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「泥臭い辺境令嬢はいらない」と婚約破棄されましたが、前世は町工場社長なので“止まらない魔導炉”で廃工房を王国一にします  作者: 他力本願寺


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第6話 無許可ではなく、領内修繕です

稼働し始めたばかりの《常火》ポンプが、不格好ながらも力強い鼓動を響かせ、クレイン村の干上がった畑に命の水を送り込み始めた直後だった。



「無許可魔導具の使用ですね。ただちにそのガラクタを止めなさい」



 歓喜に沸いていた広場に、冷や水を浴びせるような鋭い声が響き渡った。


 上等な外套に身を包み、見下すような歪んだ笑みを浮かべているのは、王都魔導商会連合の代理人だった。


 彼らは法外な修理費を突きつけて村を見捨てたにもかかわらず、辺境の工房が自力で問題を解決しようとするのを監視していたのだ。


 その言葉に従ってポンプを止めれば、潤い始めたばかりのクレイン村の畑は、今度こそ完全に死に絶えることになる。



 代理人は悠然と馬から降りると、泥だらけになってポンプのそばに立つリナリアと、警戒を強めるガスパルたち職人を鼻で笑った。



「王国において、魔導具の製造および販売は、王都魔導商会連合の厳格な認可が必要です。辺境の寂れた廃工房が勝手に作った、そのような出処も知れぬ無認可の魔導具を設置するなど、明らかな規約違反。今すぐその薄汚いポンプを解体し、正規の修理費と多額の罰金を商会へ支払っていただきましょう」



 村人たちが息を呑み、恐怖に顔を青ざめさせる。


 王都の商会に睨まれれば、この村だけでなく、辺境伯領全体が経済的に干上がってしまう。


 ガスパルが怒りに古傷のある右腕を震わせ、一歩前に出ようとした。



 だが、リナリアはガスパルを片手で制し、静かに立ち上がった。


 泥だらけのドレスを着た彼女の青灰色の瞳には、微塵の動揺もなかった。


 前世の町工場で、大企業の法務部が突きつけてくる理不尽な契約書や、一方的な単価切り下げの要求と幾度も戦ってきたリナリアにとって、この程度の威圧など日常茶飯事に過ぎない。相手が契約や規約を盾に取るなら、こちらも同じ武器で迎え撃つだけだ。



「お断りします」



 リナリアは静かに、しかし冷たい晩秋の風を切り裂くようにはっきりと告げた。


 思い通りに怯えると思っていた令嬢の毅然とした態度に、代理人の笑みがピクリと引きつる。



「認可が必要なのは、不特定多数へ向けた『商業販売』の場合です。この《常火》ポンプは、ヴォルクハルト辺境伯領の領内公共設備を維持するための『領内修繕』に該当します。領主の権限において、自分たちの領地の道具を直すことに、王都商会の許可は必要ありません」



「屁理屈を! ベースとなっているのは我が商会が納品した高級ポンプだぞ。それを素人が勝手に改造するなど、器物損壊であり……」



「いいえ、正当な権利です。ミラ、あれを」


「はい、お嬢様」



 リナリアの指示に、記録係のミラが抱えていた書類の束の中から、一枚の古い羊皮紙を抜き出して手渡した。商会が言いがかりをつけてくることなど、リナリアは前世の経験から最初から予測し、領主の館から持ち出していたのだ。


 リナリアはそれを広げ、代理人の顔の前に堂々と突きつけた。



「これは、五年前にこのポンプを購入した際の正式な契約書です。第七項をご確認ください。『本機の無料保証期間は納品より三年とする。保証期間終了後、または不当な使用による故障の場合、商会は一切の責任を負わず、所有者は自らの費用と責任において本機を処分、あるいは修繕することができる』」



 リナリアは冷ややかに代理人を見据えた。



「保証期間はとうに切れています。以前、あなたが法外な見積もりを出して修理を拒否した時点で、商会としての保守責任も完全に放棄されました。ならば、所有者である辺境伯家が、独自の部品を組み込んで修繕する権利が、この契約書によって明確に認められています」



 反論の余地のない正論を突きつけられ、代理人は顔を赤くしたり青くしたりと忙しく変えた。


 だが、彼は引き下がらない。論理で勝てない時は、より大きな権力を振りかざすのが彼らの常套手段だ。



「辺境の田舎貴族が、商会連合に逆らって無事で済むと思うな! この暴挙は王都に報告する! 王国調達監査局を動かして、そのガラクタごと工房を差し押さえてやるからな!」



「私が、どうかしましたか」



 広場に、氷のように冷たく、ひどく理知的な声が響いた。


 いつの間にか、広場の入り口に数騎の馬が到着していた。先頭で馬を下りたのは、王城の夜会でリナリアの婚約破棄と契約の要求の一部始終を、壁際で静かに見ていた男だった。


 かっちりとした公的な装いに、王国調達監査官の腕章が冷たく光っている。


 エルネスト・グランヴェル。



「お、おお! グランヴェル監査官殿!」



 代理人は、自らの主張を裏付けてくれる強大な味方を見つけたように駆け寄った。



「ちょうどよいところへ! このヴォルクハルト家の令嬢が、無許可の危険な魔導具を勝手に……」



「状況は聞いていました。令嬢、先ほどの契約書と、その『修繕』の過程を示す記録を見せていただけますか」



 エルネストは代理人の騒ぎ立てる声を完全に無視し、リナリアの前へ歩み寄った。


 その灰色の瞳は、相変わらず一切の感情が読めない。彼は誰の味方でもなく、ただ規格と記録を重んじる公平な官僚だ。


 リナリアは静かに頷き、先ほどの契約書と、ミラが抱えていた分厚い『失敗帳』、そして《常火》第一号の試験記録の束を差し出した。



 エルネストは泥だらけになって稼働を続けるポンプを一瞥した後、渡された記録帳にじっくりと目を通し始めた。


 そこには、王都の規格に頼らず、辺境の濁り石の魔力の揺れを抑えるための、血の滲むような失敗の数々が記されている。ミラの緻密な計算式と、客観的な数字で示された安全試験の結果が、嘘偽りなく並んでいた。


 長い沈黙の後。エルネストは顔を上げ、代理人に向き直った。



「ヴォルクハルト家の主張を支持します」



「なっ……!?」


 代理人が素っ頓狂な声を上げた。



「契約書の通り、当該ポンプの保証期間は終了しており、領内修繕の範疇を逸脱していません。また、提出されたこの記録により、この修繕が場当たり的な改造ではなく、緻密な計算と試験に基づいた安全なものであることが客観的に証明されています。無許可の商業販売には当たりません」



 エルネストは監査官としての絶対的な権限を持って、冷徹に言い放った。



「商会がこれ以上、正当な領内修繕に対して不当な介入を行うのであれば、王国調達監査官の名において、商会側の独占的営業権の乱用として報告書を上げることになりますが、よろしいですか」



 権威の盾を完全に失った代理人は、顔から血の気を引き、カチカチと歯を鳴らした。


「く、くそっ……! 覚えておけよ!」


 代理人は逃げるように馬に飛び乗り、クレイン村から無様に走り去っていった。



 村人たちから、今度こそ心からの安堵の吐息が漏れる。


 リナリアはエルネストに向き直り、泥のついた手でエプロンを少しだけ整えてから、丁寧に礼をした。



「公平なご判断に感謝いたします。グランヴェル監査官」



「礼には及びません。私は監査官として、規定と記録に従って判断しただけです」



 エルネストはそう言いながらも、手元の『失敗帳』と試験記録をすぐには返そうとしなかった。


 彼は背後に控えていた部下を呼び寄せると、短い指示を出した。



「この失敗帳と、常火炉一号の試験記録の写しを取れ。王国監査局の正式な資料として保管する」



「写しを、ですか?」


 リナリアが驚いて尋ねる。辺境の泥臭い工房の記録など、王都の官僚は見向きもしないのが普通だ。


 エルネストは初めて、その冷たい灰色の瞳に微かな敬意の色を浮かべた。



「ええ。王都の美しい魔導具は止まり、辺境の泥臭い炉が命を救った。この記録は、その揺るぎない事実です。この記録は、あなたの工房を守る盾になります」



 記録の写しが部下の手によって丁寧に書き写され、監査官の公的な印が押された革鞄へと収められていく。


 エルネストの言葉に、リナリアは前世で品質管理の客観的な記録が幾度も会社を救った記憶を重ね合わせ、深く頷いた。



 商会の脅威が去り、クレイン村に再び水と活気が戻り始めた、まさにその時だった。


 一騎の早馬が、激しく泥を跳ね上げながら村の広場へと駆け込んで来た。



 乗っていたのは、ヴォルクハルト家の使いの者だった。彼は馬から転げ落ちるようにしてリナリアの元へ駆け寄ると、切羽詰まった声で叫んだ。



「お、お嬢様! 隣接するラウゼン領から急報です!」



 ラウゼン領。それは、あの夜会でリナリアを泥臭いと笑い捨てた元婚約者、セドリックの管理地だ。



「セドリック様が管理されている土地でも、王都製の大型ポンプが止まりました! 至急、修理の助けを求めてきています!」

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