簿へ視線を落とし、それからリナリアを真っ直ぐに見据えた。


「ただし、まだ足りません。規格については、正式監査の際に詳しく話しましょう。今のままでは、王都に突かれます」


「……規格、ですか」


「ええ。あなたたちの炉を守るための、感情ではない盾です」


 エルネストの言葉は短かったが、そこには辺境の工房を潰させまいとする、官僚としての明確な警告が含まれていた。


 リナリアは深く頷いた。


 工房を守るためには、熱意だけでなく、冷徹な制度の盾が不可欠なのだ。


 そして、エルネストの懸念は、すでに現実のものとして動き始めていた。


 同じ頃、遠く離れた華やかな王都。


 王都魔導商会連合の豪華な会議室では、重鎮であるグロウ商会長バルテスが、忌々しげに報告書を机に叩きつけていた。


「辺境の廃工房が、村会名義の公共修繕契約と称して、無許可の安物炉で勝手に農地を直して回っているだと?」


 バルテスの冷酷な目が、報告書に書かれた《常火》という名前に釘付けになる。


 王都の高級品が止まった現場で、その薄汚い安物が動いているという事実は、彼らの独占利益を根本から揺るがすものだった。


「許してはおけんな。あの『泥臭い辺境令嬢』のガラクタを、危険な違法魔導具として直ちに調査対象にしろ。王都の権威に逆らう者がどうなるか、その身に思い知らせてやる」

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