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「泥臭い辺境令嬢はいらない」と婚約破棄されましたが、前世は町工場社長なので“止まらない魔導炉”で廃工房を王国一にします  作者: 他力本願寺


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第5話 安物ポンプ、クレイン村を救う

晩秋の突き刺すような冷たい風が、どんよりとした灰色の空の下を吹き荒れていた。


 重い荷馬車が軋む音を立ててクレイン村の広場に到着すると、絶望に暮れていた村人たちが力なく顔を上げた。



 リナリアたちが目にしたのは、無惨にひび割れた土と、水分を失って茶色く変色し、完全に頭を垂れた冬越しの作物だった。


 このままでは、三日と持たずに村の農業は完全に死に絶える。



 広場の中心には、王都の商会が法外な修理費を要求して見捨てていった、王都製の大型魔導ポンプが鎮座していた。


 美しい金細工の装飾が施され、高純度の魔石をはめ込むための透き通った受け皿がついたそれは、止まっていてもなお芸術品のように美しい。


 だが、現場で動かない以上、それはただの巨大な鉄くずでしかなかった。



「皆、少し道を空けてくれ。新しいポンプを下ろす」



 ガスパルの声に合わせて、工房の職人たちが総出で荷馬車から重い機体を下ろした。


 それは、完成したばかりの小型魔導炉《常火》第一号を組み込んだ、手作りの魔導ポンプだった。



 その姿を見た瞬間、村人たちの間に戸惑いと不安のざわめきが広がった。



「なんだい、あれは。真っ黒じゃないか……」


「王都様の美しい機械とは、似ても似つかないぞ」


「装飾の一つもないし、継ぎ接ぎだらけの無骨な鉄の塊だ。あんな安物で、本当に水が出るのか?」



 村人たちが不安がるのも無理はなかった。


 王都の華やかな魔導具を見慣れた彼らの目に、廃材を叩き直して作られた《常火》ポンプは、あまりにも泥臭く、頼りなく映ったのだ。



「王都様の機械でも止まっちまったんだ。辺境の安物じゃ、どうせすぐに壊れて……」



 悲観的な声が漏れ始めたその時だった。


 リナリアは無言で馬車から降りると、真っ直ぐに干上がった水路へと歩みを進めた。



 そして、村人たちが息を呑む前で、躊躇なくぬかるんだ泥の上に両膝をついた。



「お、お嬢様!? 何をしておられるのです!」


「泥でドレスが汚れてしまいます!」



 村長の老人が慌てて止めに入ろうとしたが、リナリアは意に介さなかった。


 令嬢が着るべき上等な生地のドレスの裾が、冷たく汚れた泥水を吸って黒く染まっていく。


 だが、リナリアの青灰色の瞳は、そんな些末なことには一切向けられていなかった。



「ガスパル、吸水管をこちらへ。ミラ、吐水管の角度と水圧の計算値を確認して」



「は、はいっ。失敗帳の記録から割り出した適正水圧、間違いありません!」



 ミラがしっかりと抱えた記録帳を見ながら答えると、リナリアは泥だらけの手で太い管を受け取った。


 水源とポンプ、そして枯れた畑へと続く水路を繋ぐため、自らの手で接続部の隙間に泥を塗り込み、しっかりと固定していく。



 前世で幾度も工場の油にまみれ、自らの手で機械を直してきた彼女にとって、現場の泥は誇りこそすれ、恥ずべきものではない。



「美しい装飾は、畑を潤しません」



 リナリアは泥だらけの手で、常火炉の心臓部に辺境の濁り石を押し込んだ。



「安物で結構。止まる高級品より、人を救う安物です」



 リナリアが静かに魔力を流し込むと、ガガッ、という重々しい起動音が鳴った。


 濁った魔力が細火管を通って流れ込み、炉の中に小さな火が灯る。



 ドドドドドドッ。



 不格好な音を立てて、鉄の塊が脈打ち始めた。


 王都の機械が発するような、高音の滑らかな駆動音ではない。


 まるで労働者が荒い息を吐きながら力強く足を踏み鳴らすような、地を這う重い駆動音だ。



 その泥臭い鼓動は、決して途切れることはなかった。


 波打つ濁り石の不安定な魔力を、戻し輪が受け止め、逃がし、循環させ続ける。


 やがて、吐水管の先から空気が押し出される音がしたかと思うと。



 ゴボァッ!



 勢いよく、澄んだ水が吐き出された。


 大量の水が干上がった水路を満たし、ひび割れた畑の土へと一気に流れ込んでいく。



 乾ききっていた作物の根元に、命の水が染み渡っていく。


 それは、見た目は悪く出力も低い辺境の安物炉が、華やかな王都の高級品に現場で打ち勝った瞬間だった。



「水だ……! 水が出たぞ!」


「止まらない! どんどん畑に入っていくぞ!」


「畑が……俺たちの畑が、生き返る……!」



 絶望に沈んでいた村人たちが、歓喜の声を上げて水を追いかけた。


 先ほどまでリナリアを止めようとしていた村長の老人は、泥だらけの地面に這いつくばり、流れてくる冷たい水を両手ですくった。



 そして、顔をくしゃくしゃにして、ボロボロと大粒の涙をこぼした。



「ありがとうございます、ありがとうございます、領主様、令嬢様……!」



 老人は泥に顔を擦り付けるようにして泣き咽んだ。



「これで……これで今年の冬も、村の皆が飢えずに生き延びられます……! 神様、領主様……!」



 その光景を後ろで見ていたガスパルたち職人は、言葉を失って立ち尽くしていた。



 彼らはこれまで、王都の商会から「時代遅れ」「下請け以下のガラクタしか作れない」と蔑まれてきた。


 自分の腕を信じられなくなり、誇りを失いかけていた。


 だが、彼らが何週間も煤にまみれて失敗を繰り返し、叩き上げたその無骨な鉄の塊は今、確かに人々の命を救い、涙を流して感謝されている。



「俺たちの作った安物が……畑を救ったんだ」



 ガスパルが、震える声で呟いた。


 古傷のある右腕を強く握りしめる彼の目には、確かな熱いものが浮かんでいる。


 職人たちの顔に、かつて失われた誇りが静かに、しかし確実に蘇っていた。



 リナリアは立ち上がり、泥だらけの手でエプロンを払うと、涙を流す村長に向き直った。



「このクレイン村の本村の畑は、これで大丈夫ですね。水路はこの先、どこまで続いているのですか?」



 村長は涙を拭いながら、遠くそびえる雪化粧を始めた山々を指差した。



「本村の畑はすべて潤います。ただ、あの山のずっと上にある、奥クレイン村まではこの水路は届きません」



「奥クレイン村、ですか」



「ええ。領地の配達を手伝ってくれている、あの片脚のノアという少年の出身村です」



 村長は少しだけ顔を曇らせた。



「あそこは最も雪深く、冬が来れば王都からも完全に忘れられる辺地です。水もそうですが、何よりこれからの季節、寒さをしのぐ備えが足りていないはずです」



 奥クレイン村。


 今は畑の渇きを救えたが、冬が本格化すれば、厳しい雪山で孤立する人々を救うための別の備えが必要になるだろう。


 リナリアは、遠くそびえる冷たい山肌を見上げながら、工房の次の役割へと思考を巡らせた。



 その時だった。



 パッカ、パッカと、軽快で場違いな馬の蹄の音が村の広場に響いた。


 現れたのは、上等な外套を着込んだ男だ。


 先日、領主の館に現れて不当な修理費を要求し、リナリアに論破されて追い返された王都魔導商会連合の代理人だった。



 代理人は、馬の上から稼働する黒いポンプと、泥だらけになったリナリアを見下ろした。


 そして、歪んだ優越感に満ちた笑みを浮かべ、ねっとりとした声を張り上げた。



「おや。無許可魔導具の使用ですね」

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