第39話 下請けではありません
「あの《常火》がそれほどまでに有用な技術であるならば、王国の利益のために、あの工房を王都が接収すべきだ!」
バルテスの狂乱に満ちた叫びが、厳粛な王都の中央議事堂に響き渡った。
自らの安全試験偽装という致命的な罪を突きつけられた彼は、最後の足掻きとして、ヴォルクハルト工房の成果そのものを強奪しようとしていた。
「考えてもみたまえ! 辺境の無知な職人どもが管理するよりも、王都の洗練された環境で、優れた商会連合が管理と量産を行うべきなのだ。彼らは王都の指示通りに動く下請けになればいい。その方が王国全体にとって遥かに安全であり、利益になるはずだ!」
それは、どこまでも自分たちの独占と搾取を正当化しようとする、傲慢極まりない主張だった。
だが、王都中心主義に長年染まりきってきた一部の貴族たちにとっては、その提案は都合の良い響きを持っていた。辺境の小さな町工房が独自の力を持つより、王都の管理下に置いた方が安心できると考える者も少なからずいたのだ。
議場がざわめく中、リナリアは証言台にしっかりと両手をつき、真っ直ぐに前を見据えていた。
数日間にわたる猛吹雪の雪山での救助活動と、休む間もなく駆けつけた査問。彼女の身体は極度の疲労で軋み、立っているのがやっとの状態だった。作業着には奥クレイン村の泥と、《常火》の煤が深く染み付いている。
それでも、彼女の青灰色の瞳は、かつてないほど力強い光を放っていた。
「それは、安全を装ったただの搾取です」
リナリアの静かで凛とした声が、議場のざわめきを切り裂いた。
彼女は振り返り、記録係のミラから受け取った分厚い書類の束を、議長の机へと毅然とした態度で提示した。
「私たちが奥クレイン村から持ち帰った、村人全員の救助署名。王都の最高級機が立ち往生した深い雪の山道を踏破した、《雪燕》の稼働記録。そして、猛吹雪の小屋の中で一晩中命を温め続けた炉の稼働データと熱標識の記録。これらが証明しているのは、王都の整えられた環境でしか機能しない魔導具の限界と、現場を知り尽くした辺境の技術の確かさです」
リナリアは言葉を区切り、バルテスを鋭く睨み据えた。
「王都の管理下で安全になると仰いますが、グランヴェル監査官が押収した王都製魔導具の安全試験偽装記録こそが、あなた方の言う『管理』の腐敗を明確に示しています。利益のために見えない安全部品を省き、書類を偽造する。そのような体制に、命を預けることはできません」
「だ、黙れ! では、貴様らのような泥臭い町工房が、どうやって王国の求める安全水準を担保し、安定して製品を供給できるというのだ!」
バルテスが激昂して叫ぶが、リナリアは少しも怯まなかった。
彼女は、ミラが差し出したもう一冊の重要な書類を高く掲げた。
「私たちは、ただ勘と経験だけで炉を作っているわけではありません。これが、私たちが独自に定めた『常火規格の初版』です」
それは、エルネストの助言を受け、工房の仲間たちと血を吐くような思いで作り上げた、独自の品質管理の結晶だった。
「すべての製品に工番札を付け、製造責任を明確にする。逃がし爪という安全部品を絶対に省かない。そして、領内ごとに修理できる職人を育て、現場で直せる体制を作る。王都の表面的な美しさを求める規格には合わなくても、私たちのこの泥臭い規格は、過酷な現場で確実に稼働し続けるための絶対の基準です」
前世の町工場で、リナリアは巨大な企業の論理に押し潰された。
大企業の下請けとして、彼らの都合の良いように規格を変えられ、名前を奪われ、最後には社員を守り切ることができなかった。
だからこそ、今世では絶対に譲らない。職人たちの名前と誇りが刻まれたこの工房を、誰かの都合の良い道具になどさせはしない。
「ヴォルクハルト工房は、王都の下請けではありません。辺境の命を守る工房です」
その言葉には、前世での深い悔恨と、今世で仲間たちと共に積み上げてきた絶対の誇りが込められていた。
彼女の決然とした宣言に、議場は深い沈黙に包まれた。
現場で命を救ったという圧倒的な事実と、それを裏付ける緻密な記録、そして揺るぎない独自の規格。
王都の権威と嘘のメッキが完全に剥がれ落ちた今、リナリアの言葉を否定できる者は、この議場に一人としていなかった。
やがて、重苦しい沈黙を破り、議長が厳かに木槌を鳴らした。
それは、長きにわたる王都魔導商会連合の不当な独占が、完全に崩壊したことを告げる音だった。
「これより、裁決を下す」
議長の声が議事堂に響き渡る。
「グロウ商会長バルテス。安全試験の長期的な偽装、不当な独占行為、および偽造品の意図的な流通による人命の危機を招いた罪を認め、商会長の職を直ちに解任する。ならびに、グロウ商会の王国魔導具認可を永久に剥奪する」
バルテスは糸が切れたようにその場に崩れ落ちた。彼が一生をかけて築き上げた権力と富の帝国が、灰となって消え去った瞬間だった。
「彼の保有する個人の資産は、偽造品事故の被害者への賠償と、辺境救助基金へと強制的に差し押さえる。また、偽造の温床となった外郭の物流倉庫については王国が没収し……これを、《常火》の公認修理拠点として転用することを命じる」
議長のその言葉に、ミラやガスパルたちが控えめに、しかし確かな歓喜の声を上げた。
「なお、セドリック・ラウゼンは技術図面の流出に関与した罪により、ラウゼン家の継承権を停止する。ただし、公開査問での証言協力が認められたため、身柄は王国監査局の保護下に置かれるものとする」
議場の片隅で、セドリックが顔を青ざめさせた。
侯爵家の跡継ぎとして誇っていた未来は、完全に失われた。だが、最後に真実を証言したことで、彼はかろうじてバルテスと同じ末路だけは免れたのだ。
「王立魔導学院のオルドリッジ教授については、商会側の安全評価に不当に権威を貸した責任を重く見、教授職を罷免する。彼が関与した論文、鑑定書、安全評価は、すべて再審査に付す」
オルドリッジ教授は唇を震わせたが、もはや反論の言葉はなかった。
机上の理論を盾に現場を見下してきた権威は、現場で命を救った記録の前に、完全に崩れ落ちた。
「また、レティシア・グロウは、商会の広告塔として虚偽の宣伝に加担し、辺境技術の横取りを正当化した責任を問う。王都社交界における後援資格を取り消し、今後、王国認可事業の広報活動に関与することを禁じる」
白い顔で立ち尽くすレティシアから、かつての華やかな自信は消えていた。
王都の流行を背負って微笑む令嬢としての彼女は、その日を境に、社交界から姿を消すことになる。
「さらに」と、議長はリナリアへと視線を向けた。
「王国は本日をもって、ヴォルクハルト工房が提出した『常火規格』を、北方寒冷地における正式な救助・生活設備規格として採用する。同時に、ヴォルクハルト工房を、王都商会連合を介さない『独立調達工房』として公に認定する」
それは、辺境の没落寸前だった廃工房が、性能と記録をもって王都の権威を完全に黙らせ、王国一の「止まらない」魔導具工房として認められた究極の到達だった。
ざまぁの完了と、最大の勝利。
リナリアは深々と頭を下げ、その目から熱い涙がひとしずく、煤けた床へと落ちた。
長かった公開査問が終わり、リナリアたちが議事堂の外へと出ると、王都の空は抜けるような青空に覆われていた。
並んで歩くエルネストが、ふと立ち止まって空を見上げた。
「長い冬でしたね。ですが、ようやく雪が溶け始める」
リナリアもまた、冷たいがどこか心地よい風を頬に受けた。
過酷な猛吹雪は去り、風の中には微かな春の気配が混じり始めている。
「ええ。帰ったら、またすぐに忙しくなります。領内の村々から、春の農作業に向けて、新しい常火ポンプの導入を求める公共契約の相談が、たくさん入っているはずですから」
リナリアが晴れやかな笑顔で応えると、エルネストはいつものように無愛想な表情を崩さなかったが、その灰色の瞳には限りなく優しい光が宿っていた。
すべてを乗り越えた安堵と、新しい季節への期待が、彼らを優しく包み込んでいた。




