第38話 査問再開
凍結されていた公開査問が、王都の中央議事堂で再び開かれた。
雪山での過酷な救助活動から生還したばかりのリナリアは、まだ泥と煤が染み付いた作業着のまま証言台に立っていた。
彼女の身体は極度の疲労で軋んでいたが、その青灰色の瞳は真っ直ぐに雛壇を見据えていた。
雛壇の上では、グロウ商会長のバルテスが、鬼の首を取ったかのような笑みを浮かべていた。
「議長! この辺境の娘が犯した大罪は、もはや明白です」
バルテスは議場全体に響き渡る声で、リナリアを指差した。
「猛吹雪の雪山において、未完成で安全基準も満たしていない鉄の箱を空へ飛ばした。王都の最新鋭機でさえ飛行を断念したというのに、あの無謀な真似は狂気の沙汰です。一歩間違えば、操縦者もろとも墜落し、大惨事を引き起こしていたはずだ」
貴族たちから、非難のざわめきが起こる。
バルテスは偽造品事件から論点をすり替え、《暁鴉》の無謀な運用を責め立てることで、リナリアにすべての責任を押し付けようとしていた。
「さらに聞けば、彼女たちは自力で帰還することすらできず、遭難して救助を待つ羽目になったとか。王国監査局を巻き込み、無意味で危険な騒ぎを起こした彼女の工房は、直ちに閉鎖されるべきです」
バルテスの言葉に、議場は同調の空気に包まれた。
だが、リナリアは一歩も引かなかった。
彼女が反論の口を開こうとしたその時、議事堂の重厚な扉が大きく開かれた。
「無意味な騒ぎではありません。彼女の決断は、王国の民の命を救いました」
靴音を響かせて議場に入ってきたのは、王国調達監査官のエルネストだった。
彼の軍服にも雪山の泥が跳ねていたが、その表情はかつてないほど冷徹で、絶対的な自信に満ちていた。
彼の背後には、分厚い記録の束を抱えたミラが続いている。
「グランヴェル監査官! 一時凍結の権限を乱用し、貴様も同罪だぞ!」
バルテスが怒鳴りつけるが、エルネストは全く意に介さず、議長席へと歩み寄った。
「議長、そして列席の皆様。これが、奥クレイン村からの正式な報告です」
エルネストの合図で、ミラが一番上にあった羊皮紙を広げた。
「あの吹雪の夜、ヴォルクハルト工房の山岳救急艇《暁鴉》は、見事に孤立した村へ到達しました。高熱の子供と出産間近の妊婦に特効薬と熱を届け、二つの命を救い出したのです。これは、村人全員の署名が入った救助成功の証明書です」
ミラが読み上げたその言葉と共に、奥クレイン村の村人たちが不器用な字で綴った感謝の言葉と署名の束が、証言台に提示された。
議場が水を打ったように静まり返る。
だが、バルテスはすぐに顔を真っ赤にして反論した。
「た、たまたま運良く墜落しなかっただけだろう! それに、遭難して帰れなくなったのは事実ではないか! そのような未完成な機体に積まれた、危険な安物炉の稼働など、何の参考にもならん!」
「遭難ではありません」
リナリアが静かに、しかしはっきりとした声でバルテスの言葉を遮った。
「私たちは自力で帰還できなかったのではなく、帰還用の《常火》を、村の暖房として残してきたのです」
リナリアは、ミラからもう一つの分厚い帳簿を受け取り、高く掲げた。
「そして、その残してきた一基の《常火》は、吹雪が吹き荒れる極寒の小屋の中で、一晩中、一度も火を落とすことなく稼働し続けました。これが、その時の出力と圧力の推移を詳細に記録した、炉の稼働データです」
さらにミラが、もう一冊の帳簿を重ねて提出した。
「同時に、救助に向かった《雪燕》救援隊の稼働記録も提出します。王都の最高級機が立ち往生した深い雪の山道を、《雪燕》は吹雪の中を踏破し、無事に奥クレイン村へと到達しました。《常火》が放ち続けた熱標識を、魔力探知で正確に捉えながらです」
エルネストが、冷徹な声で締めくくる。
「救急艇による空からの到達、暖房炉の極限環境での連続稼働、そして輸送橇による陸路の走破。辺境の泥臭い《常火》は、王都製魔導具が完全に沈黙した死の雪山で、これだけの成果を上げました。これが、無意味な騒ぎでしょうか」
バルテスの顔から、完全に血の気が引いた。
彼が「危険だ」「未熟だ」と嘲笑ってきた辺境の技術は、王都の技術が決して超えられなかった壁を、幾重にも超えてみせたのだ。
奥クレイン村の救助署名、炉の極限稼働記録、そして雪燕の到達記録。
これらの決定的な記録の前に、バルテスの主張は音を立てて崩れ去った。
「まだだ……! いくら辺境で小賢しい真似をしようと、王都の魔導具の絶対的な安全性には遠く及ばん!」
バルテスは必死に声を張り上げ、雛壇から身を乗り出した。
「我が商会が誇る王都の魔導具は、王国の厳格な安全試験をすべて最高評価で通過している! 逃がし爪もない危険な偽造品を売り捌いたのは、やはり辺境の無知な者たちの仕業だ! 我がグロウ商会は無実だ!」
往生際悪く叫ぶバルテスを見つめ、エルネストは深く静かな溜息をついた。
そして、軍服の懐から、厳重に封をされたもう一つの書類の束を取り出した。
「バルテス会長。あなたがそう主張することも見越して、私が雪山へ向かっている間、王都の監査局本部を動かしていました」
エルネストの言葉に、バルテスの目が大きく見開かれた。
「グロウ商会本部、および関連するすべての鋳造所に対し、王国監査局の権限による一斉家宅捜索を実施しました。そして、本部の隠し金庫から、興味深い記録が多数押収されました」
エルネストは、その書類の束を容赦なく議長の机へと叩きつけた。
「それは、王都製魔導具の安全試験偽装記録です」
議場に、悲鳴のようなざわめきが巻き起こった。
「書類によれば、グロウ商会は長年にわたり、特許局や試験局の役人に賄賂を贈り、自社の製品の安全基準を大幅に偽装して王国に登録していました。低品質な部品を使いながら、書類上だけは最高品質であると偽り、莫大な利益を得ていたのです」
「なっ……! それは、でっち上げだ!」
バルテスが絶叫するが、エルネストは冷酷に事実を並べ立てる。
「そして、その偽装工作の中には、今回の《常火》の偽造品に関する詳細な発注書や、逃げた小商会への資金提供の記録も含まれていました。さらには、オルドリッジ教授への不適切な資金援助の記録まで」
その言葉を聞いた瞬間、雛壇の隅に座っていたオルドリッジ教授が、椅子から滑り落ちるようにして崩れ折れた。
権威ある学者が、利益のために商会と癒着し、偽りの理論で辺境の技術を弾圧していたことが白日の下に晒されたのだ。
「王都の技術は安全であり、辺境の技術は危険である。あなたのその主張の根本が、巨大な嘘と偽装の上に成り立っていたことが、これですべて証明されました」
エルネストの宣告は、王都魔導商会連合という巨大な権力の終焉を意味していた。
議場の貴族たちは、もはやバルテスを擁護する言葉を失い、冷ややかな、あるいは怒りに満ちた視線を彼へと向けている。
偽造品の事故を辺境になすりつけ、技術を奪おうとした悪意。
安全基準を誤魔化し、人々の命を危険に晒しながら利益を貪っていた強欲。
それらのすべての嘘が、リナリアたちが積み上げてきた泥臭い記録と、エルネストが執念で暴き出した証拠によって、完全に崩れ去ったのだ。
バルテスは雛壇の上でふらつき、額から脂汗を流していた。
彼が長年築き上げてきた独占利権の帝国が、今、辺境の小さな工房の手によって完全に打ち砕かれようとしている。
だが、権力の亡者である彼は、まだ完全に敗北を認めてはいなかった。
バルテスは血走った目でリナリアを睨みつけ、議長に向かって狂ったように叫んだ。
「だとしても! だとしてもだ、議長!」
彼は最後の手段とばかりに、両手を振り回した。
「あの《常火》がそれほどまでに有用な技術であるならば、なおのこと、辺境の町工房などに独占させておくべきではない! 王国の利益のために、あの工房を王都が接収すべきだ!」




