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「泥臭い辺境令嬢はいらない」と婚約破棄されましたが、前世は町工場社長なので“止まらない魔導炉”で廃工房を王国一にします  作者: 他力本願寺


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第32話 公開査問は救助命令に変わる

議場に響き渡った伝令兵の報告は、絶望的なものだった。


 猛烈な吹雪と大規模な雪崩によって、奥クレイン村へと続く山道が完全に塞がれてしまったという。


 さらに、孤立した村からは、高熱で倒れた子供と、陣痛が始まった妊婦の救助を求める悲痛な声が届いていた。


 リナリアは、血の気が引いていくのを感じた。


 高熱を出した子供は、最初の《常火暖房炉》を届けた小屋に住む少年、リオだ。そして出産間近の妊婦は、工房の革職人であるエッダの妹、マルタに違いない。


 氷点下の猛吹雪の中で、二つの命が今まさに消えようとしている。


「静粛に! 航空隊の将校はいるか!」


 議長が声を張り上げ、議席の片隅にいた王都軍の士官を指名した。


「至急、王都の飛行型輸送機を出動させ、奥クレイン村へ医療班を投下できないか!」


 その問いに対し、士官は苦渋に満ちた表情で首を横に振った。


「不可能です。現在の北方の山間部は、極低温の上に猛烈な乱気流が発生しています。王都製の輸送機に積まれている高純度魔石は、氷点下で魔力回路が凍結する恐れがあり、強風下では反重力のルーンが安定しません。今飛ばせば、間違いなく墜落します」


 王都の空を優雅に飛ぶ最新鋭の魔導具は、平穏な環境下では素晴らしい性能を発揮する。しかし、自然が真の牙を剥く過酷な現場では、その繊細さゆえに起動すらできない。


 それが、王都の技術の限界だった。


「仕方あるまい。自然の猛威には抗えない」


 沈黙する議場の中で、バルテスが冷酷な声で言い放った。


「王都の最高級機でさえ飛べないのだ。ここは天候回復を待つべきだ。運悪く命を落とす者が出たとしても、それは致し方ない犠牲というものだろう」


 バルテスの言葉に、周囲の貴族たちも同調するように頷く。


 彼らにとって、辺境の平民の命など、自分たちの安全な生活を脅かしてまで救う価値のないものだった。


 怒りで視界が赤く染まりそうになるのを、リナリアは必死に抑え込んだ。


「天候回復など待っていられません。吹雪が収まる頃には、二つの命は確実に失われています」


 リナリアはバルテスを睨み据え、議長に向かってはっきりと宣言した。


「私たちの工房の機体で、奥クレイン村へ救助に向かいます」


 奥クレイン村のような山間の小集落に、軍用転送陣はない。


 転送できるのは、王都中央議事堂と北方司令部のような限られた拠点間だけだ。


 最後の雪山を越える手段は、結局、現場で動く機体しかなかった。


「馬鹿なことを」と、バルテスが嘲笑する。


「雪崩で陸路は完全に絶たれているのだぞ。君たちのあの泥臭い這い回る橇で、どうやって雪の壁を越えるつもりだ?」


「雪燕は使いません」


 リナリアの言葉に、議場がざわめいた。


「未完成ですが、山岳救急艇《暁鴉》を出します」


 その名前を口にした瞬間、リナリアの背後に控えていたガスパルが血相を変えた。


 彼はリナリアの腕を強く掴み、周囲の目を気にする余裕もなく叫んだ。


「親方、正気か! あれはまだ、空に出しちゃいけねえ」


 ガスパルの手は、古傷の痛みではなく、恐怖で震えていた。


《暁鴉》は、王都の飛行機のように反重力で優雅に空を飛ぶものではない。《常火》の熱で上昇気流を作り出し、山から山へと吹き荒れる強風に乗って、文字通り命がけで『滑空』するための無骨な機体だ。


 まだ骨組みと炉が積まれただけで、安全な制御テストすら一度も行われていない。そんな未完成の鉄の箱で猛吹雪の空へ飛び出せば、どうなるか分からない。


「分かっています、ガスパル」


 リナリアは、自分を止めようとする老職人の手を両手で包み込んだ。


「でも、完璧な安全が保証されるまで待っていたら、リオもマルタも死んでしまいます」


 前世の町工場で、資金繰りの計画を完璧に立てようと時間をかけすぎた結果、会社は倒産し、社員は路頭に迷った。


 準備が整うのを待っていては、救えるはずのものが指の隙間からこぼれ落ちていく。


 今の自分たちにできるすべてを注ぎ込み、不完全でも動く形にして現場へ届ける。それが、辺境の命を守る工房の役目だ。


「……親方」


 リナリアの覚悟に満ちた青灰色の瞳を見て、ガスパルは奥歯を強く噛み締め、掴んでいた手をゆっくりと離した。


「待ちなさい」


 冷徹な声が割って入った。


 王国調達監査官エルネスト・グランヴェルが、証言台の横から歩み寄ってきた。


 彼の灰色の瞳には、かつてないほどの厳しい光が宿っている。


「未完成の機体で猛吹雪の空へ出るなど、自殺行為です。監査官として、そのような無謀な真似を黙認するわけにはいかない」


 エルネストの言葉は正論だった。公的な立場にある彼が、危険極まりない未完成機の運用を許可できるはずがない。


 だが、リナリアは一歩も引かなかった。


「私が無謀なのは、あなたが一番よく知っているはずです、グランヴェル監査官。誰かが行かなければ、命が消えるんです」


 二人の視線が激しくぶつかり合う。


 エルネストの瞳の奥で、厳格な官僚としての理性と、彼女を死地へ向かわせたくないという個人的な感情が激しくせめぎ合っているのが分かった。


 やがて、エルネストは小さく息を吐き、議長へと向き直った。


「王国調達監査局の権限において、ヴォルクハルト工房に奥クレイン村への特別救助を命じます。これより、本査問を一時凍結し、事態の解決を最優先とする」


 議場が騒然となる中、エルネストは再びリナリアに向き直り、冷徹な声で告げた。


「記録を残し、帰還すること。それが出発条件です」


 それは、必ず生きて帰ってこいという、監査官という立場を借りた不器用な命令だった。


 リナリアが力強く頷いた直後、エルネストは身を屈め、周囲の誰にも聞こえないほどの小さな声で、彼女の耳元に囁いた。


「監査官としてではなく、私個人として、あなたに戻ってきてほしい」


 その言葉には、普段の無感情な彼からは想像もつかないほどの、切実な私情が込められていた。


 リナリアは胸の奥が熱くなるのを感じながら、もう一度、深く頷き返した。


 公開査問は、事実上の救助命令へと変わった。


 リナリアと職人たちは、議場を後にすると、中央議事堂の奥に設けられた軍用転送陣で北方司令部へ跳んだ。


 そこから早馬と、司令部に待機させていた《雪燕》を乗り継ぎ、猛スピードで辺境の廃工房へと取って返した。


 夜の廃工房。


 そこには、王都からの急報を受けたミラ、ノア、エッダたちが、不安げな顔で集まっていた。


 リナリアは冷え切った工房の中心に立ち、職人たち全員の顔を見渡した。


 エッダは妹の危機を知り、顔面を蒼白にして震えている。ノアも故郷の惨状に唇を噛み締めていた。


 リナリアは、彼らの前に進み出ると、泥と煤で汚れた作業着のまま、深く、深く頭を下げた。


「あの未完成の《暁鴉》を、今夜中に空へ飛ばせる状態にします。安全なテストをする時間はありません」


 リナリアは顔を上げ、職人たちに真っ直ぐな想いをぶつけた。


「これは王都からの命令ではありません。辺境の命を守るための、私のわがままです」


 凍てつく冬の夜。


 リナリアの声だけが、静かな工房に力強く響いた。


「命を救うために、あなたたちの手を貸してください」

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