第30話 奪われた設計図
公開査問の議場は、バルテスが掲げた一枚の証明書によって、再び冷ややかな空気に支配された。
王国魔導特許局の華美な印が押されたその書類には、《常火》の心臓部である『細火管』と『戻し輪』の構造に酷似した設計図が描かれていた。
「この構造は、我がグロウ商会が数ヶ月前に魔導特許局へ正式に出願し、受理されたものです」
バルテスは勝ち誇ったような笑みを浮かべ、リナリアを見下ろした。
「名称登録とは別だ。構造については、我が商会が魔導特許局へ出願し、受理されている。つまり、君たちの言う《常火》こそが、我が商会の優れた設計を盗み、泥臭く劣化させた紛い物だということだ。その紛い物が爆発した責任を、本家に押し付けるとは、何とも卑劣な手口ではないか」
議場の貴族たちから、リナリアへの非難の眼差しが突き刺さる。
セドリックが提供した外装図から、彼らが構造を盗用して偽造品を作ったことは分かっていた。だが、まさかそれを逆手に取り、特許局への出願という公的な手続きを悪用して、「自分たちこそが本家だ」と主張してくるとは。
王都の権力を最大限に利用した、あまりにも狡猾な設計横取りの罠だった。
リナリアは唇を強く噛み締めた。
出願が受理された日付という公的な事実が相手にある以上、言葉だけで「私たちが先だ」と主張しても、この王都の議場では通じない。
「……お嬢様。これを見てください」
窮地に立たされたリナリアの傍らで、記録係のミラが静かに声をかけた。
彼女は、先ほどからバルテスの提出した証明書の『出願受理日』と、自分の抱える分厚い失敗帳とを、鋭い目つきで交互に見比べていたのだ。
「バルテス会長。あなたがその類似構造を魔導特許局に出願した日付は、『秋の終わり』となっていますね」
ミラが澄んだ声で議場に問いかけると、バルテスは余裕の態度で頷いた。
「いかにも。王国の公的な印が押された、紛れもない事実だ」
「では、こちらの記録を見ていただけますか」
ミラは、台車の上から最も古く、最も煤で汚れた『失敗帳の初版』を取り出し、大きくページを開いて議長に示した。
「これは、《常火》の心臓部である『戻し輪』の設計が生まれた日の記録です。ここには、私が計算した濁り石の魔力の波の限界値と、それを逃がすために何度も炉が爆発した失敗の数値が、秒単位で記されています。この日付は……あなたが魔導特許を出願した日よりも、さらに数週間前のものです」
議場から失笑が漏れる。
「だから、そんな町工房の殴り書きなど、後からいくらでも日付を誤魔化せるだろうが!」
「泥棒が、自分の嘘を紙に書いただけのことだ!」
貴族たちの野次が飛び交う中、ミラは少しも怯むことなく、背筋を伸ばして反論した。
「いいえ。この日付が後から作られたものではないことは、すでに証明されています」
ミラの言葉に、議場の空気がピタリと止まった。
彼女は、先ほどエルネストが提出し、王国調達監査局の正式な証拠として認められた『監査時の写し』を指差した。
「グランヴェル監査官が、私たちの工房を初めて監査し、この失敗帳の写しを取ったのは『初冬』のことです。そして、その監査局の写しの中には、すでに『秋の終わり』の数週間前から繰り返された、この戻し輪の失敗記録が完全に残されています」
バルテスの顔から、すっと血の気が引いた。
「もし私たちが、あなたの出願日を見てから後で嘘の日付を書き足したのなら、監査官が写しを取った時点では、この記録は存在していないはずです。ですが、王国監査局の厳重な封印の中には、私たちが血を吐く思いで積み上げた失敗の歴史が、確かな日付と共に保存されているのです!」
魔力なしと判定され、王都から不要だと切り捨てられた十三歳の少女の数字が、王都の巨大商会の嘘を真っ向から論破した。
「それに、あんたのその綺麗な設計図には、決定的なもんが足りねえんだよ」
続いて証言台に立ったのは、工房長のガスパルだった。
彼は作業着の腕をまくり上げ、古傷のある右腕を議場の人々に見せつけた。
「あんたの設計図は、完成した形だけを綺麗に書き写しただけの薄っぺらい紙だ。だが俺たちの帳簿には、どこをどう削ったら魔力が詰まったか、どの金属を合わせたら熱に耐えられなかったか、何百回という『失敗の理由』が全部書いてある」
ガスパルは、真っ黒に焦げた偽造炉の残骸を力強く叩いた。
「この炉は、あんたらの綺麗な机の上でできたもんじゃねえ。あの辺境の廃工房の煤と失敗でできている。俺たちが指先を焦がして形にしたもんだ。それを盗んだなんざ、絶対に言わせねえ!」
ガスパルの魂からの叫びに、議場は深い沈黙に包まれた。
『後から日付を捏造した』というバルテスの主張は、エルネストが担保した写しの存在と、ミラの緻密な記録、そしてガスパルの職人としての重い言葉によって完全に粉砕されたのだ。
偽造の流通記録に続き、設計の横取りすらも崩されたバルテスは、忌々しげに舌打ちをして雛壇の奥へと身を引いた。
「……素晴らしい記録だ。確かに、君たちがその炉を独自に開発したことは認めよう」
だが、王都の権威はまだ完全に膝を屈してはいなかった。
バルテスと入れ替わるようにして雛壇に立ったのは、王立魔導学院のローブを身に纏った初老の男だった。
高純度魔石理論の世界的権威であり、王都の技術の根幹を支えるオルドリッジ教授だ。
教授は、リナリアたちをまるで虫けらでも見るような、冷酷で知的な眼差しで見下ろした。
「しかし、誰が作ったかなど、些末な問題だ。本質はそこではない。私は学術的見地から断言する。君たちのその泥臭い《常火》という炉は、理論的に極めて未熟であり、王国の民が使用するにはあまりにも危険すぎる欠陥品だ、とね」




