表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「泥臭い辺境令嬢はいらない」と婚約破棄されましたが、前世は町工場社長なので“止まらない魔導炉”で廃工房を王国一にします  作者: 他力本願寺


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
33/40

第33話 工房総出の夜

猛吹雪によって陸路が完全に絶たれ、奥クレイン村は深い雪の壁の向こうで孤立していた。


 そこで高熱に苦しむ幼いリオと、出産間近のマルタの命を救うため、残された時間はごくわずかだった。


 リナリアたちは王都から辺境の廃工房へと取って返し、未完成の山岳救急艇《暁鴉》を空へ飛ばすための、命がけの突貫作業を開始した。



 冷え切った工房に、かつてないほどの熱気と激しい金槌の音が響き渡る。


 全員が、今この瞬間に命が消えかかっていることを理解し、限界を超えた集中力で己の仕事に向き合っていた。



「機体の総重量、本当にギリギリです!」



 ミラは山のような帳簿と設計図に埋もれながら、インクで真っ黒になった手で猛烈な速度でペンを走らせていた。



「風に乗るためには、これ以上少しでも重ければ墜落します。積載する薬と医療器具、最低限の燃料だけを残し、不要な鉄の装甲はすべて削ぎ落としてください!」



「だったら、この谷間のルートを使ってください。夜明け前、ここには下から突き上げるような強い山風が起きます」



 ノアが、奥クレイン村周辺の詳細な地形図を広げ、指を這わせてルートを提案する。


 彼は配達少年として、誰よりもその山の天候と気流の癖を知り尽くしていた。



「短い翼でも、この風の道に飛び込めば、村のすぐ近くの斜面まで一気に滑空できるはずです」



 その横で、エッダは顔を真っ青にして、ガタガタと小刻みに震えていた。


 妹のマルタが、死の危険に晒されている。その恐ろしい事実が、彼女の心を容赦なく締め付けていたのだ。


 だが、彼女の革を裁断する手は、決して止まることはなかった。



「エッダ……」



 リナリアがそっと肩に触れると、エッダは涙を堪え、力強く頷いた。



「大丈夫です、リナリア様。マルタと、これから生まれてくる小さな命を、冷たい風から守るための防寒覆いです。そして、リナリア様を空から落とさないための安全帯。絶対に、風一筋通さないように縫い上げてみせます」



 カアァン、カアァンッ!



 ガスパルが、真っ赤に焼けた鉄を金床に置き、《常火補助具》の力を借りて大槌を振り下ろす。



「空を飛ぶんだ、少しの歪みも、部品の重さの偏りも許されねえ。俺の右腕のすべてを懸けて、最強で、一番軽い骨組みを打ってやる!」



 火花が散る中、老職人の顔には、かつて王都に切り捨てられた惨めな姿は微塵もない。命を救うための魔導具を作るという、確固たる誇りだけがあった。



 リナリアは、作業台の真ん中で全体の工程を指揮し、各部品の接合部の微調整を行いながら、ふと手を止めて工房の光景を見渡した。



 前世の町工場での記憶が、静かに脳裏をよぎる。


 大企業からの理不尽な仕様変更、納期の前倒し、資金繰りの悪化。あの時、彼女は社長としてすべてを一人で抱え込んだ。


 不安にさせるわけにはいかないと、社員には「大丈夫だから」と嘘をつき、誰にも頼らずに徹夜で機械を回し続けた。


 その結果、彼女は過労で倒れ、守りたかった会社と社員を路頭に迷わせてしまった。


 すべてを一人で背負うことは、責任を果たすことではなく、ただの傲慢だったのだ。



 だが、今は違う。


 彼女の周りには、現場を知り尽くし、自分の仕事に絶対の誇りを持つ職人たちがいる。


 誰もが自分の役割を完璧にこなし、リナリアの足りない部分を補い、共に不可能を可能にしようと血の滲むような努力をしている。



 一人では、決して空を飛ぶ機体など作れない。


 だが、この工房の全員の力が合わされば、辺境の雪山を越え、命を救うことができる。


 前世で守れなかったものを、今世では職人たちと肩を並べて守り抜く。それが、リナリアが手に入れた真の強さだった。



 そこへ、足音を荒らげて一人の人物が工房へ駆け込んできた。


 領主である父、アランだ。


 彼の手には、ヴォルクハルト辺境伯の正式な印が赤々と押された、一枚の羊皮紙が握られていた。



「リナリア。奥クレイン村への、領主権限による正式な救助命令書だ」



 アランは、その命令書をリナリアの胸に力強く押し付けた。



「未完成の機体で空を飛ぶなど、王都が知れば狂気の沙汰だと非難するだろう。だが、領民の命を見捨てる領主には、もう二度とならない。すべての責任は、領主である私が持つ。だから、必ず救ってこい」



 気弱で、王都の顔色ばかりを窺っていた父の、領主としての真の覚悟だった。


 リナリアは命令書をしっかりと握り締め、深く頷いた。



 一方、工房の片隅では、王国調達監査官エルネストが、王都の部下たちと通信魔導具を使って緊密な連携を取っていた。



「私だ。奥クレイン村への陸路を切り開くため、直ちに近隣の《雪燕》をかき集め、地上救援隊を編成して山道へ向かわせろ。空からの救助が終わった後、彼女たちが帰還するための道が必ず必要になる」



 エルネストは的確な指示を飛ばし続ける。



「それと同時に、王都の監査局本部を動かせ。公開査問が一時凍結している今が、唯一の好機だ。グロウ商会本部と、関連するすべての鋳造所への一斉家宅捜索、および証拠押収令状を執行しろ。奴らに、これ以上の証拠隠滅の隙を与えるな」



 エルネストは、リナリアが空から命を救うための道を切り開く裏で、王都の悪意を完全に根絶やしにするための公的な刃を、容赦なく振るっていた。


 リナリアが振り返ると、エルネストと視線が交差した。


 言葉はなくとも、互いが互いの戦場で全力を尽くしているという、強固な信頼がそこにあった。



 そして、長く過酷な夜が終わりを告げようとしていた。



 窓の外が、雪雲の向こうでわずかに白み始めた頃。


 廃工房の中央に、無骨な鉄の鳥がその全貌を現した。


 風を掴むための短い滑空用の翼と、極限まで削ぎ落とされた装甲。美しさなど微塵もない、ただ命を運ぶためだけに洗練された山岳救急艇《暁鴉》。



 リナリアは、冷え切った工房の空気の中で、機体の中心に据えられた心臓部へと向かった。


 大きく息を吸い込み、魔力を流し込む。



 ガガッ……ゴォォォォッ!



 夜明け前の薄暗い工房に、《暁鴉》の《常火》が力強く、そして決して消えることのない赤い火を灯した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ